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月桂樹は裏切りをさす  作者: 和久井暁
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対決〜異様な光景

第十九章 対決



夕方に入った時点で、森に入るべきではなかったが、それでも明るいうちに金糸雀館についた。

建物の外観は煉瓦造りの、蔦のはびこった洋館。

薄暗い空に、異様な外観の洋館は迫力的だ。

 ドアのノブは簡単に回った。

玄関ホールから左右に部屋があり、真正面の壁には奇妙な図形がある。 それ自体もなにかの仕掛けなのか、図形の横にⅠからⅤの円盤と、右にはⅥからⅩまでの円が並んでいる。

「入ってすぐに、あからさまに怪しすぎるだろ」

 麻斗が呆れながら言った。

「これってセフィロトの樹の図形だよね?」

「なんか、聞いたことがある気がする」

「カバラだったと思うよ? モーセに与えられた何かの魂の魂だったとはず」

 尻すぼみになる健治の答えに、武斗が聞いた。

「なんで健治がそんなこと知っているんだよ?」

「この前の小説のネタとして目を通したから」

「んじゃあ、この意味が分かるのか?」

「ごめん、詳しい数字の意味まではわかんない」

「まあまあ、研究室をさがしましょう。 これとは関係ないかもしれませんし」

 長谷井がうまくみんなを誘導した。

 二手に分かれて、館の中を探索していく。

 それぞれがしらみつぶしに探しても、隠し通路、隠し部屋は見つからなかった。

「ここ本当に塾としても使ってたみたいだね。

 教科書や参考書、職員室のような部屋からは、子供のテストが出て来たし」

「でも、なんか奇妙だ。 図書室みたいな部屋には、全く関係ない宗教の本とか、神話や各地の伝承や、聖遺物、または秘宝とか呼ばれる物のオカルト要素たっぷりの本まであった」

 冬哉と琉惟の言葉に、長谷井が口を挟む。

「それならこのセフィロトの樹の記述も、あるんじゃないでしょうか?」

「それは言えてるな」

「この村の研究者たちは、オカルトチックなことにでも憑りつかれてたのか?」

「それは言えてるね。 何を実験してたかわからないけど、さっきの日記の内容だって現実から離れすぎてた」

「不気味だな……」

 琉惟の言葉に、健治が言う。

「俺はどっちかってと、不気味より悍ましい気がするけどね」

「とりあえずだ、図書室からそのナントカの樹の挿絵みたいなの探そうぜ?」

「珍しく、俺も武斗の意見に賛成だ」

 そしてみんなで四方にある本棚から、本を探す。

 本は西洋、亜細亜、アフリカ、東洋、アメリカ大陸などにだいたい分類され整頓されていた。

 亜細亜の分類を見ていた琉惟が、声を上げる。

「あった」

「思ったよりすんなり見つかったな」

「セフィロトの樹はカバラで、カバラの元はモーゼだ。 モーゼが十戒を授かったシナイ山は、アフリカ大陸と亜細亜の間の半島だったから、アフリカ大陸か、亜細亜の本棚で見つかると思った」

 五人は本をもとに、図形に数字を当てはめた。

 図形の両端の柱を境に、図形部分の壁が下にさがる。

 やはり地下への階段が続いていた。

 燭台が点々と飾られた石造りの螺旋階段を降り切ると、あの頑丈な金庫のドアのような、ハンドルが着いた扉が開いていた。

 五人は部屋に入ってぞっとした。 円柱の水槽が五つ。

そのうち三つには、人が吊り下げられるように液体の中に浸り、酸素マスクのようなマスクから、定期的に空気を吐き出していたからだ。

「香月!」

 麻斗は水槽の一つ、香月に近づき、水槽の硝子越しにその姿を確認する。 病院の患者服のような格好で、体に様々なチューブが繋がっている。

「おやおや、とんだ鼠が入り込んだものだ」

 冷え切った声、カツカツという靴音に室内のさらに奥から人が出て来た。

 白衣を着て、ポケットに手を突っ込み、眼鏡をかけた神経質そうな男、椎野学。

「あんた、椎野の体にいるが、本当は香月の祖父、須々木雅道なのか?」

「ほうほう、そこまで調べていたか。 その通りだよ?

なるほど、香月の夫と言うのはお前で、香月の体につまらんことをしてくれたのは君か」

不機嫌そうに眉根を寄せる椎野は、反吐を吐きそうな表情を浮かべている。

「つまらんこと?」

 麻斗の疑問に、椎野が厳しい声で答えた。

「妊娠だよ。 おかげで毒素の侵食状況が遅い。

 この子の体にはいろいろと利用価値があったものを。

とんだ誤算を作ってくれたものだ」

 麻斗は視線だけ動かして他の二つの水槽を見た。

くるくるとした癖っ毛の男性と、セミロングの女性が入っていた。

「この人たちは金糸雀組の行方不明者だな?」

「その通り、彼らもこの体と同じように状況が進んでいてね。

 とりあえずどんな人間を再現しようか悩んでいるから、ここで保存しているんだ」

「おい、テメーさっきからやけにペラペラと、喋りやがるが、何でそんなに余裕もってられんだよ?」

「おや、そんなこともわからないお馬鹿さんがいるとはね。

 いいだろう、ここは研究所の中でも特に人体実験を内密に行うための場所だ。

 歴史自体は古いが、この研究室などは常に新しい実験為に村ごと最新施設に塗り替えて行ってたんだよ。

 まぁ、ここしばらく機械の発展も停滞気味だから、工事なんかはしていないが素晴らしい施設だろう?

 そして人体実験の過程で私は、椎野学として彼本来の記憶、知識まで吸収することに成功した。

 すごい事例だ。 これが裏世界にでも広まれば、より多くの研究者を集め、様々なビジネスに手を出すことが可能だ。

 そう、そしてここまで来てくれた手間と、労力をねぎらって、君たちにはこの村と言う墓場を贈ってあげるよ。喜びたまえ」

 恍惚として語る椎野こと、須々木雅道に、みんな嫌悪を隠せない。

 ナルシストと、マッドサイエンティストを足したらこうなるのかという、いい見本のようだ。

「……どういう意味だ?

 絶対に村の外に出て追い詰めてやろうじゃないか!」

「下らんね。 それにこの建物から出られたとしても、残念ながら爆薬を少し仕掛けておいた。

爆発自体は大して問題ではないがこの村全体が大火事になった中で、果たして君たちは逃げられるかな?

 それにやはり古い建物を機材や施設の搬入や、修復などをしながらだと効率が悪くてね。

 もう新しいパトロンと施設ができているんだ」

「香月はお前にとって大事なんじゃないか?

 溺愛していたんだろう?」

「チッチッチ、私が可愛がっていたのは香月ではない。

 菜月の顔をした似すぎた模造品だよ。

 おっと、ここまでだな。 そろそろ時間だ。

 椎野は香月たちより三歳上の適合者でね。 三年前からこうなる予測はたってたんだよ。じつに想定内だ。

 残念ながらここでお別れをしよう。

 では諸君、さようなら」

 椎野は一歩づつ後ろに下がり、入って来た奥のドアの横、赤い拳大のボタンを、裏拳で押した。

 そして開いた背後のドアに消えると、工事現場かなにかのように、警報音が響いた。

『研究所爆破まであと十分です。 所員は速やかに退避してください』 大きな音がして麻斗達が入って来た扉も閉まる。

「あの腐れ医者、とんでもねーな!」

 武斗が毒づく。

「落ち着け、なんとか脱出の方法を探ろう。

 冬哉、長谷井、何か爆破を止めることができないか調べてくれ。

 武斗と健治は椎野が消えたドアが開かないか開け方を試してくれ。

 ……琉惟、パソコンで何する気だ?」

 麻斗の問いに、琉惟が淡々と答える。

「男爵がこっちにいること忘れてない? 男爵の送ってきてくれたモデムに、緊急時に五分だけ繋がる回線がある。

 ここの施設は、さっき椎野が言ってたから、最新だってことがわかった。

 このパソコンを媒介にして、男爵とここのメインコンピュータにアクセスしてもらう」

 パソコンの起動をもどかしげに、待ち、画面が切り替わった所でカタカタとキーボードを打ち込んでいく琉惟。

「あっちゃん、このドア無理! すっごい密閉して閉まってる!」

「ってことは手詰まりか。 冬哉、長谷井はどうだ?」

「駄目です! こんな複雑な機器扱ったことないからわかりません!」

「こっちの機械は今は関係ない、適合者のデータやわからない化学式とかです!」

「琉惟、男爵はどうだ?」

「今回線が繋がった。 長谷井さん、もしもの時の為に適合者のデータをCD―ROMに入れてくれない?

 そのデータをもとに、河本さんが解毒剤作れるかもって!

 まずはここから出ることが、先決だろうけど、男爵がなんとかしてくれるまで、何もできないから」

「わかりました。 必要そうなデータ、チョイスして入れときます」

 麻斗は床面に散らばっていた書類に目を止めた。

 時間がないが気になる。

 拾ってみると、水槽の水の移し方だった。

 いつものようにニュース原稿に目を通す速さで頭に叩き込む。

「冬哉!水槽の水の抜き方がわかった!

 手伝ってくれ!」

「麻斗、どうすればいいの?」

「この水槽内の水を空いている水槽に移す。 水槽のうち三つは水が満ちてるから、誰かを水槽の外に出した後に、そこにまた水を満たして、三人目を助けるしかないだろう。

 各水槽前のレバーと、移したい水槽の番号のボタンを押すんだ」

 香月が入っているのが一番が女性、二番が男性、そして何故か四番が香月の水槽だ。 とりあえずレバーを引いて水を抜く。

 一つの水槽につき時間は二分三十秒かかる。

 しかし同意進行が可能なので、四番水槽の香月の水を五番水槽に。

 そして二番水槽の男性の水を三番水槽に。

 水槽の硝子の開錠ボタンを押す。

 ガラスが真上に持ち上がり、麻斗と冬哉はチューブやマスクを外していく。

 そのまま床に横たえて、冬哉はもう一人を助けにかかる。

麻斗は香月に触れて、その体温、脈などを確かめる。

本当に無事生きているようだ。

男性の方も無事だ。

「麻斗、男爵がここのメインコンピューターにハッキングした。

 あと少しで爆破は解除できるらしい。

 ……けど」

「どうした?」

「男爵が言うには爆弾はここのは解除で来たけど、他に時間を刻んでる爆弾があるらしい」

「そんな!」

「方法がないわけじゃない。 男爵によると、椎野が消えた先には、水槽とかの、巨大機材の搬入エレベーターがあるらしい。

 椎野は、この村と心中するつもりがないのははっきりした。

この十分と言う時間は、逃げるための時間稼ぎだ。

そこに向かっても意味はないと思う。

で、冬哉の話を思い出した。

この村全体に大正後期から昭和初期まで採掘とかされてたって。

企業と政府が興した研究所が発端だから、ここも昭和の最初に合った第二次世界大戦の爆撃に耐えられる可能性はある」

「でも、琉惟よ。 地下の研究所に爆薬仕掛けられてたら、意味ねーだろう?」

「武斗の台詞ももっともだけど、男爵の解釈ではこの研究所の上、金糸雀館自体に爆薬が仕掛けられてたらしい。

 爆薬の着火タイマーを起動したのは人手じゃなく、機械だ。

 だから地上の建物の電流と、地下の電流の電圧なんかを比べて、座標と建物の地図を照らし合わせてもらった。

 おそらく研究者にとって、もっとも都合の悪い研究であると同時に、ものすごく破棄するには惜しい研究材料だったんだと思う。

 だから研究所自体を爆破したりするよりも、研究所の入り口部分である建物自体を爆破して森林火災を起こしたほうが、あとで研究材料も手に入るし、爆薬の量や、値段も安価で済む」

「なるほどな、それでここからどうやって出るよ?」

 琉惟の講釈を黙って聞いていた武斗が尋ねる。

「実はそこまでしか情報がもらえなかった」

「げっ。 ここでみんな心中~?」

 健治の情けない声に、琉惟が意味深な笑みを浮かべる。

「俺のモデムではね。 長谷井さんに渡したモデムにも同じ機能がついてると思う。 もう一度アクセスすればきっと行ける」

 琉惟の言葉にみんな、一様にほっとする。

「さて、やろうか」


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