四輪荷車の売り込み
数日後の朝。
俺たちは屋敷の食堂に集まり、朝食を食べていた。
「正男様、今日の予定はどうしますか?」
五兵衛が尋ねてきた。
「建物の工事が、もうすぐ終わりそうなんだ。そろそろ働く人を集めないといけない」
鍛冶場や木工所、倉庫など、工房を構成する建物の完成が近づいていた。建物ができても、職人や材料を運ぶ者がいなければ仕事は始められない。
「織田家にも人手を頼むつもりだ。ただ、できれば顔見知りの人たちを優先して集めたい」
「仕事ぶりも人柄も知っている相手なら、安心して任せられるからな」
五兵衛がうなずいた。俺は、隣に座るなつきへ目を向けた。
「なつき。村の庄助さんには木工所を、なつきの親父さんの源蔵さんには鍛冶場を任せたい。その話を伝えてくれるか?」
「分かった。あたしが行ってくるよ!」
「気をつけて行ってきてくれ」
「任せとけ!」
なつきは笑顔で答えた。
「さて、俺たちは伊藤惣十郎さんの商家へ行こうと思う」
俺が話を切り替えると、五兵衛が尋ねた。
「商家ですか」
「ああ。四輪荷車を持っていく。伊藤さんに販売の相談をして、ほかの商人たちにも紹介してもらいたいんだ」
「最初から買ってもらうのではなく、先に試してもらうのはどうでしょう?」
桜が提案した。
「そうだな。一週間ほど貸し出して、実際の仕事で使ってもらう。便利だと感じてもらえれば、購入を検討してくれるはずだ」
「使った人の意見も聞けますね」
「ああ。使いにくい点があれば、改良にも役立つ」
◇
屋敷の門の前では、なつきが愛牛のくろにまたがり、出発の準備をしていた。
「梅、朝飯うまかったよ!」
「それはよかったです。忘れ物はないですか?」
「大丈夫だって。金槌も持ったし、準備はばっちりだよ!」
なつきは背負った金槌を軽く叩いた。隣では、お花が笑顔で手を振っている。
「なつきちゃん、気をつけてね」
「うん! お花も気を付けてね!」
「わたしは屋敷にいるだけだよ?」
「そうだった!」
なつきが声を上げて笑う。
「もう、なつきちゃんったら」
お梅も呆れたように笑った。そのとき、くろの声がなつきの頭の中に響いた。
『なつき、いつまで話している。早く出発するぞ』
「分かってるよ! せっかちなんだから!」
『お前がいつまでも話しているからだ』
「はいはい。それじゃ、行ってくるね!」
なつきはくろの首を軽く叩き、手綱を握った。
「はい。気をつけてくださいね」
「帰りに何か面白いものがあったら教えてね!」
お梅の言葉に、なつきはにっと笑った。
「任せといて!」
くろが歩き出し、なつきは手を振りながら屋敷を後にした。その姿が見えなくなると、お梅は小さく息をついた。
「なつきちゃんは、朝から元気だよね」
「そうだね」
お花は苦笑しながら答えた。
◇
俺は五兵衛と一緒に蔵から四輪荷車を運び出してきた。
「正男様、出発の準備ができました」
「分かった。桜は?」
「こちらにおります」
桜が少し遅れて姿を見せた。
「お待たせしました、正男様」
「よし。それじゃ、俺たちも出かけるか」
俺がそう言うと、お梅が笑顔で頭を下げた。
「いってらっしゃいませ。お昼はどうなさいますか?」
「商談が終わる時間次第だな。遅くなりそうなら、町で食べてくるよ」
「かしこまりました。お気をつけて」
お花も手を振った。
「正男様、五兵衛様、桜さん、いってらっしゃい!」
「行ってきます」
俺たちは二人に見送られ、屋敷を出た。
「正男様、今日はうまくいくといいですね」
五兵衛が言った。
「ああ。まずは、相手の話をよく聞くことだ」
「わたしも、商家での経験を生かしてお手伝いします」
桜が力強く答えた。
「頼りにしているぞ、二人とも」
なつきはなつきで、くろと一緒に出かけていった。俺たちは四輪荷車の車輪や車軸に問題がないことを確認し、荷車を引いて屋敷を出発した。
◇
やがて商家に着くと、伊藤惣十郎が店先に姿を見せた。
「これは鈴木様。ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりです、伊藤さん。今日はご相談したいことがありまして」
「ほう、どのようなお話でしょうか?」
「新しく開発した四輪荷車についてです。商人の皆さんにも役立つのではないかと思い、実物を持ってきました」
伊藤さんは店先の荷車に目を向けた。
「まずは、動かしてみてもよろしいですかな?」
「もちろんです」
俺たちは荷車を店先の空いた場所へ移した。五兵衛と二人で荷車を押し、車輪が滑らかに回ることや、方向転換ができることを確かめる。伊藤さんは車輪や荷台を注意深く観察していた。
「なるほど。実際に荷物を積んで試す価値はありそうですな。それで、私に相談というのは?」
「伊藤さんの知り合いの商人たちに、四輪荷車を紹介していただきたいんです。ただ、いきなり購入を勧めるのではなく、一週間ほど貸し出して、普段の仕事で使ってもらいたいと思っています」
「貸し出しですか?」
「はい。使って便利だと感じたら購入を検討してもらう。使いにくい点があれば、率直に教えてもらいたいんです」
伊藤さんは腕を組んだ。
「見ただけでは本当に役立つか分かりませんからな。試してもらうのはよい考えでしょう。ただ、貸し出すとなると、破損や返却の問題もあります」
「貸し出す相手は、伊藤さんが信用できる商人に限ってください。渡すときに荷車の状態を確認し、返却日も決めておきましょう」
「それなら、管理もしやすそうですな」
「実際に使ってもらえば、荷車の強度や使い勝手についても意見が集まります。今後の改良にも役立ちます」
「使う人の感想を聞けば、どのような商人に向いているかも分かります」
伊藤さんはしばらく考えたあと、顔を上げた。
「分かりました。知り合いの商人たちに声をかけてみましょう。興味を持つ者がいれば、一週間試しに使ってもらうことにします」
「ありがとうございます、伊藤さん」
俺は頭を下げた。
「ちなみに、販売価格はいくらをお考えですか?」
「金3両を予定しています。決して安くはありませんが、一度に多くの荷物を運べるので、運搬の手間を減らせます」
「なるほど。実際に使って便利だと分かれば、その値段でも購入を検討する商人はいるかもしれませんな」
「まずは一週間、試してもらいたいと思っています」
「分かりました。試用を希望する商人を募り、日程が決まり次第ご連絡します」
「よろしくお願いします」
俺たちは伊藤さんと、信用できる商人へ一週間の試用を仲介してもらうことで合意した。
◇
商家を出ると、五兵衛が言った。
「どれぐらい売れますかね?」
「ああ。実際に使ってもらえば、四輪荷車の需要も分かる」
「使った人の意見を聞けば、改良すべき点も見つかりそうですね」
桜の言葉に、俺もうなずいた。
「そのとおりだ。売ることだけを考えるんじゃない。使う人の意見を取り入れて、より良い荷車にしていこう」
俺は荷車を振り返った。
「屋敷に戻ろう。工房を動かす準備も進めないとな」
「はい。それにしても忙しいですね」
五兵衛が苦笑した。
「忙しいのはありがたいことだよ」
俺たちは屋敷へ向かって歩き始めた。
四輪荷車の販売に向けた道筋はできた。次は工房を完成させ、職人たちが働ける環境を整える番だ。
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明日の朝6時も更新予定です。




