異世界ベーシックインカム
このエッセイは、現実の社会制度を批判することを目的としたものではありません。
「もし魔法文明が発達した世界なら、どんな社会があり得るだろう」
そんな思考実験を楽しみながら、小説の世界設定を掘り下げる目的で書いています。
正解を示すのではなく、一つの「こんな世界も面白いかもしれない」という提案として読んでいただけたら嬉しいです。
AIが人の仕事を奪う。
そんな話を聞くたびに、私は少し不思議に思う。本来、仕事を機械が代わってくれるなら、人間はもっと楽になっていいはずだ。
それなのに現実では、「仕事がなくなる」という不安が先に語られる。
なぜだろう。
もしかすると、問題は技術ではなく、社会の仕組みなのかもしれない。
もちろん、現実の社会制度は歴史や国際情勢など様々な制約の上に成り立っている。だから簡単に作り替えられるものではない。ならば、その制約を一度取り払えるファンタジー世界ならどうだろう。
そこで私は、ファンタジー小説を書くついでに、一つの思考実験をしてみることにした。
「もし、魔法文明が発達した世界なら、どんな社会制度が考えられるだろうか」
例えば勇者が世界を救った後。
異世界転生した主人公が国を興した時。
或いは、意外と優しい魔王が世界征服を成し遂げた後。
魔法やモンスターが存在する世界で産業革命が起こったその先に、どんな社会が待っているのだろう。
私なりの答えを、一つ考えてみたい。
まずはじめに、私が違和感を覚えるのは、「生きるために必要な仕事」と「より豊かになるための競争」が、同じ市場で行われていることだ。
人によって望む暮らしは違う。
最低限の生活で満足する人もいれば、より豊かな生活を目指す人もいる。
それにもかかわらず、現代の経済では、誰もが同じ競争の中で生活費を稼がなければならない。経済全体の基準が上がれば、その競争から降りることも難しくなる。
私は、この二つは本来分けて考えられるのではないかと思った。
そこで私は生活を支える部分を、生きるための労働(生活保障労働)、より豊かな暮らしを実現する部分をギルド経済として分離する社会を考えてみた。
生活保障労働とは何か。
これはつまり、最低限の暮らしを保障するための労働だ。衣食住どの程度の生活水準を求めるかはさておき、原則としてこれをみんなで行う。産業革命が発展してない文明の場合、この労働だけで精一杯ということもあり得るだろう。労働の対価として、決められた労働をこなせば最低限生きていける仕組みがこれである。
次に、ギルド経済とは何か。
この用語も著者の造語である。ファンタジー的な世界観を保つためにつけただけなので良い呼称があれば教えて欲しい。さてその内容は、普通の貨幣経済である。この世界では、余暇に作られた物やサービスを自由に売買する市場を「ギルド経済」と呼ぶ。
先の生活保障労働が、効率化された社会ではどうなるか。
魔法によって農作物の収穫量が上がり、ゴーレムによって仕事は自動化される。異世界転生者が分業制の工業ラインを確立すれば、少ない労働時間で生きていけるようになるはずだ。
毎日八時間だった労働が、週休二日になり、週休三日になり、週休三日六人労働になり……どんどん余暇が増えていく。
増えた余暇、人は何をするだろう。
絵を描く人がいる。
美味しい料理を研究する人がいる。
珍しい酒を造る人がいる。
子ども向けのおもちゃを作る人もいる。
生きるためではない。誰かに喜んでもらいたいから作る。面白いから作る。好きだから作る。
そうして生まれた価値だけが、貨幣経済で取引されるのだ。
もちろん、現実の市場経済がここまで発展したのは、競争や利益を原動力として技術革新を促してきたからでもある。しかし、今後このまま競争を続けるしか無いのかと著者は問いたい。
私が中高生くらいの時に、ベーシックインカムの概念に触れた時に考えた事。それは、働かなくても生きていける世界で自分は何をして生きるのかという事だった。
不思議とそんな社会になったら誰も働かなくなるとは考えなかった。むしろ生きるための労働から解放された人は、自分の好きなことに時間を使うようになるのではないかと思った。確かその時の自分は絵を描きたいと思っていたような記憶が漠然とある。一方で、当時の私は、配られたお金も結局は市場の中を巡り、資本を持つ側へ集まっていくのではないかとも考えた。
そんなベーシックインカムという制度への自分なりの解答を整理するという意味でも、エッセイとして公開する事にした。
◇
午前中の生活保障労働を終え、エマは鍬を洗って共同農園を後にした。
「お疲れさま。また明後日ね」
仲間たちと手を振って別れる。
明日は休みだ。
生活に必要な仕事は今日で終わった。午後からは、全部自分の時間である。
家へ帰ると、小さな作業机に向かう。
木を削り、小さな布を縫い合わせ、色とりどりの糸を結んでいく。
作っているのは、鞄につける小さな飾りだった。
流行りを追っているわけではない。
よく売れる形を研究しているわけでもない。
ただ、「私なら、こんなのが欲しいな」と思ったものを形にしているだけだった。
同じ趣味を持つ仲間たちと、小さな雑貨ギルドを作っている。街角の小さな店には、それぞれが思い思いに作った作品が並ぶ。
木工細工。
刺繍。
陶器。
染め物。
どれも生活に必要なものではない。
けれど、誰かの暮らしを少しだけ楽しくするものばかりだった。
翌日、エマは出来上がった飾りを店へ持っていく。
「あ、新作!」
店番をしていた仲間が笑顔を見せた。
「今回は森の葉っぱをイメージしてみたの」
「エマらしいね」
棚に並べ終えると、小さな女の子が母親と一緒に店へ入ってきた。
店の中を見回していた女の子は、その飾りの前で足を止める。
「お母さん、この葉っぱ、かわいい!」
エマは思わず頬が緩んだ。
売れたから嬉しいのではない。
自分が「こんなのがあったらいいな」と思って作ったものを、誰かも同じように好きだと思ってくれた。
そのことが、何より嬉しかった。
生活は、もう保障されている。
だからこそ、人は好きなものを作る。
誰かと競争するためではなく、誰かの毎日を少しだけ豊かにするために。
そんな積み重ねが、この街の豊かさを形作っていた。
◇
あなたなら、生きるために働かなくてもよい社会になったら、何を作り、何をして過ごしたいですか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第一話では、「生活保障労働」と「ギルド経済」という大まかな考え方を紹介しました。
次回は、「なぜ生活保障労働とギルド経済を分けるのか」について、もう少し具体的に考えてみたいと思います。
「こんな社会なら住んでみたい」「ここは疑問に思った」など、感想や意見もぜひ聞かせていただけると嬉しいです。




