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9-4. 《魔女》の願い−2

「私の魔力を、全部貰って!」


 四大王国中央庭園で、フィニーランドを見つけるなり、《始まりの魔女》はそう叫んだ。


「何を……」

「見つけたかもしれないの!」


 ロズマリアのアーチに下で彼に抱きつきながら、頭をその胸に埋めて、《魔女》は続ける。


「教会の研究者達が言っていたの。魔法を組み合わせれば、その物質そのものの素質を変えることができるって。それで、人間を動物に変える実験をしたわ。ある研究者が自分を猫に変える実験。わかったのは、()()()()()()()()()()()変化することはできないということと、物凄い量の魔力が要るということ」

「どういうこと?」

「変化する対象が大きければ大きいほど、魔力が必要なの。チュルの実をピーモの実に変える、なんていうのは簡単なんだけど。《魔女》を人間にするには、()()()()()()()()()()()()()に、魔法をかけてもらわなければならない……」


 フィニーランドは、ようやく納得がいった。

 彼らの未来を指し示すかのように、空に暗雲が立ち込めはじめている。

 ぽつりと落ちた雫が、遂にはしとしとと降り注ぐまで、そう時間はかからなかった。


「……ね。だから、貴方に私の魔力全部を渡せば、出来るかもしれない。二人だけの秘密……」

「そんな危険な賭け……他の三人を裏切ることになっても、それでも《魔女》は良いの?」

「フィニーは?」

「俺は、貴女の望むことを叶えてあげたいけれど」


 しばらく考えて、フィニーランドは濡れた彼女の頭に唇を押し付ける。


「それは、出来ないよ」

「どうして……っ」

「黙ってて、ごめん。実はイェルに聞いていたんだ」


 《始まりの魔女》は、魔力の塊そのものだった。

 イェルディスの予想では、それは、ずっと昔に忘れ去られていた魔力の名残である。

 太古より、魔力の源となる魔素というものは、どんなものにも僅かながらに宿っているものだった。

 それは、人間も例外では無い。

 だが、クタトリア帝国が軍事技術や科学に頼りきりになってから、人々はその存在を忘れていく。

 人間が正しく大地に返さなかった魔素は、循環すべき方向を見失い、蓄積され、滞った。

 イェルディスは、《始まりの魔女》が誕生したのは、もうこれ以上その身を蝕まれるのを見過ごせない大地が呼び起こした、それらの魔素によるものではないか、という仮説を立てた。


 では、《始まりの魔女》の魔力を全て消し去るということは。

 彼女が消滅してしまうかもしれないという可能性を含んでいる。


「貴女を消すかもしれないなんて、そんな賭けは、どうしても出来ない」

「フィニー……私には、これしか方法がないの」


 彼の背中に回した腕にぎゅっと力を入れる《魔女》の顎を持ち上げ、銀の双眸が、揺れる漆黒を見つめ返す。


「世界中の人達が、ようやく平穏な生活を手に入れた。それは、全て貴女のお陰だ。平和と平等を司る貴女自身が最早、信仰の対象となっているじゃないか。俺のエゴで、そんな人達をも、裏切ることになるかもしれない」

「……私が全て放棄することによって、また世界の均衡が壊れやしないかと心配しているのね。ふふふ、貴方らしい」

「そういうわけでは」


 慌てて否定するフィニーランドに、《魔女》は首を振る。


「いいえ、わかってるの。これは、私のわがままだって。《魔女》が人間になるだなんて、到底、無理な話」

「《魔女》。俺だって、貴女の願いを叶えたい」

「そう出来れば、最高だけれど……今この時だけでも貴方の側に居られることは、かけがえの無い幸せよ」


 そう言って微笑む彼女に、フィニーランドは思わず口付けた。

 お互いを確かめ合うように交わした深いキスの後、《魔女》は悪戯っぽく笑う。


「ねえ、思いついたのだけど」

「何?」

「二人でいる時だけでも、私のこと、人間の名前で呼んでくれない?」

「《魔女》じゃなくて?」

「ええ。そうね、何がいいかしら」


 その目に、雨露に濡れた、白く凛々しいユーリーンの花が映った。彼女の好きな花の一つだ。


「ふふ。決めたわ」


 ——ユウリ、と呼んで。


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