東雲
《八九式》の中にサバイバルキットがあったのは僥倖と言えた。しかも交換されたばかりなのか、工具やら応急修理材やらと同梱されていた水と戦闘糧食の消費期限には余裕があった。
ざっと見た限りでは三日分だが、切り詰めれば五日は持つだろう食料は全てサバイバルキットの中にあったバックパックに詰め、ついでに救急キットや懐中電灯、ロープ、サバイバルナイフなどバックパックが重くならない程度に詰め込んでしまう。こんな状況でも生来の貧乏性は出るのだなと苦笑しつつ、加代は自身の背丈に合うよう調整したバックパックを背負った。
「準備完了っと」
何度かバックパックを揺すって背負い心地の最終確認をしていると、広げたサバイバルキットの品々に並んだ二丁の銃が視界に入った。
銃は二丁ともに自動拳銃だ。小ぶりのものは平塚から譲り受けたもので、それより一回り大きなものはサバイバルキットを見つける途中、《八九式》のコックピット内で見つけたものだ。見つけた時は少々驚いたが、おそらくは操縦者が身を守る時のために標準的に備えられているのだろうと勝手に納得していた。
問題はこの二丁を持っていくか、置いていくかだが加代はセーフティロックがしっかりとかかっていることを確認してから大きい方をバックパックのサイドポケットにしまい、小型自動拳銃の方はスカートのポケットに突っ込んだ。
使いたいわけではない。だが襲われた時に対抗する手段がある場合とない場合では、精神的ゆとりも実際の対処の幅も異なってくるのだから、ありがたく頂戴していく。
「今度こそよし、と」
膨らんだバックパックにセーラー服は端から見れば異様な組み合わせだったが、既に見る者はいないと理解している加代が気にかかる様子はない。加代は墓の前で改めて手を合わせたのを最後に、その場を離れた。
歩きなれない山道を行くよりも一般道の方が見晴らしもきく上、危険も少ないと考えて《八九式》が停車した工事現場から一般道に戻ることにする。
目が覚めたのは《八九式》が停車してからだったから分からなかったが、工事現場よりも視点の高い一般道にまで登ってみると、どうやら山の中腹辺りらしいことがわかる。
刹那、顔に光が当たるのを感じた加代が正面を見据えると東から太陽が昇り始め、二条、三条とのびる光の軸が夜を晴らし始めるところだった。
徐々に数を増やしていく光軸が、宇宙から降りてくる巨大な船体の底を照らし、さらにその船から降下してくる黒い点の存在を明らかにする。目を凝らしても仔細は見て取れなかったが、いつかの夢で見た人型の機動兵器であることを無条件で理解する。
逃げ切ることはできないだろう。だが、逃げることを放棄しては奏に向ける顔がなくなる。なにより、定められた運命を鵜呑みにしておとなしくするより、精一杯足掻いた方が心地いい。
「絶対に大丈夫、か」
奏が最後にくれた魔法の言葉を繰り返し、口元に笑みを結ぶと、加代は運命に抗う一歩を踏み出した。請える助けはなく、待ち受ける困難は地獄を絵に描いたものだろう。
それでも加代が踏み出した一歩は力強く、軽やかなものだった。
これにて2年越しの完結となります。
長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。