其ノ参拾九 男がクローンを孕む村
奇妙な村だった。
ボツワナ共和国のカラハリ砂漠に位置する、渇きの大地。栄養分に乏しく、浸透性の高い砂質な土壌に、疎林と草原から成るサヴァンナが広がっている。ライオンやキリン、オリックスにダチョウなど、生息している動物も含めて、日本人がアフリカとしてイメージしやすい光景だろう。
適度に暖かい夕暮れ時、道中で採集したトゲトゲな皮を有するウリ科の果実を食べながら、私はA級諜報員が渡りを付けてある村へと向かって歩いていた。自然に妊娠した男性が居るとのことで、今日は出産の予定日になっている。
インドの滞在時には報告を受けていたのだが、他の村を訪ねていたらギリギリになってしまったな。…お、あの木陰に見えるのがそうか。
木の枝をサークル状に立てかけて草葺きにしただけの、簡素な小屋で構成された集落。衣服は男女ともに革製の腰巻きをしているくらいで、半裸な姿だ。女性についてはステアトピギーが著しく、脂肪で盛り上がったその臀部は豊満なバストを彷彿とさせる。
村人たちの集まりに近寄ったところ、やっと来たかとばかりに温かく迎えてもらえた。食事の準備をしていたようで、ちょうど灰の中で焼き上がったらしいアカンソシチオス属の実を手渡してくる。
トゲトゲな皮をちぎって割ると、中からゼリー状の黄色い果肉が現れた。じゅるじゅると頂く。先ほど食べていたものと同種みたいだが、こちらは甘味が少なく、爽やかな酸味とわずかな苦味が印象的である。いずれにせよ、野生の風味がとても素晴らしい。
乾燥した環境が優勢なこの土地では、様々なウリ科の植物が食べられている。その実には年単位で腐らず貯蔵が可能なものもあり、乾季に入った今でも原野で採集を出来る種類は少なくない。果肉は貴重な水分源となっていて、種はタンパク質や油分を供給してくれ、根は芋として利用されもする。
ウリ科であるスイカの原種はこの辺りが故郷だという説が有力で、野生スイカも彼らの主要な食料の1つになっている。
すぐそこで調理されているのも、野生のスイカなのだろう。果肉の色はほとんど白く、甘味はかなり少ない種類だと思われる。
調理法は中々に面白いものであり、鍋の中にスイカの果肉だけが投入され、どろどろの液状になるまで加熱されていた。これには水も調味料も用いていない。仕上げに混ぜられているのは、スイカの種を焼いてから砕いたものなようだ。
自前のお椀に少し分けてもらい、飲んでみる。…うん、面白い。加熱によって際立つ淡い酸味と独特な風味、それが流動的になった果肉スープとして味わわれ、香ばしい粗砕きの種が食感のアクセントになっている。これがスイカ鍋というものか。
さて、もうすぐ日没となる。彼らの行う儀式の多くがそうであるように、今回の目的である「男性の出産」も夜にスタートするらしい。私が食事をしている間に、村人たちはその男性との別れのあいさつを済ませていったようだ。
では、私は観察させてもらうとしよう。
そう思っていると、簡素な小屋の1つから人々がぞろぞろ出てきた。その最後尾では、身長150センチメートルと少しほどで異様な体躯の男性が、2人の村人に左右の肩を支えられている。年齢は20歳くらいだろうか。彼らが属する部族の平均を考えると、小柄というほどでもないはずだ。その男性が通常と異なるのは、左の脇腹が妊婦ほどに膨らんでいる点である。
焚き火の近くに寝かされたその男性を、私は携帯型のCTスキャナーで調べていった。……ほう、ふむ。なるほど、これはまた面白い。
この男性の膨らんだ腹部には、確かに人間の男の子に見える胎児が収まっている。奇形は特に無さそうだ。そして、胎盤の様な構造も見られる一方で、実に興味深いことに、胎児だけを明らかに子宮ではない何かが包み込んでいる。その基部は、左の腎臓に接続されている。
子宮外における妊娠の中でも珍しい腹腔妊娠、その極めて特殊な例…などと説明してしまうのはあまりに勿体ない、非常に稀有な事例である。
ひとまず、この状況での観察はここまででよい。その意志を村人たちにジェスチャーなどで伝えると、この男性の右手に打製の石器が持たされた。
「ズグッ」
極度の緊張からじっとりと脂汗をかきながらも、この男性はためらい傷など作らずに、腹部の膨らみの根元辺りへ石刃を一気に突き刺した。そのまま周囲をなぞるように切り裂いていく。麻酔も使用せずに自らこの様な執刀をするとは、大した精神力である。哺乳類の肉体の構造や捌き方については、たまに行われる狩りの機会に学んだものと思われる。
しかし、結局は素人である。切断しなくても済む血管なども切っており、この手術の行き着く先には自身の死が避けられず待ち構えている。
A級諜報員が交渉していた時に、父子ともに生存を可能にする帝王切開の申し出も行っていたのだが、声を荒げられ断られたそうだ。この出産は、当事者たる男性が生まれ変わるための儀式であるという認識らしく、それには元の肉体では死を迎えて、新たな肉体に魂を宿すことが求められるとのことだ。
この村で妊娠をする男性は1家系のみであり、そうすると、一族とすら言いがたい1個人の連続に過ぎない可能性もある。その死生観はこの男性独自のものなのか、あるいは、村や部族として共通する観念を見出せるものなのか。
ほう、膨らみを覆っていた脇腹を切除しきったか。胎児を包み込んでいる組織が露出したのを見たところ、やはり子宮とは異なるものであるようだ。その何かへ、多量の出血と痛覚の刺激のため意識が途切れそうになりつつも、この男性は中身を傷付けないよう慎重に切れ込みを入れていく。
「ホンギャア~ホンギャア~」
元気な男の子が誕生した。体重は2.7キログラムくらいだろう。血溜まりの中で泣き叫ぶこの赤ちゃんは、赤ん坊にしても赤過ぎる鮮血の色を呈している。
そして、この赤ちゃんを見事に帝王切開した男性は、その意識を失っていた。もう決して取り戻されることは無い意識を。私は、手早くサンプルを採取していった。
赤ちゃんは女性たちの手で取り上げられていった。スイカから得られた水分で身を清められ、気温の下がる夜中に備えて保温されるのだろう。乳飲み子を抱いた女性が3人は居るそうなので、授乳に困ることも無いはずだ。
さて、早速に葬儀の準備も進められているが、私の方は続きを再開するとしよう。まずはサンプリングした組織をゲノム解析にかける。結果が出力されるまでの間に、この男性と赤ちゃんの境界にあったものを目視で観察していく。
村の女性たちが故人の周りで泣き叫び悼んでいる中に混じり、私は帝王切開の痕を凝視する。…ふむ、擬似的な子宮は胎児とヘソの緒を包み込んでいたようだ。その基部はやはり胎盤によく似ているが、腎臓と副腎の辺りで癒着している箇所には、把握器に見えるものが視認される。これは、寄生虫なのではないだろうか。
私はそうした考えを巡らせながら、アナライザーが解析を終えるのを待ちながら、葬儀の様子をぼんやりと眺めていた。男性の遺体はオリックスの毛皮に包まれて、先ほどの小屋から少し離れた場所へと運ばれていく。男性たちが掘っていた穴に埋葬するようだ。実にスピーディーな展開である。
さて、解析結果が出揃ったか。……おお。いやはや、これは実に面白い。
生まれてきた赤ちゃんとその母体になった男性は、ゲノム配列がほとんど同一であり、クローンの関係にあると判断された。つまり、あの男性は卵子との受精を経ることなく、単為発生によって子供を作り出したと考えられる。これは通常、哺乳類において起こることではなく、卵子が関わらないという意味では、脊椎動物の全体で考えても極めて例外的な現象だと言える。
そういった非常にイレギュラーな状況を実現させたのは、男性の遺体から確認された寄生虫、その幾代前からか続いている迷子なのだと推察される。
この寄生虫は単生類の一種で、カバの目に寄生することで知られる種類と近いゲノムを持つと確認された。ただし、その生態は大きく異なるというシミュレーション結果になっている。
それは、ある種の性感染症を人間に引き起こすものであり、男性の外性器と女性の内性器との間を、性交に乗じて行き来するサイクルのようだ。主な生活場所は子宮の内腔で、他の個体と交尾をした後は、子宮内膜に把握器で固着し、血液から栄養分や酸素を奪うようになる。
ここで特に面白いのは、把握器の遺伝子発現を変化させて、機能も形態も人間の胎盤を模す点である。本来は胎児を育てるためのメカニズムを利用してくる、人間にとっては困った相手というわけだ。
この寄生虫、仮にタイバンチュウとでも呼称しておくが、これは擬似的な胎盤を活用して十分に成長すると、自らの子供を生み出していき、経血の流れに乗って子供だけが膣へと移動する。そうして男性の外性器に到達していくプロセスなのだが、これには月経が不可欠なことは言うまでもない。
そのため、タイバンチュウの胎盤化や自身と子供の成長は、宿主となった女性が万が一、性的に成熟していない場合はストップし、待機モードがとられる。性成熟による解除は、初潮に伴うエストロゲン濃度の増大を感知する仕組みとなっているようだ。
胎盤化や、母体からの攻撃を避けるための免疫寛容などには、進化の過程で人間のゲノムから獲得してきた遺伝子を活用しているなど、実に興味深い寄生虫である。そんな面白い生物が、奇跡的な偶然によって男性の体内に迷い込んだのが、今回のケースであろう。
そのアクシデントは、人間の方の受精が成立して、胚盤胞にまで発生が進んだ時に起こったのだと、私は予想する。この時、タイバンチュウが月経でもないのに子供を生み出してしまい、本来出会うはずの無い両者、人間の胚盤胞とタイバンチュウの子供が接触したのではないか。
タイバンチュウの子供は、男性器に一過性で固着する気持ちで、胚盤胞に突撃したのだと思う。それは人間の細胞を喰い進む感じで行われ、その過程で胚盤胞の内部の細胞塊が、タイバンチュウの体内…寄生生活に特化していく内に消化器が退化した体腔内に入ったのだろう。この細胞が、後のクローン胎児の元である。そして、タイバンチュウは胚盤胞の中の空間に収まることになる。
この時点で、母体の中に人間の子供となっていく胚盤胞があり、その中にタイバンチュウがいて、更にその中に胚盤胞の細胞塊が入っていることになる。
しかし実は、タイバンチュウの中に入っている細胞は、もう1種類ある。それは、タイバンチュウが非常時に作り出すクローン、その元である。
寄生環境というのは、外部から隔絶された安全な場所であるだけでなく、交尾のパートナーに出会う確率が低く寂しい場所にもなり得る。それ故、雌雄同体となることで交尾の機会を倍にするものが寄生虫には多くいる。
タイバンチュウもこの戦略をとっているのだが、交尾の機会がゼロだった場合に備えて、自身が発生する時に一部の細胞をストックしておき、独り身の場合はクローンを作れるように対応してもいるのだ。
つまり、先ほどの時点で、母体の中に人間の子供となっていく胚盤胞があり、その中にタイバンチュウがいて、更にその中に胚盤胞の細胞塊と、タイバンチュウの細胞ストックが入っていることになる。
胚盤胞は、やがて人間の赤ちゃんにまで発生が進むわけだが、その途中から、タイバンチュウは副腎にて待機モードをとるはずだ。これは、タイバンチュウがエストロゲン濃度の少しでも高い場所を好む性質から予想される。
副腎からは男性ホルモンの一種、デヒドロエピアンドロステロンが分泌され、胎盤化する前のタイバンチュウでも有する少量のアロマターゼによって、エストロゲンへと変換される。そう考えると、落ち着く場所は副腎になる可能性が最も高そうであり、実際にあの男性はその状態を呈していた。
この時点で、母体の中に人間の胎児が収まっていて、その体内に待機モードのタイバンチュウがいて、更にその中に胚盤胞の細胞塊と、タイバンチュウの細胞ストックが入っていることになる。
さて、タイバンチュウが胎盤化して宿主から栄養分を奪い、自身も成長しつつ、子供…この場合は自身のクローンの発生を進めるには、性成熟した女性における高いエストロゲン濃度が、本来は必要である。
しかし、この迷子でタイバンチュウが寄生していたのは、男の子だったはずだ。そのため、女性なら初潮を迎える年齢になっても胎盤化は始まらない。では決して始まらないかというとそうではなく、男性でもエストロゲンは成長に伴って分泌量を増していき、それがピークとなる20歳くらいになると、どうにかタイバンチュウの待機モードが解除されそうだ。
つまり、初代の母親から生まれた男の子は、20歳くらいになったタイミングで、その体内に待機モードが解除されたタイバンチュウがいて、更にその中に胚盤胞の細胞塊と、タイバンチュウの細胞ストックが入っていることになる。
タイバンチュウが胎盤化を開始するのと同時に、人間と寄生虫のクローンが並行して発生を再開する。細胞の分裂を抑えるメカニズムから解放され、タイバンチュウの体内にて、その細胞ストックが親のコピーを形作っていく。これと同じ効果を、人間の胚盤胞に由来する細胞塊も都合よく受けられるのだが、限定された空間での同時進行のため、タイバンチュウの迷子が繰り返されることになるのは、数奇な運命と言えるだろう。
ただし、胚盤胞の細胞塊は人間の体と卵黄嚢の元になる能力しかなく、発生を進めるのには胎盤のも必要になってくる。その胎盤までの役割、それと子宮の役割を果たしてくれるのが、外側のタイバンチュウというわけである。これが接続する腎臓と副腎の辺りから栄養分や酸素が移行していき、発生が進んで、胎児が成長するという流れだ。
この時点で、初代の母親から生まれて20歳くらいに育った男性は、その体内に待機モードが解除されたタイバンチュウがいて、更にその中に次の代の胎児が収まっていて、その中にタイバンチュウがいて、更にその中に胚盤胞の細胞塊と、タイバンチュウの細胞ストックが入っていることになる。
男性の体内で、男性のクローンである胎児が十分な大きさにまで育つには、タイバンチュウの胎盤化からほぼ1年間を要するようだ。通常なら成虫が約2センチメートルのタイバンチュウも妊婦の子宮サイズまで大きくなるのは、人間の胚との相互作用によるらしい。
なお、通常とは著しく異なるこのケースにおいて、陣痛など起こるわけも無く、腹の膨らみ具合を参考にして、出産の儀式を行うタイミングが決められるものと思われる。初代の男性も出産という意識を持っていたのかは、分からないが。少なくとも、自身の写し身が宿っているという確信は無かったはずである。どういった経緯で2代目が生まれたのか、ちょっと興味が湧いてきた。
ともかく、初代の男性が出産した後も、延々と同様の入れ子構造が続いていって、幾代も幾代も、タイバンチュウと男性のクローンが作り続けられてきたのだろう。一体、あの男性は、そして今夜に生まれてきた赤ちゃんは、何代目になるのだろうか。
ゲノム解析とシミュレーションの結果で、1つだけ気になった点がある。待機モードのタイバンチュウの中における、細胞塊などの保存期間についてだ。この寄生虫は、未分化な細胞を長期間に渡って正常に保つメカニズムを発達させているが、それにしても20年ほどに達する時間は、能力の限界を少し超えていそうであった。
これはおそらく、ウリ科の植物に多く含まれるアミノ酸であるシトルリン、その抗酸化作用によって補われているのだろう。この乾燥した土地だからこその食生活に助けられ、本来の生態ではない偶然のバトンが維持されているとすれば、より一層に面白い。
埋葬が終わりつつある墓穴へ一握の砂を投げ入れ、その節目に出会えたことに感謝しながら、私は次の村へと歩みを進めた。




