B022.じょごえいさけ
ダンジョンの中に用意した水マスに船を配置する、我等海の民達が思い至った必殺の作戦である。
そのダンジョンの湖上に鎮座する戦艦の内部で慌しく走り回る二人組みが居た。
我々は攻撃を受けている、とはいえこのダンジョンは海の民全体からすれば小さな基地の一つでしかないが、自分達に取っては二人で作り上げた秘密基地である。あまり易々と落とされるのは実に悔しい。
「鮭殿!当たってるか?」「したとな?ミズどん。主砲の当たり具合は悪なかと。問題はあいどんの回復が厚いこっつ。」
「さっき殴った感触ではタンクもそこまで硬くなかった、つまり奴等はダンジョン攻略特化ではない。」
「あいどんZerg混じのSolidかろ。」
「どうだ?主砲の命中弾で敵のMP減り具合からどいつが一番倒しやすいか分かった?」
「シルフ、オーク、デビルが狙い目じゃとん、飛行が出来る場はかならしつっはオークからねろなけん。」
船の周囲には水場、その更に周囲は回転床を配置し敵が船外をぐるぐる回る様に移動させる仕掛けだ、これにより戦艦全方位に配置されている主砲と副砲の発射クールタイムをずらして敵に対し常に砲撃を途切れさせず当てるという作戦だが、運用が二人なので船内の砲台を行ったりきたりするので忙しい。
せめて後2、いや、1人水兵がいたならなあとミズーリは思う。
味方の大半は既にネレイド岬への幽霊閉塞作戦という奇抜な大作戦を実施しに船出した。
覇王軍海洋ギルド『黄金のシロッコ』マスターの提督曰く、「ネレイドの岬に大量の船を自沈や座礁させて幽霊船のダンジョン構築を狙いネレイドを根絶やしにする。」というクレイジーかつ本当に出来るか怪しい作戦だが、幽霊船の発生させる条件は調べがついているらしい。その場合はダンジョンマスターは覇王軍になるか魔王軍になるかは謎であるが、ダンジョンコアさえ置けば勢力は決まるのだから、ダンジョンコアを破壊してからのダンジョン乗っ取りも視野に含む戦力を集結させるらしい。
つまり、先ほどの戦闘で魔王軍側に聞こえる様に本部へ支援要請を出す発言をしたが、これは完全なハッタリだ。
人手の無い本部からの支援は絶望的だろう。だが、敵に「援軍が来るのでこのダンジョン攻略には時間制限がある。」というブラフを与えれば二人だけの防衛隊でも勝ち目は出てくる。防衛戦においての勝利とは敵の殲滅ではなく、敵を追い払えば良いだけの事なのだから。
「ミズどん、敵奥道はっちょる。」「敵さん諦めてくれたか。」
「そいばわかん。」「奥に進めばこのダンジョンの仕組みもバレるからな、再出撃はここで出来るから敵の後背をNPC戦闘に混じりながら襲い掛かろう。」「よかど。」と俺達は敵の追跡を開始した。
「EP足りそうですか?」「駄目だな、持って後2周回だ…。」俺達は回転床に流されながら砲撃を文字通り浴びるように受け続ける。味方の翼は破れ回復アイテムも回復魔法に使うEPも底を付きつつある。
「せめてヨグの姉御がいたらなんとかなったでやすがね。」
「姉御組は陸戦特化だから来てくれないんだよなあ、そもそもあの二人は純粋にキラーマシンですし。」
一同は防御体制を取りながら何か打開策はないかと考えていると、グループの出血状態変化からの止血担当ロドリコが。
「入り口と反対側に横穴があります、そこへ突っ込むか入り口に逃げるか決めた方がいいっす。」と恐らくこの状況が気に入らないのだろう、移動を提案してきた。
「愛ちゃん、砲撃は駄目そう?」とジノーが尋ねると愛微笑の機械神信仰魔法による砲撃をいくつか敵戦艦に応射しているが、戦艦が頑丈なのかこちらの火力不足かイマイチ分からない状況だ。
「移動床で位置がころころ変わるから集中して同じ場所を削れないんです。この移動床は問題ですよ。」
風魔法や水魔法での攻撃も試したが効果はあまりない、戦艦は兵器属性の攻撃が通り易いのは分かったがこちらに兵器攻撃は一人しか所持していない。野戦や遭遇戦では兎も角、ダンジョンで兵器を使わないといけない状況は普通考えないだろう。
「戦艦の部位によってMPが違う、そこが問題でしょうね。」とバッシーさんが観察結果を口にするが、この状況では硬そうな面しか攻撃が届かない。
「戦闘不能が出た場合にリカバリーがここでは難しい、奥に進もう。」と俺達は次の半周を耐えた直後一気にダンジョンの奥地へ逃げ込んだ。
ダンジョンの奥地は大きな岩場の裂け目の光景を崩さない構造であった、景色としては幻想的なダンジョンである、作った人のセンスが時より差し込む太陽光を浴びて光る様だ。
「綺麗な所ですね。」「ああ、あの戦艦が無ければ観光ダンジョンとしては完璧だな。」
そんな中でバッシーさんとナイトウィンドさんが周囲をキョロキョロと見回して何やら探している。
「どうしました?」と俺はダンジョンメイクの鉄人達に尋ねると。
「ワープゾーンが見当たらない。」とこれまた怖い事をおっしゃる。
「こんな綺麗な場所にワープゾーンなんて無粋な物を配置しますかね。」
「島自体が大きくないのでワープゾーンを生かす方法が無いと思うんですが。」
「そうでやすね、上空から見た感じではもうそろそろ階段が無ければダンジョンを突き抜けちまいやすよ。」
アレキシのその測量が当たり、奥には上に昇る階段と下る階段が並んで配置されていた。
「上下階に分ける理由はなんだ?」と俺は口に出してから考える。
上階は空に繋がっているか展望台か?、となると下層はダンジョンコアを配置した?
「先輩、とりあえず上から行かないっすか、逃げるにしても探索するにしても、僕等は空が見えれば安全っすから。」とロドリコが真っ当な事を言うので皆がそれに倣って上階の階段を上る。
階段を昇ると細く長い道と横には断崖絶壁。そして、羽ばたきと共に襲い掛かって来る海鷲の群れ、陸上ユニットがメインのグループならこいつらには苦戦をしただろうが、こちらは空戦のプロである。
「空が飛べるなら負けません。」とジノーが風魔法で海鷲を次々と撃ち落していく、陸上組は挑発スキルを敵に使用しのこのこと接近攻撃を仕掛けてくる海鷲を仲間と連携して倒していくと、案の定また海の民の二人組みが後ろから攻撃を仕掛けてきた、狙いは恐らくバッシーさん。
敵もさっきの砲撃でこちらの戦力分析は完了したはずだ、こちらのカードと弱点は見えたのだろう。
バッシーさんも自分が狙われているだろう事は察していたので防御姿勢を取るが、敵が仕掛けた来た方法は単純明快であった。
敵は素早くバッシーさんに近寄った後に横へ回り込み、吹き飛ばし攻撃を行い彼を底知れぬ崖下に叩き落したのだ、崖下に転落するバッシーさんは無念そうな顔をしていたが、こちらも海鷲と戦いながら自由落下に間に合う速度で救い出せはしない。
敵は続けてナイトウィンドさんを落としにかかるが、これをレオさんが挑発によりターゲットを逸らし、反撃として強力なゴブリンラッシュを敵に叩き込むも、レオさんも同じ要領で吹き飛ばし攻撃を受けて谷底へ転落していった。
救出が出来そうだったロールのジノーとロドリコは海鷲と戦闘中出あった為に救助は間に合わなかった。
俺達はその奇襲に対して海鷲への攻撃を止めて敵海の民へ集中攻撃を開始する、風魔法、水魔法、牙爪、包帯、それらを駆使して敵のプレイヤーを沈めて行く。
「レオさん、バッシーさん、すぐ拾いに行きますので少し待ってて下さい。」とグループチャットで伝える、転落死や地形死は放置されると精神ダメージが大きいので予めケア的な発言は早めにした方がいい。
とはいえ、レオさんもバッシーさんも大人なので、「ゆっくりお茶でも飲んで待ってるよ。」と余裕を持った発言で答えてくれる。こういう不慮の事故死では謝り倒される方がきついからこういう反応は助かる。
海鷲の処理を他のメンバーに任せながら俺は崖下に降り立ち戦闘不能になったレオさんとバッシーさんの蘇生にかかる、あまりのまずさに起き上がるという設定のマズイ良薬を二人に使用。
すると、「ゆっくりお茶も出来んな。」とバッシーさんがオーク苦笑いで呟き、竜に変じた俺の背中にレオさんと一緒に跨り皆の下へ戻った。
「自爆攻撃で2キルか。」「きばったきばった。」「もう一度同じ作戦で行けると思うか鮭殿。」「ミズどん、まきおわん、つっまく。」「上層は諦めるがこちらはリスポーンし放題だ。やれるとこまでやろうじゃないか。敵が展望台から空へご退場してくれれば御の字だが。」とミズーリは溜め息を付きながら戦艦の内部でダンジョンカメラを使い襲撃者、この場合はモンスターの冒険者達を見る。
彼等は当初の攻撃的な陣形から変更して、後衛に航空ユニットやマミーを配置するといったさっきの転落死狙いの攻撃に対する対策を取りながら着実に地上二階を進んでいく。「もぐいま?」と相方のサーモンラブが次は地下での待ち伏せを提案してくるが、これはちょっと博打になる。なぜなら敵が上層から地下探索に来ないでまた戦艦に挑んで来た場合はここががら空きになるからだ。ちょっとした心理戦か、敵が冒険心か戦艦攻略をどちらかを取るか、それともこのダンジョンの弱点に気が付いたか。悩ましい。
「なやんなちよ。」と相方が本当に合ってるのかわかりにくい薩摩弁で俺の背中を押す、「そうだな、地下で待ち伏せしよう。」「そいがよかど。」海の民コンビは次は地下で冒険者達を待ち伏せる事に決めた。
海鷲の攻撃とダンジョンの上層を抜けるとそこは人間で言う展望台だった。
「うわー、いつも空を飛び回っているとはいえ、ダンジョンから大空が見えるってのはいいですね。」
「おー、何やらベンチや昼寝用のビーチベットまであるでやすよ。」
「こっちには紐に繋がったエールのクーラーまであるっすよ、しかも精霊銀製っすね。」
ネットゲームにおいて、人が作った家や村を訪問したり襲ったりした時に感じるその場からの人間臭さ、それがこの展望台に溢れていた。
「お金持ちになったらこういう生活がしたいな、って気持ちになる場所ですね。」とジノーは俺の心を読んだように呟く。
「マギラ2のハウジングに似た要素がダンジョンや村や要塞に代用されている感じはあるな。」
「あ、宝箱あるよ!」「それは自然湧きみたいですね、頂いていきましょう。」
「この精霊銀のエールクーラー、デザインがいいっすねえ、持って帰りたいけど家具として固定されてるから無理っすけど。」
「ロドちゃん、人の夢をあまり踏みにじったら駄目だよ。」とエリーンが真っ当な人間的発言をする。
それを言われると数々の人の夢を踏んできたし踏まれて来た身としては葛藤が生じる。
だが、とりあえずは今も前に進むしかない。
「次は地下を探索しながら、あの戦艦の対策を考えよう。」
俺達は自由な青空を名残惜しげに背中へ回して、また岩盤の隙間へ戻っていった。
・方言 筆者旅行大好きだけど、一番好きなのがその地方の方言や言語を勉強してマネして現地の人に採点して貰う事である。
耳で聞いた中では京都に行った時に駅を歩いていたJKが「それはないどすぇ。」と滑らかに発言した時に受けた衝撃が今までで一番強かった。
津軽弁は未だにまったく分からない。
ベトナムにバックパック旅行をした時は現地のじーさんに「発音が違う!こうだ!」みたいなハートマン軍曹ばりのレクチャーを受けた、ベトコン世代は流石に強い。
タイに三ヶ月仕事で出張した時はタイ語を練習しすぎて4回も同僚の通訳と間違われた。
喋らないで原地人と間違われた事は3ヶ月間で30回以上あったから結局は顔であったのだろう。
という話を友人にしたら「まずは英語の勉強したら?」と塩対応をされた。




