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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ六拾六 恐竜の復活を目指す村

 奇妙な村だった。


 南極大陸のクイーンアレクサンドラ山脈に位置する、我々のキャンプ村。この近くには、ジュラ紀の化石が産出するハンソン累層の露出部があるが、そこではない。2キロメートルはある分厚い氷床の底、その更に先、化石に富んだ地層が続く深部にて設けてある。

 入口は、氷雪の地面にぽっかりと空いた穴である。耐寒仕様なレヴェルAの化学防護服を身に纏い、私は、地下へのスライドダウンを開始した。


 この施設を訪れる目的。それは、「真のジュラシック・パーク」実現に向けた、特大のマイルストーンを見届けることである。


 ジュラシック・パークを作るのは不可能だと言われている。琥珀の中に封入された太古のカから、エサとしていた恐竜の血に含まれるゲノムDNAを抽出してのクローン作製、というメソッドに関してだ。

 確かに、原初の発想であるその手段では無理だろう。化石から得られる古代DNAというものは、100万年のオーダーが鮮度の維持される限界なのだ。恐竜たちが生きた時代は桁違いの昔なため、DNAの構成単位であるヌクレオチドを保つのすら困難なのが現実となる。


 そこで、現実的な手段として考案されたのが、今や世界的に人気なペットのチキノサウルスだ。恐竜の子孫として現在を生きる鳥類、その中でも実験動物として汎用性の高い鶏をベースにして、先祖返りさせた産物である。

 羽毛でなくウロコに覆われた体、翼でない前肢、それと長い尾に、クチバシではなく歯のある口。こうした改変を施したものだが、いずれも恐竜の頃から受け継がれてきた発生プログラムを活用している点が小気味いい。


 ウロコについては簡単だ。羽毛はウロコの変形だし、鳥の足には今もウロコがある。つまり、全身で足と同じ機構が働くようにすればいい。

 翼から一般的な腕に戻すのは大変そうに思うかも知れないが、これも事情は似ている。卵の中での発生中、基本形の腕を作ってから翼へと変形させるプロセスをとってるので、それを途中で止める手段が有効なのだ。

 尾を長くするのも同様で、一旦は体節の多い長さのある尾が作られるので、その後にアポトーシスなどで著しく短縮されるのを抑えればいい。

 歯を生やすのは少しトリッキーだ。現生の鳥は口に歯を作らないが、それに必要な遺伝子は骨やクチバシを作るのに使い回されている。発生プログラムともども残っており、そのルートへ促せばクチバシでなく歯が生じる。


 体の一部や一次期に、あるいは作り方だけ残っている恐竜の名残を活かすこのクレバーなやり方を、より恐竜に近い鳥をベースにして実施しようという動きもある。

 それは、古いタイプの鳥をゲノム復元して造り出すことから始まる。ベースのベースになるのは、ダチョウやモアを含む古顎類だ。この鳥類の一群は、解剖学的な特徴が恐竜により近いし、鳥類全体でのゲノム比較からも、最も昔に枝分かれした種類だと示されている。


 その比較では、ゲノムに蓄積されたDNA配列の変化を見比べるわけだが、これを更に突き詰めると、祖先ゲノムの復元も行うことが出来る。

 2種の鳥の間でゲノム情報を比較すれば、当然であるが、同じところと違うところが存在する。この内、同じDNAは両者の共通祖先の時からそうで、それ故に2種ともが受け継いできた可能性が高い。この比較を遠縁の2種間で行えば、より古い時代の共通祖先についての推測が出来る。偶然の一致による誤解も考慮すべきだが、2種ではなく全種を対象とすることで、精度は上がるし得られる情報も増える。


 とは言えこの手法だと、どうやっても完全には解けないパズル(もど)きにはなってしまう。しかし、ワニなど爬虫類のゲノムと挟み込むように比較したり、化石記録から特徴を見出したりで、更に色々と推定することは可能だ。

 そうして、歯を作らない内に壊れていったエナメル質の遺伝子を復活させたり、古顎類では基本的に退化している飛べる翼と竜骨突起を採用したり、といった判断が出来る。

 最終的には、シギダチョウを飛び上手にしたような鳥へと復元されるのだろう。それをベースに、チキノサウルスと同様の改変に加えて、複合仙骨の解消や、尾の長さの調整なども為されるはずだ。


 面白い。民間レヴェルとして十分に面白いのだが、これでは恐竜っぽい何かに過ぎず、ゲノム編集で作製したマンモスくらいの品である。それではジュラシック・パークとは言えない。我々がここで進めているのは、そういった他の全ての復活案を超えるプロジェクトなのだ。


「ズザァァァッ」


 ふう。長かった氷と岩の滑り台移動を終えて、発掘現場に到着した。青白い照明が、小さな氷底湖を幻想的に照らし出している。


『教授!』『教授だ!』『教授ですね!』『教授がいらっしゃいました!』『教授ですか!』『教授!教授!教授!』『ようこそ、教授!』『教授のご視察です!』


 無邪気に私を歓迎してくれる、生物学部門が誇る最高戦力、プロジェクト「究極の生命(アルティメットライフ)」のアダムとエヴァたち。この環境の危険性からも、その高度な頭脳からも、彼ら彼女らだけでここの人員を構成しているのは適切であろう。

 私は見届けに来た旨を告げて、そのまま作業を続けるように促した。するとムードをバシッと変えて、岸壁にて黙々と精密動作を再開した。


 氷床による断熱と地熱で外よりは暖かいものの、この防護服を脱ぐわけにはいかない私とは対照的に、彼ら彼女らはラフな薄着だ。アダムは屈強な、エヴァは妖艶な肉体を、非常に整った顔と共にさらして作業をしている。

 このフィールドでは、クリョロフォサウルスの全身化石がこうして既に露わとなっている。が、メインの目的はその周囲の岩石に生息している、特殊な古細菌(アーキア)である。これが極めて危険、そして極めて有用なのだ。


 太陽光など決して届かないこんな地の底でも、生物というのは適応し生活しているものだ。むしろ、そういった地下の生命圏の方が、生物体の総重量はずっと多いくらいである。そこには、地上とは全く異なる世界が広がっている。

 光合成の恩恵から縁遠い地球内部で、細菌(バクテリア)や古細菌たちは、あらゆる酸化還元反応に手を伸ばした。ある菌は、放射線が水を分解し生じる水素を酸化させ、またある菌は、岩石中の金属イオンを還元する。そうして得られる極微量なエネルギーで細々と、数百万年を生き抜くものも少なくない。水や石を食べての超長寿とは、(かすみ)を食べる仙人も裸足で逃げ出す凄さであろう。


 そして。そんな悠久を生きる生物の中でも、桁違いに長い時を過ごしてきたものがこの地に眠る。その期間は、およそ2億年。我々の目当てである、恐竜のゲノムを水平伝播する「ノアーキア」という古細菌だ。


 ノアーキアは、地中では細胞分裂もせず、成長もせず、生命の限界と言えよう質素な暮らしで、ただただ己を保っている。その間、酸化還元反応からエネルギーを得るのに、分子も原子もイオンも外部から必要としない。よりダイレクトに、電子そのものを使うのだ。

 莫大な重さの氷床は、堆積岩中の石英に圧電効果を生じさせ、氷自体は自重で歪んで屈曲電気効果が生じてくる。そうして周囲の環境で発生する微弱な電気を、ノアーキアは細胞壁に生やした突起から自身に導く。酸化還元反応の要訣は電子のやり取りなので、有機物を食べて分解したりせずとも、電気からエネルギーを得ることが出来る。


 ところが、ノアーキアにもエサを食べて活発に増殖するタイミングが存在する。生物なのだから、いつかは頑張る時がくるのは当然だろう。

 それは、ノアーキア表面にある突起が、何らかの生物の細胞膜に突き刺さった時である。突起も含めて細胞壁を犠牲に相手の細胞内へ侵入し、主に細胞質を食べて成長しては、細胞分裂を繰り返して爆発的に数を増していく。その内に、ある1個体が宿主の細胞核と融合する。核内に収められた大量のDNAを、億年単位のスローライフを支えるお弁当にするためだ。


 この長期保存を前提とされたDNAが、我々のジュラシック・パークを実現可能にする、恐竜ゲノムのタイムカプセル品なのである!

 その奇跡的なプロジェクトの立て役者である微生物に、敬意を評して引き続き思いを馳せる。


 宿主の細胞核と融合した個体も、そうでない大多数の個体も、細胞壁を作り直した後、喰い荒らした細胞の外へと出ていく。前者はすぐ再び省エネモードに入る。後者はまた別の細胞をターゲットにして増殖し、運良くお弁当を得られた個体からモードチェンジしていく。

 たっぷり蓄えたDNAは、地面に埋もれ、電気を得られる高圧環境に達するまでの備蓄食にもされるが、メインの用途は別にある。極限までエネルギー消費を削ったノアーキアでも行う必要のある、DNA修復である。


 どれだけエネルギーを節約し、成長や分裂に物質を割り当てず過ごしたとしても、確率的に分解してしまうDNAを修復することは、地球生命として避けようが無い。シトシンからウラシルへの変化に代表される脱アミノ化や、プリン塩基の脱落などは、日々の生活という時間スケールで起きることであり、人体でもその修復が毎日行われている。地質学的な時間スケールを生きるノアーキアは、この対処を延々と続ける必要があって、そのために宿主のDNAを保存しているのだ。


 取り込んだ宿主DNAは、まず自然に分解するのを幾らか抑えるため環状に変えられる。これを少しずつヌクレオチドまで分解して、修理に必要な交換パーツとして消費していく。このリペア能力は非常に優れており、地下で待機中のノアーキアは、ゲノムDNAに変異がほとんど蓄積しないと考えられている。

 宿主のゲノムDNAについては、修復の回数券の様に消費されていくため虫喰い状にはなってしまう。だが、DNA修復はそれが誰のものかの区別なく行われる仕様なので、こちらも、本来なら時間に依存して生じる変化からは守られている。なので残っている配列は信頼が出来て、これは大変にありがたい。


 ……クリョロフォサウルスの全身化石が、まるで自立してるかの様なバランスで見事に掘り残されている。もうそろそろ、指示していた量のサンプルが集まるだろう。化石周囲の岩石を砂粒大に分割しつつ採取していったもの。その中に、この肉食恐竜のゲノムDNAを保存した古細菌がうじゃうじゃいるのかと思うと、本当に心躍る。

 作業をしているアダムとエヴァは、素手でサンプルに触れてるが、これは彼ら彼女らの細胞が細胞壁で守られているから可能だ。もちろんコンタミネーションさせない信頼があってでもあるが。一般的な研究員だったら、目覚めたノアーキアに貪り尽くされているし、自分たちがコンタミしてしまう。


 お。集め終えた無数のサンプルを一斉に、据え置き型のアナライザーに1粒ずつ投入していっている…はずだ。その動きが高速過ぎて、私には眼鏡の動体視力サポート機能があっても断言は出来ない。

 確かなこととして言えるのは、彼ら彼女らが1つずつ付けているサンプル名の意味くらいか。これは、発掘時のXYZ座標でネーミングしているな。私たちにも分かりやすくとの思いやりのはずである。これだけの数の小片の元位置を空間的に覚えての対処とは、通常の人類とは頭脳の構成が本当に異なる。頼もしいことだ。


『どうぞ、教授!』


 最後の1粒を投入したらしいエヴァがそう言った。解析スタートの入力を、私に委ねてくれるということらしい。確かに、私が望むことである。それでは、この記念すべきゲノム解析を始めさせてもらうとしよう。


 ……どれだけの時間が経っただろうか。この大型のアナライザーは高性能なので、大量のサンプルでも短時間で解析を済ませられること、それは理解している。しかし、体感時間としては非常に長かった。まだか、まだかと、その時を待ちわびた。

 そして、ついにその結果が表示された。アダムとエヴァたちが伏目がちに見守る中、私は()()を視覚で取り入れ始めた。


 ………………………………………ふ、

………………………………………む。 


 ………………………………………ふ、

………………………………………む。


 ………………………………………ふ、

………………………………………む。


 ……素晴らしい。虫喰い部の情報をサンプル間で補完することで、クリョロフォサウルスの完全な核ゲノムが得られている。しかも、胃の辺りから得られたサンプルから、捕食していたのであろうグラシャリサウルスの核ゲノムまで、ほぼ完全に得られている。どちらについても、マイクロ染色体が大きな染色体と共に環状化したサンプルが多かったのは僥倖(ぎょうこう)だ。

 これで。補修を受けているとは言え、2億年もの昔に恐竜の細胞中に存在していたDNAそのものを使い、それを受け継ぐ恐竜のクローンを作り出すことが出来る。これは、本当に素晴らしい。


 ミトコンドリアDNAは適当に用意するしかないが、それはまあ仕方がない。最高の復元ゲノムを用意しよう。

 ああ、さっきは見るのを後回しにしていた、恐竜の寄生虫と思しきゲノムもちゃんと確認しておこう。腸内細菌などは細胞膜が剥き出しでないのでノアーキアに喰われないが、細胞壁を持たない寄生虫は対象となっていたらしい。これもまた、貴重な成果だ。


 ふむふむ。センチュウが2種と、ダニが1種。原生生物もそこそこ組み上がるな。いいじゃないか。おや、軟体動物の部分ゲノムも得られているぞ。珍し……い…………な、こ、れ、は、アンモナイト!? パキディスカス科の1種なのか、これは!? 南極半島の方では化石の産出もある科だが、白亜紀の海の生物のDNAが何故ここに!?

 時代も場所も越えて、この地層この地下には、多様な古生物のゲノムを乗せたノアーキアが生息しているとでもいうのか!?


 思いがけない収穫を受けて、三日三晩の追加調査をアダム・エヴァたちと行うことになった。これは結果として、ジュラシック・パーク実現に更なる華を与えるゲノムを我々にもたらした。その望外の成果もありこの上なく満ち足りながら、私は次の村へと歩みを進めた。

筆者は、側系統群を分類群として捉えることが多く、恐竜についても鳥類とは独立な分類群として扱っています。

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