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第23話 攫われたのは陸だった

 

「リク……」



 リリが険しい表情で陸の名前を呟く。


 そこに、早乙女の運転する車が静かに近づいて停車した。


 リリの様子が少しおかしい事に気付いた早乙女が、運転席から出てくる。



「リリさん。どうかしましたか?」



 リリは早乙女の方に振り返る。


 早乙女はその瞬間、身体中の毛穴が閉じるような気配を感じた。


 思わず、その場から一歩下がってしまう。



 其処へさらに麗華と詩織が駆けつけてきた。



「リリさんっ」



 麗華が、リリと早乙女のただならぬ雰囲気を感じて話し掛ける。



「何かあったのですか?」



 リリは麗華に振り返ると短く言った。



「リクが拉致された」


「「え、ええっ!?」」



 麗華と詩織の悲鳴にも似た声が上がる。



「陸が……何故……」


「多分標的はあたし。でも途中で標的を変えた」



 リリは再び陸が連れ去られた方向を見る。



「すぐに追いかけましょうっ!! 早乙女、車をっ!!」


「駄目っ」



 麗華の言葉をリリが遮る。



「何故ですのっ!! 陸が攫われたのでしょう? 早く追いかけなければっ!!」


「相手は大型の四駆だった……最初から車をぶつけるつもりだった」



「それがどうしたと云うんですのっ」


「車のぶつけ合いをしても、向こうが目的を達成できるように大型の四駆を用意した……この車では、ぶつけ合いに勝てない」



 リリが少し悔しそうに九条の家の車を指さす。



「そんな……じゃあ、陸は?」


「男が言った……『後で連絡する』……と」


「……」



 麗華が黙り込む。



「連絡を待つしかない……」


「そのようですね……悔しいですが……」


「麗華ちゃん……」



 詩織が心配そうに麗華に声を掛ける。



「大丈夫ですわ……早乙女、家に戻ります。お母さまに連絡を」



 早乙女は小さく一礼すると、運転席に戻る。


 リリは自分でドアを開け、先に車に乗り込む。



「詩織、貴女は大丈夫だと思うけど、十分に注意するのよ」


「うん。分かってるよ、麗華ちゃん」


「家に着いたら連絡しなさい。安全確認を密にしましょう」



 詩織が大きく頷く。


 それを確認した後、麗華も車に乗り込み、ドアを閉める。


 麗華とリリを乗せた車が静かに発進するのだった。


 ■冷たい炎


 早乙女の運転する車の車内。


 麗華とリリの会話は無かった。


 リリは車窓を見つめている。


 いっぽう、麗華も顎の先に指を当てて何事かを考えている。


 暫くすると、早乙女が前を向きながら麗華に声を掛ける。



「お嬢様。綾香様に連絡がつきました。そちらに回します」



 車内のスピーカーから、綾香の声が聞こえる。



『早乙女から大まかな話は聞いております。まずはすぐお屋敷に戻っていらっしゃい。お話は、それからゆっくり聞かせてもらいますえ』


「わかりました……」



 麗華は話したい事がいっぱいあった筈なのに、綾香の声を聴いた途端、何を言っていいか分からなくなったのだ。



『大丈夫どすえ。心配せんでもよろし。悪いようにはしまへん』


「お母さま……」



 その後、二言三言、会話してから通話が切れる。


 麗華はふと横に座る少女を見る。


 車窓の向こうを見ている少女の目は何も見ておらず、瞳には冷たい炎が浮かんでいた。


 ◆


 北条の運転する大型の四駆が、繁華街の地下駐車場に入ってきた。


 柱に記載されている記号を目印に車を進めると。目的の場所に下落合クリーニングサービスのワンボックスの姿があった。



 北条はその車を通り過ぎて、少し離れた所に車を止める。


 そして運転席から、リアのスペースに移動して、倒れている陸の襟首を掴み上げる。



「おい、動けるか……下手な真似はするなよ」



 そう言って床に転がっていたガムテープを手に取る。


 そしてガムテープで陸の口を塞ぐように、グルグルとガムテープを巻き付けていく。



 更に両手を背中側に捻り上げると、両方の手首をガムテープで同じようにグルグル巻きにする。


 北条は再び運転席に戻ると、ドアを開けて車外に出る。


 急ぎ足で、下落合クリーニングサービスの車に近づく。


 運転席には斑目が座っていた。



「首尾通りいった?」


「少し計画変更です……例の女は拉致できませんでしたが、関係する男を捕まえてきました」



「男?」


「はい。どうも例の女の知り合いのようです。こいつを餌におびき出そうかなと…‥」


「まあ、北条君がそう判断したんなら、そうしようか」



 そう言って斑目が親指で助手席を指さす。


 北条は助手席に回ると、車の中に乗り込む。



「倉庫に連れて行くか……」


「そうですね……少し聞きたい事もありますから」



 斑目は頷いて見せると、Dレンジにセレクタを切り替える。


 車がゆっくり発進して、北条の乗ってきた四駆の前に停車する。


 斑目と北条が素早く車を降りると、斑目は自分の車のリアハッチを、北条は四駆のリアハッチを開ける。



 北条が転がっている陸を掴んで、荷物のように引っ張り出す。


 そしてそのまま陸を抱えると、斑目の車のカーゴ室に陸を放り込む。



 バンッ



 すぐに扉が閉められる。


 北条と班目は素早く周囲を確認すると、再び車に乗り込む。



「一応、監視カメラの死角にはなっているけど、念には念を入れないとね」



 そして車はゆっくりと、地下駐車場の出口に向かうのだった。


 ◆


 早乙女の運転する車が九条邸に戻ってきた。


 車が停車すると、麗華は自らドアを開けて車外に出る。


 リリもそれに続いて車外へ。


 二人は急ぎ足で、綾香の元に向かう。



「お母さまは?」



 麗華がメイドの一人に声を掛ける。



「奥方様は、事務所の方でお待ちです」


「……事務所……わかったわ」



 麗華は本宅から少し離れた場所にある、事務棟の一室に向かう。



「リリさん、こちらですわ」



 麗華は自分の不安を誤魔化すように、リリを誘うのだった。


 ◆


 九条家の敷地内にある事務棟。


 九条家が行っている業務は多岐に渡るが、全ては此処で一元管理されている。



 政治家や経済界の人間も、九条家を訪れる人間は、大抵は此処に案内される。


 そんな事務棟にある『事務所』。


 問題事や面倒事が発生した時に使用される、極めてセキュリティの高い一室。


 そこには既に綾香の姿があった。



「お帰りなさい。思うたより早う戻ってきはったんやね」



 綾香が麗華に声を掛ける。


 部屋の中には大きな事務机と、それを囲むように椅子が数脚用意されていた。


 綾香は手の動きだけで二人に座るように指示する。



 リリは素早く視線を四方に動かし、この部屋がただの部屋ではない事に気付く。


 監視カメラ。


 防弾ガラス。


 テンキー式のドアロック。


 そして音の響き方。



「(……ウチの会議室に似ている……)」



 リリはアメリカの支部の一室を思い浮かべる。


 そんなリリを見つめる綾香と視線が合う。



 リリの警戒心が急上昇する。


 綾香は表情を緩ませる。



「そないに警戒せんでもよろしえ。確かにこの部屋は少ぅし特殊やけど……よう気付きはりましたなぁ」



 麗華が椅子に座り、リリも警戒しながら椅子に座る。



「さて、何があったんか聞かせてもらえますやろか。慌てんでもよろし、お話はゆっくりで構いまへんえ」



 リリは静かに頷くのだった。


 ◆


 下落合クリーニングサービスのワンボックスの車内。


 荷室に放り込まれた陸は、激しい車の振動で意識を取り戻した。



「(っ!!)」



 そして体を動かそうとして、まったく自由が利かない状況に驚く。



「うぐぐぐっ」



 声を出そうとしても、ガムテープで口が塞がれていて言葉を発することができない。



「(……ガムテープで拘束されている?)」



 陸は段々と自分の置かれている状況を理解する。



「(……リリを襲っていた男にやられたのか……)」



 陸の腹部に鈍い痛みが蘇る。



「(そうだ……腹に膝蹴りを食らって……そのまま意識を失ったのか)」



 その間にも車は走り続けている。


 サスペンションがヘタっているのか、道路の段差で激しく車体が上下する。


 そして床に陸の身体が叩きつけられる。



「(痛っ!!)」



 左の脇腹から胸にかけて、酷い痛みが走る。



「(アイツに殴られたところだ……くそ、息を吸うたびに痛む……)」



 それでも陸は懸命に冷静になろうとする。



「(こいつらの目的がリリだとして……理由が分からない……でも、此処にリリがいないのなら、リリは無事だったんだろうな)」



 陸はこれから自分に訪れる事よりも先に、リリの心配をするのだった。



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