手配書照会(ミリアム)
※今回はミリアム目線の話になります。
旧王都の街は、街道を挟んで西と東で大きく街の様子が違う。
西側はダンジョンを中心とした冒険者の街で、東側は大公の屋敷を中心とした貴族や金持ちの街だ。
街の形も違っていて、西側はダンジョンの入り口を中心として輪っかを重ねたような形で、東側は東西南北に通りが走る四角い形をしている。
といっても、自分の目で確かめた訳ではなく、同じパーティーに所属している猫人の冒険者がアーティファクトで写し撮ってきた絵で見ただけだ。
あたし自身は、旧王都に来て以来、街の西側から出たことが無かった。
冒険者が必要とする物は全部西側で手に入るし、ダンジョン探索の休日に一緒に地上に戻っていたガドは、買い物と食事以外は出歩かなかったからだ。
その事については、文句を言うつもりはない。
街の西側での買い物も、故郷のトローザ村とは比較にならないほど楽しいし、ガドの肩に乗せられて人々を見下ろしながら街を歩くのは楽しかったからだ。
シューレと一緒に魚屋の女将さんが手配されていないか確かめるため、初めて街の東側へと足を踏み入れた。
手配書の確認は、官憲の事務所で行うそうだ。
「あたしが行っても役に立ちませんよ」
「何事も経験……覚えておいて損は無い……」
ガドと街を歩く時には肩に乗せられていたが、今日はシューレにガッチリ抱えられている。
もう季節はすっかり冬で、あたしを抱えていると暖かいからだ。
「でも、あたしを抱えていたら調べものは出来ないんじゃないですか?」
「その時は、おぶさっていて……そうすれば背中が暖かい……」
「なるほど……」
完全に暖房器具扱いだけど、シューレだから文句は無い。
あたしがチャリオットに加わって旧王都にいられるのは、シューレのおかげだから。
「さすが旧王都、普通の街とは違う……」
辿り着いた官憲の事務所で手配書の閲覧場所を訊ねると、別棟だと言われた。
渡り廊下で繋がった別棟に移動すると、ギルドの掲示板に依頼書が貼られているように、多くの手配書が貼り出されていた。
これまで旧王都は他の街に比べると出入りする人の身元確認が甘く、多くのお尋ね者が入り込んで来ていたそうだ。
そうしたお尋ね者を探して捕らえる賞金稼ぎもいるそうで、こうした別棟が作られたらしい。
手配書の貼られた掲示板の前には、何人もの人が内容に見入っていた。
「シューレ、あれは何をしてるの?」
「たぶん、手配書の人相書きと特徴を覚えているんだと思う……」
手配書には、お尋ね者の似顔絵と身体的な特徴、口癖、犯罪の内容などが書き込まれている。
そうした内容を記憶しておいて、街中で擦れ違う人や酒場の客の中などに特徴の一致する人物がいないか探すらしい。
「あの辺りに貼られているのは、たぶん高額賞金の手配書……」
「えっ、賞金の額が違っていたりするの?」
「罪を重ねた奴は賞金も高額になる……」
どのような事件であっても、犯人逮捕には謝礼が支払われる。
手配書が作られるようなお尋ね者の場合、基本となる賞金の他に被害者や遺族が私費を投じて賞金を上乗せする場合があるらしい。
お尋ね者が罪を重ねていくと、当然被害者が増えて賞金も上乗せされていくという訳だ。
私が拾われる以前、シューレはチャリオットのメンバーと共に、お尋ね者となっていた従妹の仇を討ったそうだ。
そのお尋ね者は、逃亡中に何人もの人を殺めていたそうで、賞金も高額になっていたらしい。
そうした高額の賞金を狙って、手配書を眺めている人達の服装はバラバラだった。
ある人は冒険者風だが、別の人は商売人のような服装をしている。
服装は賞金稼ぎだと悟られないための工夫のようだ。
手配書の閲覧は、専任の係官がいる場所に限られていた。
これは、お尋ね者が自分の手配書を破り取ってしまうのを防ぐためだそうだ。
というか、官憲の人間や賞金稼ぎが目を光らせている場所にお尋ね者は来ないと思うのだが、手配書の数は膨大で全てを記憶している人間などいないから、よほど有名なお尋ね者でもなければ見つかる可能性は低いらしい。
実際、過去には手配書が破損していた事例があるそうだ。
「まずは、名前で探す……」
官憲で管理されている手配書は、お尋ね者の名前ごとにまとめられている。
魚屋の女将さんの名前リューダで探すと、手配書が二枚見つかった。
一枚は、五年前の殺人事件の容疑者で、借金を巡って店の共同経営者を刺し殺した女らしい。
狼人の女だし、事件が起こったのも王国の西の領地だ。
もう一枚は、十一年前に起きた毒殺事件の容疑者だった。
金目当ての犯行のようで、酒に混ぜた毒で被害者を殺害し、金目の物を奪って逃げたらしい。
これも容疑者は羊人の女だし、事件があったのは王国の南部の領地だ。
この二件以外にリューダの名前の手配書は無い。
「これで終わり?」
「まだ、次は事件の場所と時期で調べる」
官憲に回される手配書は、基本的に全ての街の官憲事務所に配布されるのだが、中には抜け落ちてしまう場合もあるそうだ。
そうした事例を減らすために、時期をずらして別の手配書が配布されているらしい。
それが事件に関する手配書だ。
個人に対する手配書が作られた事件のあらましをまとめた手配書で、同じ事件に関わった容疑者が複数いる場合には、全ての容疑者に関する情報が記載されているらしい。
事件に関する手配書は、発生した領地や街、村ごとに纏められている。
シューレは該当する領地の事件を前後数年分調べたが、魚屋の女将さんが語った事件に関する手配書は見つからなかった。
「女将さんが嘘をついているの?」
「それは無いと思う……たぶん、事件として扱われていない……」
シューレは無言で近隣の街に関する手配書なども調べた後、官憲の事務所を後にした。
普段から口数は少ない方だが、この時のシューレはいつも以上に話し掛け難い雰囲気を漂わせていた。
シューレは拠点には向かわずにギルドの方向へと暫く歩いた後で、ふっと一つ息を吐いた後で事務所から背負ったままにしていたあたしを抱え直した。
「うん、後はつけられていないわね……」
「えっ、尾行されてたの?」
「その可能性もあったってだけ……」
お尋ね者の中には、仲間に頼んで自分の手配状況を調べようとする者もいるそうで、手配書を調べに来た人間を官憲の係員や賞金稼ぎが尾行する場合があるそうだ。
「別に私達には疚しいことは無いけど念のため……」
シューレは尾行が無いことを確認した後で、魚屋の女将さんの手配書が無かったことについて解説をしてくれた。
魚屋の女将さんは、男達を眠らせた後で毒を盛り、更に小屋に火を放ってから身投げしたと話していた。
「火事になっていなかったら、遺体の状況や臭いなどで毒殺だと判断されていたはず。でも、遺体が焼けてしまっていたら毒殺の痕跡は消えてしまう。そこに酒瓶やカップなどが残っていたら、火の不始末による焼死と判断される可能性は更に高まるわ」
「官憲の捜査って、そんな物なの?」
「女将さんの話だけでは分からないけど、妹さんを乱暴した連中だから周囲からも良く思われていなかったんでしょ……」
シューレが言うには、官憲の係官だって人間だから、周囲の人たちの話に影響を受けることがあるそうだ。
日頃から行いが悪くて、周囲から白い目で見られていれば、焼死しても悲しまれるどころか喜ばれていたかもしれない。
あるいは、失踪したリューダさんが三人を殺したと思った人がいたかもしれないが、三人を始末してくれてありがとう……ぐらいに思われていたのかもしれない。
「それに、妹さんは身投げして命を絶っているでしょ。女将さんも後を追ったと思われたのかも……」
「なるほど……」
何が本当なのか分からないが、かなり怪しいけれど、犯人と断定するだけの証拠もなく、有耶無耶になる形で捜査が打ち切られたという感じなのだろう。
「それじゃあ、女将さんが捕まる心配は?」
「絶対に大丈夫とは言い切れないけど、ほぼほぼ大丈夫……」
手配書を調べた結論を口にした後、シューレは少し微笑んでみせた。
魚屋のおかみさんがやった事は法に反しているし、手放しで賞賛すべきではないが、そうせざるを得なかった事情は理解できる。
「ねぇ、シューレ、魚屋の女将さんみたいな人って他にもいるのかな?」
「たぶん、いると思う……」
「そういう人って、どうなっちゃうのかな?」
「さぁ? 犯した罪の重さによっても違うし、捕まる時の態度でも違ってくるかもしれない。分からないとしか言えない……」
「そうよね」
犯した罪は償うべきだと思うけど、何年にも渡って罪の意識に苛まれ続けていたのなら許されても良いような気がする。
何よりも、その人が捕まって周囲の人が悲しむような事はあってほしくない。
あたしが自分の想いを口にすると、賛同してくれるかと思ったシューレは少し黙った後で口を開いた。
「でもね、大切な人を奪われた悲しみは、簡単には消えてくれないの……」
シューレは従姉を殺された恨み、悲しみ、憎しみと、十三年経った後に仇を討った喜びを教えてくれた。
「今回、魚屋の女将さんが捕まらなくて済んで良かったと私も思っているけど、それは都合の良い自分勝手な思いだとも思っている。たぶん、全ての人が喜べる結末っていうのは、滅多に無いものなんだと思う……」
シューレの話を聞いた後では、あたしの考えは浅くて薄っぺらく思えてしまった。
何年経っても捕まえた方が良いのか、それとも十年、二十年と年月が過ぎたら許されるべきなのか、どちらが正しいか分からなくなった。
ただ一つだけ言えるのは、あたしが賞金稼ぎに向いていない事だけは間違いないと思う。





