B030.Live and let live
大雪原、スケルトン達のホームである広大な白地には不思議な踊りをするスケルトン達が目立つ。
別に彼等は踊っている訳では無く、単純に目前敵の妨害で前へ進めず立ち往生しているだけだ。
「リスポーンキルが激し過ぎて合流出来ず、クソゲーになってますな。」
「今、門上を占拠してる覇王軍ギルドは前作の廃人ギルドの一つですからね。」
「まぁ、僕等がスケルトンのみでなんとかしようとしてるのが間違いなんだったかな。」
と諦めきった僕等スケルトン達の頭上へ大きな黒影が覆いかぶさる。
その影の元である大竜は右往左往する僕等を見て「合流狙いの人ですね。どうぞ俺達の背中に乗ってください、味方の陣地まで安全に素早くお送りしますよ。」と笑顔?を作ってからその広い背中をこちらへ向けた。
渡りに舟!丁度、心が萎えかけてもうログアウトしてネットサーフィンやアニメでも見て寝るかって時に空旅のご案内ですよ。
「ありがとうございます、お気を使わせて申し訳ない!喜んで背中をお借りします。」と僕等はその背中に我先にと乗り込んだ。
「あ、スケルトンさんは重量軽いのでいいですが、武装ラインに到達している方はスケルトン3人分の重さになりますので、乗れるのはイチ竜に対して8スケルトンくらいでお願いします。」とドラゴンは言うが、例え広いと言えどその背中には6スケルトン分が乗れるかどうかの広さだ。
「6人は背中に乗れますが、残り2人はどうするのですか?」と彼?の背中に乗った僕は問いかけるとドラゴンは、「こうするんですよ!」と背中に6人のスケルトンが乗ったのを確認したのか、その二つの大きな竜爪でスケルトンを二名を鷲掴みにして翼を大きくはためかせた。
爪に掴まれたスケルトンが「あわわわ。」と慌て、力強い羽ばたきに激しい粉雪が舞うがドラゴンはそれを気にせず、「また迎えに来ますので無理な突撃はしないで下さい。すぐにまた来ます。」と言いながらジェット機の様な速さで垂直に空を目指した後に雲の中へ飛び込んだ。
大雪原は割りと亜竜やハーピーのホームが近いので飛行ユニットは見慣れていたが。色々出来るよ、便利だよ、言われていた空輸ユニットのお世話になるのはこれが初めてだ。
制空権は魔王軍が種族の豊富さから圧倒的に優位と言われてはいるが、それでも覇王軍に空戦ユニットがいない訳でも無い。
案の定、目の前にはテクチャルだろう小型の機械兵が竜の進路を妨害しようとするが、この竜達は恐らく空輸スキルにステータス全振りなのだろうか、他の亜竜に比べても圧倒的な速度と回避運動によりこの空対空ユニットを正面から突き進み、攻撃も当たらずすれ違う。試しに僕はテクチャルに暗黒魔法を放ってみたがお互いの相対速度が速過ぎて当たる気がしなかった。
空対空の戦いって別ゲーなんだろうな、と思っていたら突如として竜は急降下を開始。わわ、昔観光地でやったバンジージャンプより落下速度が遥かに速い高いし怖い!もう地面にぶつかる!と思った直後に竜は翼をバンと打ちつける様に大きく羽ばたかせて落下速度を相殺する。
「この速度で急停止するとSP全部使うのか。」と竜は呟いてたが、これ実験だったんですか。
羽ばたく竜の周囲には激しい突風が起こり、今度は火の粉と灰塵が宙を舞う。という事はここはヘヴシンキの市街地内だ。僕はやっとまともな戦場へ戻れたのか、もっと地獄に来たのか分からないけど、少し遠目に小さい王冠を斜めに被った一風変わったスケルトンを発見して。
「ギルマスー、合流できましたー。」と挨拶をするも、ギルマスのシャンコさんは首を二回傾げて「え、お、あーあー。」とマイクのテストをするような発言をしてから。「おお、復帰組みの皆様、地獄へおかえりなさいDeath!竜軍の方々もかたじけない、もう少し輸送をお願いします!」といつもの調子取り戻してくれる。
「ジャミングの効果が切れたボンね、アバターコピーはログアウトまで、ジャミングは10分ってちょっと長すぎやしないかぼんね。」と魔法使い風スケルトン、サブギルドマスターが安堵の溜め息を付く。
「修正要望に上げておきますね!」とシャンコさんが叫んでいたが、それに対して僕を乗せてくれたドラゴンが「修正されない方が都合の良い場合もあるんだよなぁ。」と小さく呟いたのを聞いた。
スケルトン空輸作戦は順調に進んだ、正直に言うとカラシさんがなぜヘヴシンキ防衛隊と門上で合流した直後に突撃を仕掛けてこなかったのは謎だが、戦況はスケルトンの集中と指揮系統の復活により逆転したかに見える。ドッペルゲンガーによるジャミングがこちらの全指揮官に当てられたら敗北は確定なので、その辺は注意するか予め指揮系統を本当の軍隊の様に完全に決めておかなければならない。
無論、敵はそれを既にしているがこちらは出来ていない。更に敵はスパイを放っているかもしれないという情報もやはり入った。
こちらからスパイを放つ方法はあるかと言えば残念ながらNOだ。
レベル1キャラのノースマンを作成し「防衛グループに入れてください。」と叫んだ所で、それを倒してしまうのは間違いなく根回しの効かない味方の亜竜かハーピーだ。
となれば空輸活動が終わって敵への空爆が対空ユニットにより厳しくなった俺達が出来る事はもう一つしかない。
敵将カラシニコブの首を取る。
その話をグループ内でしたら、「あのドワーフの首は欲しいな…。」「大将首もってけー!」と大いに盛り上がったが、ここで俺は最低限の最低の事をまずしておかなければならない。
スケルトンに混じって門上の敵を牽制しあう魔王様に、嫌味になるかもしれないが一言言わなければならないのだ。
「魔王様、これは何ですか?」と俺はグループチャットでスケルトンの軍勢を羽差しながら尋ねると、「骨ですね。」と思考力の無い返答が来たので「退場。」と答えてやる。
「ちょっと待って下さい!何が駄目なんですかー。」と愛微笑は唐突な質問に混乱をしているが、
「俺はゾーンチャットでスケルトンを貴方達と呼び戦力扱いし、グループチャットではコレと問うています、この意味が分かるか?」と念入りに確認を取る。
すると、「少年、愛をそういじめるな。」とナイトさんは真っ先に庇いに出て、
「単純な話ですよ魔王様、ビータ君は身内以外は全て物、コマとして考えろと言いたいんですよね?」
とバッシーさん大人組みがこれも早くネタばらししてしまう、という事は魔王様の評価、俺以外もみんな同じ評価なんだろうな。
「その通りです、あまり気持ちの良い発言ではありませんが、観光から魔王軍として動く事になった現状は統制と戦力分析と指揮を執らねばなりません。」と俺は、ああ嫌だな、誰か前々から言わなかったのかなと思いながら説明をするが。悪魔少女、愛微笑の面の皮は思ったより厚かった。
「やだもー、その為のサブマスのナイトさんとビータさんじゃないですかー。難しい事は全部お願いしますよー。」と魔王の尊厳なんて最初からなかったのだ。
覇王軍の覇王位は完全に実力主義の結果で成り立ったものだが、魔王軍の魔王に関してはなんとなく決まったという現状である。魔王軍の2番目にでかいギルドもギルマスがちょっと変人らしいのでどの道、魔王軍には戦略が無く、ただ種族の特性で勝てていたという現状が今完全に見えた。
あれ、これ本当のファンタジー世界の設定じゃないか?ユーザーまでその通りになってるぞ!
「ネットゲームで自軍の意識改革って無理じゃないっすかね。」とロドリコが正論を口にするが、それを出来る人は俺は過去に何人も見てきた。しかし、それを俺がやるのはなあとは思う。
という訳で魔王様に頼んでみたがこの通りフラレてしまった、文字通り。
「封建制VS独裁制。しかも前者が魔王軍ですか、おもしろいものですね。」とバッシーさんは笑顔で水をさすが笑えない。
「仕方ない。では、打ち合わせ通りに敵の大将首を取りに行きます。全軍突撃が始まってからじゃ遅いですからね。」と竜達は煙と斜陽と火に照らされた空へ舞い戻る。
「ギルマス、上空から奴等が来ます。」とレイスのルナーンが空中偵察として報告を入れる。
「やっと来たか。」とワシは呟くと自身を味方の対空射撃に当てやすい位置へ誘導する、隣にいるハーピーはスパイという事を周知させているのでまだ味方の攻撃で沈まず、敵のゾーンチャット内容を飼いならした小鳥の様にさえずってくれる。
とはいえ味方の大半は目先の数で勝る敵へ牽制を仕掛けるので忙しい様に見える。一見戦っている様に見えるその光景はワシからすれば戦いでは無い、なぜなら彼等は扱い方次第でもっと威力のある戦力になるからだ、その前にまずワシの首を狙いに来る弟子の動きを見たいが、これは完全なワガママじゃ。
日没迫る大空から黒い影が真っ逆さまに迫ってくる、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン。
亜竜種は狩りなれた獲物だ、奴等のドロップアイテムは装備があまり出ない代わりに竜炉に必要なパーツを落としてくれる。これは故郷を亡くしたのテクチャルやエーテロイドに加工させてから、その完成品を海洋ギルドに売りつければ大金が手に入る。金が手に入ればエルフギルドから装備を調達し、それをオークギルドやギルド天魔へ流す事で火神信仰や機械神信仰の取得ツアー権を受け取り、更にそれを覇王軍国民に売る事が出来てまた金を生む。種銭が膨らめば後半のコンテンツで必要なアイテムの買占めや価格操作で更に資金が増える。
勿論、手持ちの兵隊の装備や訓練、戦術研究も怠らない。戦略に関しては経済を回し続ければ優位に立てるのでギルド資金は溜め込み過ぎないようにして一定放出する。時折、海洋ギルドに資金援助を要請されるが、これも快く承諾しておく。
現在の覇王位はワシから提督と呼ばれる、名前もそのまんまなアドミラル氏が就任しているが、あいつの手腕と戦術眼はなかなか良いので高みの見学をさせて貰っている。
それに、もうあっちも勝負が決してこちらヘヴシンキの状況は知っているだろう。
ワシ等がヘヴシンキ防衛隊と合流した直後という勝利のタイミングに突撃をしなかった理由は単純にギルド黄金のシロッコが保有する海空軍の到来を待つためだ、懐痛まない完勝を目指すために援軍を待つ、単純な理由じゃよ。後は戦争は長引いた方がアライメントポイントが稼げる。
頭上に竜影が薄く差しかかる、「対空射撃開始。」とワシが号令を下すと共に激しい火線曳光が天を叛く様に地から吹き上げる、火山の爆発の様に裏切りの雨の様に。
天空の覇者と化した彼等もこの砲火はかわし切れず、その身を刻み、血しぶき、飛び散る竜鱗、穴の空く大翼を晒しだしているがその顔に怯みはない。
殺し屋の顔をしろ!そうだ!その顔だ!と心から湧き上がる歓喜が口元を歪める。
二体の竜が姿を消した、一体の竜はそのまま砲火を浴びながら西へ逃れていく。
消えた一体!まずは目の前にいた、竜の姿から人型に瞬時に変じたその女戦士。否、お前の顔はよく知っている、性転換ノルマ達成したんだろうが分かるぞ我が弟子よ!
しかし、タダでこの首はやられんよ!と天空神信仰のレベル10『瞬間移動』を発動させワシは敵の向こう側である天空へ転移すると、それに合わせて奴もこちらの目の前に出現をした。
お、おう、信仰レベル10おめでとう。そして読まれたか、とワシは心の中で思うと、口元を吊り上げた目の前の女戦士はワシご自慢のビア樽の様などてっぱらに剣を付き立てた。
やったか!?と俺はネットゲームの師匠という曲がった関係であったドワーフのでか腹に両手剣を突き入れた、この人の種族レベルが低い事は前回のエリーンの変装で判明していた為に最大MPは低いはずだ。
しかし、ドワーフは口元を歪めたまま表情を変えない、まだ倒れないつもりだな。
俺は剣を引き抜きもう一撃を繰り出そうと構えるが、その瞬間ドワーフが光の羽毛に包まれた。
ちっ、と舌打ちをしてドワーフの背中を見ると、ゴースト系のルナさんに空中牽引されたエルフのマグミさんが杖を目の前のドワーフに向けて構え詠唱を続けている。
そして、俺とドワーフの目の前に数本の矢が通り過ぎたのを見た、これは跳び陽炎さんか。
親衛隊!今はそこから離れて分かったが、その実体は精鋭部隊では無く、指揮系統を維持する為のグループと階級であり、別に強かった訳ではない。強い人間はそんな地味に役回りに付かないし、防衛に徹するなら高いプレイヤースキルも必要が無い。マグミさんが親衛隊にいた理由はそこだ、あの老婦人は激しいゲームプレイは出来ないがボタンポチポチはちゃんと出来る、しかもちゃんと怠らない。
プレイヤースキル至上主義を押さえてユーザー数を獲得しようとする傾向のあるMMOにおいてはこういうボタンポチポチで十分仕事になる救済措置は多い、今がまさにその状況だ。
我々が決死の思いで突撃を敢行してもこのボタンポチポチをするエルフのおばちゃんにあっさりと防がれるのだ、それも計算のうちだろうがお師匠さん、こちらにももう一枚、そちらと同じMMO救済措置で有能になるカードを控えさせて貰っている。
「エリーン!今だ!」と俺は叫ぶと、「はーい。」と幻惑魔法で空から陸へ姿を隠していたエリーンはカラシニコブに変装とジャミングを加える、「!」とドワーフが笑い顔から無言で険しい顔へ表情を変じるが、これが成功しエリーンが生き延びればこの作戦は成立だ。
指揮官の首を取る、これは倒すだけに限らない。
俺は天空神信仰レベル7『キャトルミューティレーション』によりエリーンを空中へ引き寄せる、俺の手から放たれるスポットライトを受けながらフワーと引き寄せられるエリーンに対して本物のドワーフは口パクをしているが、それは言葉にはならないはずだ。
敵の対空砲撃は西の空でウロチョロするアレキシさんが引き受けてくれているのでこちらへ対する砲撃は薄い、エリーンを人型の姿のままである俺が空へ向かって牽引していく、ついでに天空神魔法レベル8の『天変』で環境状況をブリザードにしておくが、直後に空模様はカラシニコブの『天変』により快晴状況に打ち消される。とはいえ空は既に日が沈み、星ぼしと闇に紛れた俺達を正確に打ち落とすのは至難であろう。
「ジャミングを受けた。SIVA、突撃カウントを取れ。」とワシはギルメンへ伝える。
「アイアイサー。」と気持ちの良い返事が返ってくるが、元々ワシらは外部チャットツールを使っていたのでジャミングはギルド内では無効であるが、合流したヘヴシンキ防衛隊への通信手段はゲーム内チャットなので号令係りは変更しなければならない。
キールかアニタがいれば指揮権の全権委任出来るんじゃがなあ、SIVAでもいいか微妙かな。
マギラ2からマギラ3へ移行しようとするギルメンは意外と少なかった、理由はゲーム性が全然違うのもあるが、そもそも老人は腰が重い。あいつらワシより年上だし、マグミさんに至っては60オーバーじゃ。
おっと忘れてた、「マグミさん助かったわい。」と礼を述べておくと「ほいよー。」と若作りされた声で返ってくる。この人は出会った30数年前から要領は良くならなかったが、助けになった時はいくつかある、足を引かれた事の方が多いけどな。
そのドジっこさと愛嬌の良さからネットゲーではモテるので、ネットゲー引退はしなさそうな人筆頭だ。
弟子の一撃からMPが全快しきっていないワシの横にハーピーの少女が「だいじょうぶー?」と近寄ってきたが、その瞬間にハーピーの胸から大振りな矢じりがドチュっと音と共に数本生えて来た。「あ、わ、え?」と混乱しながら転落する彼女にワシは天空神の力で並走しながら「味方の誤射じゃろう、すぐに再復帰して戻るといい。」と優しく声をかけるとハーピーは「ああ、蘇生できないの?わたしまだ戦い見たいのに。」と懇願するが、「ワシ等は敵陣営じゃ、蘇生は出来んからすぐに戻っておいで。何、また戦争はあるさ。」と言い聞かせると、ハーピーは地に落ちると同時にドロップアイテムを残して消えた。
「跳び陽炎、なぜ殺した。」とワシはそのスパイ殺しの矢じりを放った主に問いかけると、「貴方を倒す絶好のチャンスでした。私なら殺します。」と冷徹に答えた。その答えは正論ではあるが、それはワシには決断出来ない事である、これには少しの哀れみと感謝の気持ちが湧き上がると思えば、そこまでの瑞々しい心はワシには既に無く。
さて、と東の方へ落ち延びていくワシのそっくりさんとそれを牽引する竜人を見ながら、ワシは「及第点はやるぞ。」と小さく呟いた。
『突撃準備完了!カウント取りますよー!』と援軍からゾーンチャットが響き渡る。奴等との決着を付ける時が来たんだ!と覇王軍は敵を打ち破らなければならない、負ければ最悪ノースマンが滅ぶのだから。新米ノースマンの私だけんど、ここで負ける訳にはいかないのだ!と私は敵スケルトンから剥ぎ取ったちぐはぐな装備で決戦に備えた。
『敵の突撃に備えて下さーい!』と魔王様からゾーンチャットで報告が入る。
「夜は来た!同胞達よ!闇の眷属たる力を見せ付けるのDeath!」
とギルマスは顎をカタカタと鳴らし、同胞のスケルトン達は地を踏み鳴らした。
・設定 重量の話
人体における骨の加重について調べたらこれが恐ろしく軽い事に気づいたので、空輸による揚陸ユニットとしてはスケルトンが全陸戦種族で最優秀の部類に入る事が判明した。スケルトンのスペック書いてて「あ、やべえ、スケルトンよええな。」と思っていたら思わぬ種族ボーナスを発見して筆者歓喜。
・スパイ
対人MMOではよく見かける行為、レベルが低い人が主導権を握ろうとするスパイ指揮官もいるが、これはポンコツ軍師様と判別が付き難いので難しい。結果、身内ギルド以外は信用出来なくなるのでギルドを就職活動の如く真面目に選ばないといけないという現象が対人MMOでは常である。
だったら自分で作れば良いじゃないか、と言われるだろうが。筆者は既に4回ギルドを作って燃え尽きた。