眠らせるのは、犬じゃなく怒りだ
昼過ぎ。
店の中は静かで、クリムは棚の上、
ルゥは入口で外の音を聞き分けている。
カラン。
「近所の犬が吠えてうるさいんで、
犬を眠らせるポーションください!」
「犯罪だ」
即答。
客は一瞬固まってから、食い下がる。
「ち、違う! 殺すとかじゃなくて!
ちょっと静かに……」
「対象が他人のペットな時点でアウトだ」
クリムが「きゅ……(完全アウト)」、
ルゥが「わふ……(同族危険)」と一歩前に出る。
客は頭を抱えた。
「もう限界なんです……
夜も朝も吠えるし、
注意しても『犬だから』って言われるし……」
あー。
本音は睡眠不足と無力感だな。
俺は腕を組む。
「で、本当に欲しいのは?」
客は小さく言った。
「……静かな時間です」
「そう言え」
俺は棚から小瓶を三つ並べた。
⸻
◆一本目
【音に対する過敏さを下げるポーション】
「まずこれ」
瓶は淡い色。
「睡眠不足が続くと、
音が“攻撃”になる」
クリムが「きゅ(わかる)」。
「これは、
吠え声を“危険”として拾わなくする」
⸻
◆二本目
【怒りが即・行動に変わらないポーション】
「次」
俺ははっきり言う。
「イライラが溜まると、
一線を越えた発想が出る」
ルゥが「わふ(今みたいに)」と尻尾を振る。
「これは、
“やっちゃダメ”を思い出すためのやつだ」
⸻
◆三本目
【静かな時間を“別の場所で確保する”ポーション】
客が首をかしげる。
「……犬じゃない?」
「犬じゃない」
俺は真顔だ。
「環境を変えられないなら、
自分の逃げ場を作る」
瓶を押し出す。
「耳栓、時間帯、部屋の位置、
“吠えない時間”を確保する感覚を取り戻す」
⸻
客は三本を見つめ、深く息を吐いた。
「……犬に薬盛ろうとしてました」
「一線手前で来たのは正解だ」
俺は頷く。
「吠える犬が悪いんじゃない。
疲れ切った人間が危ない」
客は苦笑して頭を下げた。
「……ください。
自分を落ち着かせたいです」
「おう」
瓶を渡す。
「眠らせるべきはな、
他人じゃなく、自分の怒りだ」
客は静かに店を出ていった。
扉が閉まる。
俺は天井を見上げて、ため息ひとつ。
「……動物絡みは、
人間側の余裕不足が原因なこと多いな」
クリム「きゅ(犬は悪くない)」
ルゥ「わふ……(同意)」
まったく。
次はどうせ「隣人を黙らせるポーション」とか来るんだろうな。
……やれやれ。
でも来たら来たで、ちゃんと向き合うけどさ。




