別録・勇者ガラルドの旅立ち〜始動編4〜
昨日は更新出来なくて申し訳無い。
今回もよろしくお願いします。
「おおー!見えて来た!あれが魔界!」
アリアの楽しそうな声が、人の少ない甲板に響き渡る。
ガラルドもそれに合わせ、なんか雰囲気が違うねー、等と盛り上げている。
後ろではアナスタシアがクスクスと笑い、微笑ましげに二人を見る。
女司祭の目線の先には、仲睦まじく手を繋ぐ、勇者とその幼馴染の姿があった。
時は遡り、十九日前。
船旅特有の揺れと濃厚な潮の気配にアリアが早々にダウンし、アナスタシアが介護に付く、そう言った状況になった時の事。
「回復魔法も、馬車酔いや船酔いにはあまり効果が無いんです。ごめんなさい。」
「ううん、大丈夫…とは言い難いんだけど、吐き気だけでも収まってくれたし、気にしないで、ありがとう、アナスタシアさん。」
今までも女二人になる事は多々あったのだが、今回は少し様子が違っていた。
アリアが妙にソワソワとしているのだ。
勿論アナスタシアは気が付いていたし、それが恐らく自分に纏わる事だろうと予測もしていた。
「アリアさん、もし、話しにくい事なら構わないんですが…」
と前置きし、アナスタシアは語り始めた。
船に乗ってから、何となく落ち着かないように見える事。
少し過剰気味に明るく振る舞っているように見える事。
時折、深刻そうな顔をしているのを見てしまった事。
そして、これらの原因が自分にあるのなら話してほしい事を告げた。
アリアは驚いた顔をして、その後、俯いてしまう。
そしてそうなりながらも、ポツポツと昔の事を話し始めた。
「別に、アナスタシアさんのせいじゃないの。私が意気地なしで、空回りしてただけで、子供の頃と全然変わらなくて。
昔ね、私がまだ十歳くらいの頃、ヤード家のお屋敷で働いてたの。」
この世界では、十歳になる頃には、職業訓練としてどこかに働きに出るのが当たり前で、アリアもその例にもれず、ヤード家に家政婦見習いとして奉公していた。
「その時に、ちょっと失敗して怪我しちゃって、私は痛くて泣いてただけなんだけど、大丈夫だからって励ましてくれて、お医者さんに見せてくれたのがガラルド様だったの。」
アリアの目の前には、あの日の光景が広がっていた。
本当にちょっとした荷物運びだったのだが、初めて入った貴族の屋敷だというのと、働きだして大人の仲間入りをしたのだと言う興奮で、今なら無理だと理解できるような仕事もさせて貰っていた。
それがピークに達したある時、積んでいた薪を崩してしまい、その崩落に巻き込まれた。
小さな体では逃げ出すのも間に合わず、下半身が埋まってしまうのではないかと言う程の薪の量に、痛くて、仕事を失敗してしまったという不安で、大声を上げて泣いた。
自分はこのまま死んでしまうんじゃないか、そう思った時に、それは突然起こった。
「キミ!大丈夫!?」
足が軽くなったと思ったら、顔にさす影。
明るい茶色の髪が、太陽を反射してキラキラ輝いていたのを覚えている。
―あなたは、王子様?
ありきたりだが、そう思った。
その少年は奇跡的に足を挫いただけだったアリアを背負い、少し揺れるよ、と声を掛けると、凄い勢いで駆け出した。
どこかで剣を振っていたのかな?
少年の腰についた木の剣と、不快じゃない汗の匂いでそう感じた。
それが、アリアとガラルドの出会い。
もう何年も前になる、アリアの一番の宝物。
「それからずっと、ガラルド様付きのメイドをしていたんだけど、ガラルド様が二十歳になったら狩猟者になるって聞いて、必死に魔法を教えて貰って、一緒に行けるようにって。」
話しながら当時を思い出しているのか、アリアの表情は柔らかく、少し照れたような笑顔は幸せそうで。
それこそ、アナスタシアの目に涙が滲むほどに。
「メイドの仕事を辞めて、僕に付いてきて欲しい、って言われた時に、ああ、私はこの人の事が好きなんだって思って、泣きそうになっちゃって。
ずっと一緒に居られると思ったの、ガラルド様はお兄様がいるし、きっと私でも大丈夫だよね、ってホントは解ってる筈なのに、解らないふりで誤魔化してね。」
表情は苦笑いに変わる、他人の想いなのに自分の事のように胸が締め付けられて、アナスタシアはロザリオをぐっと握った。
「ガラルド様が勇者になるって聞いて、嬉しかった。
でも、同時に不安でもあった。
もう私とは一緒に居ちゃいけないんだって思った。
そしたら、アナスタシアさんがいて
、まるで物語の勇者と聖女みたいだなんて思って、その時は何も感じなかったんだけど、急にまた不安になって、そしたら二人と上手く話せなくて。
ごめんなさい、全部私の身勝手な問題なの。
だから、そんな顔しないで、私まで泣いちゃいそうだよぉ。」
そう言って涙を零すアリアを、アナスタシアは抱きしめた。
それからしばらく、二人で泣き明かし、お互いが落ち着いた頃に、アナスタシアは聖印を切る。
「私は、孤児院と教会しか世間を知りません。
だから、軽々しく言える様な事では無いのかもしれませんが。」
ロザリオに軽く口付けし、そのままアリアの額へ。
「誓えるものがこの名と、我が神にしかありませんが、お二人の前途が幸多からんことを、祈ります。」
泣き疲れたのか、体調からか、眠ってしまったアリアの髪を撫でながら、アナスタシアは微笑みを浮かべていた。
「だ、そうですよ?ガラルドさん。」
部屋の扉が音を立てず開く。
バツの悪そうな顔で、それでも神妙に、茶髪の勇者は寝ているアリアに近づく。
「ずっとね、僕だけかと思ってたんだ。」
跪き、アリアの手を取る。
指先に軽く口付けて、その手を額にあてる。
「初めてあったときは、只の使用人だった。
懸命に働く君を見て、惹かれていった。
必死に魔法を学んでいる姿を見て、期待した。
付いてきてくれると言われて、嬉しかった。」
「ガラ、ルド…」
身じろぎするアリアの姿に。ガラルドは手を離し、微笑んだ。
「次は起きている時に言うよ、アリア。」
長い年月をかけて、ようやく繋がった二人を見て、アナスタシアは再び聖印を切った。
(神よ。二人の行く道を祝福し給え。)
と。
これから二人はどんな事を乗り越えるのだろうか。
これから二人はどんな夢を語るのだろうか。
これから二人は、どんな幸せを掴むのだろうか。
若者たちを祝福するように、船の旅の最終日は、気持ちのいい青空が広がっていた。




