第一節
「ったーたたたっっ!!」
「うるさい」
戦いを終え、シャドウとルナは下山し始めていた。
幸い木々のない雪の積もった草原地帯だったのだが、無理をし過ぎた為か、互いに休憩を取りつつ歩いていたのだ。
シャドウはといえば、体を無理矢理に動かす力を使っていたためか、全身が筋肉痛に近い状態という悲惨な結果になっていた。辛うじてルナに肩を借りているが、関節が尽く傷んでいた。
「それで、説明してくれる?」
「ん? あぁ……あの聖人についてだっけ?」
「それもだけど、なんでそう解ったの?」
「単純さ、あの壁画全ては、今まで起きた事の中で、最も大きな出来事だったんだ。事件やテロ、更には人の見通せない場所で起きた異常。それらを観測し壁画にしてたってこと。そしてそれが解ったのは、俺が他の歴史について調べていたし、尚且つ俺が関わった事件もあったからな」
「関わった事件って……?」
「あー……」
シャドウは、言葉に詰まる。
そして、少しの合間を置いて、彼はこう言った。
「余り、詮索しないで欲しい」
「……そう」
ルナも何かを察してか、深くは聞くことはなかった。これ以上聞く理由などない。それは、この事件が終わったのだから、必要以上に聞く必要がないという結論があったからだ。
「それで、能力は?」
「奴のか。アレは、完全に推測だった。いわば未来を観測する力。それが今回あいつが持っていた力ってことだ。アイツは未来を観測して、未来で大きく発展する建築技術を使い、あの神殿を立てたってことさ」
「だからあんな場所に……」
「まあ、な。奴は結果的に今回俺達が来ることも見通してたんだろう。あの魔術は、外部からの魔力。つまり、あの場所で魔力を持つ人間……いや、生命力と同じだし、率直に言えば生きた何かがあそこに来れば、其れから魔力を吸い出して準備していた魔法陣を活性させ、復活する。これが手順だったのさ」
「じゃあ、私たちがあの場所に来るってことは……」
「予測してたんだろうな。現に俺が持っていた試験管の内の一本の中身が無くなってる。媒体はここだろう」
「……、」
彼女は黙り込む。
操り人形のように吸い寄せられたのか、決まっていたことなのか、そう考えても仕方ないのだろう。そうでなくても、二人は利用された立ち位置にたっていたのだから。
「……ま、結果オーライさ。無事成仏したようだし、一度きりの魔術だったんだ。もう復活はしないさ」
「そう……じゃあ、もう一つ」
「なんだ?」
「さっきのあの力は何?」
「ああ、アレか……」
先程シャドウが見せた、筋隈や黒い帯模様の状態。更には、彼女に生えたあの翼。彼女にとって、これは聞いておかなければならないことの一つであった。
「まず第一に、俺は魔力を自分から生成できないんだ」
「……え?」
驚くべき回答に、彼女は目を丸くする。
「あー……、正確には、人はそれなりに魔力を持っているだろ? 生物だってそうさ。だけど、それが俺には無いんだ」
「ど、どういう……」
「過去に色々あってな、結果的に俺のそういう魔術回路の幾つかが既に壊れてしまっているんだ。だから俺は外部から魔力を溜めないと魔術を使うことはできない」
「う、うん……」
「そして、あの試験管に入ってたのは言った通りの魔術原液。あれを飲めば魔力の貯蓄を増やせる。ここまではいいな?」
「え、えぇ……」
「で、あの状態はまた別の話になる。あの状態は俺があの試験管以外に外部から魔力を取り込んだ状態。謂わば、空気中に漂う魔術痕や魔素を吸収した状態さ。急激には戦闘力とかは上がるけど、長時間持つわけでもない」
「……、」
ルナは多少彼が言っていることに頭が追いつかなくなっていた。
理解できないわけではないが、あまりにも自分が認識している『常識』からかけ離れていたのだ。
「そして、最後にお前の……いや、深くは聞かねぇけど、とりあえず天使化としよう。アレは最も単純。謂わば降霊の一種さ」
「降霊?」
「そ、少しかじっててな。ただ飽く迄偽造的なものだから少し違うんだけど……正確には、お前に〝天使の力〟を降霊させて、お前のステータスを一時的に天使よりにさせたって所かな。簡単に言うと、天使の力をお前に降霊させた」
「……、」
呆気にとられた。
一体この男はあの戦いで一体どれだけ常識外れなことをしたのだろうか? と彼女は驚かされていたのだ。
(私も常識云々とは言えませんが……)
「此れくらいかな」
シャドウは、下山途中のにあった大岩に腰を下ろす。今も尚辺りには積雪が多く残っていた。山付近であるためか、一面真っ白なほどには辺りには雪が積もっている。
「もう大丈夫さ、体も治ってきた」
「そうですか……」
「しかし、何か色々あったな……」
「おじいさんですか?」
「別に死ぬわけじゃないよ」
「まあ、そうですね……」
気が抜けてきているのか、そこそことどこか刺さる口調になってきていた。だが、ある意味良い傾向だとわかっていた二人にとって、今ほどの場に合う会話はなかっただろう。
「……なあ、ルナ。恩返しって言ったよな?」
「正確には、お金返し……?」
「ま、まぁ……、そのさ、一体何でそんな事をしようと思ったんだ?」
「……よくわからない?」
「理由はないのね……」
ガクッと、肩を下ろすシャドウ。
ははは……と、苦笑はしたが、「まあいいか」と吐き捨てた。
ふと、彼らにある光が射し込んできた。
それは、反対側の山から射し込む、日の出の光だった。
「そういえば、もう朝か……」
「そうね」
シャドウは、彼女のほうへと振り返る。
彼は、目撃した。
その積雪と、彼女の純白な髪と白い肌が、陽の光に照らされ一層輝いて見えていた。
そのまるで神々しい姿を見た彼は、ある一つの光景が視界に入った。
『――――――――』
「……ぁ」
「……? どうしたの?」
「……いや、何でもない」
ルナが見たシャドウは、ジッと自分を見つめてくる姿だった。だが、彼女はどこかその目に違和感があった。なんというべきなのだろうか、まるで彼は、私を見て、私を見ていなかったのだ。
一体何を見ていたのか、彼女は知る由もなかった。




