白猫の日常【後編】
わしは縁側から降り、屋敷の中へと向かった。
すると、奥のほうから人の声が聞こえてきた。
「梅、こっちの荷物は片づけるから掃除をお願い」
「はーい。こっちを掃除するね」
お梅とお花が仕事をしておった。二人は忙しそうに動き回り、道具を片づけたり、床を掃いたりしている。お梅が荷物を運べば、お花がその場所を掃除する。お花が片づけを終えると、今度はお梅が別の仕事に取りかかる。互いに声を掛け合いながら、手際よく作業を進めておった。
「これで、こっちは終わりかな」
お花が額の汗を拭う。
「うん。次はあっちの方だね」
お梅も笑顔で答えた。
ふむ。人間というものは、朝からよく働くものじゃな。わしなら、こんなに動き回るくらいなら、日向で寝ておる。いや、そもそも働く必要などない。わしは立派な化け猫なのじゃからな。
……今は白猫の姿じゃが。
わしは二人の邪魔にならぬよう、少し離れた場所に座り、仕事ぶりを眺めておった。
やがて、二人の作業がひと段落した。
「ふう。終わったあ」
お梅が腰を伸ばす。
「お疲れさま」
二人は笑い合い、それぞれ道具を片づけ始めた。わしは、その様子を見届けてから、ゆっくりとお梅のそばへ歩いていった。
別に、用があるわけではない。ただ、少しばかり退屈になっただけじゃ。
「ん? しろちゃん、どうしたの?」
お梅がわしに気づき、しゃがみ込んだ。わしは何も答えず、その場に座る。
「もしかして、遊びたいの?」
『馬鹿を言うでない』
もちろん、心の中で答えただけじゃ。
わしは由緒正しき化け猫である。人間に遊んでもらいたいなどと思うはずがなかろう。
……ただ、少しばかり暇を持て余しておるだけじゃ。
そのとき、お梅がわしの尻尾を見た。
「ふふっ。しろちゃん、尻尾が動いてるよ」
なにっ。わしは慌てて尻尾を止めた。
いかん。体というものは、どうにも正直で困る。
「ちょっと待っててね」
お梅はそう言うと、奥から猫じゃらしを持ってきた。そして、わしの目の前で、ふわふわと揺らし始めた。
「ほら、しろちゃん。こっちだよ」
ふむ。何をしておるのだ、この娘は。
わしはそっぽを向いた。
「ほらほら」
猫じゃらしが、わしの視界の端を横切る。
……ふむ。なかなか、よく動くではないか。
右へ揺れ、左へ揺れ、時には目の前で止まる。わしの尻尾が、ゆらりと動いた。
「しろちゃん、気になるんでしょ?」
気になどしておらぬ。わしはただ、動くものを観察しておるだけじゃ。
そう考えている間にも、猫じゃらしが目の前を通り過ぎた。わしの前足が、ぴくりと動く。
「ほら、取れるかな?」
お梅が猫じゃらしを少し遠ざけた。
……ええい。そこまで誘うのなら、少しくらい相手をしてやろう。
わしは前足を伸ばした。
ぱしっ。
猫じゃらしを捕まえた。
「わあ! しろちゃん、捕まえたね!」
お梅が嬉しそうに笑った。わしは猫じゃらしを押さえたまま、澄ました顔をした。
当然じゃ。この程度のもの、わしにかかれば造作もない。
「もう一回やろうね!」
お梅が猫じゃらしを動かす。わしは、再び前足を伸ばした。
ぱしっ。
今度も捕まえた。
「ふふっ。しろちゃん、楽しそうだね」
楽しんでなどおらぬ。断じて、楽しんでなどおらぬぞ。ただ、目の前で動くものを捕らえるのは、猫として当然の行動なのじゃ。
……猫として、な。
わしは心の中で言い訳をしながら、猫じゃらしを追いかけ続けた。
しばらくして、お梅が猫じゃらしを片づけた。
「しろちゃん、いっぱい遊んだね。そろそろ休もうか」
ふむ。まあ、よかろう。
わしは何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。お梅はそんなわしを見て、くすくすと笑っておった。
まったく。人間というものは、すぐに笑う。わしの威厳というものを、もう少し理解してほしいものじゃ。
わしは縁側へ戻ると、日当たりのよい場所を探した。そこには、暖かな日差しが降り注いでおる。
よし。ここで昼寝をすることにしよう。
わしは体を丸め、前足を胸の下にしまい込んだ。目を閉じると、風の音が聞こえてくる。
庭の向こうでは、正男たちがまだ荷車の話を続けているようじゃった。
「車軸の強度は、実際に試してみないと分からないな」
「まずは試作品を作って、重い荷物を積んでみよう」
正男の声が、かすかに聞こえてくる。
人間どもは、まことに忙しい。あれこれ考え、手を動かし、失敗すればまたやり直す。わしには、そこまでして何かを作ろうとする気持ちは、よく分からぬ。
じゃが……正男という男は、少々面白い。
人間の身でありながら、いつも先のことを考えておる。あの男が作る荷車とやらも、うまくいけば役に立つのかもしれぬ。
まあ、わしには関係のないことじゃがな。
わしは片目だけを開け、庭の様子を眺めた。なつきが、こちらに気づいて手を振っておる。
「しろー! そこで寝てるのか?」
わしは返事をせず、再び目を閉じた。
まったく! せっかく気持ちよく眠ろうとしておるのに、騒がしい小娘じゃ。
すると、頭の中に声が響いた。
『なつき。しろは寝ているのだ。邪魔をするな』
くろの声じゃった。
『くろ、お前が答えるでないわ!』
わしは心の中で言い返した。
『わしは事実を伝えただけだ』
『それを余計なお世話と言うのじゃ!』
なつきが不思議そうに首を傾げている。どうやら、わしとくろのやり取りには気づいておらぬらしい。
わしは満足して、再び丸くなった。
日差しは暖かく、風は穏やか。腹も満たされておる。
人間どもは働き、牛は草を食み、猫は昼寝をする。これぞ、理想の暮らしというものじゃ。
わしは尻尾を一度だけ揺らし、静かに眠りへ落ちていった。
……明日も、魚が出るとよいのう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
猫のしろの視点からの話は、いかがだったでしょうか?楽しんでいただけたら幸いです。今後も、間に入れていく予定です。
もし面白い、続きが気になる!と思っていただけましたら、下部にある【☆☆☆☆☆】の評価やリアクション、ブックマークで応援していただけると非常に励みになります。
明日から朝6時の更新予定です。よろしくお願いいたします。




