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第57話 ラズロのけじめ

ラズロ視点です

俺は、弾むような、でもそのたびに痛むような胸を抱いて、友人の結界を越えた。

古い付き合いの友人も、今日俺が何をしに来たのかは、きっと気がついてる。


古い友人であるフォルが結婚をして1ヶ月。

さすがにそろそろ、けじめをつけないといけないだろう。

自分の為に、友のために。


玄関のドア横に置いてあるベルを鳴らして少し待つと、ラピスちゃんが顔を出した。


やっぱり、可愛い。

小さくて華奢な身体も、ラズロさん、と自分を呼ぶ声も。

以前に比べてどこか艶めいて見えるのは、やっぱり新婚だからなのか。

これみよがしに首につけられた赤い跡に、グッ、と胸が苦しくなる。



「えっと、今、しし…フォルいないんですけど、なんか入っててもらえって」


「うん。アイツがいないことは知ってる。とりあえず、入っていい?」


「あ、すいません。どうぞ」



勝手知ったる家の中を歩いて、いつも通される談話室へ向かう。

その後を、ラピスちゃんがちょこちょこと歩いてついてくる。


小動物か何かかな!

すごいかわいいんだけど!


そうだ。

フォルの横で初めて見たときから、この子は可愛かった。

一発で胸を撃ち抜かれた。

好みのタイプど真ん中だった。


俺は、高魔力保持者だ。

人生の中で愛せる人は一人だけ。

そのたった一人は、友人の愛する人でもあり、異世界の女の子でもあった。


フォルがどうにかコンタクトを取れないかと試行錯誤しているのは知っていたし、協力だってした。

どうしてもコンタクトはとれなくて、フォルが向こうの世界に行こうかと考えていると聞かされたときは、俺も一緒についていくつもりだった。


でも、俺たちが行くより先に、彼女はこの世界に召喚された。

召喚したのは、他でもない友人。

王からの依頼だったけど、そんなこと、俺にもヤツにも関係なかった。

ルドから、フォルが彼女を囲いこんだと聞いて、俺はいてもたってもいられずに、ルドと一緒にこの家を訪れた。


今でもはっきりと思い出せる。



『いらっしゃいませ、ご主人様!』



フォルのイタズラで、メイドみたいな真似をさせられていたのは、紛れもない彼女で、初めて生身の彼女に触れたときは、心臓が止まるかと思った。


俺は、見た目のゴツさで避けられることが多いから、少しでも厳つさを軽減したくて女言葉なんて使ってる。結果としては、気持ち悪がられて避けられることの方が多い。

それはそれで傷ついたけど、元々可愛いものも好きだし、もうこの路線で行くと決めている。

ラピスちゃんはどう思うかなって少し不安だったけど、彼女の反応は、いい意味で普通だった。

お茶にするかコーヒーにするかを聞くみたいに、心も女性なのかと聞かれたけど、それだけ。

そんな彼女のことが、やっぱり好きだと思った。


ラピスちゃんが、フォルに惹かれていることは、傍から見ていてもすぐにわかった。

フォルだってベタベタに甘やかしているのに、ラピスちゃんはフォルの気持ちがわからなくて不安そうで、もしかしたら、そこに俺のつけいる隙がないかなって、そんなことも思った。

もちろん、そんな隙なんてなかったんだけど、少しでいいから、俺にも蕩けた顔を見せてほしくて、こっそりお酒を飲ませたことも、何回かある。



「どうしたんですか?ラズロさん」



ラピスちゃんの声に、俺は長い回想から引き戻された。



「んーん。ちょっと、昔のことを思い出してただけ」



答えて、フォルの使い魔が淹れてくれたお茶に口をつける。



「アタシね、ラピスちゃん。しばらく、旅に出ようかと思ってるのよ」



それは、前々からずっと考えていたこと。

二人を見ているのは辛いから。



「旅、ですか?他の国とか行くんですか?」


「そうねぇ。この機会に世界一周とかしてみようかしらね」


「世界一周って……じゃあ、これからはあんまり会えなくなるんですか?」



ラピスちゃんの表情が翳る。

ああ、俺に会えなくなることを寂しがってくれてるんだなって、浮かび上がる期待を、心の中に押し込める。



「やぁねぇ、ラピスちゃん。アタシたちは魔法使いよ?会いたくなればいつだって転移魔法でここに来るわよ」


「そっか。そうですよね」



安心したようなラピスちゃん。

これから、こんな彼女に真実を伝えるのは、胸が痛む。

想いを伝えたいと思ったのは、完全に俺のエゴ。

優しい彼女ならきっと、俺に気を遣うだろう。

でも大丈夫。

対策はしっかり取ってある。

だから。

伝えさせて。



「俺ね、ラピスちゃん」



ラピスちゃんがキョトンとした顔をする。



「ラピスちゃんのことが好きだよ。一人の女性として。ラピスちゃんがこっちに来る前、元の世界にいる時、フォルの映像魔法で見てるときから、ずっと好きだった。ラピスちゃんがフォルのことを好きだってわかってても、結婚しても、それでも好きだよ。ごめんね。抑えきれないんだ」



ラピスちゃんの表情が固まる。

すっ、と青ざめた彼女に、罪悪感で潰されそうなる。

ラピスちゃんは、俺が高魔力保持者だって知ってるから、俺が好きだという意味を、ちゃんと理解してる。



「ラピスちゃんにそんな顔させたくなくて、今まで言えなかったけど、一度くらい、伝えておきたかったんだ」


「わた、し……知らなくて……」


「うん。わかってる。それに、俺の気持ちは、フォルも知ってる。その上で、俺が次に進めるように、アイツはこの時間をくれた」



「次に進む」なんて、無理だ。

「次」なんてないから。

ラピスちゃんに対するみたいな気持ちは、他の誰にも抱けない。

他の女性に目を向けるなんて、無理だ。

それは、高魔力保持者として生まれてしまったものの運命。

でも、ラピスちゃんを苦しめたくはないから。



「そこで、ジャーン!この薬」



俺は亜空間魔法で仕舞っていた小瓶を取り出す。



「俺が何十年もかけて研究して開発した薬なんだけどね。なんと、恋心を消せるんだ」


「恋心を、消す?でもそんなことして、何か副作用とか……」


「そんなに心配しなくても大丈夫。なんていうのかな。言うなれば、好意のボーダーを上げるっていうか、好きって気持ちは持ってても、『特別好き』まではいかないようにするだけ。だから、心配しなくても大丈夫だよ」



不安そうなラピスちゃんに、片目を瞑って見せる。



「最後にこれだけは聞かせて。ラピスちゃん、フォルのこと好き?結婚して幸せ?」



ラピスちゃんは、目に涙を浮かべながらも頷いた。



「私は、フォルのことが好きです。結婚して、幸せです」


「そっか。よかった」



俺は小瓶の栓を開けて、クイッと中身を飲み干した。

目を閉じたまま10数えて、ゆっくり深呼吸をする。

目を開けると、不安そうなラピスちゃんがこちらを見ていた。



「うん。なんだろう、さっぱりした感じ?気持ちが落ち着いた。これで、アタシとラピスちゃんは、これからもお友達よ」



笑顔をむければ、ラピスちゃんもホッとしたように笑った。



「じゃ、用は済んだから、アタシは帰るわね。旅先から素敵なお土産でも送るわ」


「はい、楽しみにしてますね」



フォルの家を出て、森の中を歩いていたら、結界ギリギリのところで、フォルが立っていた。



「気は済んだか?」


「ええ。スッキリよ」


「『恋心を消す薬』か。いいもん作ってくれて、ありがとな」



フォルにヒラヒラと手を振って、結界の外に出る。

そこから自分の家まで転移した瞬間、涙がこぼれ落ちた。


苦しい。

胸が苦しい。


『恋心を消す薬』なんて、嘘だ。

ラピスちゃんの前で飲んだのは、ただの魔力回復薬。

フォルだって、そのことは気がついてる。

でも、こうでもしないと、優しいあの子はずっと俺のことを気にかけるから。

本当に、二度と会えなくなってしまうから。

『友達』でいる為にはこうするしかなかった。


リビングのソファにドサッと腰掛けると、テーブルに見覚えのない酒瓶が置いてあった。

触れれば、微かにルドの魔力の残滓を感じる。



「こんないい酒寄越しちゃって」



俺は酒瓶の栓を開けて、直接口をつけると一気に煽った。


次に会うときは何でもない顔で会うから。

だから今日だけは、君への想いに浸らせて。

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