侯爵家のご隠居
一夜が明けてキルマヤの空は雲一つ無く晴れ渡っていたが、俺の心の中は言いようのないモヤモヤとした雲に覆われていた。
本当ならば、今日のうちにアツーカ村まで飛んで帰る予定だったが、朝食を済ませた後でエスカランテ侯爵の屋敷に向かっている。
同行するのはタールベルク、それに元反貴族派のカバジェロことジェロだ。
「いきなり訪ねても大丈夫ですかね?」
「エルメール卿、その心配は全く要らないぞ。何しろご隠居は退屈を持て余しているからな」
タールベルクの話によると、先代のエスカランテ侯爵に時々呼び出されて話の相手をさせられているそうだ。
勿論、現当主が王国騎士団長を務めているエスカランテ家には、独自のルートで様々な情報がもたらされているそうだが、お膝元の市民目線の話を欲しているらしい。
なんだか時代劇に出てくる、隠居したご家老様が岡っ引きの親分に話をねだるみたいで格好いいにゃ。
俺も年を取ったら、隠居したラガート子爵とか騎士団長と茶飲み話をするような関係になりたい。
訪問したエスカランテ家では、門のところに衛兵が二人立っていたのだが、タールベルクの顔を見ると気さくに挨拶してきた上に、あっさりと通してくれた。
タールベルクはまだしも、俺まで通してしまって良いのかと聞くと、当主の四男デリックの命の恩人でもあるエルメール卿ならば何の問題も無いと言われてしまった。
ジェロに関しては、タールベルクが以前に連れて来た者だから問題無いそうだ。
そして、衛兵はニッコリ笑って付け加えた。
「仮に皆様が襲い掛かったとしても、アルバロス様は我々を咎めるどころか良くぞ通したと笑いながら皆様を持て成すはずです」
たぶん、その持て成しは一瞬でも気を抜けば即死する物理的なものだろう。
衛兵の一人が同行して、玄関で俺達の来訪を告げると、ここでもあっさりと応接間へと通された。
そして、メイドさんがお茶を淹れ終えるよりも早く、侯爵家のご隠居アルバロス・エスカランテその人が姿を現した。
「久しいな、不落のエルメール卿」
「ご無沙汰しております、アルバロス様。突然お伺いして申し訳ございません」
「なんのなんの、巷でダンジョンの英知とも呼ばれているエルメール卿が訪ねて来てくれるとは、この年の瀬に望外の楽しみを得た思いだ。さあ、楽にしてくれ」
「ありがとうございます」
アルバロス様は相変わらず豪快で、覇気に満ちた佇まいは現役の騎士団長だと言われても納得してしまいそうだ。
「それにしても、エルメール卿にタールベルク、それにジェロとは珍しい組み合わせだな」
「エルメール卿とは、昨夜食事に出掛けた店で偶然に遭遇しまして、こちらから面談を申し込んだのですが込み入った話をしているからと断られまして……まぁ、仕方がないと諦めて店を出たところでエルメール卿と鉢合わせになりました」
タールベルクの説明を聞いたアルバロス様は、何か聞き間違えをしたのかと首を捻ってみせた。
「面談を断ったエルメール卿が店の外にいたのか?」
「はい、私も驚いて店の中を振り返ったら、エルメール卿と一緒にいた官憲の捜査官から店にいるのは偽者だと言われて、それから捕り物騒ぎでした」
「なんと、エルメール卿の名を騙る奴が現れたのか」
俺とタールベルクが捕り物騒ぎの顛末を語ると、アルバロス様は実に楽し気に聞き入っていたが、俺の偽者が主犯格ではなく脅されて演じさせられていたと聞くと顔を顰めてみせた。
「猫人が弱いことにつけ込み、力で脅して利用するなど言語道断だな。いずれここにも裁定の相談が来るだろうが、主犯格には厳しい罰を課し、脅されていた猫人の処罰は考慮するように伝えよう」
「御配慮ありがとうございます」
「いいや、エルメール卿に礼を言われることではない。先代領主として当然のことだ」
俺の偽者騒ぎについて語り終えた後、昨夜と同じようにダンジョンについて話を進めた。
ダンジョンが先史時代の海上都市であったと判断した理由を説明し、発掘に至った過程を語った。
そして、アーティファクトの実物を見せて動画を再生してみせると、さすがに元騎士団長と感じる質問をぶつけられた。
「エルメール卿、この旧王都を空から眺めた絵のように、他国の様子を捉えて来ることは可能かな?」
「法に触れるか否かを考慮しないなら……可能です」
「今のところ、我が国が他国と事を構える予兆は無いが、有事の際には恐るべき偵察手段となるであろうな……」
この世界には、まだ空を飛ぶ方法は無い。
どの程度の戦争兵器があるのか詳しくは知らないが、偵察どころか遥か上空から砲撃を加えられる俺は、戦争の切り札として使われてもおかしくない。
強力な魔物を討伐するとか、山賊組織を壊滅させる……といった依頼ならば喜んでやるけど、出来れば戦争には参加したくない。
そのためにも、他国が侵略しようなんて考えないように、反貴族派による国内騒ぎはさっさと片付けてもらいたいものだ。
頃合いとみたのか、タールベルクが本題を切り出した。
「ところでご隠居、昨晩エルメール卿がアーティファクトで絵を見せてくれていた時なんですが、その一枚の中に反貴族派の男に良く似た男がいるとジェロが言い出しまして……」
「ほぅ……それは、どの絵のことだ?」
反貴族派の男と聞いた途端、それまで柔らかかったアルバロス様の雰囲気が一変した。
スマホを操作して問題の写真を表示すると、アルバロス様の表情は一層厳しくなった。
「エルメール卿、この人物が誰か勿論存じておるのだろう?」
「はい、王都のラガート子爵の屋敷に滞在中に、弟君であるディオニージ殿下の近衛にならないかと打診を受けたことがございます」
「この人物が反貴族派だと思うのか?」
「俺には到底そのようには思えません」
「ならば、なぜこの話を持ち込んで来たのだ?」
「この写真を見せた時に、ジェロには何の説明もしていませんでした。何の先入観も持たない状況で、見た瞬間に反貴族派の男だと指摘しました。これは、反貴族派の男がバルドゥーイン殿下本人でないとしても、相当似ている人物である可能性が高いと思ったからです」
「なるほど、そのような状況であったならば、ジェロが知る反貴族派の人物は、この絵の人物に酷似しているのだろうな」
ここまでの様子を見ても、アルバロス様の王家に対する忠誠心は相当高いように感じる。
あまり迂闊な質問は出来ないが、それでも確かめておきたい事がある。
「アルバロス様、王族の皆様が城の護衛などに知られずに、グロブラス領などに出向く事は出来るものなのでしょうか?」
「普通に考えるならば無理だ。例えば、王都の下町にお忍びで出向く程度ならば可能だろうが、グロブラス領ともなれば日を跨がねば行き来は出来ぬ。それほどの長時間、警護方に知られる事無く城を空けるのは不可能だな」
「では、やはり他人の空似と考えるべきなのですね」
即座に肯定されると思ったのだが、意外にもアルバロス様は考え込んだまま二分ほど言葉を発しなかった。
「ワシは、バルドゥーイン殿下とは何度もお会いしているし、何度も言葉を交わしてきた。殿下が反貴族派だとは思えないし、思いたくもない。それだけバルドゥーイン殿下は優れた人物であると感じている。だから、これはあくまでも可能性の話だが、城の警備を抱き込めば、数日に渡って城を空ける事も出来るかもしれない」
「ですが、発覚すれば殿下の立場を危うくするのは間違いありませんよね?」
「それは間違いないし、そこまでして現場に立つ理由も無いだろう」
仮にバルドゥーイン殿下が反貴族派だったとしても、わざわざ自ら開拓村を回る必要は無いだろう。
そこまでの危険を冒す必要は無いし、だれか手下を使えば済む話だ。
「ご隠居、これは荒唐無稽な話ですが、例えば反貴族派による反乱が成功した場合、自ら下々の者に手を差し伸べた王族として、民衆の支持を一身に集めるような状況になったりしませんか?」
「ふむ、可能性だけならば有り得るだろうな」
「いいや、それは無い」
アルバロス様の言葉に異を唱えたのはジェロだ。
「あいつは、甘い言葉で貧しい民を集め、結局は使い捨てにしたんだ。そりゃあ一部の人間は騙され続けるだろうが、逆にあいつに恨みを抱く奴の方が多いと思う」
なによりも、ジェロ自身がダグトゥーレに恨みを抱いている。
洗脳され続けている間は盲目的に支持しても、洗脳が解けた瞬間から目の敵にされるだろう。
「だとすれば、ますますバルドゥーイン殿下本人である可能性は低くなりますね」
「うむ、エルメール卿の言う通り、バルドゥーイン殿下とダグトゥーレという人物は別人であると考えるべきだろう」
「では、残念ながらジェロの情報は、あまり役には立たなかったということでしょうか?」
「いいや、それは違うぞエルメール卿。昨夜の其方と同じようなものだ」
「えっ、昨夜の俺って……そうか、偽者ってことか」
「そのダグトゥーレという男がバルドゥーイン殿下に似ているのは確かだろう。そして、殿下に似ていると分かっていて、その状況を利用している者がいるのは確かだ」
グロブラス領で捕まった反貴族派の幹部ドーレは、首謀者は王族だとうそぶいていた。
ドーレがバルドゥーイン殿下の顔を知っていたかどうか分からないが、反貴族派の中にダグトゥーレと殿下が似ていると知っていた者がいるのだろう。
「どうすれば良いのでしょう?」
「奴らがバルドゥーイン殿下を利用しようと考えているならば、我々もその状況を利用させてもらうだけだ」
「と言いますと?」
「反貴族派の中に殿下の偽者がいると知らせるのだ、末端の騎士や兵士中には殿下の顔を知らぬ者も多いだろうから、絵姿を配って似ている者を捕えれば良い」
「そんな事をしたら、殿下を捕らえようとする者がでませんか?」
「大丈夫だろう、そもそも護衛も連れずに王城の外に出るなど有り得ぬのだからな」
「なるほど、間違えて殿下を捕らえる心配など無用ですね」
正式な手続きを経ていれば、バルドゥーイン殿下の外出には何人もの護衛が同行する。
つまり、いくら絵姿を撒いても、バルドゥーイン殿下が誤認逮捕される心配は無い訳だ。
「エルメール卿、この話はワシの方から騎士団に伝えておこう」
「ありがとうございます。これで安心して新年を迎えられます」
「来年は良い年にしたいものだな」
「はい、王都の『巣立ちの儀』のような事態はあってほしくないですね」
「その通りだな」
この後、アルバロス様に引き止められて、ダンジョンでの出来事を話すために一泊させられる事になってしまった。





