表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/38

第10話 鍵 -Key-

 娯楽ホールでは、古い戦争映画が流れていた。

 爆発音。

 銃声。

 悲鳴。

 だが囚人たちは誰も真面目に見ていない。

 雑談。

 煙草。

 居眠り。

 ここは映画を楽しむ場所ではなく、“時間を潰す場所”だった。

 ジェイクもスクリーンなど見ていなかった。

 頭にあるのは、エミリアの言葉だけだ。

 ――この刑務所そのものが、“システム”だったら?

 ジェイクは煙を吐きながら低く言った。

「……仮にそうだとして、どうする」

 エミリアは前を向いたまま答える。

「出るのよ」

 ジェイクは鼻で笑った。

「簡単に言うな」

「三十年だぞ」

「俺は何度も脱獄を試した」

「全部失敗した」

 エミリアは静かに言った。

「それは“刑務所”から逃げようとしたからよ」

 ジェイクは眉をひそめる。

「……何が言いたい」

「もしここが現実なら、“帰還”という概念が存在するのは不自然なの」

 短い沈黙。

 スクリーンの白い光が、二人の横顔を照らしていた。

 やがてエミリアは小さく呟く。

「帰還デバイス」

 ジェイクの目が細くなる。

 パンフレットに書かれていた言葉。

 帰還。

 無断使用禁止。

 あの奇妙な注意書き。

「……あれか」

「ええ」

 エミリアは頷いた。

「“帰る先”があるってことよ」

 ジェイクは思い出す。

 見学ツアーの連中。

 全員、小さなペンライトのような物を持っていた。

 当時は気にも留めなかった。

 だが今なら分かる。

「あれが鍵か」

「たぶんね」

 ジェイクは低く唸る。

「なら、ボタン押せばいいんじゃねぇのか?」

 その瞬間。

 エミリアの表情が変わった。

「駄目」

 思わずジェイクが顔を向けるほど、強い口調だった。

「絶対に押しちゃ駄目」

 短い沈黙。

 映画の爆発音だけが響いている。

 ジェイクは眉をひそめた。

「なんでだ」

「あれは緊急帰還用よ」

 エミリアは低い声で続ける。

「パニックや事故が起きた時に、強制的にログアウトするための機能」

「でも――押した瞬間、システムが全部確認する」

 ジェイクは黙って聞いていた。

「本人照合」

「脳波記録」

「生体同期」

「セッション履歴」

「全部よ」

 ジェイクは小さく舌打ちした。

「つまり、押した瞬間終わりか」

「ええ」

 エミリアは静かに頷く。

「だから必要なのは、“通常帰還ルート”」

「見学客として、普通に出口を通ること」

 ジェイクはゆっくり煙を吐いた。

「……簡単に言ってくれる」

「でも、システム側が重要視してる」

 エミリアは続ける。

「それだけで価値はある」

          *

 次の見学ツアーの日。

 ジェイクは作業中も、ずっと見学客たちを観察していた。

 老人夫婦。

 若いカップル。

 学生グループ。

 皆、妙に楽しそうだった。

「本当に現実みたいね」

「空気まで再現されてる」

「すごい技術だな」

 そんな声が聞こえる。

 ジェイクは眉をひそめた。

 “再現”。

 その言葉が妙に引っかかった。

 見学客たちは全員、腰に細い筒状のデバイスを下げていた。

 銀色の小型ライト。

 ボタンが一つ付いている。

 看守たちは、それを異常なほど気にしていた。

「デバイスを落とさないでください」

「必ず携帯してください」

 何度も繰り返している。

 まるで命綱のように。

 その時だった。

「ふざけんな!!

 それは俺の席だ!!」

 怒鳴り声。

 若い囚人同士が立ち上がる。

 椅子が倒れた。

 看守が駆け寄る。

「やめろ!!」

 周囲がざわつき始める。

 見学客たちは少し怯えながらも、どこか興奮したようにそれを見ていた。

「すごい……」

「本物の刑務所みたい……」

 ジェイクは眉をひそめる。

 ――またか。

          *

 その日の夜。

 娯楽ホール。

 ジェイクは煙を吐きながら低く言った。

「……今日のアレ」

 エミリアは小さく頷く。

「やっぱり気づいた?」

「見学ツアーが来ると、毎回同じような騒ぎが起きる」

 ジェイクは黙る。

 言われてみればそうだった。

 怒鳴り声。

 押し合い。

 看守の制止。

 見学客の悲鳴。

 まるで決められたイベントみたいに。

「……偶然じゃねぇのか?」

 エミリアは静かに首を振った。

「人間って、そんなに綺麗に喧嘩しないの」

「もっと無秩序で、

 もっと予測できない」

 短い沈黙。

「たぶん、“演出”よ」

「刑務所らしさを見せるための」

 ジェイクの目が細くなる。

「……全部、仕組まれてるってのか?」

 エミリアは静かに頷いた。

「ええ」

「この刑務所の“システム”によって」

「見学客を楽しませるための、“イベント”として」

 ジェイクはゆっくり煙を吐いた。

 そして。

 小さく笑う。

「……なるほどな」

 エミリアが顔を向ける。

 ジェイクは低く呟いた。

「なら、その“演出”は利用できる」

 エミリアは黙って彼を見る。

 ジェイクは続けた。

「看守の視線も、

 客の注意も、

 全部そっちへ向く」

「つまり、一瞬だけ監視が偏る」

 エミリアは静かに頷いた。

「ええ」

「そこが、唯一の隙になるかもしれない」

 ジェイクは煙草を揉み消した。

「間違いねぇ」

「看守は、あのライトを異常に気にしてる」

 エミリアは少し黙り込んだ。

 映画の光が、老けた横顔を照らしている。

「観察して気づいたことがあるの」

「なんだ」

「見学客たち、囚人を見てる時の目が違う」

 ジェイクは眉をひそめる。

「……目?」

「ええ」

「まるで動物園を見るみたいな目」

 ジェイクは黙り込む。

 確かに思い当たる節があった。

 笑っている。

 怯えている。

 怒鳴られている。

 そんな囚人たちを、見学客はどこか“安全な場所”から眺めている。

 まるで別世界の存在を見るように。

 ジェイクはゆっくり煙を吐いた。

「……もしここが仮想空間なら」

「俺たちは何なんだ?」

 エミリアは答えない。

 答えられないのだ。

 しばらく沈黙が続いた後。

 エミリアは小さく言った。

「次の見学ツアーで試すしかない」

 ジェイクは顔を向ける。

「何をだ」

「デバイスを奪うの」

 ジェイクは思わず笑った。

「簡単に言うな」

「見つかったら終わりだぞ」

「ええ」

 エミリアは静かに頷く。

「だから、一回しかチャンスはない」

 ジェイクは長く煙を吐いた。

 三十年間。

 何度も脱獄を試みた。

 そして全て失敗した。

 だが今。

 初めて“出口”らしきものが見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ