B016.吊り橋効果によるメンタルレベリング
「あんなの勝てっこないじゃん!」とノムラは人一人が通れる程度の吊り橋終端にたむろしているモンスター集団を指差して抗議した。
「あれは無理ねぇ、もう帰れってことぉ?」「失敗しても死亡が無いゲームの世界とはいえ、こうも露骨に駄目出しされると悲しいもんがあんな。」ラニとグンベイは近くて遠い橋の向こうにある現実を注視する。
さて、どうするもこうも最初からこのダンジョンは案内人頼みだったので、その案内人であるサトリへ視線が敵味方から集中する。
するとサトリは「いえ、まだ地下二階ですから。大丈夫だと思います。」と言った後に、一枚のお札をローブの内ポケットから取り出し、吊り橋の向こうにいるモンスター達に見せて。
「イベントマルイチでお願いしまーす!」と敵の方へ大声で呼びかけた。
え、何それといった反応をサトリ以外がするが、それに応じて敵の方から返答があった、
「じゃあ、こっちから三本勝つまでタイマンで勝負だ。」とボスドラゴンからイベント内容の提示をされる。
イベントマルイチ、相手に勝つまで決闘をする。ギルマスから教えられた暗号の一部であるが、他にも色々な内容があり、一回のダンジョンアタックで同じイベントは重複してはならないらしい。理由はおもしろくないから、だそうだ。
サトリはその言葉を聞くと後ろの味方に振り返り、
「じゃあ、誰か一人この吊り橋の上で敵代表と戦ってきて下さい。」と無理に作った笑顔で味方を敵の玩具に仕立て上げる。
冒険者ご一行から一人の戦士が吊り橋の上を進んできた、種族はストライダーだろう浅黒い肌で髪の長い男だ。
「どうですか、解説のお兄ちゃんさん。」とエリーンはマイクを片手に持ち俺に対して解説を求める。
「今までのNPC戦での動きを見れば分かりますが、冒険者とかいう今時変わったロールプレイをしているだけあって実力はなかなかのものだと思うぞ。」
「冒険者じゃないプレイってなんなんですかお兄さん。」
「んー、サラリーマンとかアルバイトじみた動き?」
「モヤっとした感想だけど、それって夢が無いね。」
「ネットゲーも現実の延長になる場合が多い人が多いんだよ。作業感みたいなのがにじみ出るプレイはある。悲しいとは思うがこれ現実なんだよな。」
ストライダーの男が吊り橋の中心辺りまでに歩を進める、その恐れを知らぬ敵の先鋒に勇気を感じ、それに応えて俺自身が出向いて戦いたいがここはもう既に対戦相手を誰を出すか決まっている。
「んじゃ、ジノーいってらっしゃい。」と俺はシルフの少女を先鋒に指名。
「分かりました、かなり不利ですがベストは尽くしますね。と空中戦のみに特化してきたジノーは吊り橋の上で陸上戦に慣れた敵プレイヤーとガチ勝負をしなければならない。
ジノーがそのうす緑の羽を使わずにテクテクと吊り橋の上を歩き出す。
その様子を見てストライダーの男は怪訝な顔をして、「おいおい、こんな地形で飛行ユニットは汚くねえか?」と投げやりに話しかけてくるも。
ジノーは「いえ、羽は使いませんよ。」と決意の眼差しで敵との距離を詰める。
「罠かナメプか分からねえが、俺には戦うことしか出来ない。お相手よろしくな!」と戦士は一礼し盾と精霊銀のショートソードを構える。「まともそうな相手で良かったです、こちらこそよろしくお願いします。」とジノーのスカートのすそを摘みお嬢様ポーズの挨拶をする。
「ルールは冒険者側が3人こちらの陣営を倒していけば勝ち、転落した場合はサポート外だから落ちるなよ。では勝負始め。」と俺は拡声器で大きくした声を発した。
最初から双方全速力ですれ違った、敵もこちらも正面からチャージ系スキルを発動させたので位置が逆転した、これは敵のシルフが得意とする引き撃ちをせずにすれ違う事を選択し距離を稼いだ事になる。
ちとまずったかな、グンベイは振り向きざまに打ち出される風魔法が飛来してくるのを視認した。これはこちらも振り向きざまに構えた盾で受け止める。ダメージはほぼない、なぜなら俺は現在タンク職の装備だ。本当にDPS特化ではないキャラの攻撃は例えそれが魔法であっても致命傷にはならない。
どうすっかな、もう一回チャージするか、それとも盾構えながらじりじり距離を詰めて敵のEP切れを狙うかなあ、でもシルフってEP切れなさそうなんだよなあ。
シルフは種族の特性上で引き撃ちがし易くEP回復にボーナスがある。飛行能力と持久戦、これは落ち武者狩り系暗殺とCC職に近い。
もう一度チャージをしてみる、すると敵もそれに合わせてチャージをしてまた交差し距離を取られる。
そしてペシペシと風魔法が飛んでくる、CCや信仰魔法を使う素振りが無い。
くそ、上手いもんだな、単調なチャージは見切られるか、距離を調整する、いや、ここはフェイントを混ぜるべきだろうな。
敵のチャージタイミングに合わせて風魔法のエアーマンによる吹き飛ばしを自分に加えてすれ違う様にする事にしました。近接職なんかと正面から殴り合いになれば間違いなく負けてしまうでしょう。
お兄さん曰く、これを機会に羽の使えない状況で戦う場合の練習をしてとの事です。
お兄さんは女子にも割りとガチな要望を出す場合が多いので、常にまったり引き撃ちや落ち武者狩りだけしてれば良い状況を用意しません、今回みたいに「それシルフの戦い方じゃありませんから。」という言い訳も通じません。
それを口にしても「お前なら出来る!」とは言われますが、あの人は私を何にしたいのでしょうね。
戦力として頼りにされているのは悪い気はしませんが、女の子としては扱われてないかなあ。
そういえば以前に村を作った時も何か見えない線引きをしているのは感じました。
見た目も頭も良いんだけど、ちょっとドライなとこありますよね、あの人。
でもそれは悪い評価ではありません、個人的にはプラス要素です。あ、私マゾじゃないですよ。
シルフの少女が地面に伏した、ストライダーの男はその姿に一礼をし味方の元へ吊り橋から戻る。ジノーの敗因は単純だ、相性と地形の問題である。
そもそもこれは天魔側の負けが確定した勝負だが。重要なのは負け確定に近い勝負から勝利や引き分けの目をどうやって拾うかをジノーに学んで欲しくて縛りプレイの先鋒に指名した。
「良い勝負だったぞー。」「すごいすごーい!」「ジノーさん、お疲れ様です。」と身内から労いの声が上がるも、ジノーの復帰地点からこちらに戻りながら「CCとCTのタイミング次第では。」と何やらブツブツと呟いている。
恐らく何か思いついた事があったのだろう、決闘というのは実に非生産的な娯楽ではあるが得られる物は多い。
外的要因の無い一対一の対決はどの種目でも、あの時ああしてれば、冷静に考えればこうだよね、といった事が多いので日々何も考えずに本能的に敵を襲いかかるよりも良い刺激になる。
現在までに味方がピンチに陥ったときは周囲がフォローをし切れている場合は多いものの、これからはそうだとも限らない。その為にこういう修行の場は前々から欲しかった。
身内同士で決闘をするという選択は精神的に禍根が残るだろうと思ったから出来なかったのだ。
「さて、そちらが一本取ったが次の試合に行こうか。」と俺は冒険者を促すと、今度は身長高く筋骨逞しいアマゾネスの男が歩み出てきた。これは強そうだな、というか変人は強い人多いよね。
「さあ、かかっていらっしゃい!」とアマゾネス男は大またで吊り橋を渡ってくるが、一本取られた状況では攻守が逆転した空気になりかかっているかもしれない。
そこへ投入するこちらの中堅はなんと魔王様である。
吊り橋の上をパタパタと翼を羽ばたかせながら進む悪魔の少女を見て冒険者達は皆渋い顔をした。
「仕込みダンジョンで魔王が来るか。」「ラスボスじゃないんだねー。」「そもそも大将ですらないのね。」と口々に意見が出るも、何も問題はない、だってこいつこのダンジョン最弱だもん。
「どうも、よろしくお願いします。」ペコリと頭を下げる愛微笑はニヘラっとした笑顔で挨拶をする。
「あら、お手柔らかに。かわいい魔王様。」と挨拶をしあう様は実に決闘の雰囲気ではない。
「では、試合開始してくれ。」と俺は合図を出すも、結果はこれも見えている。
愛微笑は暗黒魔法の盲目効果と闇属性の攻撃で攻める、信仰魔法と種族特性を考えると物理特化のデビルも有りなのだが、今回は魔法一本で行くと明言していた。結果は実に半端である、まずはデビルは明らかに攻撃特化の種族なのだが、未だに天空神という機動力と回避能力の神様を信仰している。かといって武装や魔族のスキルラインも上げていて中途半端さが目立つ、結果生まれたのが器用貧乏な魔王様。
器用貧乏が対人で強いか?答えはNOだ。よくバランス型は対人で強いと言われるが、強い人間は器用貧乏ではなく、総合的に強いのだ。で、こいつは器用貧乏の方。
機動力、火力、防御力、どれもあるがとんがってない。
そして、対戦相手はコテコテの陸上DPSキャラだ、両手武器の槍を獲物にアマゾネス種族の攻撃系スキルに全振りだろうか、暗黒魔法がある分有利かと思ったが、盲目状態の間だけアマゾネスは防御に徹して、その間に致命傷を与えれない愛微笑は盲目の切れ目に敵の猛攻を受けてジリ貧に追い込まれる。
こいつが未だに持っている天空神の信仰ははっきり言って尖り過ぎている。飛行ユニット以外であれを使いこなせるのはとあるドワーフくらいだと真面目に思う。
まだ倒れていない愛微笑を横目に「敗因はなんですかね、解説さん。」とエリーンは残酷な表現をするが。「まだ倒れていませんが逆転は難しいでしょう。やっぱ信仰は厳選しないといけませんね。」と俺はいつだって現実的な意見を言うさ。
「ぎゃふん。」と言いながら魔王様は地面に前のめりで倒れた。「やったわー!」アマゾネスが叫ぶ所を見ると勝負はあったらしい。結果は案の定である。
「対人ゲームは切磋琢磨と決断力が重要になります。スキルの取得を半端にしてしまうのもまた判断力の差になります。」と俺は魔王様に追い討ちをかける。
たとえギルマスだろうが若い娘だろうが、戦力に出来る人をネットゲーの姫の様にチヤホヤする気は俺に無い。
さて、次のメンタルレベリングは勿論決まっている。
「2勝利とったわよ!」「やったな!」「最後はりーりちゃん?」「いえ、私は遠慮しておきます。」と冒険者側は賑やかになっている。
「勝利2つ目おめでとう、後一回勝てば君達の勝ちだぞ。」と俺は唐突に吊り橋へ向かって妹を押し出す。
「あれー次の試合わたしだったのかー。」とエリーンはニコニコしながらと吊り橋に向かっていくと、向こうから出てきたのはコビットの少女。
はっきりいうと見た感じは裸足の幼女であるが、ダンジョンカメラとマイクで見聞きした限り、こいつが一番匂う。戦い慣れた熟練戦士の匂いがするのである。
嘘じゃねえよ本当にあるんだよ、嗅覚デバイスは未実装だけどさ。
吊り橋の中央くらいで二人が向き合うと「私エリーン、よろしくねコビットさん!」と妹はかわいい動物を見る様なスマイルで話しかけるが、相手のコビット少女は「あ、ゆーふぉーだ!」と言ってエリーンの後ろを指差した。
「え、どこ!?」とエリーンはそれに釣られてコビットに背後を見せるが、そこへ完璧なタイミングで入ったバックアタックがエリーンの体力を一気に削る。うまい、古典的だけど未だにそういう手にかかる人はいる。
『あっちあっち作戦』という大昔のボクサーがよく使ったと言われる手であるらしい。以前のギルマスが実践して教えてくれた。
その一撃を受けたエリーンはグニャリと体が歪む、実際の妹の姿に近いだけあってそれが歪むとちょっとモニャっとした気持ちになる。夕飯の時間にリアルお前と対面した時複雑な心境になるよ。
「後はラーニングスキル次第だねー。どこまで持つかなー?」とコビットの少女はそのままエリーンに大きな両手斧を叩きつけ続ける。
「解説のお兄さん、どうでしょうか?」
「幼女に大きい武器を持たせるのは昔の流行ですが、コビットの場合はあれで成人かもしれません。そうなるとちょっと微妙な心境になります。」
「ちょっと分からないです、その感想。」「まぁ、思ったより敵が強かったって事だよ。」
スワンプマンは一撃必殺の暗殺ユニットである、スパイとしての能力は優れるも。一対一で同格の敵とどう戦うかを学んで欲しかったのだが、今回はその時点に到達すらしない残念な結果だった。
「ぐえー。」「よっしゃー!先人の知恵は偉大だねー!」と今回も目を瞑りたくなる様な結果であった。なんで一番不利だったジノーが敢闘して他二人があっさり負けるのだろうか。
レベルも敵と変わらないくらいだし、装備はむしろこっちの方が良いのになあ。最後のはちょっと笑ったけど。
「3本とったどー!」「ストレート勝ちよ!嬉しいわぁ!」「なんとも言えねえな。」と冒険者達ははしゃぎ跳ね回る。
「では、私達の勝ちで良いですね。ルール通りにお願いします。」とサトリは念を押すように尋ねてくる。
「ああ、勿論我々は引き下がろう。反省会があるからな。」とボスドラゴンと魔王の軍勢は背中を向けたが。
「ああ、次の触手部屋頑張ってね。」とボスドラゴンは酷な言葉を残して闇へと消えて行った。