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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ五拾五 竹から女の子が蘇る村

 奇妙な村だった。


 中華人民共和国の黒龍江省、大興安嶺(だいこうあんれい)山脈に位置する、辺境の土地。河川や三日月湖などに富む湿潤な樹海であり、広大な原生林の中で多くの命が育まれる。そうしたこの地の村々では、昔から狩猟と採集が主な生業になっていて、マンシュウアカシカやヘラジカを狩ってはその肉を食べ、皮や角などは加工しての暮らしが今なお営まれている。

 シャーマニズムも生活の一部であり続けており、この道中にも、(かんなぎ)の鈴の音がしきりに木々の間を響き抜けてきては、辺りを覆う白雪へと静かにしみ込んでいっていた。


「村のシャーマンには気付かれてないアルよ。結界の外にも出てないネ」


 ちょいちょい見かけていたシラカンバ樹皮の包み、その中に安置されたクロカンバ製の小さな神像は、土着の信仰に関する偶像なだけでなく、どうやら神霊的な監視装置としての機能を有しているらしい。知り合いの符咒ふじゅ師は、それに何らかの干渉をすることで、自分たちに対する感知はオフにしつつ、不正に情報を読み取ったようだ。

 まあ、1ヶ月前にも確認しているし、何なら常に最高レヴェルの監視を、我々も彼々も行っているわけであるが。


「そうそう、私、天仙になったアルよ」


 おお! それは凄い! もう長いこと地仙だったはずだが、修行を積み、徳を重ねて、ついにその域に達したのか。これはめでたい。実にめでたい、おめでとう!!


「ありがとうネ。じゃあ、何かお祝いの品をくれるヨロシ」


 おおっと、そうきたか。…昇天の祝いかあ、何をあげるのが適当なのだろう? 流石の私でもそんな経験は今まで無かったし、分からないぞ。


「アイヤー、その懐に入ってる法具、お祝いの品じゃなかったアルか?」


 法具……? ああ、もしかして、このオリハルコンのメスのことだろうか。なるほど、希少さと性能を考えるなら、これくらいが確かにふさわしそうだ。


「お、本当にくれるアルか?」


 いやー、これは、先輩に作ってもらった大事なものであるし、ちょっと勘弁して欲しい。オリハルコンがご所望ならば、どうにか頑張って確保しとくので。


「なら大丈夫ネ。少しの間、その小刀を貸してくれれば十分ヨ」


 貸すだけ? それならいいが、一体それで何が嬉しいのだろうか。天仙にとってすら、そんなに珍しいものだったりするのだろうか。


「悪神を10柱くらい、切っとくアル。そうすれば、中位の神でも殺せる武器に育つネ」


 なるほど。よく分からないが、神という、霊的に質も量も並外れた存在を切り続けることで、霊子吸蔵合金としてのキャパシティーが拡張でもされるのだろうか。


「それだけの法具の格を上げれば、また1つ徳を積めるネ。とても良い小刀アルから、お手軽ヨ」


 ふむ。まあ、強化されて返ってくるなら私にもメリットは十分にある。仙人の時間感覚が常人離れしてないかが少しばかり気になるが、それでは貸そう。


「謝謝! 長くても数年アルよ!」


 数年ね。切り捨てていい神などそうは存在しないだろうから、それくらいは要するか。メスの代わりに手渡された霊符の束を用いれば、難易度は高まるものの心霊手術も引き続き可能だし、まあ待つとする。


「着いたアル。結界ネ」


 知人は唐突にそう言うと、私の手を引いてぐいっと進んだ。一見すると、先ほどからと特に変わらない針葉樹の目立つ混交林。しかし、彼女が用いる特殊な歩法、それを見様見真似で私も上手く出来た時にだけ、視界がぐにゃりと歪む瞬間がある。

 歩き方にやや慣れてきたところで、遠近感や方向感覚が狂うタイミングも増えてきた。何度も経験しているが、実に奇妙な感覚である。そして、今回はそれらを繰り返し味わっている内に、気が付くと景色は様変わりしていた。


「入れたアルか。早かったネ」


 ふう。さて、では気を引き締めようか。眼前に広がるのは、地球上で最も不可思議な竹林なのだから。


 マダケ。イネ科タケ亜科マダケ属の1種であるその植物と、この北の地に群生する()()は非常によく似ていた。外観や内部構造はもちろんのこと、細胞どころかゲノムもトランスクリプトームさえも、寸分違わずマダケだとしか思えない。

 しかしその実は、未だ人智が及ばない科学技術の産物とされる「場違いな生命体」、OOPORGS(オーポーグス)の1つなのである。中世までに絶滅したと思われていたのだが、幸か不幸か現代になって再発見された、タイプLIF(リーフ)…生命を司る驚異の植物。その特殊性から、神霊を対象とする組織によって空間歪曲型の結界で隔離してあり、ほとんどの人類に対して厳重に秘匿されている。


「昔は普通の竹と一緒に生えて、探すの大変だったみたいネ」


 そうなのだ。文献によると、過去に東アジアの3ヶ所にて発見されているのだが、いずれもマダケ林の一角を占める感じで存在したらしい。つまり、温帯から亜熱帯で生えるということでもあるはずだが、何故か、こうして亜寒帯の森林の中にいつからか生じたようなのだ。

 分布域が明らかにおかしいタケという観点から、我々の組織が他に先駆けて調査を実施したのが、今から50年と1ヶ月前のこと。誰もがまさか、伝説上のOOPORGSが見付かるなどとは想定しておらず、当時の混迷ぶりは凄いものであったそうだ。


 その後、このOOPORGSは、我々の考古学部門と神霊の彼々による合同調査によって、かぐや姫を産したタケであることが判明している。それ故に一時期は、月と地球の間を移動するための量子テレポーテーション装置ではないか、という仮説が有力視されていたが、現時点ではトンデモ説の類いになっている。


 生物学部門が主体となり行ってきた実験の結果からは、死者蘇生のための装置だと考えた方が妥当である。この竹林に女性…身体的に女性としての生殖機能を有した経験のある人間、その死体を埋めた場合、非常に興味深い現象が確認されるのだ。

 土中に完全に埋まった死体には、急速にタケの根が絡み付いていく。その状態になると、腐敗や分解、捕食を含めたあらゆる化学的・物理的な作用が著しく低減される。そして、1回目の満月となった瞬間に、死体は泡の様に変化して根から吸収される。この時に女性の美醜が判定されるようで、美しい女性の死体であった場合には、2回目の満月の瞬間にタケノコが生えてくる。


 美しさの判定基準も非常に大きな謎であったが、これに関しては心理学部門が素晴らしい成果をあげている。それを可能にする原理こそ不明なものの、ほぼ全人類の美的感覚を平均化したデータとの間に正の相関があり、人類側の基準を変えた場合には、OOPORGS側のそれも連動することが明確に示されている。


 話が少しそれた。2回目の満月に現れるタケノコは、その中に通常サイズの赤子を宿していく。それは、埋められた死者の生物学的に完全なるコピーとなるのだ。

 その奇跡とも言えよう現象が、私の眼前でもうすぐ起ころうとしている。月が完全に満ちるまで、あと6秒。


盈月(えいげつ)が終わるネ。始まるヨ」


 あと3秒。


 あと2秒。


 あと1秒。


 ……時間になった。地面から、わずかに土がえぐれる音が聞こえてくる。タケノコが、通常のそれを遥かに上回る速度で成長しているのだ。……あちらの方だけから聞こえるな……なるほど。まあ、ひとまずは観察を続けよう。

 この状態で起こっていることは、タケノコの伸長だけではない。その空洞の1つにて、マダケとしか思えない細胞が、奇妙な塊を作っていくのだ。そのスピードは凄まじく、瞬く間に9センチメートルほどのヒト胎児の形へと変わっていく。それが外観だけの変化でないことは、素人目にも心臓の鼓動から分かるだろう。


 これだけでも十分過ぎるほどに驚愕なのだが、更に常軌を逸しているのは、細胞自体の変化である。マダケのゲノムを構成していたDNAが、ある塩基対は逆転し、またある塩基対は隣と入れ替わり、更には原子から新たに形成されるなどして、死体のゲノムを復元していくのだ。

 それだけではない。エピジェネティックな修飾の獲得、染色体の分裂と融合、細胞小器官の再構成なども進行していき、死体が生きていた時の細胞そのものへと変わっていく。


 ……ちょっと考えながら見ている内に、タケノコは私の背丈と同じくらいにまで成長した。やはり、あの8本だな。


「もういいネ? 切るヨ」


 知人の符咒師が、舞い踊るような回転の動きで七星剣を一閃させた。斜めに切られた2本のタケノコから、その上部がするりと落ちる。

 残る下部から露出した空洞には、女の赤子が1人ずつ。もう元気に産声を上げている。この女の子たちは、元になった死体のクローンであるどころか、全身の細胞のモザイク性まで同一になるのだから恐ろしい。また、十分な栄養を与えれば3ヶ月ほどで生殖可能な年齢にまで急成長するのだが、その過程で不完全ながら記憶や人格もが復元される。


「……これは、どういう結果になるアルか?」


 お、面白い結果になったことが感じ取れたのだろうか。タケノコが生えた位置から判断して、人為的に単為発生させた方の死体だけから、女の子が蘇ったことになるはずだ。


「!! 本当アルか……ッッ!!」


 彼女が驚くのも無理はない。今回の実験では、①人間の女性が変化した妖怪である猳国(かこく)、②その猳国の子供である人間、③その人間と同じく単為発生させた赤子を促成した人間、それらの死体を埋めてのものなのだから。

 どんなに美しく、ヒトの子を産せようとも、妖怪がこのOOPORGSの対象にならないことは、既に確かめられていた事実である。今回はその深堀りが目的であり、猳国との間に生まれた女性の死体が2人分も手に入ったことから計画された。


 その2人(②)の父親を含む4体の猳国(①)については、妖怪なのだから蘇らないことに不思議は無い。元が美しい女性なケースから選抜してもらったので、少し期待はしていたが。


 父親が猳国の2人(②)と条件を出来るだけ揃えて、同じ民族をベースに単為発生させた8人(③)について、その全てが蘇ったことも、想定通りだ。近交系を用いての追試は必要であるが。


 しかし、猳国を父親とする2人(②)が蘇らなかったことは、もちろんその可能性を想定したから行った実験ではあるものの、かなり驚きの結果だと言わざるを得ない。


 猳国は、さらった人間の女に自分の子を生ませる妖怪である。そうして生まれた子は、妖怪ではなく、通常の人間と全く変わらないというのが通説だ。生物学的には、人間の母親に由来する卵子と第二極体、それらが融合しての単為発生をした個体なのだと、私の研究室で示してもいる。

 神霊的な観点からも、人間そのものの魂魄を宿していることが明らかだそうで、妖怪としての要素はいっさい存在しない、という見解なのだと聞いている。


「これは……天界でも仙界でも、論争になるアルよ」


 彼女も所属する方の彼々の組織は、妖怪の数が増え過ぎたり減り過ぎたりしないよう調整する、バランサーとしての役割を持っている。そうした者たちからすると、今回のインパクトはかなり大きいだろう。人間にしか思えない猳国の子供について、実は何かしら妖怪の因子を持っている可能性が出てきたわけだから。

 子供だけなら、まだいいだろうな。子供から孫へ、更にその子孫へと、そういった因子が受け継がれるとしたら相当にやっかいだろう。中国の人口のどれだけが該当することになるか、見当も付かない。


「ふー……引き返そうネ」


 知人がいつになく、精神的な疲れを感じさせてくる。場合によっては相当数の民間人を殺すことになるのだから、無理もないか。

 タケノコの中から赤子と胎盤などを回収して、私も戻るという意思を示す。


「私も、技術的臨界点に到達するよう、頑張るアルよ。とりあえずは、僵尸(キョンシー)たちを上級まで鍛えるネ」


 歩法を少しは覚えられたのか、入った時よりもちょっとスムーズに結界の外に出られたな、と思っていたところ、知人が符咒師、あるいは仙人として真っ当なことを言いだした。立派なことだが、このタイミングで口にされると、単なる現実逃避ではないかと思えてしまう。

 んー、私としては、正直言って、大義名分としてのそういうことは、どうでもいいんだけどな。各々が、それぞれの領域の叡智を増していくこと自体は、非常に好ましいと思えるが。


「……本気で言ってるアルか? 世界の存亡に関わることアルよ?」


 地球(ガイア)との部分的な融合を果たした仙人からすれば、確かに己の変質にも関わってくる自分事だろう。しかし、私からするとどっちに転んでも楽しいかな、と思えてしまうのだ。


「詳しく説明するヨロシ」


 そうだな…第1に、(きた)る西暦2353年に向けて、それがあるからこそ、人類の叡智は限界の近くにまで高められるはずだ。その状況に到れることが、そもそも嬉しい。人類共通の災厄あってこそのスピーディーさだろう。


 第2に、その成果は決して失われるわけではない。天文学部門が着々と進めているプロジェクト「ノアの方舟」によって、人類とその叡智は、太陽系外へと脱出を果たせる見込みだ。地学部門からすると、受け入れがたいことに違いないが。


 第3に、私の見立てだと世界は無に帰すわけではなく、言うならば、新たに創り変えられるのではないか、と考えている。その時に私が私のままでいられるのかは中々に疑問だが、地球のやり直しなんてイベントは、大変にワクワクさせられる。


 第4に、単純に地球環境が激変し、大量絶滅が起こるのだとしても、それはそれで、やはり興味深い未来が待っている。生き残った何かしらの生物が、増えて、進化して、適応放散していき、新たな生態系が作られるのだろうから。


「狂ってるネ。私は変わりたくないアルから、お前も頑張るヨロシ」


 では、それを天仙になった昇天の祝いとさせてもらおうか。ああ、オリハルコンのメスは貸したままでいいので。などということを話しつつ、私たちはそれぞれの帰路についた。

 ……4つの理由は偽り無いものであるが、まあ私としても、この今と続きと歴史とがある地球を気に入っているので、全力をもって守るつもりではある。ただ、どう転んでもまだまだ生物学(ばいおろじぃ)を楽しめるのだから、気楽に行きたいものだ。そんな気持ちを改めて認識しながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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