終わりの誕生
「なん、、だ、これは、、」
レーザ・ロマニアは消滅した都市サテマを前にただ呆然と立ち尽くしていた。消滅した都市を前に立ち尽くすことなど出来ようはずもなかったが、ただそう言う他なかった。
レーザの見た景色を一言で言い表すならば、赤い霧である。あるはずの都市が無く、そこにあるのは赤黒い霧のみであった。それに匂いも酷かった。これを言い表す言葉などこの世に存在するはずがないと確信できるほどの匂いである。
ふと肌のベタつくのを感じてそちらに目をやると、霜のように液体や粉末が張り付いていた。寒気を通り越して吐き気を催す。この霧の正体が何であるかはレーザを含めた調査隊の隊員たちは大方の想像がついていたが、誰もがそれを口にすることをしなかった。まずもって考えたくもなかった。
都市のあった周囲一帯が赤い付着物でうっすらと色付いている。あまりにも現実離れした景色にレーザは調査隊の任務を半ば忘れていた。それを思い出した時には、隊員たちに調査を続行できる状態のものはほとんどいなかった。
「レーザ様、戦闘不能の隊員17名との事です。調査継続は不可能かと。一時撤退を具申いたします。」
「あ、あぁ、そのように取り計らえ。」
レーザは調査隊の隊長であったが、それ以前に王族であり、第五騎士団の団長でもあった。それに由来する芯の強さが起因したのか定かではないが、確かに正気を保っていられた。レーザの服心であるカロも同様に正気であったが、隊員たちはその限りではない。撤退の指示は即座に伝達され、潰走の様相を呈する。
徒歩で1時間ほどの位置に建てられた兵営に着いた頃には実際の戦闘では無いにも関わらず、厭戦の空気が漂っていた。
隊員たちは規律を失い、思い思いに絶望に耽っている。座り込み顔を手で覆い隠す者も居れば、ただ泣き崩れる事しかできない者もいる。隊員に共通の思いがあるとするならそれは、「あの状態で助かる人などいない」と言う事のみである。調査隊結成時には、ある程度わかっていたことではあるが、実際に目の当たりにすると耐え難い苦痛であった。
「アンリエッタ、この際一度ウルヴィスに帰還するのもありなのでは無いか?」
「それはあり得ません、原因の推測すらできない状態でおめおめと帰還するなどロマニア王国の騎士にあるべき姿では無い。」
第三騎士団長アンリエッタ・アレクスは数々の修羅場を乗り越えてきた女傑である。この調査隊は純粋に調査という目的と並行して、生存者の捜索と保護という目的も兼ね合わせていた。そのために、第五騎士団だけではなく、第三騎士団も同行している。もちろん、その長であるアンリエッタも同行しているということだ。レーザは調査隊の隊長ではあるが、第三騎士団の団長が調査隊に参加している手前、独断専行とはいかないのであった。
「ではどうするのだ?この状態の調査隊では何をすることもできない。あの霧の中を歩くのも悍ましい。原因はともかく、現状を伝えるのも調査隊の使命であるはずだ。」
「では、私が1人で調査に向かいましょう。本来であれば、調査は第五の管轄ですが。この際仕方ありません。王族に忠義を尽くす幸せを賜り、感謝申し上げます。」
いかな女傑であろうと、視界の無いと予想されるあの霧の中では調査どころでは無いだろう。それに、ここまで煽られてやらぬ訳には行かない。そこに道理があれば、それを拾わざるを得ないというレーザを王族たらしめる信念が、思考の過程で白日の元に晒されてしまった。そうなれば選択肢は二つに絞られる。
「、、、王族、やめるか。」
「レーザ様!?何をおっしゃいますか!」
「冗談だよ、ジョウダン。第三の長が行くというのなら、私がいかないでどうする。もう仕方ないのだよ、こうなってしまっては。」
レーザはカロの驚嘆を見て内心で満足しつつ、疲弊した隊員たちを集めて号令をかける。
「明日、日の出を待って調査を開始する。あの惨状だ、強制はしない。行きたく無いというものは兵営に残っていても構わない。行くというものはどのような場面に出会そうとその職務を全うせよ。今日は皆よく耐えてくれた。ゆっくり休んでくれ給え。」
隊員たちはそれに応じ、解散の号令と共に各々の天幕に戻っていった。レーザにしろアンリエッタにしろ人間であることに変わり無いので、疲弊したその体と心を休めるために、早めに睡眠を取ることとなった。
日が昇り、朝になった。隊員たちは広場に整列しレーザの言葉を待っていた。レーザはそれに応え、簡易に作られた演壇に立つ。
レーザは鳥たちの鳴く前から起きていた。昨日の出来事から士気を鼓舞する事の難しさは明らかであり、隊員にかける言葉もより一層強くなければならない。レーザはその方法を考えていた。或いは、誰も調査に参加しないかもしれないと、安易なことを言ってしまった後悔に苛まれながら、それでもやってくれるものを増やすために、必死に考えた。それで、考えついたのがこれである。
「おはよう星あかりちゃん。地球もこう言ってる(やぁ)って。」
どよめきたつ整列に、頭を抱えるカロと、口を開けてそのまま閉じないアンリエッタの姿がそこにはあった。
「レーザ団長は御乱心だ。引き摺り下ろせ!」
カロの合図と共に第五騎士団の面々は素早く行動を取る。あたかも日常茶飯事かのように。それもそのはず、これは日常茶飯事なのだ。レーザという人物はこういうふざけた奴であった。
いつもなら、事態の収拾はカロがやっているのだが、ことこの調査隊の編成に於いて次席指揮官はアンリエッタであるために、演壇に立つべきはアンリエッタと言うことになる。
「レーザ騎士団長のありがたい御高説を賜った以上、我々は調査に向かわなければならない。第三騎士団団長である私も感激に打ちひしがれている。この中で、先ほどの演説を聞いて調査に参加したく無いと言う者など居ようはずもない。そうだな!」
整列は一気に引き締まり、全員がアンリエッタの言葉に応じる。カロはどんな内容の演説だろうが問題の出るはずがない演説に小さな賞賛を送った。
「では、これよりサテマへ向かう!諸君、気を引き締めろ!!」
移動途中、列の中腹からこんな会話が聞こえる。
「なぁ、第五の。レーザって団長はいつもあんななのか?」
問いかけを受けたのはエカという青年だった。
「そうだよ。いつもあんな感じでカロさんに迷惑かけてんの。それと、俺の名前はエカだ。エカ・マルエス。」
「おうわりぃ、エカな覚えたよ。ってかマルエスってシドニカ村のアカディアのとこか?」
「なんだ知ってんのか。アカディアは俺の叔父さんだよ。」
「ほえー、そりゃすげぇ奴にあったぜ。」
「やめてくれよ。別に俺がすごい訳じゃ無い。それに、おじさんもすごいつもり無いと思うけど。」
「いやすげぇだろ。平民から魔法学校の教師に抜擢されるなんざ前代未聞だぜ?」
「まぁ前代未聞なのは認めるけど、そんなすげぇ奴って感じしないんだよなぁ叔父さんって。それに魔法学校とは言っても慣習的な部分がほとんどだし。」
「お前も魔法とか使えんの?火とか氷とか出せたりすんじゃね?」
「魔法はそんな簡単なもんじゃ無いよ。っていうかその話はもういいよ。そんなことよりあんたの名前教えてくれよ。」
「あぁ、そうだな。俺はディライス・グリザってんだ。ディリスじゃ無くてディライスな!」
「ディライスね、分かった。」
このような会話がサテマの目視範囲まで続いた。この2人だけでは無く、列の各地から散発的にこのようなことが起こった。特筆すべきは、サテマが見える直前まで陽気におしゃべりしていたことにあるだろう。まるで危機感がなかった。
これはひとえに、レーザの能力のおかげと言って差し支えない。本人は意図していないが、その立ち居振る舞いによって過度な緊張を解すのである。これが良い方に向く時もあれば、悪い方に向く時もある。兎も角、この能力があるからこそ、第五騎士団の面々はレーザに付き従うのだ。
さしものレーザの能力ではあるが、赤い霧を前には無効を喫するようだ。
「、、俺たちあそこに行くんだよな。」
「もうここまで来てしまっては引き返すことなど許されないだろう。正直、兵営に残らなかったことを後悔しているよ。」
「、、なぁエカ。俺のばあちゃんはサテマに住んでんだ。ほんの1週間前に会いに行ったばかりだった。その時はピンピンしてたんだ。ピンピンしてたんだよ。またミートパイ作ってくれるって約束したんだ。ほんとうにこの地獄がサテマなのか、、、?」
「、、、遺品の一つでも見つかるといいな、」
「ッ、、そう、だな、」
列が止まる。サテマを前にして慄く隊列はそれでも昨日よりは随分マシに見えた。
「これより中心部へ突入する。この霧だ、各員口元を覆うように。」
隊列は赤い霧の中へ入る。一寸先すら怪しくなってくる。エカとディライスの距離でさえ姿形を認識するのは困難を極めた。それでも隊列は進む。ずんずんと奥部へ侵入する。
そんな中、カロはこの霧の違和感に苛まれていた。サテマ消滅が4日前、その報を受けて調査隊が結成されたのが3日前、そして昨日ようやく到着して、さらに日を跨いだというのに、霧は晴れる事なく、より一層濃くなったとさえ感じられる。調査隊の皆が感じ取っている仮説とも言えない確信からすれば、それはそれで一縷の希望とも言えた。しかし、カロにはそれが良いことのようには思えなかった。とは言っても何か明確な証拠があるわけでもなく、「違和感」というものから脱せられない現状ではどうすることもできないと、後ろ髪を引かれながら思考を切り替える。
隊列はほとんど凹凸の無くなってしまった市街を歩き、中心部へと到達する。
「調査隊各員に告ぐ。これから手筈通り5人1組の班行動となる。事前に決められた班員と点呼を取り、班員の確認が取れたものよりその報を出せ。この視界だ、時間はかかっても構わないので丁寧にやるように。」
レーザの指令が飛ぶ。列はほとんど視界のない状況にあって、即座に指令を実行する。
この後の手順に関しては、大まかに散開し探索、霧を抜けたらイースト方向に集合という手順になっていた。レーザも、またアンリエッタも例外なく、その手順を実行する手筈だった。
「おい、なんだそれ。」
誰かがそんなことを言った。地面は徐々に盛り上がり、赤熱したように変色する。それは見るからにエネルギーを湛えている様子である。
時は一瞬のこと。大きな爆発音と共に隊の凡そ8割が吹き飛んだ。機を見計らったかのような爆破である。誰も対処できなかった。サテマ消滅の調査は事後処理であるとたかを括っていた。もしもそうでなかったとして、何か出来ようはずも無いほどの、言うならば災害であった。
これをきっかけに霧は徐々に晴れる。正確には出来立ての穴へと吸い込まれるように収束を開始した。吹き荒ぶ風の中にあるのは可哀想な集団、レーザもまた可哀想だ。エカもディライスもアンリエッタもカロも誰も彼も可哀想だった。運が悪かった。気の毒だった。どうしようもなかった。挫けて砕けて燃え尽きて散ってしまった。どうしようもなく、可哀想だった。
調査隊は、可哀想だった。
更新遅くなってすいません。
これからは世界から面白そうな人物をピックアップして場当たり的に物語を書くのではなく、真面目にプロットを書こうと思います。




