反抗の狼煙
深夜。
浅草浮世組の事務所のさらに奥、外界の音が一切届かない防音の座敷に、五人の男たちが静かに車座になっていた。
浮世組の組頭である政信と、番頭の清信。
そして、歌川龍人会からは頭領の豊春、豊国と豊広の三人。
帝都の裏側でウキヨ英士を束ねる五人のみによる極秘密談だった。
「……で、情報は確かなんだろうな、豊広」
政信が、静かに煙管をふかしながら鋭い眼光を向ける。
「ええ。将軍直属の隠密である智雪との『共同調査』の成果です」
豊広は、胡散臭い愛想笑いを完全に消し去った冷徹な顔で、机の上に広げられた帝都の地図に三つの木札を置いた。
「先日の人工島の襲撃の折、別行動を取っていた智雪が集めた情報を分析し、奴らの真の狙いを導き出しました」
「……隠密と裏で手打ちとはな。将軍様も粋な真似をなさる」
政信の言葉に、豊春が口の端を微かに上げると、豊広は話を続けた。
「明晩、丑三つ時。大倭衆が、将軍家に縁のある寺社仏閣……『寛永寺』『増上寺』『神田明神』を同時襲撃します」
「三か所同時か。……帝都の霊的防衛網の外堀を埋める気だな」
清信が、険しい顔で地図を見つめながら呟いた。
「襲撃メンバーの構成も割れています。寛永寺には石燕と芳年。増上寺には滝夜叉姫と栄之、夜叉丸。そして神田明神には、蜘蛛丸と春英が向かうとのこと」
豊広の完璧な情報収集能力に、政信はふうっと紫煙を吐き出し、ニヤリと口角を上げた。
「上出来だ。……敵の作戦が完全に筒抜けなら、あとはこちらの『勝ち筋』をなぞるだけの仕事だ」
「なぁ、豊広」
豊国が、腕を組みながら身を乗り出した。
「情報が確かだってんなら、なんでうちの若い連中や写楽たちにこのことを教えねえんだ? 全員に知らせて、きっちり対策練った方が確実だろ」
豊国の疑問に豊広が答える。
「全員に知らせれば、作戦が破綻するからだ」
「破綻?」
「そうだ。……例えば、国芳だ。あいつが、寛永寺に『芳年』が現れると事前に知ったら、どう動くと思う?」
豊広の問いに、豊国はハッとして押し黙った。
国芳が、洗脳された弟分の芳年を取り戻そうと、作戦も配置も無視して寛永寺へ突っ走る姿が、容易に想像できたからだ。
「敵を迎え撃つ上で最も重要なのは、一切の感情を排した完璧な布陣だ。……感情で動く若手たちには、襲撃の事実も、敵の構成も一切知らせない。直前に理由を伏せて現場へ待機させ、そのまま『先手』を取らせる」
豊広の言葉に、清信も静かに頷いた。
「同感だ。大倭衆は、我々が不意打ちに慌てふためき、戦力を分断されて後手に回ると計算しているはず。……ならば、その計算を逆手に取り、全戦線で我々が先手を取り、奴らを出鼻から完璧に叩き潰すまで」
「……へっ、えげつねえ大人たちだぜ」
豊国が、鼻を鳴らしながらも、痛快そうに悪びれた笑みを浮かべた。
「よし、配置を決めるぞ」
政信が、地図の上に置かれた木札を鋭い指先で弾いた。
「今度は、俺たちの手で大倭衆の鼻っ柱を完全にへし折ってやる」
帝都の命運を分けるその時に向けて、必勝の盤面を造り上げるのであった。
——深夜の神田明神。
「……なぁ。なんで俺たち、こんな夜更けに外に出されてんだよ」
静まり返った境内の物陰で、写楽が大きなあくびを噛み殺しながら愚痴をこぼした。
「文句を言うな。清信さんも何か考えがあるのだろう」
腕を組んで目を閉じている兄貴が、ピシャリとたしなめる。
「いや、文句じゃなくてさ。警邏なら歩き回るだろ? なんでこの境内で、じっと『待機』してなきゃいけねえんだよ。蚊に刺されてしょうがねえぜ」
「あたしも、そう思う……神田明神で待機しろって……」
右手の甲の極印をさすりながら、あたしは落ち着かない様子で周囲を見回した。
ウキヨ英士になって初めての任務。
緊張と不安で心臓がバクバクと鳴っている。
そんな中、兄貴が右手を挙げ小声で呟いた。
「……静かにしろ」
不意に、兄貴がスッと目を開き、鋭い視線を境内の入り口――鳥居の方角へと向けた。
同時に、あたしの右手の極印が、ビリッと微かな熱を帯びて反応する。
「……嘘だろ」
写楽の顔から、眠気が一瞬で吹き飛んだ。
鳥居の向こうの暗闇から、どす黒い瘴気がゆらゆらと漏れ出し、そして。
「オラァッ!! 今日は帝都のド真ん中で、最高の夜祭りにしてやるぜェ!! 全部ぶっ壊してやるッ!」
「フフッ……この程度の結界で、我ら大倭衆を退けられるとでも。甘く見られたものだな」
狂ったような笑い声と共に、紫の刃を輝かせた春英と不気味な仮面をつけた蜘蛛丸が、境内に足を踏み入れてきたのだ。
「ま、マジで来やがった……!」
写楽が驚愕の声を漏らす。
どうして、清信さんはここに敵が来るって分かったんだろう?
いや、疑問は後だ。
今重要なのは――。
(敵はあたしたちが『ここにいる』ってことに、全く気づいてない……!)
「行くぞ!」
兄貴の鋭い号令と共に、あたしたち三人は物陰から一斉に飛び出し、龍輝筆刃を抜き放った。
「なっ……!?」
「番犬どもが、なぜこんな所に待ち構えてやがる……ッ!」
不意打ちで社を破壊するつもりだった大倭衆の二人が、待ち構えていたあたしたちの姿を見て動揺し、足を止めた。
「残念だったなッ!! 寝首を掻かれるのはてめえらの方だッ!!」
写楽の赤い光刃が、一番槍となって春英へと叩き込まれる。
あたしにとって初めての実戦が幕を開けたのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は10月16日(金)19時に更新予定です。




