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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第十三章・風、軋む日

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第百三十一話 封印、巡りゆく日

 二階堂は保健室のベッドに横たわっていた。

 顔色は悪く、呼吸は浅い。

 七乃が心配そうに椅子に腰かけ、額に冷たいタオルを当てていた。


「大丈夫ですか……二階堂くん」


 優しい声。

 しかし、返ってくるのはうわ言のような小さな声だけだった。


 窓の外では、午後の光が静かに傾いていく。

 いつもと変わらぬ切ノ札(きりのふだ)学園の午後。

 だが、その静けさの裏で、異変は静かに始まっていた。


 ――四月(しづき)レンが気づいた。


 教室の窓辺でノートを開いていた彼女は、突如として顔を上げた。

 その瞳の奥に、鋭い閃光が宿る。

 封印局長の動きを、異能の過去視を通じて察知したのだ。


「ダメだ、それでは意味が無い!」


 四月は立ち上がると、机を跳ね飛ばすようにして走り出した。

 椅子が倒れる音が響き、教室中が一瞬で静まり返る。

 稲光の尾が、彼女の足元から走り抜けた。


 雷鳴が微かに響く。

 四月の姿は、もう教室にはなかった。


「どうしたんだ、四月のやつ……」


 夜騎士(よぎし)が呟いた。

 その言葉が終わるよりも早く――世界が止まった。


 空気がひび割れるような音がした。

 光が歪み、校舎全体を覆うように透明な膜が張り巡らされていく。

 封印。


 時間そのものが凍りつき、切ノ札学園が静寂の檻に閉じ込められた。


 ――風悪(ふうお)は夢を見ていた。


 どこか懐かしい電車の中。

 窓の外には何もない。

 灰色の風景だけが延々と続き、空には蠢くような文字の列が流れている。

 意味を持たないはずの記号が、なぜか恐ろしく感じた。


 車両の反対側に、ひとりの人影。

 黒髪の少年――六澄(むすみ)わかし。

 いや、今はその名を持つ存在、“ラウロス”。


「やらかしてくれたもんだ」


 六澄がぽつりと呟いた。

 窓の外を見つめながら、まるで独り言のように。


「やらかした?」


 風悪は理解できず、首を傾げた。

 電車の中には彼ら以外、誰もいない。

 音も、風も、時の流れも、すべてが止まっていた。


「でも、安心しろ。魔には効かない」


 六澄は窓の外を見据えたまま言う。

 その横顔は淡く笑っていたが、どこか楽し気でもあった。


「魔には効かない? なんのことだ」


 風悪は眉をひそめた。

 封印されたことなど、まだ気づいていない。


「すぐに分かる」


 それだけ言うと、六澄の姿がかき消えた。

 電車の窓外が白く光り、音もなく景色が反転する。


 ――そして夢は終わった。


 目を開けた瞬間、風悪は息を呑む。

 世界が――巻き戻っていた。


 校舎の窓から差す光。

 朝のざわめき。

 まるで何も起きなかった日のような光景が広がる。


 一ノ瀬は校庭でⅩⅢ(サーティーン)の調査隊を見つめていた。

 その背後で、五戸(いつと)、六澄、鳩絵が見守っている。


「えっ……」


 風悪は思わず声を上げた。

 心臓が跳ねる。

 この場面を、確かに一度“体験した”記憶があった。


「封印局長が調査しているらしい……けどⅩⅢとの連携がうまくいってないとの噂」


 王位の声。

 その台詞も、聞き覚えがあった。


(……同じだ。これは――朝だ。もう一度、同じ時間を繰り返してる?)


 風悪の思考が凍りつく。


「四月は何か知らないのか?」


 夜騎士が腕を組み、前の席の少女――四月に問いかけた。

 その光景を、風悪は“すでに見た”記憶があった。

 デジャヴ――否、それは確信だった。


「封印局長が魔を学園ごと封印しようとした」


 四月の声が、教室の空気を切り裂くように響いた。


「何だそれ」


 夜騎士が驚きの声を上げる。


「待って、ねえ、何が……」


 風悪は言葉を詰まらせた。

 頭の中で情報が整理できない。

 封印? 学園ごと? 何を言っているのか――理解が追いつかなかった。


「魔は壊せない、殺せない、封印出来ない。

 すれば、ループし元に戻る――それだけだ」


 四月は淡々と告げると、机に手を置き、ゆっくりと立ち上がった。

 その表情には迷いがなかった。


「ループ?」


 辻が首を傾げる。

 だが、その言葉の意味を理解するには時間が必要だった。


「このループに気づけるのは、外の世界と関わりのある者だけだ。

 この世界の人間には、事象を感知できない」


 四月は短くそう言い残し、足早に教室を出ていった。

 雷光の残滓が廊下に薄く残り、彼女の姿はすぐに見えなくなった。


 扉が閉まる音だけが、やけに重く響いた。


「何だそれ……オレらの知らない間にループが起きたってのか?」


 夜騎士が腕を組んだまま、信じられないように言った。

 その顔には、焦りと困惑が入り混じっている。


 教室の中に沈黙が落ちる。

 その沈黙を破ったのは、いつものように軽い声――


「オレ、気分悪いから、保健室行ってくる」


 二階堂が椅子を引いて立ち上がった。

 表情は青ざめ、額にはうっすらと汗。

 彼の声は掠れていた。


「大丈夫ですか?」


 七乃がすぐに駆け寄り、彼の肩を支える。

 二人はそのまま教室を出て行った。

 扉が閉まる音が響き、また静寂。


 ――その静寂を破ったのは、風悪だった。


「ループしてる……」


 低く呟く声。

 風悪の瞳がわずかに揺れていた。


「二階堂が保健室に行ったのも見た……」


 その言葉に、教室の一同が一斉に息を呑む。

 黒八(くろや)が目を見開き、驚きを隠せずに言った。


「風悪君は……外から来た存在だから分かるということですね」


 その声にはわずかな震えがあった。

 彼女もまた、状況を理解しようとしていた。


「四月も、本体が外にあるって言ってたから、多分それで──」


 風悪が補足する。

 自分の言葉を口にしながら、心の奥で嫌な確信が広がっていった。


「待って、封印局長が封印したからループしたんだよね?」


 王位が机の上で手を組み、静かに言う。

 その声音は冷静で、どこか祈るようでもあった。


「四月は言った。魔を学園ごと封印したって……それは」


 王位の目が細められる。

 何かを悟ったような表情。


 その瞬間、風悪の胸が締めつけられた。

 思い出したくなかった記憶――宿泊研修の夜。


 そのときから、風悪は薄々感じていた。

 この学園の中に、魔が潜んでいると。

 だが、自分でも認めたくなかった。

 認めてしまえば、日常が壊れるから。


 けれど、もう否定はできなかった。


「魔が……この学園に居る」


 辻が静かに言った。

 その言葉が空気を震わせる。


 誰も動けなかった。

 風の音さえ止まったかのように、教室は沈黙に包まれた。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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