表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/17

第八話(二人ぼっちの夜)

アズミが発案した緊急電話エマージェンシーコールは、意外と早く使われることになった。

アズミが、父親に殴られて怪我をしたのだ。


――それは大雨の晩のことだった。

アズミは濡れた髪で、ぼくの部屋に逃げてきた。寒さでブルブル震えている。

ぼくは彼女に、転がっていたタオルと毛布をかけて、冷蔵庫にあった牛乳をマグカップに入れて温めて出してやった。

「薬のシートが部屋に残ってて、それが見つかっちゃったの。いろいろ聞かれて、返事をしなかったら、お父さんがいきなり…」

彼女の切れた額には、すでに治療ずみだった。ここへ来たのは、病院から家に戻ったあとだと言う。

「家に帰ったと思ったら、今度はお母さんがお父さんとケンカ始めて。例の女の人のことよ。二人とも、わたしのことなんか見てないの」

「ひどい目にあっちゃったね…」

「もう、わたし、あの家にいるの、イヤ」

アズミの言うことは、じゅうぶん理解できた。ぼくは、このままアズミを家に帰していいものかどうか迷った。

「とにかく、少し落ち着いて。アズミ」

「落ち着くもなにも、無理よ!」

アズミは声をあげて泣いた。ぼくは、彼女の背中をさすってやった。かわいそうに。…なんてことだ。ぼくは、自分のこころまでが痛んだ。


「アズミ、泊まっていくか?」

「……………」

「せめて、落ち着くまでここにいなよ。家にはなんとか言って」

「…………っ…」

「できる?」

「………んっ…」

「わかった。じゃ、電話して」

アズミは、しゃくりあげながらも、自分のバッグからケータイを取り出し、「今晩、優花のところに泊まるから」と言った。

「泊まりでいいの?」

「…っうん…」

「おっけ。じゃ、リラックスして」

ぼくが彼女の肩をぽんぽんとやると、アズミはうんうんとうなずいた。

「大丈夫?」

「…うん。ごめん」

「ごめんなんていいから。ぼくら、助け合う仲だろ?」

「そうだね」

アズミが少し笑った。

「ぼくが、アズミを見守ってるから」

「ありがと」

「ぼく、アズミが笑ってる顔が好きだよ」

「うん」

「アズミが苦しいと、ぼくも苦しい」

部屋の外は、まだ大雨だった。ぼくは、アズミをぎゅっと抱きしめた。彼女の身体は、まだ少し冷えていた。

「アズミ、寒くない?」

「少し」

「布団に入れよ、アズミ」

「うん。亮平、ありがと」

アズミは、敷きっぱなしの布団の中に、そろりともぐり込んでいった。

「…亮平の匂いがする」

「そっか」

とぼくはアズミに微笑んだ。彼女のしぐさのすべてが、いとおしかった。

「亮平、こっちに来て」とアズミが手を差しのべる。

ぼくは、どうしようかと迷ってから、彼女の布団の横にすべり込んだ。

「…雨、まだ降ってるね」

「今晩はやまないだろ」

「わたし、亮平のことが好き」

「嬉しいね」

「亮平は?」

ぼくは、答えのかわりにアズミに言った。

「――もし、ぼくがライオンなら」

「ライオンなら?」

「たくさんの動物のなかから絶対、アズミを選んで襲う。ダッシュでがぶっと噛みつく」

「ふふっ。わたし、脚速いんだよ」

「でも、いまは弱ってる。弱っている草食動物にかぶりつくライオンは卑怯」

「そうなの?」

「そうなの。だからぼくはたとえライオンでも、いまのアズミは襲わない」

でもそう言いながら、ぼくはアズミのまぶたに、わからないようにそっと口づけていた。

「よく緊急電話エマージェンシーコールしてきてくれたね。ありがとう」

「だって、わたしには亮平しか」

「…ぼくら、共犯者だもんな」

ぼくは、立ち上がっていつもの睡眠薬を口にふくみ、それをアズミに与えた。

「ぼくはさっき、アズミを襲わないって言ったけど」

「うん」

「…少しだけ、嘘ついていいかな」

「…いいよ。少しだけなら…」

ぼくは、彼女の首筋にそっとキスした。

「二人でいるとあったかいな、アズミ…」

「うん…亮平…」

ぼくは、両腕をアズミの背にまわした。彼女の、ぼくの背をつかむ指の力が、睡眠薬が効くにつれ、どんどん抜けていく。


――そのままぼくらは、抱き合ったまま眠りについた。

「いつか薬なしで眠れる夜を、一緒に過ごそうね…」

降りしきる雨の音のなかで、ぼくは最後にそんな声を聞いたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ