011.一度は使いたい魔法「待った?」「ううん、今来た所。」
西暦2036年7月22日、つまりゲーム内では狩猟の月の28日くらい、もしかしたら長夜の月に入っているかもしれない。
夏休み前の定期テストで危うい点数を取り、親を教師に呼び出されるか呼び出されないか冷や冷やしたあとにリアルの友人と軽く馬鹿をやって収まった頃だ。
しかし、親にはみっちり妹と共に成績の件で絞られた。
妹よ、アーメンハレルヤ南無阿弥陀仏、これはお兄ちゃんという試す者が悪い、そこは認める。
シーンは変わり、ここは新宿駅ダンジョン。ここ新宿や横浜、梅田は日本3大駅ダンジョンと言われているが、横浜駅には行った事あるけど梅田には行った事が無いな、新宿駅は相変わらずの巨大パブリックダンジョンだ。
新宿駅へは何度か来ているのだが「お前絶対その表示嘘やろ!」みたいな看板を無視して『スリムフォン』からの方位表示と案内を確認しながら進むもなかなか綺麗には目的地へと進まない。
スリムフォン、昔はスマートフォンと言われていたらしいが素材技術の発展により落としても多少曲げても割れなく、濡れても結構耐えて省電力で熱くならないという所まで発展してスマートという言い方は年配の人しか使わなくなった。
ギルマス曰く「将来はもっと薄いペーパーフォンかペーパータブレットになると思うぞ。わしはガラケー使うけど。問題は入力機器だな、タッチペン対応もあるとは言え、革新的な入力方法が待たれるじゃろう、脳波でも使うとか。」との事だがわりとどうでもいい。
占い師という不思議な職業の人が妙に多い大広間を抜け、生身ロドリコと待ち合わせ地点である新宿アルタ前に到着、周囲には同じ様に待ち合わせをする人が沢山いる。
スリムフォンで連絡をするか?いや、待ち合わせ時間にはまだまだ早いから人混みでも観察してよう、もしかしたら既に待ち合わせ相手がいるかもしれない、自分はあいつを見つけてやれるだろうか、それを試したい。
*
話は舞踏の月17日に戻る、ロドリコにNPCクエスト『神座への挑戦』というクエストを進めさせていた頃の話だ。
このクエストはPvEゾーンのみで仲間になるNPCエルフ女の時空魔術師『スーズー・タン』が空席になりつつある時空神の座を目指すという連続クエストである。
スーズー・タンの性能はイマイチぱっとしないが、銀髪で肌等の全体の色素が薄く、顔は美人な東洋系というエルフにしても珍しい個性を持つので『神様人気投票』ではいつもトップクラスである。「すずたんハァハァ」とよくオーク達も口に出している。
もし、ゲーム内で過去に2回起こった『九大神総選挙』を行ってもスーズー・タンの神座は揺るがないと言われている、時空信仰はソロプレイヤーが好んで使うので得票率が高い為だ。
ロドリコは「先輩と一緒っすからヘルプNPCなんていらないっすよ。」と言ってこのクエストの消化を渋ったが、どの道ペアだとPvEでも多少限界が来るので、NPC入りでもグループ4人を維持して肉壁やダメージソースは増やしたい。
このゲームで仲間になるNPCはヘタなプレイヤーよりも頭が良いので使えるからな。
「時空神モードすずたんを仲間にしたら次は名無詩人クエストだ、それが揃えばソロでも最低限のエンドコンテンツPvEは消化できる様になるから。」と俺はまくし立てる様に説明するが、
「先輩が時空神と詩人を呼び出してボクがそれに混じればやらなくていいクエストじゃないっすか。」
とこいつは意外と面倒臭がりなのは前々から承知しているが、そうなると自分の自由が減るじゃないか。
「お前意外と縛るタイプだな。」と、つい本音がポロリ。最近こいつの人間性がよく分かってきた。
ロドリコは「先輩それは本音っすか!ボクショックっす!」と言いながら『驚く3番』のあざといモーションを取る。
(背景音)
<さあ、小娘よ!我が神座に座りこの世界の礎となるが良い!我はこの後、定年退職界を満喫する!>
<古き神よ、私は誓おう!例えこの身が砕け砂塵に消えようと、神である事の誇りは砕けないと!>
<よくぞ吼えた!それが万年まで続くと我は信じてやろう。さらばだ!常命から不滅になった者よ!>
実績が解除されました。『神の見える顔』デデーン。
『時空神スーズー・タンを仲間に出来るようになりました。』
「先輩、終わったようですぜ。」
「ああ、次は詩人クエストだ。」
と言った所にギルドチャットで連絡が流れてきた。
『報告、7月22日にオフ会をしますじゃ。場所は新宿でいつものカラオケバーを夕方から貸切。地方在住の奴等にはすまんな。参加費は無い、わしと有志達によるおごりじゃ、気軽に参加して欲しい。ただしお酒は20歳からじゃ。』
二人はそのログを見て少し無言になる、ロドリコがω型の口を開く「オフ会らしいっすよ先輩。」と、興味津々で目を輝かせるロドリコに自分は苦い顔を作ってしまう。
「実は前回もあったけどその時には自分は未参加だったな、ギルド加入直後でちょっと怖くて気後れしたんよ。」正直に言うと、オフ会は怖い。その事をギルマスに以前伝えたら、「ワシも初オフ会はすげー怖かったよ。」との事だったので今回はどうしようかなあ。
ロドリコが自分を励ますように手をブンブン上下し「先輩、遠くないなら参加するっすよ。電車代だけでおもしろ人間を観察出来るなら安いもんすよ、これも人生の修行さ!っすよ。」と言った。
お前に人生の修行をしろと言われるとは思わなかったよ、あれ?これってマウント取られてる?
フンスとロドリコは鼻を鳴らし「分かりました、先輩をオフ会へ不肖このロドリコがあない致しまっす。」という発言に自分は少し驚きと戸惑いを感じた。それは表情にモロ反映してしまったと思う。
一応念は押す。「え?経験者なの?それともただの無鉄砲?」
「餅がローンです!ボクは経験者です!」ロドリコはドヤ顔をして胸を張った。
*
新宿アルタ前のでっかいモニタの下で人間観察をする。大勢の老若男女子供も労働者も通り過ぎたり突然立ち止まりボケーッと巨大モニタを見上げる、ここはそういう場所だ。お兄ちゃん、口開いてるよ。
スリムフォンの時計を見ると約束の16時になったのでゲーム内で聞いていた電話番号へショートメッセージを送る、返信は無い。
16時を少し過ぎる、ショートメッセージに返信がないのが気になる、自分が神経質すぎるか?
すると自分の立っている場所の後ろ辺りから激しい息をする人間の気配を感じる、そちらへ視線を向けるとそこには全力で走ってきただろうくらい肩まで息をしている自分くらいの年頃の娘がいた、広いツバの帽子に白を基調とした服装、身長は低く、とても色白の肌で髪は黒長く手入れがよくされており、顔立ちは小顔で鼻が実に綺麗な形をしている、目つきに多少違和感があるし目の下にクマが目立つのは化粧気が無いか不摂生だろうか。
その少女は周囲をキョロキョロっと見回した後にスリムフォンを取り出し操作、それを耳に当てた。
自分のスリムフォンが着信の振動をしたのでそれを耳に当てる。
そして少女は「先輩、アルタ前に到着したっすよ。何処っすか。」と言い出した。お前女だったのかよ!後、目標はお前の目の前だよ。
「お前の目の前だよ。」と心から遅れて言葉が出た。
少しの沈黙とお互いを値踏みする視線が交差する。
ロドリコらしき少女が尋ねてくる「…待った?」
自分はそこへテンプレートを投げ込む「いいや、今来た所だよ。」大嘘も金なり。
新宿の大通りからはずれて少し暗い道を少女と歩く。
「方向はそっちでいいのか?」少し不安になった尋ねると。「はい、ニッチなお店なので奥まった場所にあります。」と返ってきた。
「所で先輩。」「何用かね。」「自己紹介しましょう。」と唐突にロドリコ中身は攻勢をかけてきた、このズケズケとした所、流石ロドリコだ。
「私はロドリコ、中身は筑紫ユウリカと言います。16歳です。さいたまの奥地に住んでいます。趣味はネットゲームです。」それは分かるが、さいたまの奥地?グンマーとの国境くらいかな?
じゃあ、とそれに自分も合わせる「キャラ名B太、本名は武藤ライチ、17歳。趣味はネットゲームとシミュレーションゲーム、対人ゲームはマギラ2が始めてだ。」
「へー、その割に先輩は敵と戦うのに慣れてますよね。」
と言われるが耳が痛い。ギルマス曰く「戦う事と殺しにかかる事は別だ、お前さんは後者が甘い。」とよく言われている。
その後にギルマスは「まずは戦争の顔をしろ!こうだ!AHHHHHHHHHH!」と叫んできたがこれは無視した。
ロドリコの中身が呟く「本当に先輩か、それにムトウライチ、甘くないって事ですかね。」お前のジョークセンスはちょっと古典的だ。
歩きながらチラリとロドリコの中の人を観察する、体つきはスリムフォンやなと失礼な感想が思い浮かんだ。
するとロドリコの中身は「先輩、男が女を覗く時は、女もまた3倍は男を覗いているのだ。ですよ。」と牽制されてしまった、ウチの妹とは大違いだなあ。
しばらく裏道の様な繁華街の様な曖昧な道を進むとロドリコの中身がピタリと立ち止まった、その先には看板の無い地下へと続く階段と奥にある木製の扉。二人は立ち止まる、主に自分が立ち止まる、めっちゃ怖いぞこれ、
ロドリコの中身が「先輩なにびびってんすか、調子が良いのはネット上だけっすか?うん?」という目で見てくる、すると後ろからいきなり背中をトン、と少し押された。階段下には転がらずに済む程度の力だ。
振り返るとそこには大柄でショートヘアカットの女性と神経質な中間管理職サラリーマン風中年男性が立っていた。
大柄な女性がでかい声で喋る「ゆーりかちゃんじゃないか!とするとそっちはビータ君か!?」と。
それに対してユウリカは「ごきげんよう、チビパンさんとアニタさん。」と答えた。
チビパンさんの身長は自分よりでかい、チビはどこから来た。パンは何だ。アニタさんはゲームでもリアルでも割りと寡黙の様だ、自分を一瞥した後に優しい笑顔だけを作った。
だがちょっと待てよ、ロドリコがゲームを開始したのはここ2ヶ月以内のはずだ、なぜこの二人とリアルで面識がある?
その疑問に自分はクエスチョンマークを保持しつつ4人は「いくぞいくぞ!」とチビパンさんに押されて地下への階段を下りドアを押し入った。
内部は木製を主体としたデザインでミラーボールが天井にあるものの、全体がまるで中世ファンタジー冒険物の酒場みたいになっている。
問題はその酒場のすみっこのテーブルで麻雀をしている老人達とそれを見守る車椅子に乗った美人さん。すごい勢いで食事とお酒だろう飲み物を消化する若者達がいるという所だ。
このファンタジー調のバーも雰囲気台無しである。
自分達4人の入室に合わせて麻雀をしている初老部隊から一人「中座失礼するぞ。」と言った後に卓を立ち、こちらへ歩いてきた。
白髪だらけの総髪で腹の出た身長の低い初老の男がこちらへ歩いて来ながら「アニタ、チビ、ユウリカ、と誰だろ。ビータ君?」と尋ねて来たので「はい、B太の中身です。」と答えた。
初老の男は「遠路はるばるよく来たな!わしはカラシニコブじゃ、本名で呼びたいなら舎人戸と呼んでくれ。」と答えたが。ギルマス、あんたリアルもゲームもドワーフ姿だな。
「堅苦しい飲み会は嫌いじゃ、存分に飲み食い遊び歌ってくれ、ああ、未成年の飲酒は駄目だぞ。」とギルマスは念を押してから麻雀卓へ戻っていった。
やっとこさ落ち着いた様なので、さっきのロドリコがなぜオフ会メンバーと面識があるかの疑問を本人に早速聞いてみたら。ロドリコの中身は「んっんー。」と言って答えてくれない。
仕方ないのでロドリコ中身から離れ、妬け食いをしている若者に近寄ろうとしているチビパンさんに尋ねる事にした。
「チビパンさん、ロドリコは新人なのになんでギルメンと面識があるんですか?」と。
大柄な女性チビパンさんは目をパチクリした後にニヤリと笑って、質問してきた。
「ゆーりかちゃんと仲良く歩いてたね。」意味ありげである。
「いえ、ゲームの延長ですよ。」本当です。
「カップルに見えたんだけどねー。」幻覚ですよ。
「いや、あいつが女の子だって知ったのさっきですよ?」本当ですよ。
「仲良くなりたいか?」んっんー?
「彼女が欲しいと思うのはこの年頃では普通ですが、ロドリコはちょっと考えたいですね。」
「ああ…」とチビパンは天を仰いで続けた。
「ビータ君がギルマスをお義父さんと呼ぶ姿は遠い道のりか、金貨500枚の賭けには私は勝てるかしら。」
え?お義父さん?賭け?
まずは単純な疑問をチビパンさんへぶつける。「…苗字違いますけど?」
「ゆーりかちゃんは母親の苗字で通してるよ。」
麻雀卓から声が飛んでくる「おい、ユウリカ。ぼさっとしてないでビータ君をエスコートでもしたらどうだ?チビパンに取られちまうぞー。」とギルマスから野次が飛ぶ。
ロドリコはその声に対して大きな声で叫ぶ「パパウザイ!」と。
設定
・新宿の某カラオケ店
実在する謎のカラオケバーです。筆者を連れて行ってくれた麻雀仲間の友人曰く「マスターは店長でありオーナーでもある。宝くじ一等当てたから作ったらしい」と言われた。現在もあるかどうかは知らない。
・ヘルプNPC
グループリーダーが呼び出せる、ソロでも4人グループまでNPCを呼び出せ一緒に戦うことが出来る。
頭(AIルーチン)も性能もなかなか良いので終盤のプレイヤーには多数の実績解除が必須とも言われている。
イメージ的にはPS○2のサポートパートナーをめっちゃまともにした奴。
10/2 一部改定
カラシニコブの苗字を別作品のプロット上の都合で変更。




