第68景:『謎解き編2/2:小さな願いはどのように』
パムェトナの瞳に宿る知的好奇心。それが引いてしまわないよう注意しながら、私は次の仮説を語り始める。
「では、“How”。その意思はどうやって継続しようとしたのか」
言葉を選びながら、続けた。
「最初は試行錯誤だったろう。いくつもの方法を試し、そして失敗したはずだ。だが、その中で、魔力場の偶発的な揺らぎを利用して、己の存在を拡張できることに気づいた」
パムェトナは、私を見つめたまま僅かに考え込む
「自分を構成するものと……同じ素材で、身体をつくる…」
「その通り、形も心も持たぬ精霊の欠片たち。それらを次々と巻き込み、内に取り込み、積層して身体を作っていった」
私はパムェトナの机の上にあるコーヒーカップに目を落とす。そこには、コーヒーリングと薄い口紅の跡…….。
そして、僅かな間、沈黙してから説明を繋ぐ。
「そして、その精霊の欠片がこの街の住人の正体だ。意思なきエネルギー体に、その"継続の意思"が、自らの身体を作るための"指向性"を持たせた存在。
この街は身体。ならば、それを形作る住人たちは、“細胞”。街の建造物や施設は“組織”だ」
パムェトナは、黙って聞いている。……だが、そこには困惑の色が滲んでいた。
「しかし、身体を作ろうとしても、どうやってやれば良いのかがわからない。組織の分化、機能の生成、あまりに複雑すぎる。そもそもどんな形になれば良いのかすらわからない」
私は言う。
「だから、その小さな意思は、プロセスの雛形を外部に求めた。第二基底を朧ろげに観測し、"街を作る"という行為をトレースして身体を作ろうとした」
パムェトナの眉が跳ねる。
「身体を街に例え、概念としての“都市計画”を模倣し、そのプロセスに沿って身体を創り上げる手段。それが、この"身体"が"街である理由"だ」
私は机の上にあるカップを見つめ、低く呟いた。
「言ってしまえば、この街は“統合開発環境”。プログラミング言語やOS。直観的な理解の難しいスクリプトを、"理解できる形"として置き換えられた仮想空間。それが、この街の正体だ……」
「……“プログラミング言語やOS”?」
パムェトナの問いに、私は一拍置いてから頷いた。
「ふむ……その辺りの説明は難しいな…」
私はカップの縁を指先でなぞる。
「そうだな、ミュータンス菌の働きを、“虫歯菌がスコップで穴を掘る”だから"歯磨きで追い出す"と説明すれば、わかりやすいだろう?」
パムェトナは本の角を親指で軽く弾いた。それは、納得のリズムをとるような、無意識の仕草だった。
「この街も同じことだ。霊的な構造を機能分化し配置する。そんな複雑な設計原理を、街づくりに置き換えた。そんな"壮大な例え話"をする為の世界だよ」
パムェトナの口がわずかに開いたが、言葉を発さずに口をつぐんだ。
「この街に来たとき、私はすぐに五つの仮説を立てた」
私は手を組み、言葉の調子をゆっくりと落とす。目の前の司書は、口を挟まず、ただ聞いている。それでいい。これは、検証であり、独白でもある。
「“ただの夢”、“第二基底世界”、"精霊の作った異空間"そして“未知の異世界"、つまり誰にも知られず存在していた世界。そして最後。ここは“仮想現実”であるという仮説」
私は一拍、間を置いた。
「……この五つの仮説は、全て“正解”だったのだよ」
パムェトナの目が、ゆっくりと見開かれる。
「この街は、第二基底を元に構成された異世界であり、プロセス実行のため抽象化された仮想空間だ」
私は視線を戻し、しっかりと彼女を見つめて言った。
「それと同時に、少女の願いを叶える"夢の世界"だよ」
彼女は、僅かに苦しげな表情を浮かべて呟く。
「……あの子の…夢を叶えるための……」
「……そして、あの子は住人に育てられている“子供”であると同時に、“母”でもある」
「……え?」
「この街に育まれる命でありながら、同時にこの街の住人を”作った"のも、また彼女だ」
「……そんなことが、あるの?」
私は頷く。
「あるとも。それは矛盾ではなく、循環だ。我々の世界では、“自分自身を産む母”という神話さえある」
「……突拍子がなさすぎて、小説にしてもウケなさそうね」
パムェトナはそう言いながら、掌の上でページを撫でた。私は再び言葉を整え、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「ならば、この時点で当然こう問うべきだろう。……実体を持たぬこの街において、“私”とは誰なのか?」
パムェトナが少しだけ目を伏せ、思索の中で首を傾げた。
「キミたちエモツェは都市構造の要。そして、その他の住人たちがシステムを作り上げる機構であるならば。この私の存在だけが、構造に属していない。街を完成させる衝動もなければ、この街から出る手段を探してすらいる」
「……つまり?」
「私は、招かれた“デバッガー”だ」
静かにそう告げたとき、図書館の高窓から、淡く陽光が差し込んだ。
「おそらく私は、外部からこの街に“取り込まれた”。より正確には、あの少女が私を取り込んだのだろう」
パムェトナの目が、微かに揺れる。
「……意図的に?」
「意図的か無意識かはわからない。だが彼女は、構造を維持するために外部から内部にエネルギーを招き入れる能力を持っている。私の魂とでも言うべき存在が、その力で引き寄せられたのだよ」
「……なぜ、あなた?」
私はわずかに口元を吊り上げた。
「私が優秀だからだよ」
言ってから、一拍置く。パムェトナの反応はない。ただ、眉がわずかに持ち上がった気がした。
「真の専門家に太刀打ちできるとは言わないさ。だが私は、かなり広く知識を収めている。医学、化学、魔道技術、都市工学……この街の成立に関わるほとんどの分野で、一定の造詣はある」
私は視線を窓辺に滑らせ、再びパムェトナに戻す。
「なんらかの原因で、システムにトラブルが生じた。だが、あの子自身、自分がどうすれば“治る”のかがわかっていなかった。……だからオールマイティな対応ができる私を引き寄せた。"バグ"を"病"として仮想空間に投影し、それを私に治療して貰うことで、自らを再起動した」
私はゆっくりと立ち上がり、書架を背にしながら続けた。
「つぎは、"どうすれば私は帰れるか"についてだが……これは簡単な話だ。この街が完成すればいい。
いや……これは違うな…。正確に言うなら、彼女が誕生すればいい」
パムェトナは、黙って書類の束に目を落としながらも、耳だけはこちらを向いていた。
私はそのまま歩みを進め、高窓の光を見た。
「この街で活動している私は、魂の一部が投影された、仮の演者だと考えている。……私の本体は“外”にある。」
パムェトナの手が止まった。
「……投影?」
私はゆっくりと肩を回した。
「そう、いわばこの仮想世界に外部からアクセスしている思考だ。街の完成とともに、私は不要になる」
私は目を伏せ、小さく息をついた。
「この街が統合され動き出せば、その瞬間に私は弾き出される。外に本体のある異物だからな。その後の意識は本来の場所、私の脳で再び稼働を始めるはずだ」
そう答えた時、自分でも気づくほど、口調に迷いはなかった。
彼女はしばらく視線を伏せていたが、やがて呟いた。
「……あなた自身は、それでいいの?」
……パムェトナの問いかけとともに、少女の寝顔が脳裏によぎる。
“せんせい”と呼ばれた声の響き。やわらかな手のひらの感触。……それらが、強く胸を打つ。
そして、スヴェルカの泣き顔、オルローグの慇懃な声。……ラスカヴァの眼差し、インスティナの皮肉めいた笑み、エモシュカの控えめな喜びの表情。それと……ルースカの、あの勝ち誇った笑顔。
――私は、この街でかつてない歓待を受けた。それは、あまりにも私に似つかわしくないものだった。
……正直、場違い感がすごかった。
この“似つかわしくなさ”を分類すると、だいたい三系統に分かれる。
『罪を背負った俺に、過ぎた光など相応しくないのさ』的な、過去に囚われたニヒル系。
『こんな不甲斐ないダメ男に、なんでみんな優しくしてくれるんだ……?」的な、卑屈全開の陰キャ系。
『こ、こういうの……ボク、慣れてないんだ』的なシャイボーイ系。
――私は、誰も文句のつけようのないフルコンプである。
要するに、“好感度のある系ゲーム”で言えば、全ルート最初からバッドエンドフラグ持ちの初期ステータスなのだ。
……にも関わらず、だ。そんな私が、ここでは笑顔と温もりに包まれている。
だからこそ、振り返ってはいけない。そう言い聞かせて、想いを切り落とすように言った。
「構わんよ。役目を終えれば去る。それがパパだ」
パムェトナの手が止まり、ゆっくりとこちらを見た。
「……パパ、というのは?」
「説明しよう。"パパ"とは、命名権と所有欲を携え、無償の愛情を盾に、自らが愛する他者の人生。すなわち娘の人生に、勝手に口を挟む存在だ」
パムェトナの目が細められる。
「それ……迷惑なだけの存在に聞こえるけど…」
私は誇らしげに続けた。
「そんなことはない。パパの役割とは、“娘の物語に登場はするが、あくまでサブキャラでいること”だ」
パムェトナは、眉をわずかにひそめた。
「……つまり、“空気”だと?」
「そうだ。しかし空気には“圧”がある。表舞台には登場せず、背後からひたすら圧をかけ続ける。それが理想のパパだ」
「……やっぱり、害しかないじゃない」
私はうんうんと頷きながら、胸を張った。
「安心したまえ。すでに私は、この街においても理想を体現している。私と出会った住人たちにも、充分な"圧"を掛けた。だからこそ、来訪者として私が最適解だったのだよ」
パムェトナは無言で立ち上がり、背後の書棚に向き直った。その背に、『被害者と規模について、あとで調査が必要ね……』とでも書かれているようだった。
図書館の重厚な天井を見上げながら、私は静かに呟いた。
「ならば、あとは"あの子"が歩き出すのを待つだけだ」
――だが、そのためには、まだ解決すべきことがある。
娘が自らの足で世界に触れ、選び、立ち上がるまで……それを支え促す。それこそが、真の“パパ”の役目だ。
私はまだ、それを果たしていない。
次は、“問題提起編”だ。
――第69景へ……




