第七話(緊急電話<エマージェンシーコール>)
カラオケ屋での一件のあと、ぼくらはいままでよりもずっと、打ち解けあって話をするようになった。
「亮平の胸を痛がってるの、わたし見てられないわ」
「そう?」
「うん。ときどき、すごく辛そうな顔してる」
「それを言うなら、アズミだって」
「わたしのは、単なる睡眠不足だったりするけど…」
「ぼくのは、気にすることないよ」
ぼくらは、冬の公園にいた。
その日は、通院ではなく、アズミが会いたいとぼくに言ってきたのだ。
「立ち入った話を聞くようだけどさぁ」
「どうしたの?」
「その胸の痛み、モトカノと別れたときからなんでしょ?」
「え」
「サヤさんから聞いたの」
「ああ…あいつめ」
ぼくは、こころのなかで舌打ちをした。
「そんなに、モトカノのこと、好きだったの?」
「まあ、好きだったけど」
「妬けちゃうなー」
「でも、いまはほんとになんとも思ってない」
枯れた噴水のところで、親子連れがハトにえさをやっていた。
「じゃあ、なぜ胸の痛いのが治らないのかな?」
アズミは、ぼんやりと疑問を投げかけた。
「わからない。…別れた瞬間、ほんとうにガシャーンって音がして、胸が壊れたみたいになったんだ。その彼女とは、19歳のときから6年間つき合ってた。――一緒に住んでたよ」
アズミは、だまっておとなしく聞いていた。
「アズミ、ぼくのモトカノのこと、気になる?」
「うん…少しだけ」
「いまは、アズミのことしか見てないから」
アズミが顔を上げて、ぼくを見て笑った。
「ねぇ、亮平。わたし、お願いがあるの」
「なに?」
「辛いことがあったら、わたしに、エマージェンシーコールして?」
「エマージェンシーコール??」
「緊急電話よ。もし、亮平の胸が痛くて、眠れないようなときは、コンビニに行くんじゃなくて、わたしに電話して」
「うん」
ぼくは、素直にうなずいていた。
「そのかわり、わたしも辛いことがあったら、亮平に電話する。それで、亮平に助けてもらうの」
「いい案だね」
「お互い、助け合おうよ。それでいつか…」
「いつか?…」
「――二人とも、薬がなくても眠れるようになったらいいね」
「そうだね」
ぼくは、それが決して夢ではないような気がした。アズミは、立ち上がって、ぼくの手をうながした。
「薬に依存するのはいけないことだけど、わたしに依存なら、うれしいわ」
ぼくらは、手をつないで、ベンチをあとにした。たくさんのハトが飛び立った。ぼくは、今日の彼女のことを、天使みたいだ、とこっそりつぶやいた。