其ノ六拾四 呪術で特別視される村
奇妙な村だった。
トーゴ共和国のアタコラ山脈に位置する、森中の秘村。最寄りの集落からは有意に遠く、知らなければ見逃すような小道をしばらく進んだ先にそれはあった。
この村を訪ねることにしたのは、ギニア湾に面する首都ロメ、そこの呪物市場で1人の少女を目にしたことに端を発する。
2日前。私は、呪術で用いる様々な品が売られるその市場を練り歩いていた。ヴードゥー教の起源、ヴォドゥン信仰が今なお盛んなこの地には、呪術師から処方された呪具・呪物を一般人が購入する、そんな場所が当然の様にあって面白い。
呪いに使うのであろう木製の人形、薬効や幻覚性などを有する多様な薬草、ライオンやフクロウにワニ・ヘビなどの皮やら骨やらミイラの数々。私は蒸し暑さも忘れ、何時間も見入っていた。
そんな中、1人の少女の姿が目に入った。黒いシルクの衣を纏った女の子。その生地は、野蚕であるアナフェ、あるいはエパナフェの幼虫が数百も集まり共同で作る大きな繭、それから紡ぎ織られる品のはず。色が黒いのは何かで染めたからだろう。
アフリカ伝統のこの絹は、乱獲のため今では珍しいものだ。しかし、周囲の人々がその少女へ向ける態度と眼差しは、そうした視点のものではなかった。何やら明らかに避けて⋯いや、忌んでいる。
呪術が普通である空間ですら忌み嫌われる存在というのに興味を引かれ、私は少女の後をつけることにした。
人目の少なめな路地を縫うように早歩き、迷いなく進んでいく少女。引き離されぬよう見付からぬよう、ほぼ一定の距離を保って尾行する。すると8分ほどで、母親らしき女性と出くわしていた。控えめな笑顔で抱き寄る女の子の頭を、少し叱るような強さで揺さぶり撫でている。勝手な別行動だったのだろうか。
少女と同じくシルクの黒衣を身に纏い、大人だからか口元はフェイスヴェールで覆った女性。場所は生鮮市場、どうやら食料品の購入に来ていたようだ。
この母子はそこから少し歩いて、穀物の粉を扱う露店の前までやってきた。トウモロコシ粉を買おうとしている。⋯が、やはりお店の人の態度がおかしい。断りはしない。しかし顔は背けている。会話は無く対応はジェスチャー。それなりの量を買おうという上客に対して、である。
女性はそれを当然のことと受け入れてるような寂しげな顔で、何やら石で支払いを進めている。サファイア、それにダイヤモンドの原石だろうか。相場には詳しくないが、おそらく過剰な額のはずだ。それなのに、店の者はその宝石に触れたがらず、迷惑そうですらある。
購入した麻袋入りのトウモロコシ粉を頭に乗せて、その母子はまた歩き出した。道行く人々は彼女たちを避け、買い物客で賑わう市場の中にて2人を小島の様にぽつんと浮かばせる。
そんな孤立した空間が、道の逆サイド前方にも見られた。その人避けの領域は母子に近付いてきて、やがて1つの塊となる。同じ格好をした、同じく買い出しを終えた女性が合流したのだ。その後も同様に合流は続き、総勢13人になった頃には辺りの人影はまばらになっていた。
彼女たち⋯仮に黒絹の民とでも呼称しておくが、それからほぼ北北西へと歩き続けた。道中にはバスが乗れそうな場所もあったが、利用などはしない。集落もあったが立ち寄りはせず、雨降りでも野宿で済ませていた。なので私も歩き通しのシュラフ泊であり、飲食店にも寄れないのでゼリー食で腹を満たしのストーキングになった。
2回目の朝を迎え、昼飯時が過ぎ、夕方の手前くらいに差しかかったタイミングで、知らなければ見逃すような小道へ逸れる。しばらく進むと脇に小屋が見えてきた。
黒絹の民たちは、小屋の中に居る者と少し言葉を交わした後に、更に先へと進んでいった。私は少し考えてから、そのログハウス的な建物に近付いた。
「Bonjour. Buongiorno. Hello. As-salamu alaikum. Ni hao」
小屋の中から多国籍なあいさつをかけてきたのは、驚くことに村人ではなさそうだった。体格のとても良い筋肉質な白人⋯おそらくはフランス人男性で、スキンヘッドとサングラスが夕陽を反射させている。私は「コンチニハ」と返しておいた。
「ナンダ、ニホンジンデスカ。メズラシイデス」
おお、日本語まで対応してるのか。
「チョトダケネ。ヨウコソ、ジュジュツシノムラヘ」
呪術師の村。とても高名な呪術師が居るのか、特殊な呪術が伝わりでもしてるのか。どちらにせよ、それだけで村人たちまでああも忌まれるかは疑問だが。
「シラズシラズキマシタカ? コノムラ、ノロイデアンサツシマス」
なるほど、呪殺を請け負う暗殺ギルドの様な側面があるのか。それは村ごと嫌われるのにも納得感がある。そしてこの男性は、仲介者といったところなのだろう。
「スゴイノロイデス。ギスモナイノニチガナガレ、ニクハクサリマス」
ふむ、興味深い。
「ワタシ、ソノノロイウケタコトアリマス。チカクノマチデ、ムラビトトチョトハナシタダケデデス」
そう言ってこの男性は、サングラスと厚手の手袋を外した。その眼は視力を著しく失っているのが明らかで、指先は壊死して欠けているものが多かった。
「ワタシ、イキノコリマシタ。スゴイコトデス。トクベツナチカラ、メザメマシタ。ムラビトトハナセル、ワタシダケデス」
そうは言っても呪いを恐れているだろうことは、小屋の中を埋め尽くすほどに配された、人形、仮面、動物のパーツといった魔除けの品々が物語っている。村人と話すにしても、今みたくガラスの窓越しだったしな。
私は直に会ってみたいからと、村の中へ入って問題ないかを尋ねてみた。
「Ha ha ha !!! シヌコトダイジョブナラ、ハイテイイヨw」
番人の許可が下りた。それでは先に進むとしよう。
「??!! Dangereux !!! C'est dangereux !!! キケン! ダメネ! ジョウダン! アナタシヌ!!」
小屋の中から出ずに叫び続けるとは、この村の呪術を相当に恐れているのだな。そう思いながら、私は細い道の続く先へと進んでいった。
そして、歩くこと17分ほど。ちょっとした窪地に作られた、黒絹の民の住み処が見えてきた。
中に足を踏み入れる。日干しレンガの壁に、草葺きの屋根。そうした住居が放射状に配置され、それらが囲む内側は広場になっている。全体で直径50メートルないくらいのスペースに、500人くらいがうじゃっと住んでいるようだ。珍しい。
村人たちは男も女も黒衣を身に着けている。男子供は顔を布で隠しておらず、私を見て驚いている表情がよく見える。
私は更に足を踏み入れて、広場の中へと進んでいった。すると、あっけにとられていた村人たちが我に返り声を上げた。それは嘆きの言葉であるように思われ、それは私の行く末に対する嘆きなのだと感じ取られた。
黒絹の民の男の1人が、私に近付きながら慰めの言葉を発しているようだ。その意味するところは、「お前はもう呪われている、助からない」「最期に美味いものでも食べていけ」といったところだろう。語気と表情とジェスチャーから、まあ大きな間違いは無いはずだ。
⋯それにしても、いつ呪われた? 会話がトリガーなのかと踏んで、それには警戒していたのだが。
内ポケットに入れてある、知人の符咒師特製の霊符の束を確認してみたが、1枚も焼き切れていない。ということは呪いは成立してないと考えられるが、彼らからするとそうではない、と。
まあ、食事をごちそうしてくれてる間に、調べていけばいいだろう。私としては、科学的に説明される、望ましくは生物学的な毒素による線を期待したい。
そうこう考えている間に宴の準備が始まっていた。お、もうお酒を飲ませてくれるらしい。日が暮れていく中、焚き火の前で男たちと飲み交わす。ヤシの蒸留酒を用いた漬け込み酒、ソーダビーか。バオバブの根とギニアショウガの実を使ってるタイプ。それをショットの様に飲み干す。⋯うん! 強い酒に刺激的な風味で最高だ。
酒の肴も欲しいなと思っていたら、女性たちがバナナの葉に乗せ持ってきてくれた。ありがたい。そして美味しい。プランテンを揚げたものは焼き芋の様にもっちり、がんもどき的なのは黒豆を練って揚げたもの。どちらも酒に負けないパワフルさだ。
村ごと忌まれてる彼らにとって、客人は貴重なのだろう。私に対する申し訳なさをにじませつつも、皆とても楽しそうな時間を過ごしていた。
翌昼。飲み過ぎて午前中を寝て過ごしていた私を目覚めさせたのは、好奇心の旺盛な子供たちだった。私をぺたぺたと触って喜んでいる。健康チェックを任されたのかも知れないな。
あちらの女の子は、ちゃんと寝る前に脱いでいたサマーコートに興味があるようだ。自分たちのとは違った不思議な黒衣であるに違いない。
寝床から上体を起こし、家の中を見回してみる。簡素な住居に似つかわしくない、金や銀製の装飾品が無造作に置かれてある。壁には大小様々なタカラガイの貝殻が全面を埋め尽くすほどに吊り下げられ、宝石の大きな原石が床の上にごろごろと転がされている。
ああ、子供たちに引っ張られる。「昼ごはんの時間だよ」と推測される言葉を発しているし、良い香りも漂ってきてる。起き上がるとしよう。
食事は広場のあちこちで作られていた。どこに行こうか見回してると、酒を飲み明かした仲の男たちと目が合った。「まだ生きてるぞ!」といった感じの言葉をかけてきたかと思うので、オウム返しをしておく。そのまま彼らのスペースに向かい、大皿に10人分は盛り付けられた料理を囲んで座った。
今日の昼食は、団子状にまとめてある固粥とシチューの類いだ。サハラ以南のアフリカではよく見る組み合わせの食事で、もちゃっとした主食をぬるっと吸い食べるのがコツである。さて、皆で頂こう。
ん⋯⋯美味いな。似たようなものは何度も食べた経験があるが、これは特に美味しい。キャッサバを練ったフフはまあ普通な一方、それと合わせているシチューが絶品だ。
これは、単純に具材が贅沢なのだな。シンビウム属の巻き貝やアカハタ属の魚など、貴重な魚介類の乾物がどっさり入っている。そこにヒロハフサマメノキの納豆も加わることで、うま味と風味がこれでもかと高まっている。バオバブの葉とオクラがもたらす粘度は、それらを舌の周りにじんわり保ってくれる。これは手が止まらない。
流石、死ぬ前に食べさせてくれるという美味はレヴェルが高いなと満足しつつ、皆で皿を空にした。そして確信したが、この村にはかなり広域からの富が集まっている。
先ほどの料理に使われていた干し貝のイェットはセネガルの珍味だし、あのクエの仲間もあちらで珍重される高級魚だ。この国では首都の市場でも手に入らないだろう。金や銀に宝石は、周辺の国では産出するがここトーゴだと厳しいはず。512人の民が例外なく着ている服についても、あの絹織物はナイジェリア特産の貴重品である。
呪いの対価として、価値あるものが捧げられ、それが集積しているのだろうか。依頼は西アフリカ中からあるものと推察されるが、どこも近隣の村には呪術師が居るような環境だろうに、わざわざ外国で小国の僻村の呪術師に頼むとは、相当な特別視だ。また、仲介者のマルチリンガルさを考えると、依頼は海外からもありそうである。
その依頼であるところの呪殺は、黒絹の民の村では基幹産業であるらしい。子供らとの隠れんぼで登った樹上から大人たちを眺めていると、それがよく分かる。
この村では誰も、農作業などしていない。広場はただの広場だし、近くで焼き畑をしている様子も無い。かと言って熱心に森の恵みを採集してるわけでもない。狩り具も釣り具も農具もどこにも無い。誰一人あくせくしておらず、のんびりスローライフというやつである。
それでも、他に何も仕事をしてないかと言うと流石に違う。調理をするのは村の女性だし、買い出しもそうだろう。男らはギニアアブラヤシの樹液を集めてるくらいだが、自然発酵とは言え立派な酒造りではある。まあ、非常にのどかな暮らしには違いないが。
⋯それにしても、そんな気楽な非自給の生活を可能にしているはずの呪術師は、誰なのだろう。それらしき特異な人物は見当たらないが。おっと。私の方が子供たちに見付かってしまった。この遊びが終わったら、本格的に調査を始めるか。
5日後。
この村での食事レパートリーは概ね制覇したことだし、そろそろ出発するとしよう。ここ数日は雨天が続いていたが、今日は少し晴れそうなので好都合だ。
美味しいもの、色々と食べさせてもらったな。一番好みだったのは、ヤムイモのフフに、乾燥オクラと燻製したヨシネズミ肉のシチューを合わせたものだ。あれは特に良かったな。お酒だと、自家製のフレッシュなヤシ酒も、コンゴ産オウギヤシの蒸留酒も忘れられない味である。
黒絹の民たちと、別れのあいさつを済ませる。この頃には、村人たちから完全に仲間扱いされていた。何せ、自分たち以外で呪いに完全な耐性のある、初めての人間だろうから。老若男女の皆から惜しまれながら、私は村の外へと続く小道を引き返していった。
「??!! C'est pas vrai ?! ⋯⋯アナタ、ナゼイキテル⋯?」
呪殺のコーディネーター、村の門番をしている男性の小屋前まで戻ってきた。やはり驚いている。
「マサカ、アナタ、ワタシトオナジチカラ、メザメマシタ⋯?」
いいや、違う。同じ力とは言っていいかも知れないが、元から持っていた、いや用意してあったものだ。
「????!!!!」
説明となるように、情報を並べるか。まず、この村における呪いとは、とある感染症であった。私が以前、イタリアでその存在を知った、ペストの闇に隠れていた幻の病、その起源である。
あちらではゲノムが特殊なかたちで分割され存在していたが、こちらではレトロウイルスとしては通常の様相を呈している。分割前の型なのだ。呪殺ウイルスとしておこう。
このフランス人男性が言っていた病状、つまり出血と壊死は、その呪殺ウイルスに由来するプロテアーゼによるものだ。出血毒として働き、彼の健康を害した部位はその影響を受ける典型の2つである。
黒絹の民はこの毒にもウイルスにも耐性があり、全員が呪殺ウイルスを保有していた。つまり、子供も含めて全員が、呪殺の呪術師なのだと言える。
彼らが耐性を持つのは、免疫系におけるある種の欠陥によることだ。呪殺ウイルスの感染した細胞がほとんど攻撃を受けない、という脆弱性だが、それ故に、感染者の細胞内で増幅されたプロテアーゼが破れ出にくい。なので体組織もフィブリンもその影響からの回避を出来る。わずかに漏れ出る毒素は抗体を作るのにちょうどいい塩梅で、やがて獲得免疫という耐性も得て盤石となる。
ただ、黒絹の民にも全く症状が出ないかと言うと、そうではない。デフォルトで少し出血しやすくなっている人が多く、歯茎や爪の下などを観察すればそれは見て取れる。また、ケガをしてから血が止まるまでの時間がわずかに長くなっている。
こうした事情があっての対処なのかは分からないが、黒衣を着ることには血が目立たないというメリットがあるように思える。
おそらく、この門番の男性にも何らかの耐性が弱いながらあったのだろう。その力で生き延びている間に抗体が作られ、一命を取り留めたと。
しかし、弱耐性があったこと自体はラッキーだが、少し話したくらいで感染したのはアンラッキーだと言わざるを得ない。このウイルスは感染力がそう強くなく、それなりに多くのウイルスに触れないと感染は成立しにくいからだ。
それを考えると、呪殺ウイルスによる暗殺というのは、じっくり時間をかけてのものになりそうだ。飛沫感染で呪い殺そうとするなら、例えば家の通風口の近くに、ぺちゃくちゃしつつ1週間は居座る必要があるだろう。その絵面を思い浮かべると、なかなかにホラーである。
あるいは濃厚な唾液交換なら一発かも知れないが、何にせよ感染から発症は早いので、被害が拡大するリスクは低い。
この村の居住エリア⋯森に囲まれ風は弱く、感染源である人々が密集し、その呼気が滞留する窪地は、上手く封じ込めになっている。そしてその中に入ったならば、一晩で発症するのが普通だろう。
私はあらゆる毒素や病原体に対する抗体をインストールしてあるので、何ら問題にならなかったが、村に足を踏み入れただけで死ぬという判断は、真っ当なものであった。
といった説明をしてあげた。呪術には解呪も必要でしょうと、血清を取り引き材料にするアドバイスもしておいた。
そうして立ち去る私。だが、彼はお気に召さなかったらしい。
「Vous me fais chier !!! ノロイハ、ノロイノ、ママデ、イイ!!」
呪いは呪いのまま、特別なものであって欲しいか。その気持ちも分からなくはない。その手の銃で私を殺せば、まだそういうことに出来るということだな。
「パシュンッ」
しかしながら、この銃撃音と共に死んだのは彼の方となった。遠方からの狙撃。こんな展開になることを、私付きのA級諜報員が予想していたのだろう。
小屋の中を見やると、そこには魔除けだけでなく金銀財宝も幾らかあった。甘い汁を吸っていたのは確かだろう。しかし、自身もまた特別な存在だと思えることこそが、この男性にとって一番に大事な点だったのではないか。そう思われつつ、血液をサンプリングしておいた。
アフリカの呪術師には、シャーマン的な特殊技能者の他に、家系的に自然と受け継がれていくパターンもある。それには、日本の憑き物筋との共通性も見出せるそうだ。
どちらと比べても、ここは村人全員がそうであるという時点で特異だったが、その上で生物学的な理由によるもので良かったな。それに色んな料理も楽しめたしと満足しながら、私は次の村へと歩みを進めた。




