第二節
夕方、舗装された歩道を外れ、土砂のみの山道を歩く。
街を外れた場所にあるだけに、土砂を力任せに平地にしたようなその場所は、人が興味で立ち入ることはまずないだろう。もし有ったとしても、多分それは命知らずの阿呆のみだ。
(もしかしたら、俺も阿呆なのかもな……)
山道をひとりで歩き進むシャドウ。辺り一帯木々のみでそれ以外には何もないといったような場所だった。元々山に囲まれた場所なだけに、道は少しずつ高くなっていく。木々の間を通り抜ける風は、昼の暖かさとは裏腹に冷たく肌に突き刺さった。
少し進むと、先程までの土砂道に雑草が増えてきている。これ以上は本当に人が立ち入るようなことはない領域なのだろうと、辺りを観察しながら進むシャドウだったが、ふと一本の木の陰に人の影を見た。
影の方もシャドウが向かってくることに気が付くと、応対するかのように姿を現した。
「お前は……」
「……、」
そこには、昨日ルナと名乗った少女がいたのだ。
まるで彼を待ち伏せていたかのように、彼女は彼のもとに向かってくる。
「なんでここに」
「……昨日の」
「?」
「昨日、情報分を奢ってもらった。でも、あれは情報料以上だった」
「は、はぁ……」
「だから、ちゃんとその分は返す」
「えっと、どういうことだ」
「……手伝う」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
まず、シャドウはポカンッと口を大きく開いたままだった。そして、頭を掻き乱し、何度かよその方向を見ながら思案した。そして、彼女の方向に向き直ると、こう吐き捨てた。
「別に、そんなこと思わなくても……」
「返すものは、返す」
「……、」
大きなため息を吐き捨てた。彼もよくわかっている。こういうグイグイッとくる人間は、大概何を言っても引かないものだ。
「わかったよ……好きにしてくれ」
「……うん」
既に根負けしていた。
彼女の真っ直ぐな目にやられたのか、裏表のないその表情にやられたのか、はたまた、全く別の何かに魅入ったのかはわからない。だが、それでも何かが彼女に負けた気がしていた。
「俺は、お前がよくわからないよ」
「私も、貴方がよくわからない」
「そっか、ならわからない者同士、何かと気が合いそうだな」
「……そ」
少女は小さく吐き捨てた。
「それで、どこに行くの?」
「お前が昨日、洞窟があるって言っただろ? そこに実地調査ってところかな」
「なんで?」
「あー……、その、だな」
何度か言いあぐねたが、少しして彼は大きく息を吐き捨てて彼女に打ち明けることにした。
ここで何も言わないのもおかしな話だとはわかっていたが、彼にとっても彼自身の問題に彼女を巻き込むまいと思っていたのだ。だが、ここで言わなければきっと彼女は私を不審がって思うのだろう、そう思った。
「聖人の遺産。それを探しているんだ」
「せいじん……?」
「聖人。神に力を授かりこの世に生を受けた人。人っていう人種とはまた違うが、神よりも人間に近いという本質ならば人に似た天使、よりも人に近いな」
「……、」
「どうした?」
「何でもない」
一寸、彼女が何かを思ったかのように表情が変わったように見えた。
だが、余りにも一瞬だったためにか、シャドウも気のせいだろうと深追いはしなかった。
「とりあえずだ。俺はそれを探してる」
「なんで?」
「……家族のためだ」
ルナは、彼の表情がほんの少し暗くなったのを感じ取った。
否、それは確かなものだった。彼はまるで何かに悩み苦しむ人のこのような苦悶の表情を浮かべていた。
「俺の妹は、聖人なんだ。詳しくは義妹だけどな……俺は、もしもの時のために、聖人の本質を知っておかなきゃって思った。ただそれだけだ」
「……それだけ?」
「可笑しいか? 別に笑ってもいいさ」
「……笑わないよ」
「……そか」
彼の言葉に、彼女は少なからず何かを感じ取っていたのだろう。苦悶の表情に掠れたような切実な声。だが、彼女は一つだけ理解できなかった。
それは彼の行動の意味だ。
彼は別に、「何かが起きたからその対策を探しに来た」というわけではなかった。だがそれだけならまだしも、急く必要もないに何か心から焦っているようにも見えるのだ。まるで、時間がないかのように。
「さて、話も終わりだ。それに、そろそろ本命も出てくる頃だろうしな」
「……、」
ルナは、シャドウの目線の先を同じく見た。
そこには彼女が前に見たと言っていた洞窟の入口、その場所だった。
「じゃ、ちょっとこっちに来てくれ」
「?」
シャドウが隣の鬱蒼とした茂みの方にルナを連れて行く。彼女は言われるがままに彼に手を引かれて茂みの中に入っていった。




