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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十六章 同時襲撃(前編)

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反抗の狼煙

挿絵(By みてみん)

 深夜。

 浅草浮世組の事務所のさらに奥、外界の音が一切届かない防音の座敷に、五人の男たちが静かに車座になっていた。

 浮世組の組頭である政信と、番頭の清信。

 そして、歌川龍人会からは頭領の豊春、豊国と豊広の三人。

 帝都の裏側でウキヨ英士を束ねる五人のみによる極秘密談だった。

「……で、情報は確かなんだろうな、豊広」

 政信が、静かに煙管をふかしながら鋭い眼光を向ける。

「ええ。将軍直属の隠密である智雪との『共同調査』の成果です」

 豊広は、胡散臭い愛想笑いを完全に消し去った冷徹な顔で、机の上に広げられた帝都の地図に三つの木札を置いた。

「先日の人工島の襲撃の折、別行動を取っていた智雪が集めた情報を分析し、奴らの真の狙いを導き出しました」

「……隠密と裏で手打ちとはな。将軍様も粋な真似をなさる」

 政信の言葉に、豊春が口の端を微かに上げると、豊広は話を続けた。

「明晩、丑三つ時。大倭衆が、将軍家に縁のある寺社仏閣……『寛永寺』『増上寺』『神田明神』を同時襲撃します」

「三か所同時か。……帝都の霊的防衛網の外堀を埋める気だな」

 清信が、険しい顔で地図を見つめながら呟いた。

「襲撃メンバーの構成も割れています。寛永寺には石燕と芳年。増上寺には滝夜叉姫と栄之、夜叉丸。そして神田明神には、蜘蛛丸と春英が向かうとのこと」

 豊広の完璧な情報収集能力に、政信はふうっと紫煙を吐き出し、ニヤリと口角を上げた。

「上出来だ。……敵の作戦が完全に筒抜けなら、あとはこちらの『勝ち筋』をなぞるだけの仕事だ」

「なぁ、豊広」

 豊国が、腕を組みながら身を乗り出した。

「情報が確かだってんなら、なんでうちの若い連中や写楽たちにこのことを教えねえんだ? 全員に知らせて、きっちり対策練った方が確実だろ」

 豊国の疑問に豊広が答える。

「全員に知らせれば、作戦が破綻するからだ」

「破綻?」

「そうだ。……例えば、国芳だ。あいつが、寛永寺に『芳年』が現れると事前に知ったら、どう動くと思う?」

 豊広の問いに、豊国はハッとして押し黙った。

 国芳が、洗脳された弟分の芳年を取り戻そうと、作戦も配置も無視して寛永寺へ突っ走る姿が、容易に想像できたからだ。

「敵を迎え撃つ上で最も重要なのは、一切の感情を排した完璧な布陣だ。……感情で動く若手たちには、襲撃の事実も、敵の構成も一切知らせない。直前に理由を伏せて現場へ待機させ、そのまま『先手』を取らせる」

 豊広の言葉に、清信も静かに頷いた。

「同感だ。大倭衆は、我々が不意打ちに慌てふためき、戦力を分断されて後手に回ると計算しているはず。……ならば、その計算を逆手に取り、全戦線で我々が先手を取り、奴らを出鼻から完璧に叩き潰すまで」

「……へっ、えげつねえ大人たちだぜ」

 豊国が、鼻を鳴らしながらも、痛快そうに悪びれた笑みを浮かべた。

「よし、配置を決めるぞ」

 政信が、地図の上に置かれた木札を鋭い指先で弾いた。

「今度は、俺たちの手で大倭衆の鼻っ柱を完全にへし折ってやる」

 帝都の命運を分けるその時に向けて、必勝の盤面を造り上げるのであった。


 ——深夜の神田明神。

「……なぁ。なんで俺たち、こんな夜更けに外に出されてんだよ」

 静まり返った境内の物陰で、写楽が大きなあくびを噛み殺しながら愚痴をこぼした。

「文句を言うな。清信さんも何か考えがあるのだろう」

 腕を組んで目を閉じている兄貴が、ピシャリとたしなめる。

「いや、文句じゃなくてさ。警邏なら歩き回るだろ? なんでこの境内で、じっと『待機』してなきゃいけねえんだよ。蚊に刺されてしょうがねえぜ」

「あたしも、そう思う……神田明神で待機しろって……」

 右手の甲の極印をさすりながら、あたしは落ち着かない様子で周囲を見回した。

 ウキヨ英士になって初めての任務。

 緊張と不安で心臓がバクバクと鳴っている。

 そんな中、兄貴が右手を挙げ小声で呟いた。

「……静かにしろ」

 不意に、兄貴がスッと目を開き、鋭い視線を境内の入り口――鳥居の方角へと向けた。

 同時に、あたしの右手の極印が、ビリッと微かな熱を帯びて反応する。

「……嘘だろ」

 写楽の顔から、眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 鳥居の向こうの暗闇から、どす黒い瘴気がゆらゆらと漏れ出し、そして。

「オラァッ!! 今日は帝都のド真ん中で、最高の夜祭りにしてやるぜェ!! 全部ぶっ壊してやるッ!」

「フフッ……この程度の結界で、我ら大倭衆を退けられるとでも。甘く見られたものだな」

 狂ったような笑い声と共に、紫の刃を輝かせた春英と不気味な仮面をつけた蜘蛛丸が、境内に足を踏み入れてきたのだ。

「ま、マジで来やがった……!」

 写楽が驚愕の声を漏らす。

 どうして、清信さんはここに敵が来るって分かったんだろう?

 いや、疑問は後だ。

 今重要なのは――。

(敵はあたしたちが『ここにいる』ってことに、全く気づいてない……!)

「行くぞ!」

 兄貴の鋭い号令と共に、あたしたち三人は物陰から一斉に飛び出し、龍輝筆刃を抜き放った。

「なっ……!?」

「番犬どもが、なぜこんな所に待ち構えてやがる……ッ!」

 不意打ちで社を破壊するつもりだった大倭衆の二人が、待ち構えていたあたしたちの姿を見て動揺し、足を止めた。

「残念だったなッ!! 寝首を掻かれるのはてめえらの方だッ!!」

 写楽の赤い光刃が、一番槍となって春英へと叩き込まれる。

 あたしにとって初めての実戦が幕を開けたのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は10月16日(金)19時に更新予定です。

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