A008.アップ↑デート
HMDをかぶりログインの認証をする前に公式HPよりポップアップ付きで突然『大規模アップデート!果ての砂漠実装。』という邪魔臭い表示が視界に飛び込んできた。
以前ゲームショウで言ってた新規マップの実装か、あれ?メンテ今日なの?アップデートあんのぉ?
今日はサーバメンテナンスでログイン不可、パッチ容量は200GB、結構でかいな。
…そうなると急いで学校から帰宅したこの時間も暇だな。
俺はポケットからスリムフォンを取り出し悪友の黒い兄弟達へ「暇になったから遊びに行こうぜ。」と伝えると。「今、錦糸町にいるからカラオケか映画でも行くか?」とネットゲーにドハマりしていて日頃付き合いの悪い俺を仲間はずれにせず受け入れてくれる。ありがとう、黒い兄弟。
ただし、「マロンちゃんも連れて来いよ!」と悪友の一人である城乃沿がとても嫌な発言をした。お前に妹を目前に晒す事すら俺はしたくないよ。
「お断りだ、駅に到着したらまた連絡する。」と俺は答え、外出の身支度を開始すると。
スリムフォンが物悲しいマギラ2のログイン画面のBGMを流し始め、それと共に振動が来た。
スリムフォンの着信表示画面を確認するとでかでかと『ロドリコ』と書かれている、こいつメンテの度に電話してくるよな。
と思いながら通話モードにし耳に当てると「先輩、メンテだからデートに行きましょう。」と脈絡の無い日本語を投げかけてくる、文化的発想も日本人らしくないぞユウリカ君。
「悪いな、ロド。これから友達と錦糸町に遊びに行くんだ。」とやんわり断ろうとするも。
「じゃあ私も付いて行きます!どこにいけばいいっすか!?」えー、お前んちから錦糸町まで来るのー?
「しかも、知らないお兄さん達にほいほい付いてくのかよ?お前の父ちゃんどういう教育してんだ。」
「パパの教育とか受けた覚えないからセーフです。」とどうしようもない会話をしていると。
更に追い討ちが階下より俺に襲いかかる。
「お兄ちゃーん、紅葉ちゃん連れてきたよー。」と、俺の天使は可愛らしい声で悪魔のデスヴォイスを放った。
まずい、急いで逃げなければ。紅葉はゲームで再会するまで存在を忘れていたが、最近よく家に来るようになった。
思い出すと昔から馴れ馴れしい奴だったので距離を置きたい。あいつは将来的に既成事実構築雰囲気まで持ち込む程に押しが強いに違いないからな。
敵は階下、窓から逃げるか?と考え脱出用の靴を探していると、妹がノックもせずに俺の部屋のドアノブをガチャガチャとホラームービーの様に力強く回しつつ、ドンドンドンとドアを押し始めた。
大丈夫だ、年頃の男の子の部屋には鍵が付いている!近所のホームセンターで売っているフックを上からかけるだけの簡単な鍵を俺が付けた。鍵は複雑にしすぎると出入りが面倒だからな。
と思っていたら。「鍵が掛かっているという事は中にいるんですね、お兄さん。」というジノーの声が聞こえ。
その直後突然、フック鍵の下辺りに隙間テープで埋めたはずのドアの隙間へ金属の定規がズブリと突き出てきた。
めっちゃビビった。
そして、薄い金属定規はそのまま真上にスライドしていき、俺の聖域であるフック鍵を跳ね上げた。
それに合わせて妹がドアを開け放ち部屋に突撃「けいさつだー!」と叫びながら筆箱を銃の様に構えて俺に突きつけてきた。
新しい鍵を考えないとなと、俺はある程度諦め考えながら出来るだけの手を打つ。
俺は包囲してくる妹と紅葉を無視しながらポケットからスリムフォンを取り出し。
「ああ、曽根崎?1時間ちょっとでそっちに行くわ。お前等の損にはならない用事だ。」と伝え次に。
「ロド、錦糸町駅へ最速でこれるか。女の子は準備時間がかかる?お前にしては最高効率が思いつかないのか。」と二方向に手を打つ。
これはネットゲームで培った、敵の思惑があるのなら乱戦に持ち込み主導権を握るというスタンス維持作戦である。
「あれ?お兄ちゃん遊びに行くの?私も付いてく!」「じゃあ私も。」と案の定この二人は食い付いてくる。
「マロンと紅葉は一回着替えて来い、制服のまま外遊びはいかんでしょ。」と俺は道徳的時間稼ぎを開始。
紅葉が着替えに一度家に帰ったのを確認すると俺は急いで通販サイトを眺め新しい鍵を探す事にした。
あいつ、よく俺の部屋をチラチラ見ていたが、こんな事ばっかり考えてたのかよ。
着替えの終わった妹と紅葉を連れて電車に乗り、錦糸町駅で右往左往するユウリカ君を探す。
どうせまた迷子なんだろ?分かっちゃうんだ。
と思いながら集合場所付近を見回すと、お互いの顔は既に割れてるのでユウリカはあっさりと見つかった。
今日は青と茶色の服装で頭には耳が付いたようなニット帽を被っていた。あれはきっとロドリコカラーのファッションだ。
その横顔に「おーい、ロドーと声を掛けると。」と声を掛けると。「え?ロド扱いなんですか!?」と反応した後にこちらへ振り向き、俺の後ろに付いて来た二人に、精確には紅葉に視点を合わせた時、紅葉とユウリカの動きがピクピクっとした。
それはまるで武道の達人同士が相手の隙を見定める時の動きにも見えるが、ゲーム内ではよく見かけるお馴染みの動きでもある。何君達ラグってんの?
「あーロドリコちゃんなんだー?」と妹が二人の戦意を削ぎに行ってくれるのはありがたい。DPSDPS!俺!妹、完璧な布陣だと思わんかね。
「えっと、コラーダとロドリコの中身で筑紫ユウリカと申します。宜しくね、マロンちゃんとジノーちゃんの中の人。」と挨拶に出るユウリカ。さすが人間観察の悪魔、紅葉がジノーだとよく一瞬で気づいたな。
「ロドリコちゃん美人さんだねーお兄ちゃんも隅に置けないなー。」と妹がファーストアタックに出る、お前のロールはヒーラーだから攻撃は自重して欲しい。
「ありがとうマロンちゃん。マロンちゃんは可愛いね、私もこんな可愛い妹が欲しいわ。」とユウリカが得点稼ぎに出る。まずい、妹を射られたら外堀が大きく埋まってしまう。
妹の横で紅葉が青い顔で「ゲームと全然違う…!?」と戦慄しているが、確かに今日のロドリコは何か違う。
俺はゲームの延長のノリでユウリカの顔を注視すると、奴はさっと顔を逸らした。
それを執拗に追いかけると、以前より目つきが違う事に気づく。
具体的に言うと眼の下のクマが薄くなっているし目元が丸くなってる気がする。
「先輩、それすごい失礼な行為ですよ?」とターゲットはガードモードに入るが。
ああ、分かった。こいつ化粧してきたんだ。前は無化粧だったのにな。
流石に俺もそれに気づいたら口には出さない。紳士としての矜持もあるし、横にいる妹にはそのまま無垢に育って欲しいからだ。
今、顔を真っ赤にしているユウリカ君の努力は認めるが、ノーメイクで釣り目ちゃんも嫌いじゃないぞ。
3人の少女達を引き連れて歩く男というものはとても優越感があると思うが、それは間違いである。そういった構図には必ず歪みというものがあるのだから。
案の定、待ち合わせ場所に待機して貰った黒い兄弟達に合流すると、兄弟二人ともが口をポカーンと開けたマヌケ面で出迎えてくれた。
「あ、エンちゃんとサキちゃんだ。ちーっす。」と妹はブイサインをしながら挨拶をする。
その後、サキとエンは目を見合わせると、すごい勢いで俺を近場の暗がりに引っ張り込んだ、助けて!乱暴されちゃう!
「何が損にならない話しだ兄弟。」と悪友その1の曽根崎は言い、肘打ちを2発俺のアバラの下に送ってくる。的確な内臓狙いだ。
「俺の心がブルースカイになったわ。黒い兄弟の誓いを忘れたのか?」と城乃沿がローキックで脚にダメージを与えてくる。やめろ、最近のゲームは足も使うんだ。
「やめろ、これには深い訳があるんだ。後、その誓いはたぶん俺の知らない話だ。」と俺は弁明するが。
「「そんなの見れば分かる。」」と悪友達は理解への一歩を示してくれた。
悪友二人と少女三人を引き合わせて他個紹介をするが。悪友二人が、うん?と紅葉を見ながら首を傾げる。
そうだ、お前等と紅葉は10年くらい前に面識があるはずだ、これで誤解は一つ解除だな?
紹介を受けてから「ずいぶんご立派な美少女にお育ちになられましたね。」と曽根崎が紅葉のつま先から頭までジロジロ見ながら感想を漏らす、紅葉が一番良い起伏をお持ちなのは分かるが失礼でいらっしゃいますよ兄弟。
城乃沿は「マロンちゃんは相変わらず可愛いなあ!」とブレない。こいつにだけは妹を渡さんと誓う。
紹介も終わったので親睦を深める為にカラオケ屋へ入店をする、部屋はなるべく明るめなタイプを選ぶ、いかがわしい雰囲気はお兄さんが絶対に許しませんよ!
部屋を確保し少女達がワイワイと曲を検索しフリードリンクの飲み物を調達する時に「ちょっとトイレに行く。」と言って男三人はトイレに向かう、尋問タイムが訪れたのだ。
ドアが閉まったのを確認してから。
「「どっちが本命だ!?」」と男共に詰め寄られるが、そこは迷い無く「妹。」と答える。
「「そうじゃねえ!」」と二人から同時に突っ込みが入る。
「そりゃお前が血道を上げて妹を理想の女子へ育成する計画は痛いほど知っているさ兄弟。」
「お前はその俺の人生の成果を掻っ攫おうとしているな、エン。」
「紅葉ちゃんは百歩譲って分かるがもう一人のスリムフォンちゃんはどういう繋がりだよ!」
「サキ、絶対それ本人の前で言うなよ、殺されるぞ。あいつはネットゲームの仲間、がアンサーだ。」
「ネットゲーってそんな夢の世界だったのかよ、ドキュメントドラマでは大体悲惨な末路しか写ってないぞ!」
「やってれば分かるが、ネットゲーで成立したカップルは結構多いぞ。結局は趣味の合うか合わないかだろ?ならマッチしてるじゃねえか。」
「話がそれたなライチ。正直に言うんだ。どうなんだ?」
「OKブラザー、正直に言う。まずユウリカはちょっと重いし執念深くずる賢い。そして紅葉は頭が良すぎるし思い切りが良すぎる。豪快さは個人的にプラス要素だが、あれはちょっと怖い。そして、妹は完璧にまで馬鹿に育った、お兄ちゃんがいなければ本当に駄目な妹だ。素晴らしい仕事ぶりだとは思わないか兄弟。」
「後、俺は女子の体系や顔で好みを選ぶ主義ではない。」
「くっそ、そういう無駄に紳士的な所がもったいないんだお前。」
「ちっ、今日の尋問はここまでとするか。後日学校で詳しく説明して貰うぞ、お前さんの物語をな。」
と言い合いながら俺達はエアトイレタイムを後にした。
部屋に戻ると妹が流行の歌を熱唱していた。それに合わせてユウリカと紅葉が備え付けのタンバリンやカスタネットで合いの手を入れる。「イエーイ!」と盛り上がっているが、この妹がいなければ間違いなく気まずい雰囲気だったろう。さすが俺の妹。
「じゃあ二番手はお兄ちゃん!」と妹は俺にアシストを送る。そうだ、ヒーラーはタンクを頼る者だ、段々と分かってきたな妹よ。
俺は以前にギルマスが口ずさんでいた曲を選択し歌い始める。
あの人はよくゲーム中に歌を歌うがジャンルがバラバラである為に元ネタを追いかけるのにいつも苦労する。
ロックや演歌やテクノポップやビジュアル系と呼ばれる古い体系から100年くらい前の歌謡曲まで平気で歌いこなす。
ギルマスの持ち歌の一つをマネて「君といるーのーが好きでぇ♪」と俺は熱唱したが、周りが騒がしく囃し立てるので熱中して歌えない。俺の歌に人権をくれ!
もやもやした気持ちで歌い終わり「次は誰だ!」と尋ねると、サキが手を上げてから『信濃の国』を熱唱し始めた。お前そういえば元長野県民だったな。そんなチョイスだからモテないんだよ。と思いながらサキを見るが奴は真剣そのものだ。こんな歌を歌うのはお前とうちのギルマスくらいだよ。
こんな歌、絶対若い首都圏のやんぐには分からんだろという曲でも盛り上げてくれる妹は偉大だった。
そんな中で俺はまた横から肘打ちを食らう、そっちへ目を向けると。
「四面楚歌になった項羽は自業自得だったんだぞライチ。」
と戦国史マニアのエンが俺に呟くが。項羽さんも災難だったんだなという感想しか持てなかった。
心の傷第四章!モテ期が到来してもそれを有効活用出来なくて逆に悲惨な目にあった話!<ビコーン>
おい、お前等ゲームしろよと思われるが。作中で作り上げた人間関係をたまには泥沼にした方が良いんじゃないかという試みだったが、いざ脳内セッション開始をするとビータ君の回避スキルが高すぎて無意味だった。
鈍感系主人公は好かんから感知力を高めにしたが、そうするとヒロインズの性格がアレ過ぎてビータ君が勝手に逃げ回る。