B054.第二次覇魔大戦
現実時間は午後6時、そろそろ敵も味方もPUGプレイヤーは晩御飯やその支度及びお風呂に入らなければならない時間帯だろうから攻防は緩まるはずだ、敵の減少に対してこちらもア・ヨグの姉御が率いる女怪達のオフラインが目立ち始める。そうなると防衛の要はローパーやオークといった野郎しか選ばないような変種が残る。
敵の故国奪還隊、その執念深さと熱意はこちらに比べて数段高い。彼女等の意気込みは買ってやりたいが、問題はその敵対ギルドがPvP専用のプロ集団ではないという所にある。
現在既に天魔のダンジョンは地下7階まで制圧されつつある、味方のチャットにも「メシ落ち。」等の発言が目立ち防衛兵力が減っている様に見えるが、敵はそれ以上に数を減らしている。
理由は簡単だ、敵覇王ことアドミラルに「コアタイムから覇都エルスローンを全力で攻めるからヨロシクネミ☆」とSympaxiでショートメッセージを送ったからだ。
これがどういう効果があると言えば絶大な敵兵力の分散に繋がる。だって、こんなダンジョン攻めるより首都防衛した方がアライメントポイント稼げる上に楽しいからな。
その証拠に敵は木馬と一部の歩兵を除いていそいそと背中を向けて去っていく姿や明らかに死に戻りを狙った単騎突撃を繰り出す敵が出て来ている。しかし、ここで敵さんに戦線崩壊されてしまっては困る。
俺の目的は勝つ事ではない、皆が納得する結果を作ることだ。
「お兄ちゃんお風呂先に入るねー。」「お風呂お借りします。」と妹と紅葉が一緒にお風呂に向かうイベントに俺は無関心を通し、カロリーメイトを頬張りながら「ほへはふほははいはん!」と決意を表明しておく。
そう、魔王は決戦前に風呂には入らない。
Sympaxi経由で兄弟子のルナーンから「残り木馬8両分資材、歩兵36名。特攻及び吸血鬼は攻略から離脱。」とショートメッセージを受け取る。「了解、計画通り万事つつがなく。」と返答を出しておく。
「では、がりさん、ヨグ姉、天魔のダンジョンは任せました。」と俺は貧乏くじを引く事になる二人へ数日だったが思い出深いダンジョンを委任する、「おうよ、任せろ。」「わちも暇になったらそちに行くでありんす。」と答えたボスモンスター達とその洞窟へ俺は別れを告げた。
覇都を攻める為の募兵をゾーンやあらゆるチャットを駆使して宣伝する、身内であるギルドメンバーや爆撃隊やオーク達には既に通達済みである。
後は大手ギルドDDDのマスター、イゾログ君が俺の案を良しとしてくれるかと、PvPギルド砕覇のマスターのイベリウスがどの戦場を選ぶかにかかっている。
「まおーさま!ご出陣ー!ご出陣ー!」と前々魔王様が能天気に明るい声で魔王軍ラジヲで世界に挑む俺の決意を伝える。
集合地点はDDD要塞、「突然押しかけて悪いなイゾログ。ここから覇都を全力で落としに行くが付いてきてくれるか?」と俺はデビルの男に尋ねると、「最後に花を咲かせて持たせる、ちょっと恥ずかしい考えだと思うが、あんたの狙いは悪くないと思う。」と彼も合意してくれた。
そこへ到着したイベリウスは、「戦況次第では俺達は他の戦場へ動く、ごっこ遊びは少しだけ付き合ってやるがな。」と否定的では無い様子だ。
魔王が覇都を攻め落とすという計画と意志は既に覇王軍にも漏れて広がっている。そうなれば天魔のダンジョンの攻略組みは故国奪還隊と彼等と契約をしたというロンメルファントムの一部戦力しか残らない事になる。しかし、木馬は確実に残るとルナーンさんから聞いているので残っているローパーや姉御の手勢は苦戦を強いられるだろう、相性が悪いからな。
だが、ダンジョン地下9階と10階は今隣でメガネをくいっとしているダンジョンマスターインテリオークのバッシーさんの作品である、例え守衛が居なくても用意に落とされる内容ではないだろう。
午後7時、「魔王よりLFM(メンバー募集)、覇都攻略を目指す方々へ。」と俺は魔王の威厳無しに声を掛け続け兵力集中、そしてその数を確認する。
「うへー、ベータ1の当選者って5000人いないはずっすけど、よくこんなに集まったっすねえ。」とロドリコが感慨深げにDDD要塞の中に入りきらなかった兵力を城門の上から見下ろす。
そこに広がるのは異形の魔物の群れ、まさに百鬼夜行の魔王軍、およそ1000プレイヤー。
たかが1000人と思われるが、MMORPGで1000人が同じ場所に会するのは過去にまず無い、しかもこれからこの兵力で戦争を仕掛けるので敵も同数近く揃えなければならない。
ストレステストと呼ばれるサーバーの耐久力を試すテストはあるが、そういうのは基本的にオープンベータ辺りでやる。それに近い事がこの場で出来るのなら我々はベータテスターの鑑であろう。
「では、魔王様、御下知を。」とバッシーさんが一礼をして魔王の副官が如く俺の横に出た木馬の上に立つ。
俺は既に空を捨てた陸の竜である、歩みも普通のプレイヤーの走る速度と同じなので、見た目の割に鈍重に見えるが、その巨体は軍隊旗の様にそびえ立つ。
「魔王軍、前進せよ。」と出来るだけ威厳のあるドラゴンボイスで味方の進撃を指示する。続けてオークの戦士達が太鼓をリズミカルに叩き出し、キーン!という音を出しながら上空を邪竜達が空を飛びながら敵の急ごしらえで張った塹壕の上に爆撃を開始する。
「蹂躙せよ、焼き尽くせ、我等が魔王の軍である事を世界に示せ。」と魔王らしいセリフを口にしながら歩み続ける。
前方より敵の木馬が勇敢にも波状陣を敷きながら砲弾を発射しつつ射撃を開始する。
「鉄槌歩兵隊、突撃。高機動隊は右翼から回り込め。」と俺は歩兵達に厳しい注文を出す。歩兵は敵の砲弾に怯みはしたものの、すぐに航空部隊から血神信仰による目くらましにより敵木馬砲の照準はバラバラになり突撃を容易にする。
敵の迎撃兵力が少ない、理由は簡単で答えはすぐに届いた。
「魔王様、魔都ハイロンの北西に艦隊が出現しました。防衛部隊の派遣を要請をされています。」とバッシーさんが報告を入れるがこれもシナリオ通りです。
「ハイロンの防衛にはギルド天魔及びア・ヨグさんの部隊を向けてください。他の部隊はこのまま前進します。」と短く伝え、俺はもう特に歩くこと以外やる事がないのでたまに空へ向かってファイアブレスを吹く。
「やべえよ、めっちゃ大軍だよ。」とソラチが呟いた。木馬ギルドのマスターである変わり者のダンはその声を聞きながら口をへの字に歪める。「テクチャルの手伝いの次は魔王の大軍を止めて、倒れたらハイロンの揚陸作戦だ。たかが一日二日でこの忙しさと扱いの変わり様はたまらんな。」とダンは対空砲手席の後ろから遠目にファイアブレスを空へ向かって吹く巨竜を見て愚痴る。
ダンジョン内で戦った限り、あの魔王は既に役立たずのスペックであるはずだ。だが、指揮官が武力を誇れば良いという時代は大昔に終わっており、それは戦闘の規模が大きくなればなるほど個の実力は不要となる。
ただし、指揮能力と生存力と威厳は重要だ、今の魔王はその全てを備えている。
『ダン、中央突破から魔王の首を狙うのはどうだ?あいつの足は遅いんだろ?』とタイタントリオン号から通信が入るも、魔王の周囲は見事に鉄槌と盾を持つオークとそれを守るように飛び交うシルフ達で固められている。シルフの風魔法は遠距離攻撃を大きく減衰し、オークの鉄槌は木馬の弱点である。
そして何より、敵にも明らかに霊炉か竜炉を積んだ木馬が8両も用意されている。
「我々が覇王殿から揚陸作戦の依頼を受けている以上、時間ギリギリまで粘って車両を節約しなければならない。」
『ってことは覇王はエルスローンを見棄てる気か?』と非難する様な声が聞こえるも、あながちそれも間違いではないとは正直に言えない。
実際に現状覇王はハイロンの北西に艦隊を率いて大河を登った後にハイロン城門への艦砲射撃を開始するだろう。
エルスローンの東に流れる大河上には覇王副官のアルマース率いる艦隊が分散されて配置されている。
つまり、覇王と魔王はお互いに衝突を避けているのだ、これには何か理由があるのだろう。
『前方敵集団の突撃くるぞー!』『左翼からローチャーの群れだ、気持ちわりい!このままじゃ挟まれるぞ!』と散る葉号とコベチェンコ号から通信があり、敵が包囲殲滅という大兵力なら当たり前の行動に出てくるのが分かる。
そうなると味方からも歩兵や砲兵の支援が必要になるが、現状で総指揮権を持つ人間はこの戦場にいない。
覇王がこの場に居ない上にロンメルファントムはここの戦闘後にハイロンを攻めなければならないので歩兵の指揮系統であるギルド『ジェノサイドパーリー』マスターのノトーの命令を聞くことも指示する事も出来ない。
くそったれな戦場が続くな!とダンは思ったが、先進的なロールはやればやるほどクソになるのはネットゲームの常識である。
突如ガツン!という音が木馬内に響いた、敵のシルフやマミーが風魔法や包帯を使ってオークやゴブリンを大砲や投石器の様に打ち出して木馬へ張り付かせたのだ、それに遅れてノッシノッシと進んでくるオーガやトロルの巨体、「全車両全速後退しつつお互いの車両に対し発砲!張り付いた兵士を焼き殺せ!」とダンは指示をして木馬隊を後退させた。
「提督、ハイロン城門を視認しました。砲撃開始なさいますか?」と海の民ミズーリが尋ねてくる、敵の砲兵隊打って出ては来ないか。と思ってハイロン城門の上を見ると、その防衛用の長距離砲だけはきっちりこちらへ照準を合わせているのが見える。
「ダンはまだ戦闘中か?」と覇王はこの臨時の副官に尋ねると、「ロンメルファントム、全車両維持したまま後退戦闘中との事です。」と報告を入れる。情報の経路は魔王軍ラジヲの実況動画かららしいが、使える物はなんでも使うのが我が軍の方針だ。
「動画の位置が変わりました。おや、これは。」とミズーリが首を少し捻ったが、「何処を映している?」と形式だけ尋ねておく、「これは我々の艦隊の映像ですな、門上からです。」と分かってはいた報告を受けて甲板から双眼鏡を使いハイロンの門上を眺めると、確かに前々魔王であった悪魔の少女がマイクらしき物を持ちながら手を振っている。
「少し、驚かせてやれ、サービスだ。」とアドミラルは指示をすると「ハッ、衝撃映像を作ってやりますよ。砲手、長距離砲よーい!」と答えた後に、バスン!と大きな音が響いた。
「こちらハイロンから魔王軍ラジヲレポーターです!いやー大艦隊ですねえ、数はいちにーさん…30隻くらいでしょうか、かなりガチですよねアレ。戦艦って3人から12人くらい乗せれるんですよね。となるとこれは黄金のシロッコが総出でこちらに攻めて来てる事になるんでしょうか。」とのんきな笑顔でカメラさんに手を振る悪魔の少女の横から、「愛!艦隊の砲身が動いた…伏せろ!」と鋭い声が聞こえ、「あわわ!」と咄嗟に撮影班とレポーターは伏せの姿勢を取った直後、バスーン、ドゴォ!という音が響き城門内の高い石造りの建物の壁にぽっかりと穴が開いた。
続けて艦砲射撃がドンドン降り注いでくるが、「前々魔王様、反撃を命じろ…。」とナイトウィンドは低い声で呟く。「分かりましたー、砲手さん達は反撃を開始して下さい~。」と実に緊張感の無い声で愛微笑は防衛戦の開始を宣言した。
戦線は順調へ敵の首都へ向かっている、左翼位置に当たるコビット庄からは敵散兵が時々姿を見せるが
、兵力の分散は下策であり補給路の分断対策を膨大な長蛇の陣でカバーしている魔王軍にはこれといって隙は無い。なまじあっさりエルスローンが陥落されても困るのだが、攻撃の手を抜きすぎるとあっさりと分かる人が敵味方に居るので俺は堂々と進軍しなければならない。
この圧倒的戦力と戦意の差を埋めるに当たって俺は敵のとある大物へ出馬を依頼している。
その人影は敵の木馬隊の後ろでチラチラと見える白い肌、緑色の髪のエルフ。エルフの女王(男)のエールート。俺が本気で挑んでも受け止めてくれそうな防衛戦の達人である。
「覇王より通達、これより覇都エルスローンの防衛総指揮は私エールートが執りますので協力宜しくお願いします。」と透き通るような声でゾーンチャットへ宣言される。
この突然現れた今まで戦争に無関心を通しぬいて来たエルフ達へそれなりに不満の声は上がったが、このエルフの女王(男)の防戦実績は確かな物である。不敗とすら言っていい程の戦歴を前作プレイヤーより伝わっているのでノトーとダンとジャロニモ、瀬戸本といった指揮官は渋々ながら従うことに承諾した。
「木馬隊、引継ぎ決めてから覇王の下へ向かう様に。」と新指揮官はあっさりと兵力の分散を宣言、こんな兵力であの大軍を止められるのかと思われた後には更に、「全部隊はコビット庄から出撃して敵の左翼をひたすら攻撃して下さい。」とこれまた理解に苦しむ命令が飛ぶ、その命令に対して従順なエルフ達は迷わずにコビット庄から敵の左翼攻撃を開始する。
「なんでコビ庄からやねん。」とソミュアが口を曲げてジェノサイドパーリーのギルドチャットで呟くと。「コビ庄は包囲され難い地形にあるんだ、だから覇都から出るよりも敵に包囲され難いんじゃねえか?」とカシヲが返す、確かにコビ庄は立地としてDDD要塞の北西にあるので敵を挟み撃ちにする事は出来る、だが敵は大兵力である。それに対して覇王軍は既にその主力をハイロン侵攻へ向けてしまったので、防衛は苦しくなる。
そこへ指揮官であったノトーが、「そもそもエルスローンを守る気無いのだと思います。」とこの首都放棄作戦は覇王軍の権威に関わらないかと思ったが、後5-6時間で終わるベータテストなので権威もクソも今更ないか、と納得する。
「マギラ2エルフお得意の焦土作戦か。」「ええ、それも首都を使った奴。」とカシヲとノトーの意見が一致した。
「城門に篭ったほうがええんやないか?」とソミュアは基本的な質問をするが、それは兵員が少ない場合である。
城を守るというのは城門の広さの都合上で防衛出来る兵力に上限があるのだ、敵味方が多すぎる現状では規定の兵員を防御に回して残りは側面から突撃を仕掛けるというエルフの作戦は間違いではない。
それに城門の防衛はボタンポチポチ、つまりプレイヤースキルやレベルが低い人間でも成果を出せる。
「ベテランは過酷な戦地へ行けってことだな、ソミュアのキャラももうそんな低いレベルでもないだろ。」とバギーラは溜め息を付き、隣では獣人ゴンタが困り顔で肩をすくめた。
・同じ戦場でのプレイヤー同時接続数の進歩と需要
筆者の経験則で言うなれば同時接続の最大数はFPSでジョイントオペレーションズとMAGの128vs128くらいの戦い。MMORPGだとDAOCで120vs150vs80くらいの戦争でサーバが落ちたしたのを見た事がある。
探せばもっと良いデータはあるのだろうけれど、古い方の作品からは13年以上経っている現在でも300vs300くらいの戦争ゲームにすら進歩していない現状には少し寂しさを感じる。
科学もっと頑張れ。
・ぽっとで軍師様が馬鹿にされる理由
戦争ゲームにおいて補給及び補給線は生命線であり、これを防衛や奪取するのは基本的に損な役回りかつある程度の訓練が必要となる。
つまりぽっとでの人間はこの補給線を維持する為の手駒部隊を持たない故に相手が余程無能では無い限りに補給線を分断に来るので、それに対応出来なかった軍は必然的に敗北へ至る。
軍師や指揮官プレイがしたいのならばまずは1グループから1レイドの手勢を揃える所から始めなければいけないのは過去の現実での戦史が証明している。
・突撃対策
ゲーム内に鉄条網を実装するか悩んだけど、そうなると歩兵ロールがますます厳しくなるので不採用とした。
代わりにマキビシは用意したがこれは歌神信仰や天空神で易々と突破できる。




