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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
33/62

其ノ参拾参 蠢く体表模様で占う村

 奇妙な村だった。


 オーストラリア連邦のタナミ砂漠に位置する、荒涼とした土地。酸化鉄の赤みを帯びた砂に覆われ、針の様に尖るスピニフェックスの草がまばらに生えたその光景は、知識と経験なくして生存することは難しい、訪れる者にそう理解させるだけの異質さも呈しているだろう。

 水場は乏しく、樹木は背の低いアカシアやユーカリなどが散見される程度。そんな荒野であるのだが、アボリジニと呼ばれてきた人々にとって、この地は豊かな食材をもたらす環境に他ならない。


 先ほど出会ったこの少女も、先住民の末裔(まつえい)として恥じぬ動きを見せている。集落へと案内してくれていた道中、地面に特徴的なひび割れを見付けるや否や、湾曲した木のボードを用いて瞬く間にザクザクと掘っていき、何らかの芋をゲットしたようだった。


「Desert Yam!」


 ヤムイモの一種みたいだが、そのサイズは少女の頭と同じくらいな巨大さだ。なるほど、ここ最近降っていた雨によって塊根が急成長し、地面にクラックを生じさせたのか。こうしたサインを見逃さない目ざとさが、ここで生き抜くために必須なのだろう。

 私が持とうかというジェスチャーは伝わったと思うが、少女は嬉しそうに戦利品を抱えて歩きだした。黒い裸体を土だらけにしたまま、ニコニコと笑みを浮かべながら。


 地平線よりは手前に人工物の見える辺りが、向かっている場所だろう。そこまでの間にも少女は草や花や実を見付けていき、アドバイスをもらって私が採集していった。これらも、今晩の食事になるらしい。


 1時間ほどかけて到着した集落は、木の枝と樹皮を組み合わせただけの簡素な家々で構成されていた。幾つかの拠点を渡り住む生活スタイルのはずなので、これくらい気軽な感じがいいのかも知れない。

 村人は総勢で…56人か。少女が上手いこと取り次いでくれたらしく、皆さん快く私をディナーに招いてくれた。美味しそうな香りが漂ってきていたので、これで参加を出来なかったら非常に悲しいところだった。ありがたく、ブッシュタッカーの数々を味わわせてもらおう。


「Bush Banana」


 緑色でペリカンマンゴーに似た形の実を、少女が持ってきてくれた。これは栽培されたものを食べたことがあるな。バナナと名に付いているが、特に近縁でもないつる性の植物だ。

 生のままガブリと頂き、未熟な種の密集ごと噛み砕いていく。うん、新鮮なグリーンピースの様な風味がやはり良い。クランキーな食感の平たい豆といった感じで、わりと好きだ。


「Witchetty Grub」


 続いて年配の女性が勧めてきたのは、ボクトウガ科の幼虫だ。アカシカの木の根を内部から食べ進んでいく生態で、エサ由来のナッティな風味が楽しめる。ローストしたものを以前食べた時は、焼きトウキビを思わせる香ばしさが良かった。

 しかし、今回は生で食す流れである。ふむ、噛み付かれないように、頭を噛み潰してから食べるのか。どれ……おお、やや口に残る皮は別として、中身は半熟のスクランブルエッグみたいな味と食感だ。銀杏っぽい風味も感じられて、かなり美味しい。何匹かお代わりしよう。


「Rock Fig」


 これは先ほど私が採ってきた、赤く熟した小ぶりのイチジクか。少女から4粒を受け取って、1個ずつ口の中に放っていく。…小さいながらも確かにイチジクの実といった感じではあるが、甘味は薄いな。

 野生の動植物などから「食べられるもの」を特定していっただけのブッシュタッカーには、こうした「悪くはない」くらいの味なものも少なくない。私はそれもまた面白いと感じながら、そんな茎や根、葉や花、種や実を楽しんでいった。


「Spiny Anteater and Desert Yam!」


 おお! 肉と芋だ! 間違いなく今晩のメインディッシュ。熱い灰を被せてじっくりと蒸し焼きにした、丸ごとのハリモグラ(トゲ抜き済み)とヤムイモである。正直なところ、この肉を食べてみたくてうずうずしていた。

 芋は分割されているが、肉は1家族で1匹の配分となっている。少女のファミリーに混ざって、私もいざ実食だ。少女の父親らしき男性から手渡され、ロースからバラ肉ら辺に狙いを定めてかじり付く。


 ……!! 美味い……。柔らかく仕上げられたお肉のこってり感が、凄まじいことになっている。野生的だが決して嫌なクセは感じさせない脂、それがたっぷりと乗っているのだな。調理中の香りから予想はしていたが、それにしても美味い! 

 少女が掘り当てたヤムイモも、時間をかけて焼いてあっていい感じだ。少しとろっとした質感に、優しい甘さ。パンチの効いた肉の付け合わせとして申し分ない。


 これら大地の恵みを思う存分、心ゆくまで堪能し終えた頃には、もうすっかり辺りが暗くなっていた。村人たちは、各々の家へと入って寝る時間のようだ。私も眠りにつくことにして、星空に浮かぶ九夜月(くやづき)をぼんやりと眺めながら、自前のテントの中でまどろんでいった。


 翌朝。日の出と共に起床し、マカダミアナッツ入りのチョコレートを朝食代わりに口へと運ぶ。これはハワイ産のナッツを使用した、日本製のお菓子だが、マカダミアナッツ自体はオーストラリア東部が原産、ブッシュタッカーの1つである。そんな品をこの地で食べるのは、何とも小気味がいい。


 ん、少女がこちらの方へと駆けてきている。私が英語で朝のあいさつを投げかけると、少女は満面の笑みで、左の二の腕を見せてきた。色黒さのため視認するまで数瞬を要してしまったが、それは、珍しい様相で生じている皮膚炎であった。

 1ミリメートルほどの幅と間隔で、輪形の炎症3つが同心円状に並んでいる。少女が一生懸命に紡いでいる言葉を解読するに、この村では「豊穣」を意味するマークが現れたという認識になるようだ。


 しかしこれは、肺ガンなどの兆候を示す渦巻き状の炎症、匍行(ほこう)性迂回状紅斑と似ているように思える。私は、そっと炎症部からサンプリングをして、血中の成分分析と、セルフリーDNAや病原体も対象にしてのゲノム解析を開始した。


 解析が終わるまでの間に、他の村人たちにも同じ様な症状が見られないかと観察していったところ、なんと女性の多くで見受けられた。例外は4人、乳幼児か老女だという共通点がある。逆に、男性では1人の青年でのみ確認された。

 この同心円状となる炎症は、体のあちこちで生じ得るらしい。また、各部位でリング状の炎症を次々と増やしつつ広がっていき、別の同心円まで到達すると融合していくように見える。そうして全身の皮膚を埋め尽くす、整然としたパターンが形成されるのだと考えられる。


 この炎症の進行スピードは、少女の症状を見るにそう速くはないはずだ。昨日は食べるのに夢中となり、視認しにくい黒い肌での炎症に気が付けなかっただけで、少女を除けば、既に皆この様な状態であったのだろう。


 そうこう考えている間に、アナライザーが全ての解析を終えた。ほお……ガンの兆候は確認されず、感染症を患っているわけでもない、か。匍行性迂回状紅斑で見られる類いの異常な抗体も検出されていない。また、遺伝性の疾患が影響している線も薄そうだ。

 どうやら、簡単な解析では理解が難しいものらしい。私は、この辺り一帯で手当たり次第に、サンプルを収集していくことにした。研究室に備え付けの量子収束観測機へデータを転送して、高度なシミュレーションを実施するためである。


 1日後。村の女性たちと色んな場所を巡って、主に食べられる植物と昆虫を採集した。一緒に捕ったミツツボアリの甘さは格別だった。


 2日後。村の男性たちのカンガルー狩りに同行し、少年たちとは一緒にアオジタトカゲを捕りに行った。楽しかった。


 3日後。皆で集めた様々な種や豆に根、それらを粉にして作った伝統的なパンを朝食に食べながら、研究室からの連絡を待っていた。


「室長、おはようございます~。あぁっ、時差は……無いですよね? 出力結果を送ります~」


 30分間の時差があることには特に触れず、アナライザーへと転送してもらう。ふむ、ふむ、……おお。これは、やはり中々に入り組んだシステムであったのだな。

 あの同心円が広がっていく炎症は、遺伝的な体質と皮膚の常在菌、2つの要因によって引き起こされていたのである。


 私は昨日と一昨日の2日間、村人たちについて回ってあらゆるサンプルを集めながら、炎症がどの様に変化するかの観察もしていたが、当然ながらその結果はシミュレーションと合致している。

 炎症が周囲に広がるだけなら、それは単純に大きくなるだけだ。これに、時間の経過で炎症が治るという条件が加わると、リング状になって広がっていくことになる。そして、治った部位から再発してくるという条件も重なると、今回の様に、同心円状で波紋が伝わるような炎症となる。


 炎症が広がるには、炎症を起こすものが()()()()()()伝わる必要がある。抗原と抗体の作用で生じる匍行性迂回状紅斑であれば、それは物質の拡散で説明される。その一方、今回の炎症ではマクロファージの変形が原動力であった。


 免疫細胞の一種であるマクロファージは、炎症反応に大きく関わっている。炎症がまず赤くなるのは、血管が拡張して血流が増すことによるが、これはその一端だ。

 炎症が進むと、マクロファージはその場で数を増やしていく。こちらの効果が遠距離まで届いているのが、今回のケースである。やり方は単純で、細長い突起を放射状に伸ばすよう変形して、細胞の本体から離れた場所でもシグナルを発するだけだ。相対的に弱い刺激なため炎症の拡大とまではいかないが、主に炎症部位を経由して、その近傍にもマクロファージの元になる細胞が集まってくる。


 通常のマクロファージは、こういった変形をすることは無い。それを可能にするには、マクロファージで働く遺伝子に特定の変異が生じる必要があるのだが、この集落の人々のゲノムはその条件を満たしていた。

 おそらくは周辺の地域でも共有されている、特殊な体質だと言える。


 この特殊なマクロファージが奇妙な炎症を引き起こすのには、皮膚上に存在している細菌がキーとなってくる。ケガなどによって両者が接触することで、同心円のスタートとなる点状の炎症が生じるのだ。

 これより周囲においては、細菌が体内に侵入していないため距離がある。しかし、その特殊性で炎症に隣接して増えたマクロファージが、これまた細長い突起を伸ばすことで、皮膚上の細菌とも接触が成立し、炎症は拡大していく。

 また、対象となる細菌が離れた場所にいるため、局所的に見ればわりとスムーズに消炎するが、炎症の始点から伝わってくる反応の波によって、瞬く間に再発していく。


 こうして、炎症が(うごめ)くように体表で模様を描くわけであるが、その様相は細菌の組み合わせによって大きく異なる。拡大やリング形成とその反復などでパターンが分かれる他、連続したリングが崩れることで渦巻き状になるケースもある。

 実は、今回の症例の様に同心円状となる条件は、非常に限定的だ。その条件とは、この地の生物相が最も多様になった状態、それを反映した細菌群が皮膚に常在していることである。


 特定の動植物と連動して増える細菌もあれば、病原性によってマイナスの効果を与える細菌もいるし、その逆もまた然り。それらは生命の営みの中で土壌へと蓄積していき、土地の豊かさを測るバロメーターになり得るわけだ。

 そして、採集のため土を掘ることの多い女性たちは、自らをある種の生物学的なセンサーに見立てて豊穣を占い、拠点を移動するかの判断に利用しているのだろう。この地で生きるスペシャリストぶりに感銘を受けながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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