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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ五拾六 女がクローンを孕む村

 奇妙な村だった。


 ミャンマー連邦共和国のタンルウィン川下流域に位置する、デルタ周辺の田園地帯。稲作が盛んに行われる低湿地だが、乾季の今は川の水位が著しく低くなっており、岸辺では磨崖仏の群れがその姿を現している。雨季には水面下に没していたと理解される配置、それと質感を呈した石仏たち。その様に中々の趣を感じながら、私は、パッチワーク状に広がる田と田の間を歩いていた。

 この辺りの村々は、マンゴーやタマリンドに各種のヤシ…ココヤシ、サトウヤシ、ニッパヤシなどの茂みに覆われて、小さな森の様なかたちで点在している。今回の目的地も、そんな集落の1つである。


 A級諜報員からの報告によると、その村で、女性がクローンを生んだケースが確認されたとのことだ。今のところ、昨年末にあった1出産、1人の母親と1人の乳児のみの事例ではあるが、今後もそうとは限らない。異常な事態の広がりを初期から観察出来るとしたら、それは大変に有意義となろう。


 この母子のゲノム解析は、予備的な調査として既に行われている。その結果から、確かにクローンの関係にあることが示されたわけだが、それだけではない。1ペア2本な各種の染色体が、子では一部を交換した状態でもあったため、減数分裂を経ているのだと判断されるのだ。

 つまり、体細胞の核を受精卵のものと交換したり、iPS細胞を用いたりして作られるタイプの、人為的なクローン胚の移植によるものではない、と考えるのが妥当である。そうなると、単為発生によって自然にクローンが生じた可能性を考えたくなる。


 しかし、単為発生は通常、哺乳類で起こることではない。哺乳類における発生には、父親から渡されたゲノムであることを示すメモ書きみたいな情報、父性のゲノムインプリンティングが必要だが、母親の細胞だけが子へと受け継がれる単為発生では、それが獲得されないためだ。

 そう考えると、人為的とも、自然発生的とも単純には理解をしにくく、大変に興味をそそられる。私は、何らかの特殊な状況下で起こったことは確かだろうと考え、こうして調査に訪れたわけである。


 川岸から離れて歩くこと、15分ほど。大きなタマリンドの木陰に差しかかり、蒸し暑さが少しばかりではあるが低減された。そのまま、村の中心部へと進んでいく。

 茂みの中は迷路状に入り組んだ小道になっていて、乾いた地面から砂ぼこりが舞ってきた。規模からして数家族が住んでいるようで、ユーフォルビアの垣根の先に高床式の平屋が建つ、そんな状況がぽつぽつと見られる。壁は竹を割ったもので構成されており、屋根はニッパヤシの葉が重ねられたものだ。


 どうやら電気は通っておらず、上下水道も整備されてないのは明らかだ。井戸が生活用水の源として今も活躍しているらしく、村の女性たちが井戸端会議を楽しんでるシーンが観察された。

 しかし、クローンを生んだという女性はそこには居ないし、ここまで見当ってもいない。確か、この辺りでは珍しく、納豆作りを生業の1つにしていたはずだが、そんな香りも感じられてはいない。


 結局、シングルマザーだというその女性は、村中を探し回っても見付からなかった。さてどうしたものかと思いながら、私は、インドボダイジュの木陰に配された小さな(ほこら)の隣に座り、暇そうにしている牛と水牛たちに目をやっていた。


「♪〜♪♪〜…」


 珍しくかかってきた電話に出たところ、それはモーラミャインの街にある施設からの連絡であった。ふむ……そうか、それならあの母子が居ないのは当然だったな。件の女性は卵巣がんを患ったために、ちょうど緊急入院になったとのことだ。今日にも手術が行われるそうなので、我々の研究員が対応しておけるように手配の指示を出す。

 折角ここまでやって来たが、村の雰囲気を見るためだけに訪れた感じになったな。まあ、それも大事なことではあろう。そう思いながら、私は病院への移動を開始した。


 どうせ手術スタートには間に合わなそうだったので、北の国境近くで買っておいた煎餅を食べつつゆっくり向かう。ペースト状にした納豆を平らに潰して、日干しにしたもの。うん、日本の納豆と共通する風味・うま味が感じられる一方で、パリパリとした食感を呈してるのが面白い。炙って食べると香味がいい感じに際立つし、ちょっとクセになりそうだ。


 そうしてしばらく歩いていき、クローンを生んだ女性が入院している病院に到着した。正面のエントランスから入り、職員用の通路を通って、我々が間借りしている区画へと進む。


「It was a high-grade serous carcinoma. Since it had not metastasized, I had only the right ovary removed and the uterus and left ovary preserved」


 手術を担当した研究員から、保存液に浸かった上皮性卵巣がんのサンプルを受け取った。ちょうど摘出されたばかりらしく、種類としては高異型度漿(しょう)液性がんであるとのことだ。

 地元の医師ならば転移の可能性を考慮して、逆サイドの卵巣と子宮ごと切除しただろうところを、我々の高精度な診断によってそれらは温存してのオペになったようなので、彼女にとってもメリットのある状況となったはずだ。


 さて、それではこのサンプルの観察を始めるとしよう。まずは、手持ちの顕微鏡で卵巣の表面をよく見てみるか。

 ……傷口の周りで、何やら怪しいアメーバ状の細胞が(うごめ)いている。複数の仮足を使って卵巣内に戻ろうとしているそれは、既知の種類のものではない気がする。


 一部の組織を培養して、卵巣の内部をじっくり観察することにした。研究室に配備された顕微鏡を使って、長期戦の構えである。

 ほう。先ほどのアメーバ状の細胞は、やや発達した卵胞の中ばかりで見られるな。そして、そこに位置する一次卵母細胞にぴったりと付着した状態で、おとなしくしている。まるで、いずれ卵子へと成長していくこの細胞が動き出すのを、ひっそり待っているかの様である。どうやら、このアメーバが今回の件を説明する鍵になりそうだ。


 一次卵母細胞は、母体である女性の父母に由来する染色体が、互いに一部を交換し合った後に、分裂を一時停止した状態にある。今回の特殊なクローンにおいても、予備的なゲノム解析の結果から、そこまでは通常通りに進んでいるものと考えていた。

 このアメーバが特殊な状況の原因だと仮定して、それがクローンを成立させる何かを起こすのは、次のステップである二次卵母細胞になる前か、その間か、あるいはその直後となるか。要観察だ。


 私は、排卵までを促すホルモンのカクテルを使用して、アメーバに付着された一次卵母細胞の成熟を進めることにした。まずはそこから見てみたい。


 翌朝、ついに目立った挙動が観察された。それは、大きく発達した卵胞の中で、一次卵母細胞がやっと分裂し終えた、次の瞬間であった。23対の染色体の半数を捨てるため放出された第一極体、その小さな細胞は生じるや否や、触れていたアメーバと次々に融合していったのだ。おそらく、分裂時の物理的な刺激がトリガーであろう。

 今回のクローンな子は、母親のゲノムを全て受け継いでいたので、第一極体も第二極体も、単純に捨てられはしないと予想していた。今見られた細胞融合は、そこのメカニズムに関わるものに違いない。他の卵胞でも起こってくるはずなので、幾つかはサンプリングして、順次解析していくとしよう。


 1時間おきに3個ずつ、アメーバが融合した第一極体、それと繋がっている二次卵母細胞とを採取しては、ゲノム解析、トランスクリプトーム解析、エピジェネティクス解析、成分分析を進めていった。そうしたところ、非常にスピーディーな変化が確認された。

 第一極体では、細胞内に解き放たれたアメーバのDNAからRNAが転写され、タンパク質にどんどん翻訳されていった。その多くは精子の成熟に必要なものであり、この時点で、どの様にしてクローンが生まれたのかが伺い知れる。


 だがまあ、実際に観察しながら確認していくことにしようか。…成分分析の結果から、第一極体の細胞質も細胞膜も、アメーバに由来する()()()タンパク質が加わり、急速に精子のそれへと構成を変えていっている。これは細胞核についても同様であり、精子と同じ様にコンパクトなサイズに縮んできた。

 そして、やはり最も注目すべきは、エピジェネティックな変化である。DNAのメチル化やヒストンの様相が、精子と同じ状態へと急速に変化したのである。全体的に見て、第一極体が精子として機能するように作り変えられている、と言っていいだろう。


 その一方で、細胞質の多くを取り除いてのスリム化や鞭毛の獲得、また、通常の受精では必要となる酵素とその入れ物が作られない点などは精子的でない。これは、精子の様に泳いだり、卵子にとってのバリアである透明帯を突破したりする必要が無いからだと思われる。第一極体は、そもそも二次卵母細胞、それに続く卵子と直に接して存在するのだから。


 お……。精子的になった第一極体が、二次卵母細胞との融合を果たした。受精に必要なタンパク質が、第一極体の細胞膜で十分な量に達したのだな。

 この融合のタイミングは、通常の受精よりもかなり早い。まだ排卵すらされてない段階である。その理由は、第二極体の放出を阻害するためだと考えられる。母親のゲノムを保ったままにするために、放出の準備が進む前での対処が求められたのだろう。この働きをするタンパク質は、精子ともアメーバとしての活動とも関係が無い、数少ない産物の1つであり、見るからに人工的な設計に思われる。


 この受精的な融合の後は、極体の放出を抑えるメカニズムを除いては、通常の受精卵からの発生と同様に進むはずだ。カルシウム波が生じ、2つの前核が形成され、それらが合体し、細胞の分裂を繰り返す。それを着床させれば、胎芽、そして胎児が育っていくという感じに。


 第一極体と二次卵母細胞の融合というイレギュラーのため、2細胞に分裂した後は2種類のゲノム、つまり2種類の細胞を持つことになるのは、一般的なクローンと大きく異なる特徴である。クローン関係にある姉妹でも、細胞は4の23乗、個体としては2の23乗の種類が、染色体の組み合わせによって生じる計算だ。

 1人のクローンの中で、2種類の細胞がどちらも母親の全ゲノムを受け継ぐ確率は50%、一部が重複して置き換わってしまう確率も50%。後者でも合わせれば母親の全ゲノムが保たれるわけだが、遺伝病のリスクが高まりはする。今回のケースでは前者であったが。


 こんなところか。予備的な調査で特殊なクローンだと判明していた時点で、今回のパターンか、あるいは第一極体、第二極体、卵子の全てが融合するパターンを想定していたが、こちらだったかという感想だ。

 母親の卵巣がんは、BRCA1遺伝子の変異による遺伝性のものであり、クローンを生んだこととは何の関係も無いと考えていいだろう。あとは、どこの誰があんなアメーバを造ったのか、A級諜報員に調べておいてもらおう。


 念のため、観察していた細胞が胚盤胞へと発生するまでは見届けていた終盤に、その調査結果が手元に届いた。

 なるほど。そんな気はしていたが、中国軍が行っていた、少子化対策のための実験によるものだったか。


 かつて人口世界一であった中国にも訪れた少子化の波には、中国だからこその人権意識の低さ、思い切りの良さにより、様々な対策が為されていった。それらの中に、子を生もうという意志が無くとも妊娠させてしまう技術が幾つか存在し、これはその1つであるとのことだ。

 生まれるのがクローンであることから、子の遺伝的な多様性という観点からは問題だが、通常の生殖によって孫が成されるのなら問題ない、といった考えで始まったプロジェクトらしい。


 しかし、2分の1の確率とは言え、母親の染色体が一部で重複してしまうため、遺伝病のリスクが増大するのは明確なデメリットだ。また、開発されたアメーバは、第一極体の近くでは二次卵母細胞とも融合してしまう可能性が高く、私が観察した時も、実は大半がそうであった。そうなった二次卵母細胞は、不完全ながら精子的な状態に変わるので、その後の発生で不具合が生じる。主にこの2つの問題点のため、プロジェクト中止になったと報告書には書かれている。


 実地での野外実験として、アメーバの人為的な感染が行われたのは、雲南省の奥地にある少数民族の村だった、とも調べが付いている。そこはタンルウィン川の上流、つまり中国では怒江(どこう)と呼ばれる河川に沿って位置している。あのクローンを生んだ女性は、そのプロジェクトが村ごと隠蔽(いんぺい)された時に、命からがら逃げてきたのだと想像される。

 アナライザーのシミュレーション結果によると、このアメーバの感染は、実質的には人為的な手段を用いる必要があるほどに起こりにくい。あの村でクローンが生まれることは、彼女が生殖可能な間だけになるだろうと思いながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 妊娠させる微生物の設定がリアルでありそうで、怖かったです。
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