B007.ドジっこ魔王の誕生
ゴロゴロゴロとステルス性の皆無な音を響かせて球体の群れが転がって南の彼方よりやってくる。
「エンシェントエーテロイド!?」愛微笑が叫びながらラットマンや獣人狩りを引き上げて上空へ逃れてくる。
「一回全員で空へ逃げて様子を見るでやすか?」とアレキシは敵を蹂躙しても周囲には警戒を怠らない性格の様だ。初心者は大体、戦闘が優位になると周囲が見えなくなり深追いし囲まれ敗北へ追い込まれる場合が多いが、こいつはMMORPG以外のゲーム経験者なのだろうか。
「あちきもメカとは戦いたくないでありんす。」「攻めに来る奴は基本的強いっす。」
と一同は上空への退避を決定。
陸上ではエーテロイド達がカションという音を出しながら砲兵器の様な形へ変形しだした。
「あれの射程距離はどれくらいだろうな。」と俺達は飛行出来る最大の高度までに逃げおおせたが、次に待ち構えるのは飛行船らしき物だ。
「戦闘用意。」と俺は短く言い、敵の飛行船を回り込むように、観察する様に飛行船の周囲を一巡する。
「あの竜だ!」「マイルズ、ヤーズ、センチメル、サトリ!今度はドジ踏むなよ!」と飛行船甲板の展望台らしき場所にはエルフの射手達が弓や杖を構えてこちらに狙いを定めようとしている。
飛行船の下方から回り込もうとしたアレキシは飛行船下部に備え付けられている銃座と目が合った。
ドンドンドン!という轟音が響き、砲の火線はアレキシを確実に追尾していく。
「あ、やばいでやす!」「馬鹿もの!血煙を撒くでありんすから上に逃れや!」
ヨグが手を翻すと空中に赤い血煙の花が咲く、「艦長!主砲眼は煙幕で見えません!」「副砲!足の遅い奴を狙え!」と飛行船内より声が響く。
飛行船の左右に備え付けられた2つの小さい銃座からもパラララ!と乾いた音と豆の様な火線がムチの様に躍り愛微笑とジノーに降り注ぐ。
ジノーは飛行スキルの経験量でこれをなんとかサーカスだったか言われる様な曲芸飛行でそれを回避をしたが、空戦に不慣れな上にまだ飛行スキルの低かった愛微笑は飛行船から連続射出される光針を悪魔の翼に縫い付ける。
「当たった!わ、わ、墜ちる。」と涙目でバランスを崩す愛微笑にジノーは下方へ先回りし。
「エアーマン!」と愛微笑に上空への吹き飛ばし魔法を使用、上空へ錐揉み状に回転しながら跳ね上がった悪魔の少女をロドリコが包帯で絡めとりその窮地を救う。これにより俺の積載量が上がるのでEPを使用して機動力にてこ入れをする。
墜落しかけた愛微笑を救うためにジノーは陸上からの砲撃範囲に入ってしまった様だ、可憐な風の妖精はバラララ!ドッカンドッカン!と変形したエーテロイド達の野蛮な高射砲の驟雨に突入してしまう。
「馬鹿竜!血煙を焚くから飛行船の砲台の眼を潰すでありんすよ!」
「ひえ!俺っちにあんな曲芸飛行が出来るでやすかね。」
「ジノーちゃーん!」と俺に化けたエリーンは叫びながら弾幕に傷つき翻弄されるジノーの元へ急降下しつつ救出に向かう。
「ハハ、空戦ユニット主体なのが仇になったな少年。」「やった、エルフだ!触手Lv7を味わえ!」
とハーピーとローパーのコンビは飛行船の展望台にいるエルフ達の足止めと攻撃を行っている。
「うわ、気持ち悪い!」「何この触手の攻撃力!」「光神主体で攻めるぞ!」と2倍以上の数がいるエルフを見事に翻弄してくれるのは頼もしい。
俺はロドリコと愛微笑を背中に乗せながら飛行船の周囲を相変わらずぐるぐると旋回する。
亜竜には遠距離攻撃がこれといってないので、旋回しながら愛微笑と共に副砲へファイアブレスと爪攻撃と暗黒魔法を食らわせる、副砲のMPは着実に減っているが硬い。
「飛行船の撃墜条件はなんだ?このままだとジリ貧だぞ。」
「少年!展望台にハッチを視認した。あ、ハッチと言っても私じゃないぞ。」
「つまり、内部から破壊できるという事ですね。」
「展望台のエルフがしぶといから無理じゃねえかな。」
そんな中で「こんばんは。」というギルドチャットが入り、社会人組みの到来を告げる。
「んー、悔しいが。」「どうした少年、夕飯の時間か?」
「似たような物です、ここから撤退しようと思います。ジノー、エリーン。生きてるか?」と尋ねると、
「私は急降下してラットマンの巣穴に逃げ込みました。羽を壊されてしばらく飛べませんのでここから歩いて逃げますよ。」
「わたしはエーテロイドさん達に化けてからジノーちゃんを追撃するフリをして背中に隠してるね。」
と、メタな変装スキルの使い方をするあいつはスワンプマン向きだなあ。
「エーテロイドのスキルと弱点は分かったか?」
「うん、変形した時は動けないのと。水中に入ると死んじゃうとかステルスせいのーが無いとか。」
「逃げるなら一度西へ逃げるフリをして北の草原で落ち合うのがいいでありんすな。」
「では少年、逃げたまえ。我々はここで粘り殿を務めよう。」
「ハッチさんもがりるんさんもお元気で。」「押し切る戦力がねえなら逃げるしかないわな。」
「竜コノヤロー逃げるのかよ!」「フィートスさん後ろおおお!」という喧騒に背を向けて西へ落ち延びる。苦い退却の味をかみ締めながら俺は次の戦いを考えなければならない。
…
「で、ケツまくっておめおめと帰ってきたわけかい。」
「玉砕せずに全員生還させたのは見事だと思うがな…。」
「飛行ユニットの積載問題に対空ユニットの出現ですか、随分と手の込んだ設定ですね。」
社会人組みと合流を果たした俺達は、先の戦闘結果をざっくりと報告し議論する。
「オイラが思うには、飛行船にエーテロイド積まれてたら負けだったんじゃないかな。」
そうなのである、正直飛行船にエルフではなくエーテロイドがいっぱい乗っていたら負けていたろうが。
「それなんですが、エリーン。今のお前の体重どれくらいだ?」
「やだもーお兄ちゃんったら!」と機械っぽい声のエーテロイドが右手をふりふりする。
「ちげえよ、お前のリアル体重は風呂場の体重計ログで知ってるから。その今お前が化けているエーテロイドの重量だよ。」
「しまったー!そんな機能があったのかああ!と、エーテロイドさんは重量500だよ。」
「へー、私は重量50ですよ。」「オイラは120。」「私は400だな…。」「アタイは700。」
「オークで200ですよ。つまり、その飛行船には5エルフ約750重量程度しか積載できなかったのではないかと言いたいのですね。」
「はい、恐らくキラーユニットは重量が多く、汎用ユニット程軽いんだと思います。汎用ユニットを多く配置したのはもしかしたら我々からの加重攻撃やハッチ侵入対策かもしれません。」
「亜竜は重量が1200でやすが、積載量はマリッド姉さんを担げるから700以上はあるでやすね。」
「そうなんです、亜竜は敵の飛行船と同じ価値があるんです。なので亜竜が多い魔王軍は現在優位のはずです。」
「そして、飛行船はテクチャルのスキル建造物、テクチャルの人口はまだ多くない…か。」
「アンケート結果ではエーテロイドの数も少ないです、これって。」
「このゲームに三すくみの様なシステムがあるなら、エルフと吸血鬼で飽和してしまった覇王軍には大局的な勝利は現状薄いんですよ。」
「覇王軍で人気のある竜人がどういうロールなのかが気になりますがね。」
「このゲームの罠はパッチや新要素に右往左往させるのではなく、種族間の三すくみを利用してサブキャラ育成をさせるスタイルのゲームだということでありんすね。」
「ってことは今の覇王軍では、私がテクかエーテロイドになります、私もなります、私も!どうぞどうぞみたいな古典的なギャグが展開されている可能性があるっすね。」
「ただ、ベータごときで個を捨ててプレイが出来る人間などそんなにいないだろう…。」
「ベータだからこそ色々な種族を選ばないといけないと思いますけどね。」
「それよりも問題がある…お前たちのLvの高さだ、私なんてまだLv7だぞ…。」
「Lv16ですか、たいしたものですね。」「クラスチェンジが確かLv20でしたね。」
「Lv上げでやすかあ、俺っちにはギミックのあるNPCを倒すよりプレイヤーを襲ったほうがまだ儲かると思うでやすよね。」
「NPCが妙に強いのは確かに問題ですね、よほどグループを組ませたい理由があるんだと思いますけど。」
「フフフ、それは恐らく魔王位に関係していると思います。」と愛微笑はドヤ顔で宣言する。
「アライメントポイントの総スコアが高いギルドのマスターが就任できる階級だな…。」
「マギラ2でいうとこの皇帝っすか、恐らくロクな事にならないと思うっす。」
「えへへ、実は現在の魔王軍の魔王座はなんと!みなさんのお陰でこの私が就いてるんですよ。」
と言われて愛微笑の名前の階級表示をオンにするとでかでかと『魔王』と書かれている。
「あ、ほんとだー!何時の間に!」「弱小ギルドかと思っていたら知らない人も大勢増えているしな。」
「魔王のギルドに所属していればステータスにボーナスが付きますからね、我々は固定グループ化しているかもしれませんが、メリットがあるなら皆さんも協力してくれるという事ですよ。」
「でも魔王様、おLvはおいくつでしょうか?」「くぅ、Lv10です…。」
「ジノーちゃんが庇わなかったら敵の餌になっていたのは誰かなー?」「うぅ、私でず!」
「魔王らしいLvが必要じゃないか?」
「社会人組みは陸上戦闘が得意だから戦法も変わるでありんすな。」
「そうっすね、いっそテクチャルとエーテロイドの村に攻め込むってのはどうっすか?」
「わざわざキラーユニットを襲う理由はなんだい?」
「いや、オークの人達も誘って陸上から攻めればいいんすよ。」
「ああ、意図が読めたぞ、強キャラだと思って選んだ初心者の狩りを出来るなってことか?」
「そっす、最強厨達にトラウマを植え付けれてさらに経験も稼げるって事っす。」
「ふむ、ゲームの寿命が縮みそうだが。」
「奪わなければ奪われる側に回る、それだけでも理由になりんせ。どんどん狩ればいいでありんす。」
「んじゃ早速出発しますか!」と愛微笑が前向きに活動を宣言するが、
『ライチー、マロンー、ご飯よー。紅葉ちゃんは食べていくー?』という母親の音声を俺とエリーンとジノーのマイクがモロに拾う。
「少年、晩御飯食べて来い…。」「ノーコメントでやす。」「フフ。」
「すぐ戻りますから!」「ますから!」と言いながら俺と妹はHMDをはずし階下に向かう。
「お邪魔しましたー。」と言いながらジノーはてきぱきとパソコンとHMDをリュックに詰めて家路につこうとする、その背中に俺は「暗いし送ろうか?」と声を掛けるが「悪い人ですね、一人で帰れますよ。」とジノーは手を振りながら玄関から出て行った。
・設定
テクチャル 小柄な人間種です。飛行船やパワースーツ、トラップを開発します。
機械 機械攻撃を取得します。罠の解除が可能になります。
発明 兵器を開発します。罠の設置が可能になります。
細工 アクセサリ作成やエンチャントが使用可能。
飛行 飛行能力を向上します。
先見性 罠と敵の発見向上及び、新発見にアライメントボーナスを得る。
変異先
エンジニア→パイオニア(生産特化)
クロックワーカー→デウスエクスマキナリー(兵器特化)
エンシェントエーテロイド コーティングスキルを取得しない場合は水中で戦闘不能になります、ステルス不可。
機械 機械攻撃を取得します。罠の解除が可能になります。
変形 兵器へ変形します。
アイアンボディ 物理攻撃と一部状態変化に耐性を持ちます。
高機動 陸上の移動速度を上げる等のスキルを覚えます。
コーティング 水中での移動が可能になる等のボーナスを得ます。
変異先
マイクロフト→レックス(攻撃兵器特化)
ファランクス→イージス(迎撃兵器特化)
・ご飯を呼ぶ声
筆者のネットゲー人生でVC越しに三度聞いた事がある、筆者は幼い頃に母を亡くしているので和む。




