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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第十三章・風、軋む日

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第百三十話 封印の呼吸

 合同演習から三日後。

 切ノ札(きりのふだ)学園の空気は、どこか落ち着かないものに変わっていた。


 生徒たちは表面上、いつも通りの授業に戻ろうとしている。

 しかし、教師や職員の表情には隠しきれない緊張が浮かんでいた。

 校内の一部区域は立入禁止の札で封鎖され、ⅩⅢ(サーティーン)本部の車両が何度も校門を出入りしている。

 静かな朝の空気の中に、ざらつく不安だけが漂っていた。


 登校してきた一ノ瀬さわらは、その光景を黙って見つめていた。

 髪が冬の風に揺れ、瞳の奥には焦りが滲む。


(どうして……何も分からない)


 胸の中で呟く。

 魔について、結局何一つ掴めていない。

 あれほどの暴走を目にしながら、誰も核心に辿り着けない。

 そのことが、一ノ瀬を焦らせ、苛立たせていた。


(どうしたら……)


 魔を滅ぼしたい――その気持ちは確かにある。

 けれど、どうすればいいのか。

 その手がかりさえ掴めない。

 心の奥に、焦げつくような無力感が広がっていった。


 そんな一ノ瀬の様子を、少し離れた場所から見ている者がいた。

 六澄(むすみ)わかし。

 彼はいつも通り無表情のまま、何も言わず、ただ視線だけで彼女を追っていた。

 感情を見せることはないが、その瞳の奥にはわずかな興味と、冷ややかな観察の光があった。


「さわらちゃん……」


 五戸(いつと)が小さく声をかけた。

 心配げな顔で、一ノ瀬の肩を見つめる。

 だが一ノ瀬は振り返らない。


 鳩絵もまた、スケッチブックを胸に抱いたまま、一ノ瀬の背中をじっと見ていた。

 いつものように軽口を叩くこともできなかった。


 ――一年A組教室。


 いつものざわめきが、どこか遠くに感じる。


「封印局長が調査しているらしい……けどⅩⅢとの連携がうまくいってないとの噂」


 王位が資料を読み上げるように言った。

 その一言で、教室の空気が一気に沈む。


四月(しづき)は何か知らないのか?」


 夜騎士が腕を組み、前の席の少女に尋ねた。

 四月レン。

 彼女は一番前の席に座り、視線を上げることもなく短く答える。


「打つ手がない」


 それだけだった。

 その淡々とした声に、教室全体が言葉を失う。


「魔って、いったい……」


 辻が机に肘をつき、ぽつりと呟いた。


「確かにオレたち、何も知らないよな」


 風悪(ふうお)も同意するように言う。

 彼の言葉には、素朴な疑問と、かすかな恐れが混じっていた。


 ――魔によって暴走した人々は見てきた。

 魔の模倣である存在、“ユイ”の姿も見た。

 けれど、魔そのものを目にした者はいない。


 その不確かさが、余計に不安を煽った。


「オレ、気分悪いから、保健室行ってくる」


 二階堂が立ち上がる。

 表情は青ざめ、額にうっすらと汗が浮かんでいた。


「大丈夫ですか?」


 七乃がすぐに声をかけ、立ち上がって後を追う。

 二人の背中が扉の向こうに消えると、教室に再び静寂が落ちた。


 窓の外では、冬の光が白く差し込み、どこか現実離れしたように眩しかった。

 その光の中で、一ノ瀬はただ拳を握りしめていた。


 何も掴めないまま、日常だけが過ぎていく。

 その“軋み”が、確実に広がっていた。


 暗い地下回廊。

 天井から滴る水音が、一定の間隔で響く。

 湿った空気が肌にまとわりつき、冷気が肺を刺した。


 その闇の中を、ブーツの音だけが一定のリズムで進んでいく。

 ヴェールを纏った封印局長が、ゆっくりと歩みを進めていた。

 背後には、白衣を着た数名の研究員と、封印局直属の警戒兵たち。

 誰も言葉を発せず、ただ緊張だけが空間を支配していた。


「……異常値、まだ続いております。

 魔因子波形、通常値の三倍を記録」


 モニターを覗き込んでいた研究員の声が震える。

 額に汗が滲み、指がわずかに震えていた。


 局長は無言のまま立ち止まり、モニターを一瞥した。

 スクリーンには、血管のように赤く脈打つ波形。

 周期的な震動が続き、まるで“何か”が鼓動しているかのようだった。


 その下に、新たなコードが表示される。


 《−02:成長段階=変質》


「やはり……成長している」


 ヴェールの下から、低く押し殺した声が漏れる。

 局長の唇がかすかに動き、その声は空気よりも冷たかった。


「――“魔”は、学園の異能に寄生を始めた」


 その一言に、背後の警戒兵たちが息を呑む。

 空気がひときわ重くなった。


「上層はこの事実を封鎖したまま動かない。だが、手遅れになる前に動くしかない」


 局長の目が鋭く光る。

 その光は、ヴェール越しでも分かるほどだった。


「ⅩⅢ調査班との合同作戦を、正式に発動せよ」


 冷たい命令が放たれる。

 通信員が即座に通信端末を操作し、上層へと報告を上げた。


 数秒後。

 回線の向こうから返ってきたのは、無機質な音声だった。


「この件は調査班に一任すること。封印局長は介入しないようお願いします」


 その言葉は、冷たい拒絶だった。


「……何?」


 局長の声が低く震える。

 理解が追いつかないというより、信じられなかった。


「何故!」


 ヴェールの下から怒声が響く。

 研究員たちは息を呑み、誰も動けない。


 上は動かない。

 警告を無視し、沈黙で応える。


 焦燥が胸を焼いた。

 封印局長は握りしめた拳を震わせながら、モニターを一瞥する。


 そこには、脈動を続ける波形が映っていた。

 まるで――笑っているように。


 局長は唇を強く噛みしめ、踵を返した。


(……こうなれば、単独で動くしかない)


 コートの裾が翻り、足音が闇に消える。

 ヴェールの奥で、彼女の瞳が鋭く光った。


 封印局長は、すでに決意していた。

 ――上層が動かぬなら、自ら真実を暴くしかない。


 静寂の中、警告音だけが残響のように鳴り続けていた。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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