B018.引く事覚えたら夢は覚めるか?
サトリはノムラと触手のジャンケン勝負後に触手達へ向かって左腕の手首を右ひとさし指でトントンと叩く仕草をした。これは割りと世界共通のボディランゲージである。意味は時間が押しているから急いでくれ、である。
「でも今時、腕時計はねえわ。」と真っ黒い触手代表は残念そうにしょぼけたモーションを取り
「あちらさん、押してるらしいからみんな一列に並んでー。」と言ってからジャンケンの総当たり戦に移行してくれる。
「ジャンケンホイ!アイコデショ!」「よし次ジャンケンホイ!」「ジャンケンホイサ!」ジャンケン大会はサトリの思惑通りに少しずつペースを早める事で段々と回転率が上がる。最初にパーかグーを出し、アイコになれば次の手はチョキかパーを出す。だが、これは人間の指を動かすという動作が前提の正攻法であった為にジャンケンコマンドを登録しているゲーマーには何の意味も無かった。
両者が回転する様にジャンケンし回ると集計結果は我々の半裸からフル装備達成までに勝利が9回。
装備部位は盾と片手武器や両手持ち武器の都合もあるが、大体人型は12パーツが基本なので12回も負けてしまった事になる。
「えと、この場合だと私達は貴方達の内一体と戦えば勝ちですよね?」と念を取るが、これの時点でかなりの負けである。なまじ半端に策に頼ったのが裏目に出たのでしょう。触手達はあまりグーを出さなかったのです。
「んー、二体でもいいよ。」と暗黒触手がこちらに譲歩?の姿勢を見せる。
「なんで増えるんだよ。」とグンベイは異論を唱えるが、これには恐らく意味がある。
「レベル24の俺と戦うか他の子二匹と戦う、どっちがいい?って提案だけど、俺でいいの?」と暗黒触手はその体から漆黒のオーラを放ち始めた。
「一体なんて囲んで叩けばラクショーじゃん!」「あ、待ってください、タイムです。」
「即決して欲しかったけど残念だな、20秒だけあげる。」
「単体の方が倒しやすいだろ!」「レベル24ってそんなに強いかな、補正かかってるからこっちの方が有利じゃないの?」「プロ一体とアマチュア二体、どっちが組し易いってことかしら?」
「ええ、その通りです。後、あの黒い触手は恐らく強いですよ、うちのギルマスより。」
「んじゃよほどな化け物だね、でも逆に手加減してくれる可能性もあるんじゃない?」
「そこが問題なんです、化け物からおこぼれを拾うかガチでプロローパー二体と戦うかなんです。」
「やだ、心理戦ばっかりさせられてるじゃない。」「勇気を見せる方向性の問題だな。」
「勇気ですか。」「そうだ!俺たちは冒険者だ!勇気ある者を目指して名誉と財宝を求めるトレジャーハンターさ!」と一同は夢の欠片を胸に持ち、振り返り触手達に冒険者の心意気を聞かせてやった。
「「二体の方でお願いします!」」
「やっぱそうきたかー、誰が行くー?俺イチ抜けてキセル冒険者狩りにいくねー。」と言いながら最強の触手は闇へと溶ける様に消えて行った。
「では、この冒険者達と戦う2名枠で立候補者はいますか?」とセルフバンジーさんが司会を引き継ぐと「「はーい」」と触手達は全員その触手を上げて参加表明を出す。
「ダイスロールだ!」と触手達はダイスコマンドを開始しそのランダムで表示される数値でゼロから100の間で100に近い数値を出した者が勝者という古典的な選出方法を選んだ。
性能や経験で代表が選ばれないのは実に好都合である、サトリはこの選択が間違いではなかった事を確信した。
代表触手はセルフバンジーさんとホミミンさんという方に決定したらしい。
他の触手達は部屋の隅っこに固まって観戦モードに入っている。
こちらは4人、敵は二体のローパー。地形は圧倒的に不利だけど数はこちらが二倍、負けるはずが無い?いえ、正直に言うと圧倒的に不利です。なぜならローパーにCCとバックアタックはまず通じないからです。
「では、このコインが地面に落ちたら戦闘開始と行きましょう。」とローパーは紳士的に戦闘開始の合図を決める。金色の軌跡が地面に落ち、ティンとした音を出した瞬間に、双方が突如移動不能となる。
開幕にCC掛け合いになったので全員その場で行動不能になりました、PvPではよくある現象です。重要なのはこの状態をどう回復するかです、それにより使用リソースと敵の傾向が見えてきます。
敵が選んだ回復手段は見慣れない方法でした、あれは超回復ライン?こちらは状態異常回復魔法を所持していないので全員が打破コマンドによるCCからの回復を選択します。これにより打破に使用するSPの確保が厳しくなります。SPが無いと物理攻撃職はDPSを出せません。となると魔法メインの私以外の攻撃はあまり期待出来なくなります。
二体の敵が同時に姿を消しました、恐らくステルス能力だと思います。これを看破する事は今の我々には出来ません。この戦いはこちら側の無い無い尽くしです、CCからの回復、ステルスエネミーの対処、普通の冒険者はすぐにそんなスキルは取りません。過去の冒険者はそんな頭の良い敵とあまり戦いませんからね。戦争スキルと冒険スキルは全然違うんですよ。
「グンちゃ!上!」とノムラさんが声を上げると確かに敵がグンベイさんの首に触手を巻きつけようとする所で私は風の魔法でグンベイさんを吹き飛ばします。
その天井から攻撃を仕掛けてきた触手に対しラニさんが投擲用の槍を命中させてダメージを与えるも、彼等は物理攻撃に耐性があります。
ギルド内で対ローパー戦の為に解析された情報結果はローパーに無駄なスキルは無いといった話だそうです。
強力な足止め、毒、自己回復力、ステルス能力、防御力、どれを見ても一級品です。弱点といえば陸上での移動速度が遅いので砲撃に巻き込まれて死に易いという所がありますが、彼等はそこをきっちりと地形でカバーします。
「敵、魔法とか少ないですね。」
「こっちもDPSが出ないね、毒で削りきるって作戦にも無理があるプルプル。」
「でも、あちらさん光神で回復してがっちり動かない作戦みたいなんですよ。」
「天井に引っ張ってから落下ダメージで倒すのはどうかなプルプル作戦だよ。」
「ちょっと汚いけどそれで行きますか。」
敵が天井で出ては出ては消えを繰り返しこちらを引きこみにかかる、そこへノムラがスポットスキルで敵のステルス封じを行い陸上からの投擲や魔法で遠距離攻撃を加える。
毒やCCの合間に何度もしつこくこちらに触手を伸ばしてくるが狙いは恐らく落下ダメージからの転落死。
ノムラが一回天井まで連れて行かれたが彼女は自力で脱出し、自由落下後の地面激突と同時に転落ダメージを受けると思ったが、そこへサトリの風魔法でノムラを落下直前に真下から打ち上げる。
「りーりちゃんありがと、その魔法で味方の転落抑えれば敵に引きこまれても大丈夫なんじゃない?」とノムラは当たり前の事を聞いてくるが、
「それだとEPが足りなくなるので触手は出来るだけ回避してください、毒攻撃は地味に痛いので光神魔法の範囲外から出ない様にして戦えば凌ぎきれます。」
「敵さん、全然沈まないぞ。」「最初は惜しかったけど、もうあっちも慣れたみたいよね。」
「問題はあのエルフですよ。」「あれがいなければ勝ち確定なんぷらー。」
「なんぷらーってなんでしたっけ?」「お魚の醤油です。」
「ではエルフに集中攻撃ですね。」「しょうゆうことプル。」
サトリに二体の触手から同時に触手が伸びる、この中で一番対触手のかなめであるエルフに攻撃が集中する、そのタイミングを我々は待っていた。「来た!薄い本!」「今だ!ぶっちぎれ!」
と冒険者達はサトリに絡み付こうとする触手自体に集中攻撃を持てるリソースの全てを使って攻撃しにかかった。ローパーは触手に対して攻撃判定がある、この戦いで気づいたことはそこだった。
ご自慢の触手に猛攻撃を受けたホミミン氏は気絶状態も付与され天井から転落しそうになるが、それを「ふぁいとーいっぱああつ!」と叫ぶもう一体のローパー仲間であるセルフバンジーが引き寄せ助ける。
「おい、一人二役すんなよー。」と地面からコビットの抗議を受けるが状況はこれでかなり悪くなってしまった。
「回復間に合いそうですか?」「しばらく盾になってくれれば大丈夫プル。」
「と言うことは膠着確定ですね。」
「判定でも難しいから、ここは時間の無駄を避けて講和するのがいいプルね。」
プロの戦人は見極めも対策も早い。しかもルールもきちんと守る。
「すみませーん、講和しませんかー?」とセルフバンジーは冒険者側へ訴えると。
「条件次第でー!」とサトリは返答した。
「えー。」「いつか勝てるかもしれないわよ?」「でも勝てるか怪しいぜこれ。」と仲間達からブーイングを受けるも時間は有限である、サトリにはこの長い戦いは確実に無意味であると思えてきたのだ。
「冷静に考えて下さい、このダンジョンは覇王軍が同時に50人以上が攻めて来てもそれを撃退しているんですよ、しかもこの部屋で。」
「また最初から勝ち目の無い戦いかよー。」
「いえ、互角は勝利です。問題ありません。とりあえずはあちらと交渉を開始しましょう。」
「何がお望みですかー?」とエルフから返答があった、ローパーの望みといえば美少女を触手攻めにして遊ぶか装備品を狙うしかない、ちなみにローパーは指輪を10個装備出来るクレイジーな種族だ。
「良い指輪、クラフト外のここドロップ産で手を打ちませんか?」とこちらは第二の要望で足元を見る。
するとあっさり「このダンジョンで拾った指輪の全て渡しますね。」と嬉しい返事が来た。
「えー、渡しちゃうのー?」「全滅より面倒な状況になってる今では仕方ないか。」「いっそ自殺でもするぅ?」「それは冒険者魂が許す訳が無い。」
「一度装備しちゃったのは渡せませんから、販売用の為の奴だけでいいんですよ。早めに手を打ちましょう。」とサトリはメンバーから分配した指輪を回収して降りてきたローパーに歩み寄った。
「やった!いとしいしと!いっぱいもらえるプルよ」
「受け渡しはこっちのローパーに湖神信仰がいるので彼に渡して欲しいのですが、いいんですか?」
「はい、終わりの見えないPvPはつらいですからね。」
「勝ち馬乗りは趣味じゃないですが、互角過ぎるのもアレですからね、分かります。」
とローパーとエルフは握手をしてアイテムの引渡しと冒険者の通過許可を得た。
モンスターに扮した人の弱点と強み、それは人と分かり合えるという事だ。
天魔のダンジョン地下三階、ここより下に到達した覇王軍はいないと言われている。
つまり、現在この冒険者達はある意味冒険成功なのである、後は未知と理不尽をどこまで踏破するかの話だが。
「いえ、次のイベントマーク前で帰りましょう。」とサトリは提案と言うよりも決定を下した。
「どしてー?」とノムラがサトリに疑問をぶつけるとサトリは「誰もこの階層より下へ行けていない、つまり強力なコネと戦力が無いと恐らく無理になると思うんです。そして、さっきの戦いが我々の限界点です。」
「悔しいがさっきのでかなり危なかったからな。」「そうね、何事も引き際は肝心よね。」
「冒険はギャンブルと同じなんですよきっと、私達は今貴重な時間を賭けています。欲を出して心に傷やアイテムドロップをしちゃうより今勝ってると思っている時に切り上げたほうがいいと思いませんか?」
「開拓者にはなれないのかー。」
「開拓もなにも、相手のダンジョンマスターからすればここは庭みたいな物ですから。どちらかというとアトラクションですよ。」
「そう考えるとRPGの全てはそうだけどな。」「ああ、見たくないわ、聞きたくないわ、その現実。」
「今回の案内人になったのは最初は少し後悔していましたが、私は楽しかったですよ。お疲れ様でした。」「ああ、お疲れ様。」「また冒険しましょ。」「なのだー。」
「先輩、あいつら帰るっぽいっすよ。」
「うーん、冒険するよりも世界中に凶悪なダンジョン色々作ったほうが開拓者とか冒険者っぽい気がしないか?」
「お兄さん、完全に思考がモンスターになってますよね。」
「その後はダンジョン運営ゲーになってしまうが、それでいいのかね少年…。」
「その運営で思ったんですけど、このダンジョンはローパー達に任せてまた冒険に出ませんか?」
「さっき冒険者否定してたばかりじゃないでやすか。」
「視界が狭い方が楽しめる事もあるんじゃないかなって思うんだ、ここはちょっと庭過ぎる。北の方も全然行ってないしな。」
「お兄ちゃん、まずは仮眠してお風呂とご飯だよ。」
「何事も引き際が肝心、か。まずはゲームと現実からちょっと引くか、おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさーい。」「晩御飯前には起こすからねー。」
ログアウト、長時間ゲームプレイをしていたお陰でHMDとハンドコンソールが少し汗臭くなっている、アルコールを浸み込ませたティッシュでそれを拭いていると唐突に眠気が襲ってきた、その魔法の様な衝動に俺は抵抗虚しくCCされた。