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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ六拾五 絶滅した鳥獣が蘇る村

 奇妙な村だった。 


 ニュージーランドのフィオードランドに位置する、無人島と思われていた小さな島。その島をボートで目指し、広大な山脈から氷河が削り出してきたU字谷、その海に没した入り江が複雑に絡み合う中を進んでいく。

 南半球にあるこの国では、夜は今時期が最も長い。感覚的には朝だと思いたい時間帯だが、空には数多の星と二十九夜月がまだ輝きを放っていた。峰々と、島々を覆う雪が淡く照らし出される。


「済みやした! 補強もしたんで、今度は3年は保証しやしょう」


 愛用してる漆黒のサマーコートが、製作者本人によってリペアされた。細かいほつれは縫い直され、光吸収素材の沈着コーティングもし直され、優しさと大胆さを同時に備えたアイロニングにより新品の様な仕上がりとなっている。

 うん、任せてよかった。夏に訪れた地で着ることにしてるので、次の着用は少し先になりはするけれど。


「使用感から、大事に着続けてもらえたのが伝わってきやした。作り手冥利に尽きますわ」


 そうだな。ギアナ高地やヌビア砂漠でもこれを着ていたし、キョンシーや吸血鬼擬きともこのコートを着て対峙した。住める樹木も古代の遺跡も、思えば色んなシーンを共にしてきたものだ。

 ああ、そうだ。料金とは別に、お礼にこの前の村でもらったお酒を飲ませてあげよう。


「おおっ、これはまた珍しい漬け込み酒ですな! あっしに頂けるんで? ありがたく、頂戴しやす!!」


 ギニアアブラヤシ樹液の蒸留酒に、辛味成分のパラドールがたっぷりと抽出された刺激物。この無類の酒好きな服飾師なら、きっと気に入ることだろう。


「んあ〜〜っ、美味いっ! 初めて飲む酒ですが、どこか懐かしい風味……ああ! 冷やし飴! これは、大人の冷やし飴ですわ!」


 期待通りの愉快な反応に満足しながら、私はボートからの景色を眺めていた。雪の白さ目立つ常緑なナンキョクブナの木々、その合間を走り抜けるサウスア……サウスアイランドジャイアントモア!!?


「ぷはぁ〜、美味い…。アフリカの酒も結構いけやすねぇ」


 小学生でも知っている絶滅種の代表、ジャイアントモア。その中でも最大サイズを誇るサウスアイランドジャイアントモアが、生き残っている!? …一瞬だったが幻ではない。当然に私も生時の姿など見たことは無かったが、あれは明らかに()()の動きであった。


「…お、早速お見付けになったようで。どうやら、刺激が強かったみたいでやすね」


 今回の訪問は、旅の服飾師にメンテナンスを依頼した際に、面白いものを見られるからと誘われての同行だった。それがまさか、ここまでの奇異な事態になろうとは。期待を大きく超えている。


「もうすぐ村の入口に着くはずかと。今回は、あっしが先生を(いざな)いやしょう」


 面白くなってきた。あれだけ大型な動物の再発見になれば、我々の組織でも非常にレアなケースとなる。


 ボートが小島の内湾へと入った。岸辺へと進めその場に停めて、彼の後ろに続いて歩を進める。人の気配は感じられないものの、マオリ族の入れ墨が表された男女ペアの木像が左右に配され、そこが村の入口なのだと示していた。

 その先に伸びる踏みならされた地面には、大型の走鳥類の足痕がくっきりと残る。間違いない。サウスアイランドジャイアントモアのそれだ。


「ボァッ、ボァンッ」「ボァ ボァーーン」「ボァ〜〜」


  鳴き声だ!! 骨格などから予想されていた鳴き声と相違なく、更には野生の動物としての生態がひしひしと伝わってくる。これは、本当に出会えるのか。あのジャイアントモアに。


「ポォウ、ポォーウアカィ!」「ㇰア~~~ッ ㇰア~~~ッ」


 おおぁ、素晴らしい……。あれは、かつての頂点捕食者として知られる巨大なワシ、ハーストイーグル! 翼長が3メートルに達する最大級の個体が5羽、私たちの頭上10数メートル辺りを旋回している…。

 !? ハーストイーグルたちが急降下! 突き出された鉤爪の先には、のん気にこちらを向いて立ち止まっている8羽のジャイアントモア!! じっくり観察をする前に、まずは狩られるシーンから見られるというのか!?


 ……ああ、なるほど。そういうことだったか。いや、いや、それにしても凄いな。そうきたか。


「ね、スゴいでやしょう?」


 概観としてはダチョウ的でありつつも、その体高は3メートルを優に超え、翼は退化し、赤褐色の羽毛に覆われた毛むくじゃらの走る鳥類、サウスアイランドジャイアントモア。

 この地に特徴的な地上性の鳥たちを捕食し、時にはジャイアントモアの成鳥すら仕留めていたとも言われる空の覇者、ハーストイーグル。

 絶滅種であるこれらの巨鳥そのものを()()()()()村人たちが、その中から姿を現した。


「もうお気付きかと思いやすが、あっしの一族は、何百年も前にこの毛皮の着ぐるみを作って、定期的にメンテナンスに来てるんですわ」


 流石の技であるな。よくよく見ると、確かに生身の生物ではなく、生きてるように見えるよう再現された剥製、その極めて高いレヴェルのものに近い雰囲気だ。素晴らしい作り、それと手入れなのだろう。

 そして、村人たちの技もまた驚天である。私をして本物と思わせたあの動きは、かの絶えた動物たちを()だけでなく()でも保存して、見事に再現しているということなのだから。一体、どうやって動かしている…?


 私たちの前に降り立ったハーストイーグルには、子供が入っていた。飛べるように軽量化のためだろうが、子供1人で1羽の体を繰っていたことになる。モアからは痩せた大人が出てきた。ちょっと中を見せてもらうとしよう。

 ははあ、なるほど。毛皮だけでなく、頭や肢を動かすための骨と腱も残してあるのだな。その腱を柔軟性が保たれるように鞣し、糸を繋げて延長し、入り手はそれを指に巻き付けて自在に操っていたわけだ。


「服でありつつ、懸糸傀儡でもあるんですわ。あっしらの一族と、まあ協力関係にある一族の技を借りていやす」


 そういうのもあるのか。いやー、面白い。鳴き声にしても、特殊な楽器を作って再現していたようであるし。アルプホルンにループ状の構造を加えたようなこの木管楽器は、ジャイアントモアの気管を模したもので間違いない。ハーストイーグルの入り手な子供が手にしている笛も、そうした設計思想で作られているはずだ。

 眼球はガラス製か。うん、これもリアルだ。しかしやはり…素晴らしい毛並みだ。これが本物か。この色、この質感、この立体感。言葉を失う……。


 そうしてしばらくの間、40分ほどは魅入られていたかと思う。特にモアだ。豪快な羽毛や極太の後肢に目を奪われ……不意に意識が外へ向いたタイミングで目に入ったのは、服飾師が真面目な顔付きで作業をしている様子だった。何をしているのだろう。


「メンテナンスですわ。基本はブラッシングと、トリートメントですな」


 とは言え、単にそれだけではないと見た。ふむ。使用しているオイルレザーは、香りからして猛禽類…おそらくはヒメクマタカの脂なのではなかろうか。


「大当たり!! この脂がよく馴染むんですが、よく分かりやしたね〜。流石ッ!!」


 前回、巨大なヘラクレスサンの幼虫を鞣していた時のことを考えれば、近縁種を素材に使うといった類いのこだわりは、あって当たり前だと踏んだのだ。お、仕上がったのか。羽根先までリフレッシュされ、生きてる感が更に増したように思う。


「お次はこちらです。これまた大きいのが8着、大仕事ですわ〜」


 ジャイアントモアのお手入れか。さて、どうするのだろう。おお、まずは羽を抜いていくのか。その動きは流麗にして素早い。そして元通りに戻せるよう、整然と並べていっている。羽と革は別々に処置をするらしい。

 まずは革のケアだ。それに使っている脂は……ブレンドしてるな。新鮮な鳥脂であるのは確実。可愛らしい国鳥たるキーウィのが使われてることも、香りから確かだろう。他には……シギダチョウ…の一種、か?


「おお〜、スゴいですな〜〜。村の方々にキノコを食べさせてもらっておいたキーウィの脂と、カンムリシギダチョウってやつの脂を使っとります」


 ぎりぎり合っていた。が、食餌についてまでは、考えが及ばなかったな。どちらの素材も、ジャイアントモアの食性と近くなるように考慮されている。

 南米に生息するシギダチョウは、現生の鳥類ではモアに最も近い。服飾師の一族なら、その脂をベースに使いたくなるのは当然だ。ただしモアと違って雑食性なので、植物食の傾向が高まる冬場のカンムリシギダチョウを使っていると。また、モアと同じ地域に生息し、比較的に近縁で植物食なキーウィに、モア同様にキノコ食もさせた上で取った脂も使うこだわり。脂はエサの影響を強く受けるので理解は出来るが、狂気に近いぞ。


「あ~らよっと!」


 そのミックス脂を、噴霧してふわりと羽にも馴染ませている。そうして潤いを与える前には、染料を用いて色あせに対し精妙な補修を施してもいた。これは流石に、対象となる動物との関係性よりも、色彩そのものの再現を重視しているようだった。

 最後の仕上げは革に羽を戻す作業。この工程では挿し直しての再固定に、脂を取ったのと同じ動物の皮・骨・腱から煮出した()()()を使っているのだろう。


「よくお分かりで! その通りですわ。傷みが強い羽は、スペアと替えてもいやす」


 そうか。流石に数百年もの長さでこのクオリティーを保つには、別個体の羽も用いているか。そうした備えも当然の様にしているとは、どれだけ先の未来を見据えて彼の先祖はこの仕事をしたのだろう。

 …ん、村人たちが地面を掘り返している。実は気付いていたけれど、土の下で蒸し焼きにしていた肉を取り出すところだろう。モアたちへの好奇心が勝っていたが、このイベントの料理の方にも期待したい。


「おおっ、美味そうですな! 酒が無いのが残念でなりませんわ!」


 私が渡した西アフリカはトーゴのお酒、ソーダビーがもう一滴も残っていないのは自明である。


「Kiwi!」


 おお、キーウィの丸焼きだ! 最近はノネコ駆除の成果により数が戻ってきているものの、まだまだ食べられる機会はそう多くない野鳥。穴の中で焚き火と焼き石をして、その上に放り、濡らした葉と土を被せてゆっくり蒸し焼きにしたお肉。さて、そのお味は。

 ……美ン味い。確かに鳥の肉ではあるのだが、野草の風味あふれる脂たっぷりのジューシー感。人によってはイノシシ肉との類似性も感じるだろう。アースオーブンによるじっくり加熱で、しっとり柔らかい焼き上がりだ。


 あ、村の女性たちは家の中に潜んでいたらしい。そこで用意していたと思われる飲み物を、私たちに振る舞ってくれている。ほう、確かティイとかいうものか。ニオイシュロランの地下茎に含まれるフルクタンを、加熱してフルクトースに変えての甘い飲料。時期的に、乾燥させておいた品を使ったのだろう。

 んー、いいね。系統的にも当然だが、アガヴェシロップに通じるものを感じる。野趣に富んだ鳥肉にも合う甘味と風味。この服飾師は、それを発酵させたテキーラの方が好みだろうけれど。

 

「これを発酵させたらテキーラになるんで? それは欲しかったですね〜〜」


 似たものにはなるだろう。ふー、楽しいね。いつのまにか、女性たちがオオツギホコウモリの操り人形を動かしてもいた。流石に着ることは無理なサイズ。これもまた絶滅種で、世にも珍しい地上性のコウモリだ。私がジャイアントモアに呆けている間に、手入れをしていたのだろうか。抜群のコンディションな毛並みを木漏れ日で輝かせ、かつての野生を表演、いや憑演していた。


 その周りで、再び男性たちの纏ったサウスアイランドジャイアントモアが、喜びの舞いを群れで踊る。上空では、ハーストイーグルたちが獲物を狙うように周り飛ぶ。これは彼らの伝統でもあるのだろうが、(いにしえ)に失われた生態の写し身にも相違ない。

 今は亡き鳥とコウモリたちが蘇る、一昼夜の宴。それらを絶滅させたのがマオリ族なら、こうして保存するのもまた彼らなのかと感慨深い。


 翌朝、多孔質なガマ属の草や木生のシダで構成され、周りの土が盛り上げられた暖かい伝統家屋にて目を覚ました。服飾師は、私が隠し持っていた2瓶目のソーダビーでいい感じの二日酔いとなり、深いまどろみの中で過ごしている。久しぶりに、楽しい時間を共に出来たな。

 化石とは一味も二味も違った、古生物の現世への遺り。その味わい深さに悠久の想いを馳せながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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