ニャンゴからの手紙
シュレンドル王国では手紙の運搬は駅馬車が担っている。
冒険者ギルドや商工ギルドで依頼された手紙は仕分けをされ、駅馬車に載せられて目的の街まで運ばれる。
目的の街へ着くと、それぞれのギルドに持ち込まれて、目的の場所まで配達されることになる。
では、アツーカ村のようにギルドの出張所すら無い村の場合はどうなるか。
その場合には、駅馬車に載せられた手紙は村長の家に届けられる。
駅馬車の替え馬の管理は、村長の家で行われているからだ。
その日、アツーカ村に一通の手紙が駅馬車で届けられた。
宛先は薬屋のカリサ、差出人はニャンゴ・エルメール。
妙に厚みのある手紙は、無事にアツーカ村の村長へと託された。
「ゼオルさん、悪いが薬屋まで手紙を届けてくれんか?」
「構いませんよ。カリサさんに手紙というと、ニャンゴでしょう?」
「あぁ、その通りだ。よろしく頼む」
「これはまた……ニャンゴの奴はどんだけ長い手紙を書いたんだ。というか、実家への手紙は無いんですか?」
「あぁ、その封筒にまとめてあるのかもしれんな」
「なるほど、どうりで分厚い訳だ。それじゃあ、ちょっと行ってきますよ」
村長から手紙を預かったゼオルは、のんびりと薬屋に向かって歩き始めた。
今年も残り少なくなり、朝晩は冷え込みが厳しくなっている。
昨年に比べると気温は低めで、この冬は雪が多くなりそうだと村人たちが話していた。
王国の北に位置するアツーカ村では、数年に一度程度の頻度で大雪によって道が閉ざされる。
ニャンゴが出した手紙も、もう少し届くのが遅れていたら春まで届かなかったかもしれない。
「カリサさん、いるかい?」
ゼオルは薬屋の表戸をそっと開けて声を掛けると、店に入った後でそっと戸を閉めた。
ニャンゴたち猫人からは見上げるほどの巨体だが、ゼオルの動きはしなやかで物静かだ。
「はいよ、いらっしゃいゼオルさん。今お茶を淹れるよ」
「すまないな。その前に、ニャンゴから手紙だ」
気難しいところのあるカリサだが、ゼオルには微笑みを浮かべながら出迎える。
だが、ゼオルがニャンゴからの手紙を差し出すと、カリサはパーっと少女のような笑みを浮かべてみせた。
「おやおや、こんなに厚い手紙、なにが書かれているのかね?」
「あの野郎、実家にも手紙を出してないみたいだから、もしかするとそこにまとめて入れてあるのかもしれない」
「そうなのかい? あぁ、遠くから手紙を出すのはお金も掛かるからね」
そういうことなら手紙が厚いのも当然だと言いながら、カリサは残念そうな顔をしてみせた。
「ニャンゴの実家への手紙は俺が帰りにでも届けてこよう」
「申し訳ないねぇ……」
「なぁに、ちょいと回り道するだけだ」
ゼオルと話をしながらも、カリサは慎重な手つきで手紙の封を剥がしていた。
薬の調合に使う竹のヘラを使って、封筒を破らないように、宝物を扱うように封を開けた。
「おや、なんだか変わった紙が沢山入っているみたいだよ」
「ほぉ、どれどれ……」
ゼオルはカリサの頭の上から覗き込むようにして手紙に目をやった。
「これは……ニャンゴの絵なのかい?」
「随分と精巧な絵だな、まるで生き写しだが……この自慢げな顔」
「ふふふふ……いつものニャンゴだねぇ。おや、これは兄弟かい?」
「あぁ、それはフォークスだな。いや凄いな、旧王都ではこんな精巧な絵を描く絵描きがいるんだな」
カリサとゼオルは、ニャンゴが送ってきた写真を見て驚きの声をあげた。
「おや、これはなんだい?」
「それは……旧王都を空から眺めた感じで描いているのだろう。こっちの円の中心がダンジョンで、こっちが大公殿下のお屋敷だ」
「はぁぁ……これが旧王都なのかい」
「これは、ニャンゴの仲間みたいだが……これは酒場の女給じゃないのか?」
チャリオットや学術調査隊のメンバーと撮った集団写真では、ニャンゴはレイラに抱えられて写っている。
以前、ギルドの酒場で顔を合わせているゼオルが何気なく呟いたのだが、カリサの眉がちょっと吊り上がった。
「まったくあの子は、女にだらしないのだけは玉に瑕なんだから……」
「あぁ、裏に絵の説明が書いてあるぞ。ダンジョンでパーティーのメンバーや調査隊と一緒に……か」
「じゃあ、この女は女給さんじゃないのかい?」
「違うみたいだが……良く似ているな」
「おや、この薄いのが実家への手紙なのかい?」
「まったく、これじゃあどこが実家なのか分からんな」
「ふふふふ……ニャンゴらしいね」
レイラに抱えられた写真を見た時とは打って変わって、カリサは満足げな笑みを浮かべた。
「さて、なんて書いてきたんだ?」
「どれ、お茶を淹れてから、ゆっくり読ませてもらおうかね」
鉄瓶のお湯が沸くと、カリサはティーポットに薬棚から薬草を数種類、目分量で入れ始めた。
それを見たゼオルは、敵わないとばかりに小さく首を振る。
長年薬屋として商売を続けてきたカリサだからできる芸当だ。
以前はゼオルも独自のブレンドに挑戦していたが、今はブレンドしないで飲むか、カリサがブレンドしたものを淹れて飲んでいる。
ティーポットにお湯を注いだら、じっくりと蒸らしてからカップに注ぐ。
白磁のカップに注ぐと、若葉を思わせる緑色をしていた。
店の中に爽やかな春を思わせる香りが漂う。
色も香りも良し、飲んでも美味く、体にも良いハーブティーだ。
ゼオルはカップを手にして香りを堪能すると、お茶を一口含むと目を閉じた。
舌で、喉で、鼻で味わった後、ほーっと大きく息を吐いた。
「こればかりは、逆立ちしても敵わんな」
「これぐらいしか取り柄が無いからねぇ……」
カリサもカップを手にして、気持ちを落ち着かせるようにお茶を一服し、おもむろに手紙を開いた。
カリサ婆ちゃんへ……
元気にしていますか、俺は毎日元気に過ごしています。
今は旧王都にあるダンジョンで、学院の調査隊と一緒に発掘作業をしています。
チャリオットのみんなと一緒に、これまで発見されていなかったダンジョンの新しい区画を発見したんだよ。
そこで今まで誰も見つけられなかった、可動するアーティファクトも見つけたんだ。
アーティファクトは一種類ではなくて何種類も見つけたし、それ以外にも貴重な文献も沢山みつけたんだ。
これで古代の言葉の解明も進むと思うし、今よりも遥かに進んだ魔道具の解明も進められると言われているんだ。
同封した精巧な絵も、人の手で描いたものではなくて、アーティファクトを使って見たままの姿を写し取り、別のアーティファクトで紙に描き出したものなんだよ。
旧王都を空から写したものは、実際に俺が旧王都の上空を飛びながら撮影したんだ。
兄貴やみんなと写っているものは、ダンジョンの内部で撮影したものだよ。
兄貴との写真は、実家に当てた封筒にも同じものが入っているから婆ちゃんが持っていて良いからね。
アーティファクトを発見したことで、大公殿下や国王陛下からも呼び出しを受けて、お屋敷や王城にも行ってきたよ。
空属性魔法を使って、空を飛んで速く移動する方法も手に入れたから、発掘調査が一段落したらアツーカ村に里帰りしようと思ってる。
一杯お土産を買って帰るつもりだから、それまで元気でいてね。
大好きなカリサ婆ちゃんへ……ニャンゴより
カリサは手紙を読みながら、何度も写真に目をやり、何度も袖で涙を拭った。
二度、三度と読み返した後で、ゼオルに手紙を差し出した。
「良いのかい?」
カリサが無言で頷いたのを確かめてから、ゼオルも手紙に目を通した。
「ほぉ……可動するアーティファクトとは、またえらい物を見つけやがったな」
「本当に、ここに小さなニャンゴがいるみたいだよ」
カリサは、自慢げな笑みを浮かべて一人で写っているニャンゴの写真を愛おしそうにそっと撫でた。
「大公殿下の屋敷に、また王城にも呼ばれたのか……まったく大した奴だよ」
「本当に遠くに行ってしまったねぇ……」
「だが、この手紙の調子だと、ひょっこり姿を見せそうだから、腰抜かさないようしないとだな」
「ふふふふ……本当に、あたしらの物差しじゃニャンゴの行動は測れやしないねぇ」
「どぉれ、俺はニャンゴの実家に手紙を届けに行くとするか」
「わざわざ手紙を届けてもらってすまなかったね」
「なぁに、散歩ついでに美味い茶が飲めたんだ、こっちが礼を言いたいぐらいさ」
ゼオルはそっと店の戸を開けて外に出て、軽く手を揚げて微笑むと、そっと店の戸を閉めてニャンゴの実家へと足を向けた。
店に残ったカリサは、何度も何度も写真と手紙を見比べながら、遠い空の下で活躍する血の繋がらない孫の健康を願っていた。





