其ノ六拾七 妊婦に基づく暦法の村
奇妙な村だった。
カナダのノースウエスト準州、グレート・ベア湖の北岸に位置する、北極圏の境界部。逆サイドの南岸には針葉樹林が見えているが、こちら側は立派なツンドラ地帯だ。季節は夏。雪解けの進んだ湿った地面を、白い綿毛を揺らすワタスゲや、色とりどりの花を咲かす高山植物たちが控えめに彩る。その先に見える集落が何やら賑わっており、私はそこに向かって歩いている。水を吸ってふかふかなトナカイゴケの、クッション性ばっちりな踏み心地を楽しみながら。
湖へ続く川伝いに進んでいくと、子供たちが駆け寄ってきた。男児が4人と女児が2人。どうやら、私が背負っているイッカクの頭骨が気になるらしい。
お目が高いな。上顎の切歯が2本とも牙になってるだけでなく、本来は牙など1本も生やさないメスの標本である。昨夜の上陸時にたまたま見付けたビーチコーミング品、これは一生のお宝だ。…む、触りたいのか。ふふ。この機会に、存分に見て触って観察するといい。
貸すだけだぞとは念入りにジェスチャーと語気で示してから、大人と他の子供たちが食事をしている場所へ歩を進めた。アザラシ皮製のテントの外で、雰囲気からして新年の祝いをしているっぽい。季節の変わり目とは言え、このタイミングでとは珍しいように思われる。
老若男女とも美味しそうに食べてるが、若者ほどモリモリと食べているな。そう思いながら話しかけたところ、珍しい客人だからと誘ってもらえた。ありがたい。遠慮せず、参加させて頂くとしよう。
改めて料理の数々を見渡すと、村人たちの食に対する思い入れが感じられてくる。冬には海辺で過ごしていると思われ、様々な海獣の肉や脂が主だった食材になっている。永久凍土を掘り下げた地下にて冷凍保存などをしてるのだろうが、わさわざ沿岸部から離れた地でとは、内陸の夏の食材も併せて食べたいという欲求が察せられる。
お、ここに座りなさいと私の座るスペースが設けられた。食べさせて頂こう。
まずは、ワモンアザラシの冷凍肉だ。各人が手持ちのナイフで小片にしてから、同じくアザラシから抽出したであろうオイルに浸して食べている。私も自前のメスを使って真似して食べよう。…うん、口の中で融けるお肉がとろっとした油脂と合わさって、二重のトロトロ感がとても良い。
次は、イッカクの皮身を生で頂く。白黒の斑模様がとてもイッカクな皮膚と、薄くピンクに色付いた皮下脂肪とのセット。一口大のブロックを噛み転がして味わう、脂のキャンディーみたいな品か。…おお、体温で融けてくる脂に生臭さなどは無く、むしろナッティな風味が感じられる。
温かいものも頂こうか。ワタスゲの茎を灯芯にして、海獣オイルを燃料にしたランプの上で、この場で唯一の加熱調理が為されてある。石鍋でじっくりコンフィにされた、ハイイログマのロース肉だ。…ほふ。風味は香り高く、肉はほぐれる柔らかさ、脂身はすっと口溶けする絶品だ。
ここで、ちょっと刺激的なのも試しておこう。永久凍土より上部、冬には凍る程度の地中で熟成させ作るという、セイウチの発酵肉だ。…ふむ、肉はピンクに、脂身はグリーンに変色している。香りも凄まじいが、味の方は…あ、うま味の爆弾だ。これ、調味料的に使ってもいいのでは?
最後はデザート。ホッキョクイワナの生肉を、アザラシ油やベリー類と合わせホイップ状にしたものか。…ほう。5種、いや6種のベリーの甘酸っぱさ、イワオウギの根の甘さとしっとり感が、魚肉と獣脂のふわふわミックスを上手いことまとめ上げている。かなり独特だが、それがこの食卓には合っている。
郷土料理の数々を食べさてもらい、大変に満足したことを周囲に示す。あ、子供たちが骨格標本を返してくれた。強化剤を浸透させてあるので、傷付きなど心配せずに手渡せていた。大人たちも良いものだと理解をしてくれ、そこから色んな話で盛り上がる。
その中で、この宴は1人の女性が着床出血したことで始まったのだと教えられた。新年ではなく、妊娠の祝いだったのか? いや、年始まりの祝いではあるらしい。それでは特別な女性だとか? いや、そうでもないようだ。ふーむ、受胎と新年をどう紐付けてるのか気になるな。
一般的なイヌイットだと、食と住を基調とした自然暦で1年間を幾つかに区切るそうだ。確か……イグルーの季節、アザラシの子供の季節、テントの季節、イワナの遡上の季節、カリブー狩りの季節、ホッキョクグマの季節、といった分け方になっているのを聞いたことがある。
この村では人体、そして妊娠に基づく暦を使っているのだとすると、母体の変化によってカレンダーをめくるのかも知れない。次のタイミングくらいまで、ちょっと滞在して観察してみるか。
そう決めての5日間で、次々と着床出血する女性が現れた。これで3人目。出血を伴う確率と村の規模を考えると、一斉に発情でもしたのだろうか。
その線で第一に頭に浮かぶのは、長日性の交配だ。これは、日が長くなるのがトリガーの繁殖行動であり、光を浴びる時間が増える→その刺激でメラトニンの分泌が減る→それが抑制していた性腺刺激ホルモンが増える→繁殖活動が抑制解除される、という流れで駆動される。そのメリットには、日が長くて、暖かくてエサが多い時期に、胎児や子供を育てられることが挙げられる。馬、オオカミ、ハムスターなど、そうした動物は数多い。
通常、人間は長日性の交配を行わない。だが、この村でそれが起こっているのかもと考え、関連事項を思い起こすなら、まず、メラトニンが性腺刺激ホルモンを抑制すること自体は、人間でも起こる。ただし、それは思春期スタートの調整に関わるものであり、大人では無視を出来ることだ。
とても興味深いことに、日本人も戦前は日の長くなる4〜7月に交配が多かった、という事実もある。ただこれは、農作業で忙しくない1〜3月の内に出産しておこうという、意図的で文化的な理由からなのだと考えられる。
この村での長日性が事実なら、どういったメカニズムで成立しているのだろうか。そうした進化をしてるという可能性も検討したい。ひとまず、集め終えた村人全69人の血液サンプルを用いて、ゲノム解析を始めるとしよう。
解析待ちの時間で、タイミング的なことについても少し考えておく。着床出血というのは、交配から1〜2週間後くらいに起こるものだ。つまり逆算すると、ちょうど夏至の頃に交配していたことになる。この辺りは今時期、日光が24時間ずっと届く白夜の真っ只中なので、夏至だからと唯一最も日が長くなる特殊な1日ではないが、何か関係はあるかも知れない。
西暦で今年生まれの乳児は3月中旬、昨年生まれのはずな幼児も皆が3月くらいの出産かと見受けられ、これも夏至の頃だけの交配をうかがわせる。春に生もうという習慣によるものなのか、あるいは。
……ゲノム解析の結果が出た。メラトニンの分泌量が青年期の間もピークを保ち、性腺刺激ホルモンが大人でも抑えられることが明らかだ。ここの村人たちは、確かに長日性の季節繁殖動物と化している。
この遺伝型だと、繁殖期外における抑制はかなり強いな。活動時間中は常に日を浴びているくらいの条件にて、やっとじんわり解けてくる程度のプロテクトだ。白夜の期間が近付いてきた頃から、テストステロンの影響で男女とも性欲が高まってきて、男性については精子形成が促されていく感じになるか。
女性の方で排卵が起こるには、ほぼ丸一日の日光浴でメラトニンを著しく減じさせる必要がある、というシミュレーション結果になっている。おそらく、ここに文化的な要因が絡んでくるのだろう。白い夜を通して寝ずのイベントでも催すのではなかろうか。
さて、ここまでは分かったが、彼らの季節の変わり目まで滞在することにしてるのだ。聞き取りなどもして、情報を補完するとしよう。
1季後。
この村では、1年が6シーズンに分かれているのだと理解を出来た。それらは全て、発情期になってから最初に着床出血した女性の妊娠状況、その自己申告をベースに区切られていく。各季節には特に名前は存在せず、それらの境界だけが意識されていた。
着床出血、つわりのピーク、つわりの消失、初めての胎動、臨月より2週間くらいは前、出産。これらの6つである。
着床出血・胎動・出産は事象として分かりやすいし、つわりの程度もまあ指標にしやすいだろう。しかし、「臨月より2週間くらいは前」とは何だろうか。妊婦は、一体何を自覚してるというのだろうか。
…まさか、ホルモン変化を間接的にでも感じ取っているとか? ちょうど、ヒト胎盤ラクトゲンのピーク時がそれくらいにはなる。が、それによる大きな変化は、母体が脂肪をエネルギー源に使うようになり、グルコースを胎児へ優先的に供給していく、といったものである。自覚するのは相当に難しいはずだ。
とは言っても、実際にそこを季節の変わり目として認識しているのだから、そうした技能が受け継がれていると考えるべきだろうか。ホルモン変化そのものを知覚するような能力が遺伝的に身に付いているわけではないので、そう考えた方が自然な気はする。
まだもう少し、そうした側面での調査を続けたい気持ちもあるが、もうそこそこ長居してしまっている。食事などの対価は支払っているし、村人たちとは随分と打ち解けてきたが、そろそろ潮時だろう。次の目的地に向かう準備を始めるとしよう。
まあ、色々と知ることが出来てよかったな。夏至に行うという儀式についても聞き取れたし。基本的には若者が、そして男性はその大半が、女性は人口調整のためか一部の者だけが、やはり太陽の光のもと、一日中を踊って過ごすらしい。その光刺激でメラトニン分泌がより一層に減り、性腺刺激ホルモンの分泌が増えて、女性については黄体形成ホルモンの大量分泌が排卵を促すというわけだ。
これはおそらく、年1回、あるいは数年に1回だけの祭への参加という熱狂を伴うだろうし、そうした精神面の要因が発情を強めているというのもありそうだ。
えーと、あれはどこにやったか。
夏至という太陽の動きをトリガーとした、特定の妊婦に基づく自然暦なんてものは、他に似た例を知らないな。マヤ文明の儀礼暦が、260日と妊娠期間に近いため妊婦に基づくのでは、という説はあるらしいが、そうだとしても毎年1人を基準にしていたわけではないはずだ。
んー、ここか? いや、どこだ?
この村の妊婦暦の季は、短いもので1ヶ月くらいとバランスは悪くない。しかし一定ではないし、最後のシーズンが100日くらいと長いのは、不便だったりしないのだろうか。
いや、そもそも、この六季にはどういった意味があるのかが不明だ。子供を生み出す母体を神聖視しているといった、実用面とは無縁なものかも知れないし、あるいは、何かしら生活に根差した理由があるのかも知れない。
おっ、こんなところにあったか!
お宝を背負う。さて、それでは最後に、この季節の旬の魚とベリーを食べさせてもらってから、旅立つとしよう。獲りたてのホッキョクイワナの卵と白子、それとサスカトゥーンベリーに、クラウドベリーと呼ばれるホロムイイチゴだ。
んん〜、濃厚なお味の生殖巣も素晴らしいし、甘酸っぱさと香りの良いベリーも素晴らしい。やっぱり生はまた別物だ。ありがとうと謝意を込めて、別れのあいさつをして周る。
この先々の季節まで過ごしていけば、キビヤックだとか、カリブーが胃で消化中のトナカイゴケだとか、刺激的な食材も楽しめたのだがな。そう思ってしまうほど、ここの食文化を気に入っていた。
ああ、そうか。海・川・湖、ツンドラとタイガ。様々な環境を行き来して、多様な食材を楽しみたい彼らにとっては、出産や育児のタイミングを村全体で固定して捉えることが、子連れの長距離移動に役立つのかも知れない。そんな仮説を立てながら、私は次の村へと歩みを進めた。




