第55話 師匠の回想 6
年末。
終月の最終日。
俺は、今日こそラピスに真実を話そうと心に決めていた。
話すなら、夜だ。
昼間はさすがに、ルージュもアミュも起きているし、年末はやることも多いから、話す暇もない。
俺の部屋の片付けの手伝いに来たラピスに、話したいことがあるから、夜になったら部屋に来るよう伝えた。
正直、嫌われるんじゃないかと怖い。
もしくは、恨まれるんじゃないかと。
でも、もしラピスがすべてを知っても俺のそばにいたいと思ってくれるなら、その時には結婚を申し込もうと思っていた。
そして夜。
ルージュは何か察しているみたいで、何も言わないのに、今夜は早く寝ると宣言した。
アミュは幼児並みなので、ベッドに入ったらすぐに寝るだろう。
トントン、と軽いノックの音がして、俺は唾を飲み込んでドアを開けた。
少し緊張した面持ちのラピス。
そういう俺も、ものすごく緊張している。
ラピスをソファに座らせると、俺は順を追って話し始めた。
まず、ラピスは俺が不老不死だとは知らない。
その説明からだ。
そして、俺が魂の片割れを探すために、異次元や異世界を覗き始めたこと。
ラピスを見つけた瞬間、魂の片割れだと気がついたこと。一目惚れしたことは濁しておく。
ラピスを見つけてから、ずっと見守ってきたことを話すと、ラピスはギョッとした顔をする。
「一日中?毎日?」
かなりドン引きしているのがわかったので、その辺は誤魔化した。
暇さえあれば見ていたなんて、言えない。
本当は、ラピスの裸だって見たことあるし、もっと際どい場面も見たことある。
でも、それだけは絶対に言ってはいけないと思ったので、そこは嘘をついた。
見守るだけのつもりだったこと。
思いが募って、自分がラピスの世界へ行こうと考えたこと。
それが無理だとわかったときに、国王からの依頼があったこと。
他の誰の為でもない、自分の為だけに、ラピスを元の世界から切り離してこちらへ喚んだこと。
「お前は、俺を責めていい。お前にはその資格がある。どうしても、元の世界には還してやれねぇが、ここを出て、ルドの屋敷に行ったっていいし、ラズのところへ行ったっていい。お前がどこにいても、俺はお前を守る」
「……それは、罪悪感からですか?」
「違う。ただ、お前を守るのは俺でありたいっていうただのワガママだ」
たとえ、ラピスが俺のそば以外を望んだとしても、守るのは自分だけでいたいというわがまま。
「師匠は、私を召喚したことを、後悔してますか?」
「すまん。それでも俺は、後悔してない。お前がこっちの世界に来て、本当に嬉しかったんだ。自分勝手で、本当に悪い」
「意外とおバカさんなんですねぇ、師匠は」
ラピスは、ふぅっと息を吐いた。
確かに、俺は、ラピスをこっちに喚んでから、後悔をしたことは一度もない。
ただ、毎日が幸せだった。
ラピスは俺のことを好きだと言ってくれたけど、ラピスの幸せを本当に考えていたかと言われれば、即答はできない。
なのに、ラピスは優しい目で言った。
「師匠。私は、前の世界に帰れないと分かったときから、もうこの世界で一生暮らす覚悟を決めてたんですよ?未練がないって言えば嘘になります。でも、手段がないのならいつまでもウジウジしてたって仕方ないし、それに、私にはもう帰る世界すらないじゃないですか」
その通りだ。
ラピスをこっちに喚んだ弊害で、向こうの世界は帳尻を合わせるために、ラピスが最初からいなかった、という世界線に変わった。
ラピスの戻る場所はない。
「私は、一生のうち一人しか好きになれない相手が師匠でよかったと思ってるし、なんなら師匠に会うためにこの世界に来たってくらいには思ってます。前の世界にいたままなら、きっと私は生涯おひとり様だったでしょうね。ねぇ、師匠。今更、他の人のとこへ行けなんて、言わないでくださいよ。私は、もう師匠が大好きで、これから先も師匠以外好きにならないのに」
「おひとり様、か。そう言えば、元の世界ではお前、結構おひとり様だったよな。友達や同僚と飯食いに行ったりもあんまりなかったし」
ラピスがあまりにも簡単に言うものだから、俺も少し軽口を叩く余裕が出た。
「そのことは、もういいじゃないですか。だいたい、師匠は忘れてるみたいだけど、ずっとそばにいればいいって言ってくれたの、師匠ですよ。まさか忘れちゃったんですか?」
ちょっと唇を尖らせて文句を言うラピスは、本当にかわいい。
「覚えてるよ。忘れるわけねぇだろ。お前とのことは、全部覚えてる」
初めて見つけた日から、今日まで。
ラピスに関することは全部覚えている。
ストーカーな大魔法使い舐めんな。
「あ、でも。師匠は不老不死なんですよね?で、私やルドルフさんたちは不老長寿。ってことは、師匠に万が一のことがない限り、私たちは師匠を置いて逝ってしまうってことですか?」
「まあ、そうだな。見送るのも慣れてきたが……お前だけは別だ。前世みたいにお前に先立たれるのは辛いし、耐えられねえ。だが、それについては対策済みだ」
俺、試験問題を前にしたみたいに、軽く言ってのけた。
「対策済みとは?」
「あー……っとだな。俺と結婚して、その……俺の魔力の篭った、たっ、体液をお前の身体の中に注げば……」
つまり、男女の営みをすれば、という事なのだが、それをそのまま言うのはやはり恥ずかしい。
俺の言葉でどういう意味か悟ったらしいラピスも、顔が赤くなっている。
話を変えるように、ラピスは尋ねた。
「えと……私って、このままだとあとどれくらい生きるんですか?」
「一概には言えねぇが、高魔力保持者の平均寿命は、だいたい250歳前後だな。お前はまだ20年ちょいしか生きてねえから、あと200年はヨユー」
200年。
普通の人間にとっては、長い時間だ。
高魔力保持者は、その長さに徐々に慣れて、長いとは思わなくなるけれど、ラピスはまだまだこれからだ。
ましてや、俺と身体を重ねれば、200年どころでは済まなくなる。
「怖いか?」
200年を生きることが。
俺と永遠を生き続けることが。
「正直、わからないです。そんなに生きたことないですし。でも、一人きりじゃないならいいかなって思います。だから、師匠は絶対に私より先に死なないでくださいね」
「残酷なこと言うな、お前」
前世で、彼女に先立たれた俺は、自分の死の瞬間を迎えるまで、本当に辛かったのに。
だが、あんな思いをラピスにさせるくらいなら、俺が負った方がいい。
「ま。いいよ、それでも。お前が同じ時を生きてくれるなら。ラピス」
「はい?」
「結婚、するか」
出来るだけ、軽い口調で聞いた。
仕方ないだろう。
ここは重要な局面だ。
雰囲気や話に流されてでも、うん、と言ってもらわないと、俺は立ち直れない。
「年が明けたらすぐに式挙げるか?俺は、結婚するまではお前と身体を重ねないと決めてる。だから、できるだけ早く結婚したい。さっさと俺の嫁になれ」
軽い口調を心がけたつもりなのに、逸る気持ちは抑えきれなくて、畳み掛けるように言ってしまった。
身体を重ねたいという気持ちももちろんあるが、早く、俺と同じ不老不死になってほしい。
俺の嫁になってほしい。
そうしたら、国ももう手は出しにくくなるはずだから。
今より守りやすくなるから。
頬を染めて頷いてくれたラピスを見て、俺はようやく、長い息を吐いた。




