第37話 姉との再会 - Reunion -
本当にそこにいるようだった。
声。
表情。
視線。
仕草。
すべてが、生きていた頃の姉そのものだった。
二人の研究は、そこまで到達していた。
エミリアの喉が震える。
「……姉さん」
ソフィアは静かに微笑んだ。
「久しぶりね」
エミリアは一歩前へ進んだ。
そしてまた一歩。
気付けば走り出していた。
「姉さん!」
次の瞬間。
彼女はソフィアへ抱きついていた。
温かかった。
柔らかかった。
人間そのものだった。
ソフィアは驚いたように目を丸くした後、小さく笑った。
「そんなに会いたかったの?」
エミリアは答えられない。
ただ肩を震わせる。
ソフィアは優しく背中へ手を回した。
幼い頃と同じように。
静かに。
ゆっくりと。
「頑張ったのね」
その一言だった。
それだけで十分だった。
エミリアの目から涙が溢れる。
「助けられなかった……」
震える声。
「姉さんを助けられなかった……」
ソフィアは何も言わない。
ただ聞いていた。
「ごめんなさい……」
「エミリア」
「ごめんなさい……!」
ソフィアは静かに首を振った。
「謝ることなんてないわ」
風が吹く。
白い花びらが舞う。
しばらくして。
二人は白いテーブルへ向かい合って座っていた。
庭園は静かだった。
まるで時間そのものが止まっているかのように。
エミリアは深く息を吐いた。
「事件は……解決したわ」
「うん」
「ヴィクターも逮捕された」
「そう」
「あなたを殺したことも」
「うん」
「全部明らかになった」
ソフィアは静かに頷いた。
「ありがとう、エミリア」
エミリアは俯いた。
「でも……」
言葉が続かない。
風が吹く。
花びらが舞う。
エミリアは小さく呟いた。
「私、これからどうしたらいいのか分からない」
ソフィアは黙って聞いていた。
「もう研究へ戻りたくない」
「うん」
「でも他に何もない」
「うん」
「姉さんを助けたかった」
ソフィアは何も言わない。
「ヴィクターを止めたかった」
「うん」
「全部終わったの」
エミリアは視線を落とした。
「でも、その先が分からない」
長い沈黙。
やがてソフィアは優しく微笑んだ。
「いいことを教えてあげる」
エミリアが顔を上げる。
「あなた、忘れてるかもしれないけど」
「三歳の頃、庭へタイムカプセルを埋めたのよ」
「私は十歳だった」
エミリアの目が揺れる。
「タイムカプセル……」
「将来、何になりたいかを書いて埋めたわ」
ソフィアは昔と変わらない笑顔で言った。
「見てみたら?」
「まだ残ってるの?」
「たぶんね」
ソフィアは肩をすくめた。
「誰も掘り返してなければ」
エミリアは思わず笑った。
「適当ね」
「昔の私たちも、結構適当だったわ」
ソフィアは楽しそうに笑った。
その笑顔が、あまりにも自然だった。
まるで。
本当に生きているようだった。
ふと。
ソフィアが言った。
「ところで」
「なに?」
「ジェイクさん」
エミリアが瞬きをする。
「ジェイク?」
「いい人ね」
「なんでそうなるのよ」
ソフィアは笑った。
「あなたを助けてくれた人でしょう?」
「そうだけど」
「命懸けで」
「そうだけど」
「三十年も耐えて」
「そうだけど」
ソフィアは楽しそうに目を細めた。
「二人、お似合いよ」
「姉さん!」
ソフィアは声を上げて笑った。
エミリアは額を押さえる。
「本当にそういうんじゃないから」
「そう?」
「そう」
「ふふ」
ソフィアは面白そうに頷いた。
「今はまだ分からないでしょうけど」
「やめて」
「そのうち分かるわ」
「やめてってば」
二人はしばらく笑った。
それは。
事件が起きる前なら当たり前だった時間。
失われたはずの時間だった。
やがて。
ソフィアの表情が少しだけ変わる。
優しく。
穏やかに。
「エミリア」
「なに?」
「私を忘れてもいい」
エミリアは固まった。
「え……?」
「あなたは、あなたの人生を歩きなさい」
風が吹く。
花びらが舞う。
「私はもう十分よ」
ソフィアは微笑んだ。
「だから」
エミリアの目に涙が浮かぶ。
「幸せになって」
「姉さん……」
その瞬間だった。
ソフィアの身体が少しずつ光へ溶け始める。
花びらのように。
静かに。
優しく。
消えていく。
エミリアは立ち上がった。
「待って!」
手を伸ばす。
だが届かない。
光は静かに散っていく。
最後に。
ソフィアは微笑んだ。
「幸せになって」
そして。
光の中へ消えた。
白い庭園には、風だけが残っていた。




