第38話 タイムカプセル - Time Capsule -
白い光が消えた。
静寂。
そして、ゆっくりと視界が暗くなっていく。
《SESSION END》
機械音声が静かに響いた。
エミリアはゆっくりと目を開けた。
天井。
白い照明。
現実だった。
ヘッドセットを外す。
頬に触れる。
涙で濡れていた。
「……姉さん」
小さく呟く。
その声は誰にも届かなかった。
部屋の隅では、ソファに腰掛けたジェイクが待っていた。
エミリアに気付くと、ゆっくり立ち上がる。
「よお」
エミリアは涙を拭った。
「……ただいま」
「どうだった?」
少しだけ考えて。
そして、小さく笑った。
「かなりナイスなアドバイスをもらったわ」
ジェイクも少し笑う。
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
それが、彼らしい優しさだった。
しばらく沈黙が続いた。
やがてエミリアが思い出したように口を開く。
「そういえば」
「ん?」
「あなたのこと、元気にしてるかって聞いてたわ」
ジェイクが眉をひそめた。
「俺?」
「ええ」
「なんで俺のことを知ってるんだ?」
エミリアの表情が止まった。
「あ……」
数秒。
頭の中で記憶が巡る。
ソフィアはジェイクを知らない。
出会う前に亡くなっている。
なのに。
どうして。
だが。
すぐに小さく首を振った。
「……たぶん、私が話したのね」
「そうか?」
「ええ。きっと」
ジェイクもそれ以上は何も言わなかった。
エミリアは静かに立ち上がる。
「行きたい場所があるの」
「どこだ?」
エミリアは少し考えた。
「姉さんがね」
「小さい頃、庭に埋めたタイムカプセルを見てみなさいって」
「最後にそう言ってたの」
ジェイクは黙って聞いている。
「私、何を書いたのか全然覚えてないの」
「でも」
「どうしても見てみたくなった」
小さく笑う。
「付き合ってくれる?」
ジェイクは肩をすくめた。
「いいぜ」
「一人じゃ掘るのも大変そうだからな」
エミリアは小さく笑った。
「ありがとう」
◇
午後の陽射しが庭を照らしていた。
事件の痕跡は、もうどこにも残っていない。
草木は静かに風に揺れている。
エミリアは庭を見回した。
「確か……この辺だったはず」
ジェイクがスコップを肩に担ぐ。
「曖昧だな」
「三歳の記憶よ」
「そりゃ仕方ねぇか」
二人は土を掘り始めた。
静かな時間だった。
土の匂い。
風の音。
鳥のさえずり。
やがて。
カツン。
金属を叩く音がした。
二人の動きが止まる。
ジェイクが静かに土を払う。
古びた小さな金属箱だった。
「……あったな」
エミリアは震える手で箱を抱き上げた。
錆びていた。
だが。
二人が埋めたあの日のままだった。
ゆっくりと蓋を開ける。
中には二通の封筒が入っていた。
一つには。
《しょうらいの わたしへ》
もう一つには。
《おおきくなった わたしへ》
エミリアは最初の封筒を開いた。
小さな文字。
少しだけ曲がった文字。
ソフィアの字だった。
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しょうらいの わたしへ。
エミリアを なかせないでください。
あのこは すぐ なくからです。
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しばらく沈黙が流れた。
そして。
エミリアは小さく笑った。
「ひどい……」
ジェイクが横から覗き込む。
「当たってるな」
「うるさい」
そう言いながら。
エミリアの頬を、一筋の涙が流れた。
今度はもう一つの封筒を開く。
そこには。
幼い自分の文字があった。
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おおきくなった わたしへ。
おねえちゃんと、
ずっと いっしょに いたいです。
わたしは、
おはなやさんに なりたいです。
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エミリアは言葉を失った。
「そうだった……」
小さく呟く。
「私……お花屋さんに、なりたかったんだ」
風が吹く。
庭の花が静かに揺れた。
ジェイクは庭を見回した。
「お花屋さんか……」
少しだけ笑う。
「いいじゃねぇか」
エミリアは顔を上げた。
「幸い、この家の庭は広い」
ジェイクは周囲を見渡した。
「いくらでも花を育てられそうだぜ」
エミリアも庭を見た。
「そうね……」
小さく微笑む。
「温室だってあるし」
「姉さんが育ててたのね」
だが。
その笑顔が少し曇る。
「でも……私にはEDENが」
ジェイクは静かに首を振った。
「おい」
「仕事ってのは、自分がいないと回らないって思ってるのかもしれないけど」
「……」
「全然そんなことはないんだぜ」
エミリアは黙って庭を見つめた。
しばらくして。
小さく笑う。
「……そうね」
「潮時かもしれない」
「引退するわ」
ジェイクは黙って聞いている。
「でも、監査役としては残るわよ」
「まっ……それくらいがいいかもな」
少しの沈黙。
そして。
ジェイクが言った。
「で?」
エミリアは首を傾げる。
「で?……って何よ?」
「お花屋だよ」
「するのかって聞いてる」
エミリアは少し困ったように笑った。
「うん」
「しようかな」
ジェイクは思わず吹き出した。
「おっ、珍しく素直じゃねぇか」
「ばか」
少し頬を赤く染める。
「私ね」
「病院の子どもたちに、お花を届けたいな」
「空想の世界だけじゃなくて」
「現実の世界にも、こんなに素敵なものがあるんだって」
「気付いてもらいたいの」
ジェイクは静かに頷いた。
「わかるよ」
エミリアは少し視線を逸らした。
「でね……」
「その……」
「あなた、今失業中でしょ?」
「雇ってあげてもいいわよ」
「配送ドライバーとして」
ジェイクは苦笑した。
「なんだよそれ」
「やっぱり俺に惚れてるな?」
「ばか……」
エミリアは顔を赤くした。
しばらく。
二人は静かな庭を歩いた。
そして。
ジェイクがぽつりと呟いた。
「君と出会うまでに」
「六十年かかったよ」
エミリアは少し考えた。
そして。
「私は四十九年ね」
数秒。
二人は顔を見合わせた。
そして。
声を上げて笑った。
空には、夕日が広がっていた。
風が吹く。
庭の花々が静かに揺れる。
その時。
どこからか。
優しい声が聞こえたような気がした。
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「しあわせになりなさい」
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エミリアは小さく空を見上げた。
そして。
そっと微笑んだ。
「……うん」
夕日に照らされた庭には、
色とりどりの花が咲いていた。




