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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ六拾参 女の子だけを生める村

 奇妙な村だった。


 中華人民共和国の四川省・雲南省の境界部、瀘沽(ろこ)湖のほとりに位置する、辺境の土地。周囲に広がる山々との狭間にて、自給自足の生活が営まれる。斜面の棚田はちょうど田植えの最中で、そこより湖側では畑を耕したり、豚を放牧したりと、いずれも女性たちが精力的に働いている。重たい荷運びの主戦力は今も家畜であるらしく、ロバやヤクの働く様もよく見られる。


 その一方で、男たちが仕事をすることはあまり無いそうだ。と言うのも、この辺りで暮らす部族は、昔から女が働き、女が家を継ぐ、母系社会を続けてきており、ジェンダーに関する認識がかなり特異なのだ。

 そのため、女の子を選択的に生みたい欲求が根強くあって、しかも、どうやらそれを可能にしているという話であり、今回はその調査に訪れている。


 ニワトリや豚が飼育されてる民家の並ぶ通りを歩いていき、A級諜報員と落ち合う予定の場所へと向かう。昼食時が近いとあって、食欲をそそる炒め物の香りがあちこちから漂ってくる。まずは食事としたいところだ。


 ここだな。木造の2階建て、伝統的な家屋をリフォームして民宿に変えたもの。はしごを上って窓から直接に上階へと入れる、走婚の真似事オプションがあるところで、観光客っぽさを出すためもあり私の部屋はその仕様にされている。

 契りを結んだ男女が住まいや生計を共にする結婚とは著しく異なって、この村で行われる走婚は、実家暮らしの女性の元への通い婚だ。その感覚を少しだけ味わいながら、5メートル弱の長さのはしごを上る。


「お疲れ様で御座います」


 馴染みの諜報員が部屋の中で待っていた。今回は宿のスタッフとして潜入しているわけだが、いつもながら狭いコミュニティーによく入り込むものだと感心する。

 さて、それでは最新の調査報告を聞こうか。部族を同じとする周辺の村々では見られない、第一子の9割以上が女の子だという興味深い状況に関しての。


「各所で保管されていた妊婦の血液サンプルを探し集めて、ゲノム解析を実施致しましたが、その結果においては胎児の男女比は通常の範囲内で御座いました。そこで、」


 口ではデータを示して説明しながら、体は私のための夕食の仕上げと盛り付けを行う器用さ、そして気遣い。流石である。


「産み分けを祈願する儀式を現在実施している初妊婦1名を特定、血液サンプルを確保致しました。妊娠6週目で御座います」


 そこで何かが起こると踏んでか。やはり優秀だ。私は胎児由来の核酸を含むそれを受け取り、手っ取り早くSRY遺伝子などだけの解析をスタートさせてから、現地の食材と調理法で作られた料理に舌鼓を打つことにした。


海菜花(ハァィツァィフゥア)豬膘肉(ヂゥーピィアォロォゥ)のコースで御座います」


 海菜花は初めて食べるが、どうやらミズオオバコの一種であるようだ。まずは豚骨スープで仕立てたものを頂こう。

 うん、美味い。爽やかな甘味と、少しもっちりした海藻的な食感がいい。黄緑の茎と白い花びらの色彩も美しくて食欲をそそる。味付けは、肉に染み込んでいる塩気と花椒の風味、それと骨髄だけに思われるが、素材を活かしたお味で繊細ながら満足度が高い。


 この豚の熟成肉、その形から琵琶肉とも呼ばれるものだと思うが、やはり好みだ。内臓と骨を取り除いた丸ごとの豚、それに塩と花椒などを詰め縫って乾燥・熟成させた保存食。こうして焼かれただけの品でも、濃厚な旨味と塩味が口の中に広がり、皮のサクサク感と、肉のとろけるような柔らかさと合わさり素晴らしい。

 そのラードで炒めた海菜花も実にいい感じだし、これはご飯をおかわりしたくなってしまう。


「御代わりで御座います」


 2回目のそれを受け取ったタイミングで、アナライザーが解析を終えた。肉と米を口の中に詰め込みながら、その結果を見やる。

 男への性決定を司るSRY遺伝子が検出されている。XY胎児なのに女への性分化を起こしてしまうパターンだろうか。しかし、それに寄与する既知の遺伝子変異は確認されていない。となると環境要因か、あるいは男児の選択的な堕胎の線もあるか。いや、その前にゲノム全体を見るべきではあるな。


 男になるか女になるかの運命は、SRY遺伝子の有無によって決まるのが基本である。胎児における未分化な生殖巣は、この遺伝子が働くことで精巣へと変化していく。そして、精巣からは抗ミュラー管ホルモンやアンドロゲンが分泌されて、脳を含めた肉体がオス化していくという流れだ。

 この一連の流れのどこかで問題があれば、SRY遺伝子があっても女性的な肉体へとなり得る。その可能性をつぶさに見ていくべきだろう。


 折角、妊娠6週目という、SRY遺伝子の短い発現期間ら辺のサンプルなのだから、そのRNAの有無を参考にしたい気持ちも湧くが、現実的には難しい。結果としては非検出なのだが、セルフリーRNAは微量な上に分解しやすいため、それ故かも知れないからだ。また、タイミングが微妙にずれてる可能性もある。

 下流の遺伝子が発現してないのも、タイミングが早い線の否定を出来ないし、別のアプローチが必要である。


「産み分けを祈願する儀式を参考にされては如何でしょうか」


 それがいいだろう。


「ダバ教の祈祷を受けた後に、特別な泉に赴くことまでは突き止めております。後ほどご案内致します」


 その儀式は夜更けに行われるとのことで、私はダバ教についての話を聞いたりしながら、宿の中で待つことにした。


 5時間後。家々の灯りが消え、星明かりも期待を出来ない曇天な闇の中、A級諜報員と共にダバの家へと静かに歩き向かう。ダバ教は民間宗教であり、その祭司たるダバが祈祷(きとう)や儀礼を行うのは神殿の類いでなく、屋内だと祭壇を設けた自宅においてが主とのことだ。

 その場所がジェスチャーで示された。下見済みなのだろう覗き見スポットへと案内される。


「………戛扌…………………龍礻」


 小声の中国語でよく分からないが、ダバが経典を唱えているところらしい。太鼓を叩きながら、独特な平たい形の鈴を鳴らしながらなので尚更に聞き取りにくい。…鈴の形は、ダバ教のベースになったボン教と同様のものだと言ってたやつか。


「水の神、龍王に(まつ)わる経典で御座います」


 なるほど。泉に行く前のお祈りとして相応しそうだ。そこでの儀式には1人で赴くという若い妊婦の方を見ると、目立たないよう動くためにか暗色の装いで、お腹をさすりながらダバの対面に座していた。

 服装は(おきな)であるダバの方がずっと華やかで、頭には青を基調とした装身具を着けている。法神が表された五仏冠というやつか。持物には法螺貝もあるが、こんな山奥では入手が難しそうに思われる。


 囲炉裏の火が、小さな祭壇とダバと妊婦をぼんやり照らし出す朧気(おぼろげ)な空間。ネズの木を燃やした煙が線香に通ずる香りを漂わせ、この場を厳かな聖殿として成立させていた。


「雨が降って参りました」


 本当だ。集中していて気が付かなかった。…これはそこそこ強くなりそうだ。


「どうやら儀式は雨天中止のようです」


 ぬ、そうか。まあ、自然崇拝が基軸の1つな信仰らしいから、そういうこともあるだろう。雨が水であるのにも、何らかの関わりがあるかも知れない。

 この妊婦の血液サンプルからは、セルフリー核酸に対するエピジェネティクス解析までフルに進めても、有益な情報は特に得られなかった。明日に延期となった、この続きの観察から理解が進むことを期待しよう。


 翌昼。鶏肉をメインの食材とした料理を宿で満喫した後、私は食休みの散歩に湖のほとりを歩いていた。夜まで時間もあることだし、このまま一周りしてしまおうか。


 そうして調査地から少し離れ、女の子だけを生めるわけではないものの、母系社会という意味では同じ村々を見て回ることにした。

 国内からの観光客が目立つ村も少なくなく、そうした場所ではパフォーマンスのためなのか、色鮮やかな伝統衣装を着ている若い女性が散見される。蛇腹状の…ギャザースカートという名前だったか、それを腰帯で固定して、頭にはターバン的に布を巻くのが基本スタイルであるらしい。


 都会的な格好の若者は大抵の村で見受けられた。彼ら・彼女らの会話の断片的に聞き取れるフレーズから、村を出て外の世界で暮らしたい、と考える若い男女の多さが感じ取れる。

 こうした状況は、調査中の村でも同様そうだった。ならば、女児への渇望に根差すはずなあの村の特異な状況も、いずれ消えていくのかも知れない。そうなる前に解き明かすのが私の仕事だ。地学部門の天気予報によると今夜は晴れ、きっと儀式を見れるだろう。


 深夜。昨日とは打って変わり、雲の欠片1つなく澄み渡った空のもと、A級諜報員と共に泉へと向かう。道中に村人による伝統的な夜這い、外部の者には許されないリアルな走婚の様子を垣間見れたのはラッキーだった。


「こちらの泉で御座います」


 村外れの山間、その入り組んだ地形に秘されし泉。それは、小さくも美しいものだった。星々と天の川が(きら)めく夜空の映し出された水面(みなも)、可愛らしい海菜花たちがそこで静かに眠っている。

 その泉の中心部、時期外れに紅紫色の彩りを呈するモクレンの大枝の下で、あの妊婦はたたずんでいた。裸体となって腰まで浸かり、手ですくい上げた水を時折に飲んでいる。


 ふむ…やはり、泉の水の成分分析から始めるのがいいだろう。妊婦に気付かれないように草陰から採取して、アナライザーにかける。ついでに環境DNAの解析もしておくとする。

 特に変わることなく泉の中に居る妊婦を見ながら過ごし、5分が経過したところで分析が完了した。その結果は、男への性分化を抑制する物質が検出されるというものだった。つまり今回の件は、環境要因で説明することが出来る。


 その物質は、SRY遺伝子の働きを著しく阻害するものだった。RNAへの転写の時点で抑えるタイプのものである。妊婦が経口摂取すれば胎児にまで届く性質のある低分子で、これを適切な時期、つまり妊娠6週目くらいに作用させれば、SRY遺伝子の有無に関わりなく胎児は卵巣を持つようになる。

 おそらくあのダバは、妊婦から胎齢に関する情報を聞き出して、クリティカルなタイミングを確実に含むように儀式を行わせているのだろう。


「この妊婦に関しましては、妊娠5〜7週ほどの間で泉に赴くように指示されております」


 確実性を持たせるという観点から、そのくらいの範囲で指定するのがいいだろう。


 ん、泉の水に溶け込んでいたDNAから、阻害物質を合成する遺伝子が見付かった。これは…そこのモクレンに由来するものっぽいか。おそらく樹脂に蓄積されて、それが雨水などを介して溶け出すのだと思われる。

 雨の日に行かせなかったのは、有効成分が一時的に濃くなり過ぎてしまうからだろう。そうなると、幾つかの関係ない遺伝子をも抑制してしまい、看過出来ない副作用が生じそうだと、私の脳内シミュレーションが示している。


 私は水辺に生えているモクレンの古木にそっと近付いて、少しだけサンプリングしておいた。ダバ教の話を思い起こすに、これは水神の神木だと考えられたので、剥がれ落ちそうな小片からの採取としている。

 よく考えると、ここらの標高の高さでモクレンとはおかしいな。ゲノムを少し見てみても特殊性が目立つ。この辺りの固有種だろうか? ニョタイカモクレンとでも仮称しておこう。


 しかし不思議だ。SRY遺伝子を抑えて、本来は男になるはずだった胎児を女体化させたところで、その異常な卵巣は、正常な卵子を作らない。X染色体を1本しか持たないターナー症候群の例を考えてもそれは分かる。それに、エストロゲン分泌の悪さに伴う不具合など、健康面での問題も生じるはずだ。

 ……家を継ぐ跡取り娘を、確実に1人は確保するために、そうしたことには目をつぶって、第一子は儀式の上で成すという方針なのか。


「まだ確定的な情報では御座いませんが、前世紀には近隣の村でも同様の儀式が執り行われていたようです。それが禁術に指定されていったようで御座います」


 この村での儀式が、廃れゆく最後の生き残りという立ち位置かも知れないのか。…もしかしたら、ニョタイカモクレンも。


 二十六夜月が遠く山際に頭を出し、泉と妊婦がその光に照らし出された。こちらが視認されるリスクも少し高まったことだし、この場を去るとしよう。

 母系の存続を目的に行い、その継続を困難にしてしまうという矛盾。禁術とするには理由があるものだと思いながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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