浮かび上がった疑惑
食事を終えて店を出る頃には雨脚が強くなっていたが、空属性魔法で屋根が作れるから濡れる心配は無い。
「まったく便利なものだな、屋根で上からの雨を防ぎ、浮いて歩けるから足元も汚れない。どうして空属性魔法が空っぽの属性などと呼ばれているんだか……」
雨に濡れずに済んだタールベルクが不思議がるのも当然だが、空っぽの属性と呼ばれているのには理由がある。
「普通に空気を固めるだけでは、これだけの強度が保てないからですよ」
「ほぅ……では、エルメール卿は普通ではない固め方をしているんだな?」
「ええ、簡単に言うと空気を圧縮して固めてるんです」
空気を圧縮したところで石や鉄のような強度にはならないはずだが、空気中に含まれている魔素も一緒に圧縮されることで空属性魔法で固めると強度が高められるのだろう。
しなやかさを自由に変化させられるのは、イメージの賜物としか説明のしようがない。
呼吸によって酸素を体に取り込んで活動しているように、魔法を使っているけど全ての原理まで理解している訳ではないのだ。
イメージして、工夫を重ね、体得しているから、全てを言語化して説明するのは難しい。
グラーツ商会まで歩く途中、タールベルクが連れているルアーナというイヌ人の女性がちょっと待って欲しいと、閉店間際のパン屋に駆けこんでいった。
その後ろ姿を見送ったジェロが、ポツリと俺に呟いた。
「エルメール卿が、あんまり美味そうに食べるから腹が空いたみたいだ」
「それは、俺のせいじゃないよね」
「今日のコース料理は、ルアーナには少し物足りなかったみたいだ」
苦笑いを浮かべてパン屋の入り口を見守るジェロの眼差しは、取り調べの時に向けられた敵意剥き出しの物とは全く違っていて、別人にしか見えない。
開拓村で不遇な生活を送り、反貴族派の口車に乗せられ、歪んだ復讐に駆られた挙句左手と右脚を失い、ようやく巡り会った愛し合う人だそうだ。
これまで出会ってきた反貴族派のテロ行為は、とても容認できるものではないけれど、実行に関わった者の多くは不遇な生活を送る者達だ。
そうした人々を救い上げるセーフティネットのようなものを整備しない限り、反貴族派は無くならないだろうし、第二、第三のカバジェロを産んでしまうかもしれない。
グラーツ商会の使用人宿舎にあるタールベルクの部屋は、オッサンの一人暮らしにしては片付いていて、どことなくアツーカ村のゼオルさんの部屋を連想させた。
「野郎が一人で暮らすのに、そんなに物は必要じゃないだろう。適当に座っていてくれ、茶を貰ってくる」
「どうぞ、お構いなく……」
と言ったものの、移動の連続による疲れと食事を終えたばかりの満腹感で、何もしていないと瞼が塞がってしまいそうだ。
お茶のポットや湯沸かしの魔道具などを載せたカートを押して戻ってきたタールベルクは、ルアーナとジェロを連れていた。
「こいつらにもダンジョンの話を聞かせてやってくれ」
「構いませんよ、一人に話すのも三人に話すのも一緒ですから」
タールベルクは、お茶請けに干しアンズを出してくれた。
エスカランテ侯爵の御隠居から貰ったものだそうで、肉厚で香りが良くてうみゃい。
「さて、何から話しましょう」
「そうだな、ダンジョンが地下都市では無かったという話を聞かせてくれ」
タールベルクは、若い頃にダンジョンに潜った経験があるそうで、その時には先史文明の地下都市だと思っていたそうだ。
そこで、地下都市ではないと思った理由や、スロープの設置されている階から地上階を推測した経緯、そして対岸を発見するまでを語った。
「いや、たいしたもんだな、確かに言われてみれば地下都市だと思うのには無理があるし、スロープの設置の仕方も不自然だが、そこから海上都市であったと推測したり、対岸を掘り当てたりするのは普通の奴では無理だな」
「まぁ、たまたま推測が当たっただけで、運が良かったのも確かですよ」
「だが、そうなると。地上七十階を超える建物が建っていたってことだよな?」
「そうですね。それだけの建築技術があったということです」
「なるほど……じゃあ、次はアーティファクトについて教えてくれ」
「いいですよ。実動するアーティファクトを発見できたのは、本当に偶然でした。俺達のパーティーが最初に掘り当てた建物の入口近くにあった店がアーティファクトの販売店だったようです」
携帯ショップを発見して、店の内部に固定化の包装が施された箱を発見したことや、魔力を充填する魔法陣を知っていたことなどを交えてアーティファクト発見の経緯を話した。
「なるほど、魔法陣の知識があったからこその発見という訳だな。それで、そのアーティファクトとはどんな物なんだ?」
「それは……実物を見てもらった方が早いですね」
「なんだと、持っているのか?」
「ええ、色々と便利な機能が搭載されていますし、自分で持っているのが一番安全ですからね」
リュックのポケットから、液晶が割れないように布で包んだスマホを取り出した。
「なんだ? ただの黒いタイルにしか見えない……うぉぉ、光った!」
「これは、ダンジョンが地上にあった頃に使われていた複合情報端末だと思われます」
「複合情報……?」
顔認証を使ってロックを解除し、カメラについての説明をした後で、スマホに記録してある動画や静止画を再生してみせた。
「何だ、この鮮明な絵は……しかも動いてるぞ……」
タールベルクだけでなく、ジェロやルアーナも身を乗り出してスマホの画面をのぞき込んでいる。
繭と埃の山と化した元書店の階層の様子や、吹き抜けになっている入口付近の様子、それに旧王都を空撮した動画などは、三人を言葉が出ないほど驚かせた。
そして、動画よりも更に鮮明に、詳細まで写し撮る静止画にも三人は驚いていた。
「何と言うか、凄まじい技術だな」
「そうですね。でも、こうしたアーティファクトも当時は珍しいものでは無かったようです」
「王族、貴族だけでなく、一般人までも使っていたのか?」
「その可能性が高いですね」
ダンジョン内部を撮影した静止画をスワイプして送っていると、突然ジェロが声を上げた。
「あぁぁ! こいつ……戻してくれ、前の絵だ」
一枚前の写真に戻すと、ジェロは画面を震える手で指差しながら、呻くように言った。
「ダグトゥーレ、なんでこいつがいるんだ!」
「はぁ? ダグトゥーレって反貴族派の幹部と言われている奴か?」
「そうだ、こいつが俺達を騙しやがったんだ!」
「そんな馬鹿な、この人は王族だぞ!」
ジェロが指差した写真の人物は、数人の護衛を連れただけでダンジョン内部まで足を運んだ、シュレンドル王国の元第二王子、現第一王子のバルドゥーイン殿下だ。
「王族?」
「そうだ、良く見ろ。本当にこの人がダグトゥーレなのか? 他人の空似じゃないと言い切れるか?」
良く見えるようにスマホの画面一杯にバルドゥーイン殿の顔を拡大して見せると、ジェロは画面を見詰めたまま沈黙した。
ジェロは、違った角度から顔を見ようと画面を斜めから覗き込んでみせたが、残念ながら立体画像ではないので望んだ角度からの絵は見られない。
体感的には五分以上、ジェロは写真を眺めながら自分の記憶と照合を行っていたようだ。
「分からない。他人の空似だと言われてしまうとそれまでの気もするが、この絵を見た瞬間はダグトゥーレに間違いないと感じたんだ」
「だけど、王族が反貴族派に肩入れする理由なんて無いだろう。それにジェロの暮らしていた村に現れた時、ダグトゥーレという男は護衛を連れていたか?」
「護衛というか、仲間を連れていたぞ。あいつらが護衛だったのかもしれない」
イブーロからダンジョンのある旧王都へ向かう途中、グロブラス領で反貴族派の拠点を制圧した。
その時に捕らえたドーレという主犯格の男が、反貴族派の本拠地は新王都の王城だとうそぶいていた。
まさか、本当に王族であるバルドゥーイン殿下が裏から糸を引いているのだろうか。
仮にそうだとしたら、どうすれば告発できるのだろう。
「無理だな。俺は貴族社会に詳しい訳じゃないが、この程度で王族の罪を問うのは無理だ」
俺の考えを見透かすように、タールベルクがきっぱりと言い切った。
「それは、俺が元反貴族派の一員だからか? それともみすぼらしい猫人だからか?」
「そうじゃない、勿論ジェロの証言だけじゃ無理だが、たとえエルメール卿の証言であったとしても王子殿下が否定すれば終わりだ」
「そんな、こいつのせいで何人もの……いや何十人、何百人の人間が死んでるんだぞ!」
「本当に、本当にこの絵の人物が、そのダグトゥーレという男だと断言できるのか?」
「それは……」
タールベルクに詰め寄られたジェロは、言葉に詰まり口ごもってしまった。
鮮明な静止画ではあるが、この一枚で他人の空似ではないと断言するのは難しいだろう。
「腹立たしいとは思うが、こんな不確かな情報だけで王族を名指しで告発したら、不敬罪で首が飛んでもおかしくないぞ。王族を告発するならば、別の王族を味方に付けるか、大公クラスの大貴族の後ろ盾が必要になるだろうが……確か今の大公は、その王子の母親の兄だったはずだ」
発掘に関わっている学術調査員とも気さくに話をしている姿を見ているので、ともすればちょっと偉い人ぐらいに考えてしまうが、俺達と王族とでは天と地ほど身分差があるのだ。
身分の差はどうにもならないと分かっているし、証拠としても弱いのも確かだろうが、バルドゥーイン殿下の写真を見た瞬間のジェロの反応が引っ掛かる。
何の前情報も与えずに写真を見せて、それでもダグトゥーレだと思ったのだから、少なくとも同一人物だと思う程度には似ているのだろう。
「御隠居に聞いてみるか」
「先代のエスカランテ侯爵ですか?」
「ああ、エルメール卿は面識があるのだよな?」
「はい、一度お会いしています」
「このジェロも、一度御隠居の所に連れていったことがある。その時には、ラガート家の車列が襲われた事件で手足を失ったと話したのだが……たしか若い白虎人の話もしたよな?」
「確か、話したと思う」
「エルメール卿、明日エスカランテ家に行ってみるか? 空振りに終わる可能性の方が高いと思うが」
「行きましょう。このままでは、スッキリした気分で新しい年を迎えられそうもないので」
里帰りするはずが天候悪化で一泊する羽目になったと思いきや、俺の偽者騒動に巻き込まれるし、とんでもない疑惑にぶち当たってしまった。
先代のエスカランテ侯爵は、かつて王国騎士団長を務めていたと聞いている。
孫の命の恩人でもある俺をいきなり不敬罪で捕まえるようなことはしないと思うが、発言は慎重にした方が良さそうだ。





