〈7〉
クロさんがわたしのためにブチッてくれた鱗も貯まりに貯まって百枚目。百日目。
わたしはふたりの竜に囲まれて、のんきに歌っていた。
即興で歌うのは、毎日のよーにクロさんから「鳴いてみよ」と催促されるので慣れた。近頃はクロさん印ウォーターやごはんをもらう時とか、散歩に連れてってもらった時とか、折り折りに自ら感謝ソングを歌うくらい開き直ってる。
「クロさん、クロさん。今日は友だち呼んできたー。クロさん、クロさん。今日は朝からうっきうきー。クロさん、ルリさん、仲良しさーん」
「……あら…………」
ルリさんってのは新顔の瑠璃色な竜さんのこと。クロさんよりちょっと大きいかも。すばらしく美しい青色をしている。おんなのひとっぽい。
クロさんについて入ってきて、わたしを見つけて暫しかたまった後、爆笑してた。もちろん、クロさんと同じくアタマに響くあの聲で。
鼻息はそんなに荒くなかったのが不思議。
「いやぁねえ……。相変わらず変なコ。なにをはじめたかと思えば」
呆れたような聲だった。ルリさんのがおねーさんなのかな?
変な、と言われても気にも止めず、クロさんは余裕でわたしに言い付けてくる。
「ミキ。歌うてみよ」
そんなわけで歌ったのが先ほどのあれ。
ルリさんにもウケはよく、うっとりほのぼのした空気がただよう。懐柔できたと見て、クロさんは満足そうだ。
しかし、おねーさんっぽいルリさんは甘くはなかった。しっかりと突っ込んでくる。
「その星石、このおチビちゃんのものなのね」
ルリさんに指摘されて、クロさんが若干慌てる気配。
「いや、それはその」
「異世界人だから、うっかりしたのね」
「……そうだ」
「それじゃあ、面倒見てあげるしかないわねえ」
「うむ。それにな、ほれこの通り、実に愛らしい声をしておってな」
「そうね。それはいいんだけど。ここは魔力が濃すぎて、ヒトが住むには向いてないんじゃない」
「大丈夫だ。これが健やかに過ごせるよう、ちゃんと考えておる」
「秘訣でもあるの?」
「うむ。毎日、我の血を与えていてな」
「えっ――」
急にルリさんの聲が聞こえなくなった。クロさんにだけ伝えたいことのようだ。
竜の血とか貴重っぽいもんなー。
ニンゲンのわたしなんかに上げちゃダメなんだろなー。
過保護すぎるとか、迂闊すぎるとか。そういう理由で怒られてんだろうなあ。
ふたりが思念で話し合いをしてる間、わたしは手持ちぶさたに待っていた。変わり者クロさんの旗色がよくない。だんだんとしょんぼりしはじめてる。
――気分転換、行きますか!
「クロさん、クロさん、クーロさーん」
勝手につけたあだ名を呼べば、クロさんは目を細めて、こちらを向いてくれた。
「おお。よしよし。怖がらずともよいぞ。我はそなたを手放すつもりはない。瑠璃の者も、別段そなたを嫌うてはおらぬのだ。ただ、その、我の為すことが度外れているのではないかと、些か危ぶんでおるだけだ」
そりゃそうだね。たまには戦ったりすることもある生き物に、何も血を与えて元気にさせなくっても、ってことでしょう。竜の血、ものすごい回復力と強壮効果があるっぽいし。わたしの怪我の回復スピード半端なかったし、こんなだだっ広い洞窟で暮らしてても風邪ひとつ引かないし。
ルリさんがため息を吐くような聲を響かせた。
「……ヒト本人だって納得してるのに」
「ぬ。しかし与えねば助からなかった。今も、断てば弱ってしまう。あの愛らしい鳴き声が聞けなくなってしまうのだぞ。惜しかろう」
「はいはい。たしかにもったいないわ。お好きになさい。あなたらしいわ、ヒトを飼うなんて」
ルリさんに直言されてズガーンと衝撃がはしった。
わたしは鈍かった。第三者から言われてやっと気づいた。前々から、この状況を言い表す、しっくりくる言葉があるような気がしてたんだ。
飼ってる。
それだよ、それそれ。それですよ。喉につかえてた小骨がとれた気分だった。晴れ晴れ。
「ペット扱い。まさに。そんなカンジ、そんなカンジ」
独り言つぶやきながら、頷いてた。どうでもいいことをしゃべってるだけなのに、竜のひとたちにはうけて、ほんわかされた。
「……癒されるわねえ」
「気に入ったか、瑠璃の」
「ええ。たまに鳴き声を聞きにきてもいいかしら」
「……たまにではなく、毎日聞きたくはないか」
「毎日? どういう意味? プレゼントしてくれるの?」
えっ。
「いやいやいや……、それは無理だ。いくら瑠璃の者の願いでも、我はこれの真名を知る立場ゆえ。手放すことはできぬ」
「でしょうね」
「……………からかわれたか」
「あなたって懲りないわよね」
「瑠璃のはいつもいけずだ」
「あら、おイヤかしら」
「ぬ……、そのようなお茶目なところも好いておるに決まっておろう」
「ありがとう」
「だから、瑠璃の。ともに暮そう。ここで。今なら毎日あれの歌が聞けるぞ」
ちょwクロさんwww
つい草をはやしてしまった。
いやだってwwwプロポーズの材料にされるとかwwないからwww
「あのおチビちゃんが立派になって」
「瑠璃の……」
「いいわよ」
「……からかってないか」
脳内でクロさんが幼い子ども姿で再現された。上目遣いでじいっと見られる。うう。いじましくてキュンキュンしちゃうね。
「ええ、もちろん。これから毎日、からかってあげるわ」
「……どうもありがとう」
「ねえ。あなたはむかしから変わってたわよねぇ。小さな頃はこれでやっていけるのかとひやひやしてたものよ。でもこうして立派な成竜になって、こんな小さな生き物をちゃんと護れるなんて。正直すごいと思う。このコはあなたによく懐いてるし、毛艶もよくて、とっても健康的だわ」
ルリさんに誉められて気を好くしたクロさんはえへんと胸を張っている。竜も胸を張るのか。そうか。
「ほんとにあなたって……素敵よ。他の誰ともちがっていて」
ふたりの竜は鼻先を押しあてあって。もしかしてちゅっちゅしてるカンジ? にゃっはっはっ。らぶらぶモードなのは間違いない。
どうしよう。お邪魔虫っぽい。でも外に行ったりはできないし……。
照れくさい気分でもじもじしてたら、ふたりに笑われた。
「よいよい。そなたはありのままにしておれ」
そう言って頂けたので、とりあえず隅っこのわたしゾーンに移動した。ふたりの邪魔をしないよう、しずかに趣味の手芸でもしてようと思う。
なんで手芸、って感じだけど、退屈や気をまぎらわすために始めてみたのだ。あんまり何もすることがないので。森で拾ってきたいろんな材料をつかって、むやみにオブジェやら飾りやらを造っている。
いつかクロさんの鱗をつかった装飾品でも造れたらいいな。せっかく千切ってくれたんだし。大事に使いたいから、もっと上手になって、いいアイディアが湧いたら。
わたしがごそごそやってる間、クロさんとルリさんはなにをするでもなく並んでのんびりしてた。思念でおしゃべりはしてるのかもしれない。
いいなぁ。仲良しで。
寄り添うクロさんたちを見てたら、しみじみしてきた。
いつかわたしも……っていうのは無いんだよね。ここにいる限り。わたしはクロさんに真名を教えちゃったから、よそへは行けない。もし許しをもらって出掛けてみたとしても、この世界の人間のところへ行ったら何とかなるって保証も無くて。
……いまさら、クロさんと離れるのも、さみしいしなあ。
このままだと一生結婚もできずに死ぬまで洞窟暮らし。
さみしいし、物足りなさはある。
ペットとしてはよくある生活だよね。繁殖させないで飼う方が一般的だもん。
……うわあ。
繁殖させよう!なんて、クロさんが考えなくてよかった。張り切って適当なオトコとか攫ってこられたら、困ったどころじゃなかったよ。わたしのせいでそんなことになったら、気まず過ぎるし、誰が来ても仲良くなれるなんて思えないし。
そう考えると、ペットって大変だよなあ。
いまは、一生独身だろうが何だろうが、安全が確保されただけ有り難く思おう。
などと、己の立場を噛み締めた百日目のこと。
「ひゃくにちめ~竜のペットになりまして~」というタイトルにしようかと思ったけど出オチどころじゃないのでやめました。
クロさんがニンゲンに化けたのは、恋愛フラグではなく、武士のナサケというか。
どくしゃのひとがどこかでもえれないとつらいのでは
っていう最後の良心? 理性? と。
さすがに竜のままでは介抱できないだろうっていう理屈からです。
逆に「期待させおって!!」ってぺしぺしされそうな気もします。
それはないですか。だいじょうぶですか。そうですか。