生きて帰ってこれた、という勝利
最初に戻ってきたのは、痛みだった。
鋭い痛みじゃない。
鈍くて、重くて、
「ああ、生きてるな」と思わせる類のやつ。
俺は仰向けに寝転がったまま、天井を見ていた。
天井は、相変わらず高い。
石のアーチ。
砕けかけた柱。
さっきまで命の取り合いをしていた場所とは思えないほど、
静かだった。
音が、ある。
水がどこかで滴る音。
瓦礫が転がる音。
誰かの荒い呼吸。
――戻ってきた。
沈黙の底から。
「……」
喉がひりつく。
声を出そうとして、
まだ少し怖くて、やめた。
隣で、誰かが大きく息を吐いた。
「……はぁ……」
ガイルだ。
横を見ると、
ガイルが仰向けに寝転がって、天井を見ている。
鎧は割れ、背中は包帯だらけ。
それでも、胸が上下している。
「……生きてるな」
声が出た。
かすれてるけど、ちゃんと声だ。
ガイルが、ゆっくりこっちを見る。
「……ああ。
なんとか」
その返事を聞いた瞬間だった。
腹の底から、力が抜けた。
――あ、生きて帰ってこれた。
その実感が、
遅れて、どっと押し寄せてくる。
「……っ、」
笑いが、こみ上げた。
ふはっ。
自分でも変な声だと思った。
でも止まらない。
「……ふはっ……」
ガイルが目を瞬かせる。
「……なんだよ」
「いや……
だってさ……」
言葉がうまく繋がらない。
そこへ、ハイドが床に座り込んだまま、
頭を抱えて言った。
「……っ、あははははははは!!」
突然の爆笑。
腹を抱えて、
床を叩いて、
心底おかしそうに笑う。
「あははははは!!
やっべぇ……!
やっべぇよこれ!!
死ぬかと思った!!」
エドが、壁にもたれかかりながら、
小さく息を吐いた。
「……くっ……」
肩が、わずかに揺れる。
笑ってる。
あのエドが。
「……もう、やめてよ……」
ミスティが、目元を押さえながら言った。
涙が滲んでいる。
「緊張が……
一気に抜けて……」
ミーナは、その場に座り込んだまま、
両手で口を覆っていた。
「……だって……
……生きてるんですよ、私たち……」
その声が震えて、
それが引き金になった。
ふはっ。
あはははははは!!
くっ……!
もうやめてよ……!
笑いが、連鎖する。
理由なんてない。
面白いことがあったわけでもない。
ただ――
生きて帰ってきた。
それだけで、
笑うしかなくなった。
クリムが、俺の胸の上にぽすっと乗る。
「きゅっ」
その鳴き声が、
妙に間が良すぎて、
「あはははは!!
お前まで参加するな!!」
ハイドが指差して笑う。
ルゥが、よろよろと立ち上がり、
全員の顔を順番に見てから、
「わふっ」
尻尾をぶんぶん振った。
それを見た瞬間、
全員、もう一段階笑った。
「……やれやれ……」
俺は、天井を見たまま呟く。
胸が、まだ苦しい。
腕も脚も重い。
でも――
この重さは、嫌じゃない。
「……店主」
ミーナが、そっと声をかけてきた。
顔を向けると、
彼女は少し照れたように、
でも真っ直ぐに俺を見ていた。
「……ありがとう」
短い言葉だった。
でも、全部入ってる。
俺は軽く手を振る。
「礼は、
全員生きて帰った時点で済んでる」
ガイルが、くっと笑った。
「……相変わらずだな」
「Tankが死ぬ構成は、
俺の趣味じゃない」
「はは……
次はもっと楽なダンジョンにしようぜ……」
「それは信用ならん」
また、笑いが起きる。
少しして、
全員がようやく起き上がった。
宝箱?
あとでいい。
戦利品?
命より軽い。
今は、
この空気を壊したくなかった。
それでも――
帰らなきゃいけない。
「……行こう」
ガイルが言う。
その一言で、
全員が頷いた。
来た道を戻る。
足取りは重い。
でも、不思議と怖くない。
沈黙は、もうない。
途中、
ハイドがふと思い出したように言った。
「……なぁ、店主」
「ん?」
「さっきさ、
あのボスの攻撃、
俺、完全に避け損ねてたんだけど」
「うん」
「なんで立ってたんだと思う?」
俺は、肩をすくめる。
「敷物が良かったんだろ」
「……やっぱそれか」
エドが短く言う。
「……Support、
やりすぎ」
ミスティが、くすっと笑った。
「……でも、
それがなかったら……」
言葉が、続かなかった。
ミーナが、代わりに言う。
「……全滅でしたね」
誰も否定しなかった。
転送陣が見えた時、
全員がほっと息を吐いた。
光が、俺たちを包む。
次に目を開けた時、
そこは――
見慣れた、安全地帯だった。
「……帰ってきた」
誰かが、そう呟いた。
その言葉に、
全員が、もう一度だけ笑った。
それは、
勝利の笑いでも、
達成の笑いでもない。
生きて帰ってこれた
ただそれだけの、
最高の笑いだった。




