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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第六旅程『Pamětná』
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第80景:『伝説の寝落ち』


 詰所の灯りは、まだ落ちていなかった。

 隣に座る少女の体温が、静かに寄り添っている。空気はやわらかく、問いだけが、ぽつんと残っていた。


 「……ねぇ。せんせいの住んでた世界って、どんなところなの?」


 私は、咳払いひとつ。


 「私の世界かね? そうだな――」


 腕を組み、神妙な顔で語り出す。


 「剣と魔法の世界だ。竜が空を駆け、魔王が塔に住み、冒険者が今日もパーティーを組んでは、裏切られている」


 「……おとぎ話みたい!」


 少女がぱあっと目を輝かせる。


 「だが、誤解しないでほしい。テンプレに厳しい世界だ」


 「……てんぷれ!」


 少女はなぜか感銘を受けているが、たぶんテンプレの意味は理解していない。


 「まず、“追放された主人公が覚醒する”という文化がない。追放された者は普通に職を失い、路頭に迷う。しかも、会社都合退職の補償制度もない」


 「ちゃんと成果で評価される、ジョブ型雇用……。アイディンティティが保たれてる!」

 

 「そして、“何を言ってもヒロインにモテる”という文化もない。ダメ男は、正常に、無事に、モテない」

 

 「無事に……!」


 「そう、モテる気配すら発生しない。周囲が自然に“あ、コイツないわ”と判断し、湿度のある距離を取られる。私は、この“自然淘汰”の風習を高く評価している」


 少女は胸元で手を組み、小さく頷いた。


 「市場原理に基づいた、自由な競争が保障されてるのね!」


 「まさにそれだ。テンプレがないかわりに、努力が正しく機能している世界だ」


 私は、すこしだけ視線を遠くへ泳がせた。

 

 「それから……キミには、まだ話していなかったが」


 「うん?」

 

 「私には、キミ以外にも娘がいる」


 少女の目が、すっと丸くなる。


 「えっ……わたし以外にも、せんせいには娘がいるの?」


 「そう。キミのほかに十二人の娘がいる。一番上の娘を“ひとり”と数えるかどうかは議論の余地があるが……一旦十二人だ」

 

 「えっ、そんなに?」


 「ああ。さらに仮の娘がひとり。ドラ息子(ロリコン)がひとり。それから、義理の息子がひとり。そして、密かに狙っている息子候補が三人だ」


 「うち、ダイニングの座席足りるの?」


 「問題ない。娘たちは基本実家には寄りつかない」

 

 「寂しさと居住性がトレードオフなのね……」


 「まず末っ子のエナだが――甘えん坊でね。毎晩のように私の寝室に忍び込み、頸動脈を切り裂こうとしていた」


 「愛情表現の多様性を、ひとつ拡充してるのね」

 

 「だが、いまは嫁に行ってしまった。信頼できる男と結婚し、私は誇らしく思っている」


 少女は胸に手を当て、ゆっくりとうっとりした声を漏らした。


 「……子育てが終わって睡眠の質が良くなったからこそ、一緒に過ごした時間は、もっと素敵に思えるもの」


 ――ふむ、彼女の美化フィルタは、今日も絶好調だ。なんと尊い光景であろうか。


 「次に、下から二番目の娘。名はマハ。パパの恥部を他人に晒すことに容赦がない。おそらく私の“エロ画像フォルダ”がどこにあるかも把握している」


 「“秘密の場所を見つけてしまう女の子”って、ちょっと青春の小さな物語みたい……!」

 

 「小さくなく、大問題だがね。だが、父とは、“恥部を共有してこそ真の理解が得られる存在”だ」

 

 「秘めていたい大切なものを共有するって、たとえ一方的かつ強制でも、絆が深まるのね!」


 「それから、しっかり者で心を抉るようなツッコミを浴びせてくる姉がいる。名前は、九重。たいていの場合、私の会話は3手先を読まれている」


 「さんて……?」


 「『旦はん、先に言うとくけどな?』の"置きツッコミ"により、ボケが輝く時もあるのだよ」


 「……予言で期待値をあげられて、なおチャレンジする様式美……。勇敢なのね!」


 「ともあれ、みんなキミの姉だよ」


 少女は少しだけ間を置き、ぽつんと呟いた。


 「……みんな、名前があるのね」


 「……そうだな」


 「わたしも……名前が欲しい」


 少女は一拍呼吸を置く。


 「せんせいが、つけて?」


 私は少し驚いたように息を呑み、それから、ふっと表情をゆるめた。


 「いいとも。総画数から世界中の聖典をひっくり返し、占星術も駆使して――最高の名前を考えておくよ」


 「……うん」


 少女は、まぶたを半分落としながら、微笑んだ。


 「せんせいのせかいの、つづきも……ききたいな……」


 「もちろんだ。……私の世界では、“冒険者ギルド”が就職難の巣窟で――」


 だが、その続きは届かなかった。少女の小さな頭が、こてんと私の肩に寄りかかる。安らかな呼吸音が、そっと詰所の空気を満たしていく。

 ……これは伝説の、“娘が、パパの話を聞きながら眠りにつく”光景。

 なんと尊い光景であろうか。


 間違いない。これは、父性再接続儀式である。



――第81景へ……

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