表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/71

第52話 同じ失敗を繰り返す隊と、繰り返さなくなった隊

朝が進むにつれて、紙の色が変わっていった。


最初は定時連絡ばかりだった。

次に一次報告が混ざった。

追認が入り、発進準備完了が続き、今度は帰投後確認の紙が重なっていく。


机の上に並んだそれらは、ばらばらの報告ではなかった。

もう一つの流れになり始めていた。


葛城が新しい束を受け取り、ざっと目を通す。

そのまま二枚を抜いて机へ置いた。


「また出た」


伊集院が横から覗き込む。


「どっちだ」


「両方だ」


榊もその紙を受け取った。


片方は、沿岸第一監視所からの続報だった。


一次報告、追認、暖機、発進の流れ維持。

帰投後確認順も定着しつつあり、再出動準備での混乱減少。

記録欄の抜け、前回より減。


もう片方は、第二監視所を経た飛行隊側からの報だった。


一次報告前再確認がなお残る。

暖機開始遅れ。

発進対象の絞り込み遅れ。

帰投後確認も口頭優先で記録不揃い。


榊は二枚を並べたまま、しばらく黙っていた。


同じ失敗が繰り返されている。

そして別の場所では、同じ失敗が少しずつ消え始めている。


「差が固まりつつありますね」


榊がそう言うと、村瀬少佐が頷いた。


「そうだな。単発の成否ではなく、隊の癖になり始めている」


黒川が短く言う。


「いい癖と悪い癖だ」


それは嫌になるほど正確だった。


第一監視所では、一次報告の定型がもう会話の中に埋まっていた。


「方位一二、一次報告、見張り確認未了」

「受理済み」

「追認待ち」


いちいち札を見る者は減っている。

だが札は机の端にまだある。

見なくても言えるようになったからこそ、そこにあること自体が支えになっていた。


若い電探員が、前より少しだけ落ち着いた声で報告を上げる。

記録係は抜けなく欄を埋める。

当直士官は必要な語だけ返す。


完璧ではない。

ときどき言い直しもある。

見張りと噛み合わない瞬間もある。

だが少なくとも、前みたいに「どう言えばいいか」で止まらない。


その差が、紙の抜けに出ていた。


「前より、書き漏らしが減ってるな」


記録係がそう言うと、当直士官は紙を見ずに答えた。


「順番が決まったからだ」


「覚えたからじゃなくて?」


「覚えても、順番がなければ抜ける」


その返しに、記録係は少しだけ笑った。


現場の人間がそういう言葉を自然に口にするようになったのが、榊には妙にうれしかった。


一方、第二監視所では、同じ場面でまた別の空気が流れていた。


反応。

見張り未確認。

弱いが尾は小さい。

直近報もある。


札もある。

定型も配られている。

それでも当直士官は、一瞬だけ考え込んでしまう。


「……もう一度見る」


その一言で、現場の身体が止まる。


若い電探員は、もう何が正しいか分からなくなるわけではない。

一次報告を上げた方が流れとしては正しいことも、頭では分かっている。

だが、当直が止めた時点で、紙より空気の方が強くなる。


記録係は一次報告欄へ手を置きながら、結局そのまま再確認欄へ滑らせた。


見張り員が外から叫ぶ。


「まだ拾えん!」


当直士官は苛立ったように言う。


「焦るな」


焦っているのは、たぶん自分自身の方だった。


この人は無能ではない。

むしろ慎重で、責任感が強い。

だからこそ不確実な一報をそのまま流すことに躊躇がある。


だが、躊躇が流れを殺す。


その構造だけは、もう紙の上に何度も出ていた。


飛行隊でも同じ差が現れ始めていた。


第一監視所側の流れに接続している隊では、段階表がほとんど体に入っている。


一次報告で暖機。

追認で前へ。

上位確認で発進。

帰投後は振れ、熱、接点、電源。


整備長は戻ってきた機体へ寄る前に、すでに次の暖機対象を見ている。

若い中尉も、紙を見なくてもどの段階で何を命じるかが少しずつ揃ってきていた。


「暖機だけ先に入るの、本当に効きますね」


若い中尉がそう言うと、整備長は即答した。


「戻りが違う」


「発進の早さじゃなくて、ですか」


「そこだけ見てると浅い」


整備長は機体表面を指で軽く叩く。


「全部を最初から回さないから、余計な疲れ方が減る。帰ってきた後、次に使える数が残る」


飛行長の少佐も静かに続ける。


「一回勝つためじゃない。次も飛べるためだ」


その言葉に、若い中尉は何も返さなかった。

返さなかったが、否定もしていなかった。


逆に、第二監視所側に引っ張られる隊では、段階表がまだ“紙の上の理屈”に留まっていた。


暖機開始が遅れる。

その分だけ、発進判断が来た時に一気に複数機を前へ出そうとする。

結果、整備も搭乗員も動きが重なる。


帰投後確認でも、確認順より先に口頭の指示が飛ぶ。

整備兵ごとの差がまた顔を出し、記録がばらける。


「……前と同じですね」


榊がその報を見ながら言うと、葛城が頷く。


「同じだな」


「改善が入ってるのに、戻る」


「戻るというより、骨がまだ身についていない」


伊集院が腕を組む。


「だから同じ失敗をまたやる」


村瀬少佐が紙へ指を置いた。


「そして、繰り返すほど“その隊のやり方”として固まる」


それが一番怖かった。


単発の失敗なら修正できる。

だが失敗が隊の空気として固まると、次も同じ場所で止まる。


一方で、流れが通った隊も同じだ。

成功が一度きりではなく、二度三度と残ることで、やがて“その隊の普通”になる。


つまり今は、隊ごとの普通が分かれ始めているのだ。


午後、榊は飛行隊の整備長と向き合っていた。


整備長は試験棟の机へ肘をつかずに立ち、帰投後確認札を見ていた。


「これ、もう一枚足せますか」


「何をです」


「記録の抜け防止です」


榊は少しだけ目を上げる。


整備長は続けた。


「確認順は入った。だが、急いだ時ほど整備兵が“後で書く”をやる。あとで書くと、だいたい抜ける」


伊集院が小さく息を吐く。


「現場だな」


「現場です」


整備長は即答した。


「だから、確認札の下にもう一行だけ欲しい。

“見たら書け”

それだけでいい」


榊は思わず笑いそうになった。


「短いですね」


「短くないと残らんでしょう」


その返しに、榊はもう何も言えなかった。


長い説明より、短い骨。

その思想が、今ではもう現場の方から自然に出てくる。


「書きます」


榊は紙へ短く足した。


見たら書け


整備長はそれを見て頷いた。


「いい」


その一言だけで十分だった。


夜、試験棟の机にはまた比較紙が増えた。


流れが定着しつつある隊


一次報告の定型維持

追認までの停滞減少

帰投後確認順の定着

記録欄の抜け減少


流れがなお不安定な隊


一次報告前再確認残存

暖機開始遅れ

発進対象絞り込み遅れ

帰投後確認記録ばらつき


榊はそれを見ながら、ほんの少しだけ寒気に似たものを覚えた。


差が、もう一目で分かる。

しかもそれは、偶然の差じゃない。

習慣の差、流れの差、隊の普通の差だ。


「残酷ですね」


思わずそう言うと、黒川が短く返した。


「現場はそういうものだ」


「全部、同じ理屈で止まってる」


「そうだ」


「だから全部、同じ理屈で流せるかもしれない」


黒川はそこで初めて、少しだけ榊の方を見た。


「その考え方は捨てるな」


その一言が、妙に深く残った。


同じ失敗を繰り返すなら、同じ流し方を別の場所にも持っていけるかもしれない。

それは戦時だけの話ではない。

もっと先にもつながる考え方だ。


榊は机の上の札と記録を見下ろした。


一次報告。

追認。

暖機。

発進。

帰投後確認。

見たら書け。


派手さはない。

だが、こういう短い骨が残れば、戦争の中だけじゃなく、その先の工場にも、会社にも、きっと残る。


そう思えるようになっている自分が、少しだけ不思議だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ