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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第59話 上へ流れる報告が変わると、下で生き残る機体の数も変わる

午後に入ると、戦場の空気は朝とはまた別の重さを帯び始めた。


最初の接敵と帰投だけなら、まだ一回きりの出来事として扱える。

だが二度目、三度目と同じ種類の報告が積み上がり始めると、それはもう偶然では済まない。

流れができている隊と、まだ流れきらない隊。

報告を次へ渡せる隊と、自分のところで抱え込んでしまう隊。

その差が、今度は機体の生き残り方と整備の重さに、そのまま出始めていた。


試験棟の机には、午後だけでかなりの枚数の短報が並んでいた。

沿岸第一。

第二。

飛行隊。

受理卓。

艦上。

そのすべてが、別々のようでいて一本の線の上へ並んでいる。


葛城が、新しい報を二枚抜いて榊の前へ置いた。


「見ろ」


榊は一枚目へ目を落とす。


未確認方位報、先行上申。

補助索敵寄せ。

一次報告により暖機開始。

追認後、前進。

帰投後確認により、予定数維持。


二枚目へ目を移す。


一次報告前再確認。

暖機開始遅延。

補助索敵修正遅れ。

帰投後確認記録ばらつき。

再準備対象数、前回比減。


榊はその二枚を見比べ、低く言った。


「もう、途中じゃなく最後に出てますね」


伊集院が腕を組んだまま頷く。


「そうだ。

報告の違いが、準備の違いになり、最後は“残る数”の違いになる」


村瀬少佐も静かに続ける。


「しかもそれが、もう一回や二回の偶然じゃない」


黒川が短く言った。


「癖になった」


その表現が、いちばんしっくりきた。


いい癖がついた隊は、未確認を未確認のまま上げ、準備を止めず、戻った後も次へつなぐ。

悪い癖が残った隊は、未確認を抱え込み、準備を遅らせ、戻った後にまた整備を重くする。


一回の差ではない。

隊の普通が、もう分かれ始めているのだ。



艦上の作戦室では、その差が海図の上に出ていた。


主索敵線は大きく変わらない。

だが補助索敵の寄せ方が、以前より明らかに早い。

未確認方位報が上がってきた時、年かさの参謀も、もういきなり「まとめてからでいい」とは言わなくなっていた。


「未確認方位、また来たか」


その声には相変わらずざらつきがあった。

だが、それだけだった。


若い参謀が答える。


「はい。見張り未了ですが、電探継続あり。前回方位とも近い」


「補助線だけ寄せるか」


「その方がいいと思います」


艦長は海図の前に立ったまま言う。


「主索敵線は維持。補助だけ寄せろ」


命令は短い。

だが、その短さの中にもう迷い方の変化が出ていた。


以前なら、未確認報は“信じるか捨てるか”の二択で扱われていた。

今は違う。

信じ切らない。

だが捨てもしない。

その中間で、どこまで準備を動かすかを決める。


年かさの参謀が、海図へ寄せた補助線を見ながら低く言う。


「結局、報告を早く上げるようになると、判断の段階が増えるな」


若い参謀は頷いた。


「そうです」


「前は、まとめてから上へ出す分、上で悩む段階は少なかった」


「その代わり、時間も少なかった」


艦長はそれを聞きながら短く言った。


「時間のある迷いの方がましだ」


その一言に、室内の何人かがわずかに顔を上げた。


時間のある迷い。

それは、いまの海軍にとって新しい価値観だった。


迷いは消えない。

未確認を扱う以上、迷いは必ず残る。

だが、その迷いを止まっている時に抱えるのか、準備しながら抱えるのかで、戦場の呼吸は大きく変わる。


若い参謀は、榊の顔を知らない。

試験棟で何が行われてきたかも、細かくは知らない。

それでもいま艦上で起きている変化は、確かに同じ方向を向いていた。



沿岸第一監視所では、報告の構えそのものがもう別物になっていた。


若い電探員は、反応が出るたびに深く迷わない。

迷わないのではない。

迷い方が変わったのだ。


前は、上げるかどうかで迷った。

今は、どう付記するかで迷う。


方位。

尾。

直近報。

見張り確認未了。

そこまでが一つの単位になっている。


「方位〇七、一次報告、尾小、見張り確認未了」


記録係が鉛筆を走らせる。

当直士官は即座に言う。


「受理、追認待ち」


見張り員が外から叫ぶ。


「まだ視認なし!」


「継続!」


やり取りは短い。

だが、前のような“いまこの報告を上げるべきか”という沈黙は、ほとんど消えていた。


記録係がぽつりと言う。


「今は、報告したあとで考えてる感じだな」


若い電探員は苦笑した。


「前は、考え終わるまで報告できなかった」


「どっちが楽だ」


少しだけ考えてから、電探員は答えた。


「今の方が怖い」


記録係が意外そうに顔を向ける。


「怖いのか」


「だって、まだ分からないまま渡すから」


「じゃあ前の方がよかったか」


「いや」


若い電探員は、表示から目を離さないまま言った。


「前は、怖い上に遅かった」


その一言で、記録係は何も返さなかった。

もうそれで十分だった。


報告は、完全な安心の上で出すものではない。

不安を抱えたまま、次へ渡すものへ変わり始めている。

そこに慣れることは、たぶん誰にとっても簡単ではない。

それでも、その不安を抱えたまま動ける隊だけが、次に間に合う。



第二監視所では、その変化がまだ途上にあった。


反応。

弱い。

見張り未確認。

電探員は一次報告を口にする。

当直士官は一瞬だけ迷う。

だが、以前のようにそこで完全には止めない。


「……受理。追認待ち」


声は低い。

半拍の遅れも残る。

それでも、前へは流れている。


記録係が紙へ書き込みながら、小さく言った。


「前よりはましだな」


当直士官はその言葉を聞こえないふりで流した。

だが、何も言い返さなかった。


彼自身も、もう気づいているのだろう。

慎重であることと、抱え込むことは違う。

確認を軽くする必要はない。

だが、確認を上げる前に終わらせようとすると、時間だけが落ちる。


その違いを認めることは、この士官にとって敗北感に近いものかもしれない。

過去の成功体験と、これまでの正しさを、自分の中で一度ずらさなければならないからだ。


それでも、半拍遅れでも一次報告を受理するようになったのは大きい。

人が変わる時は、大抵こういうみっともない半歩から始まる。



飛行隊では、報告の変化がそのまま“残る機体の数”へつながっていた。


整備長は戻ってきた機体の横で、若い整備兵へ短く指示を出す。


「先に振れ」

「熱」

「接点」

「書け」


若い整備兵が、今度は迷わず手を動かす。

見たら書く。

後ではなく、その場で埋める。

それだけで、次にどこから見直すかが揃う。


若い中尉が戻った搭乗員から報告を受け取りながら言う。


「入りはどうだった」


「前へ出るのが早かったです」


「遅れは」


「なかった、とは言いません。

でも待たされた感じは薄かった」


飛行長の少佐が横から問う。


「帰りはどうだ」


搭乗員は少しだけ言葉を選ぶ。


「戻る時に、まだ次が残ってる感じがありました」


若い中尉が眉を寄せる。


「次が残ってる感じ?」


「全部を一回で吐き切ってない、というか」


飛行長は小さく頷いた。


「それでいい」


整備長も続ける。


「予備が予備のまま残るのが大きいんです。

最初から全機を回してると、帰ってきた時には全部が少しずつ疲れてる。

今は切れてる分だけ、残り方が違います」


そこへ、新しく来た飛行隊付きの参謀が紙を持って入ってきた。


「作戦室からだ」


若い中尉が受け取る。


「何と」


「未確認方位報を受けた段階で、暖機機の数を先に指定してほしいそうだ」


整備長が目を上げる。


「艦上からか」


「そうだ。

未確認のままでも、こちらが何機まで段階投入できるかを先に知りたいらしい」


飛行長が紙を受け取って読み、わずかに目を細めた。


「……上も変わってきたな」


榊はその場にいない。

それでも、試験棟から現場へ降りた思想が、いま逆に現場から上へ返り始めている。


報告を早く上げる。

その結果、上は“結論”より先に“どこまで動かせるか”を知りたがるようになる。

そうなれば、作戦の形そのものが少しずつ変わる。


若い中尉が紙を置き、低く言う。


「報告が早いと、上も早く迷えるわけですか」


飛行長は短く頷く。


「そうだ。

迷いが消えるわけではない。

だが、迷っている間も準備だけは進められる」


整備長がぼそりと付け足す。


「現場が一番助かるやつです」


その一言は、戦場の本質をよく表していた。



航空機メーカーの会議室では、また別の形で報告の変化が議論になっていた。


設計の技師は、性能向上のための小改修案を前にしている。

生産側の責任者は、歩留まりと整備時間の紙を前にしていた。

軍との連絡窓口の技官は、飛行隊と艦上から来た新しい問い合わせの束を持っている。


「未確認報の段階で、投入可能数の目安を先に出せ、だと?」


設計の技師が言う。


「そんな曖昧な条件で答えられるか」


技官は落ち着いて答える。


「曖昧だから欲しいんです」


「どういう意味だ」


「確報の段階ではもう遅い。

未確認の段階で、暖機までなら何機、前進までなら何機、帰投後再投入までなら何機、そこを先に見たい」


生産側の責任者が頷く。


「つまり、“何機あるか”じゃなく“どこまでなら今すぐ切れるか”の情報が欲しいんですね」


「そうです」


設計の技師は不満そうに言った。


「仕様ではなく、運用の都合ばかりだ」


「戦争が始まればそうなります」


生産側の責任者は即答した。


「しかも、そういう運用上の数字の方が、あとで会社の強さになります」


設計の技師が顔を上げる。


「会社?」


責任者は一瞬だけ黙った。

言い過ぎたかもしれない、という顔をした。

だが、もう引っ込めなかった。


「ええ。

性能表の数字だけ立派でも、現場が揃って動かせない機体は、結局どこかで行き詰まります。

逆に、未確定の時点でも“どこまでなら動かせるか”を即答できる工場は強い。

それは戦争が終わっても変わりません」


会議室は静かになった。


いまはまだ、誰も“戦後”を大っぴらには口にしない。

だが、口にしなくても、その先を考え始めている人間はもう出てきている。


設計の技師は少しだけ目を伏せ、それから低く言った。


「……夢がない」


生産側の責任者は答える。


「夢だけでは、次も飛びません」


それ以上の言葉は要らなかった。



試験棟で榊は、飛行隊から上がってきた新しい問い合わせを読み終えた。


未確認報段階での暖機可能数、前進可能数、再投入見込み数を先行把握したい。


榊は、その文面を前にして小さく笑ってしまった。


葛城が覗き込む。


「何だ」


「いや……本当に上まで変わり始めてるなと思って」


「どういう意味だ」


「前は、確かな報告が欲しかったんです。

いまは違う。

確かでなくてもいいから、次の段階にどこまで入れるかを知りたがってる」


伊集院が腕を組む。


「つまり」


「報告が“何が起きたか”だけじゃなく、“どこまで動けるか”を渡すものになり始めてる」


村瀬少佐が頷く。


「大きいな」


黒川も短く言う。


「そして危うい」


榊はその一言に目を上げた。


黒川は続ける。


「上が早く動けるようになるほど、間違った未確認報の重みも増す。

だからこそ、未確認であることを付ける骨が要る」


その通りだった。


報告が早くなるのはいい。

だが、早くなるだけでは危うい。

未確認を確報の顔で渡せば、上の迷いは一気に誤った方向へ進む。

だからこそ今まで、榊たちは“未確認であることごと上げる”を繰り返してきたのだ。


「結局、まだ骨が要るんですね」


榊がそう言うと、黒川は頷いた。


「戦争が終わるまでな」


その答えは静かだった。

だが、その先まで含んでいるようにも聞こえた。



夜、榊は一人で机の上の短報と問い合わせを並べていた。


未確認方位報。

補助索敵寄せ。

暖機可能数。

前進可能数。

再投入見込み数。


世界が少しずつ変わっている。

それは派手な勝利の形ではない。

報告の形が変わり、迷い方が変わり、上が欲しがる数字が変わる。

その変化の方が、たぶん長く残る。


工場でも同じだ。

何が起きたかだけでなく、どこまで今日中に戻せるか、どれだけ再投入できるか、その数字を即答できる会社は強い。

戦場のための報告が、いつの間にか戦後の会社の骨と同じ形を取り始めている。


榊は紙の端を指で揃えながら、静かに思った。


この戦争の中で変わるのは、戦果だけではない。

報告の意味、迷い方、数字の見方――そういうものの方が、あとまで残るのかもしれない。


遠くで、新しい短報を運ぶ足音がまた聞こえた。

時間はもう止まらない。

だが、その止まらない時間の中で、残る形だけは少しずつ見え始めていた。

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― 新着の感想 ―
面白い…のですが、読んでてくどいなと感じるところが多いです 丁寧に書いていると言えばその通りなのですが、同じ内容を言葉を少し変えて2話連続で続く事が中盤あたりから増えてきているので読んでて混乱すること…
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