他人の空似
―レストラン 朝―
「すみませんー! 注文したいんですけどー!」
遠くからしわがれた声がする。他の人達も、料理を運んでいたりと忙しそうで、片づけをする僕しか手が空いてないようだった。致し方なく、僕はテーブルを拭くのをやめてその声に大きな声で返した。
「はい! ただいま!」
今日はいつものように、朝から大忙しだった。休日だというのに、いや休日だからか近所の人達が多く来ている。平日と違うのは、いつも一人で来ている男性が家族を連れてきているということくらいか。外には順番待ちの列も見える。
「美味し~!」
「このパンプキンスープ、最高ね!」
「こっちのサラダもいいぞ」
トーマスさんが仕込みをした料理を食べるお客さん達の顔には、笑顔が浮かんでいる。とても幸せそうだ。料理を囲んで、楽しそうに談笑する。トーマスさんが愛を込めて作った料理を、愛し合う者達が幸せそうに食べている。今更気付いた、このレストランは愛に満ちていると。
僕は、今の今までお客さん達の顔をしっかりと見たことがなかった。自身の忙しさに囚われるあまり、周囲の様子に目を向けたことがなかったのだ。
「お待たせ致しました、ご注文をどうぞ」
僕を呼んだ人達の所へ行くと、そこにはまだ四歳くらいの少女とその祖母らしき女性が席に座っていた。
「おや? 新しい人かの?」
「え?」
「そうでもなかったの? じゃが、わしが前来た時にはおらんかったがの……まぁ、半年も前じゃからの」
「は、はぁ……」
「ばぁば、早く食べたいよ!」
「ホッホッ……分かったよ」
このおばあさんは僕が雇われるより前に、何度か来たことがあるようだった。
「おにーさん! コレとコレ!」
少女は、メニューの写真を順々に指を差す。
「えぇと……リュウトカゲの唐揚げと、スコーンですか?」
朝には重いくらい脂が乗ったリュウトカゲの唐揚げ。少女の好物なのは伺えるが、大丈夫なのだろうか。しかし、お客さんにそんなことを聞ける訳もない。これで食べる意欲がそがれてしまったら、店の損失になってしまう。
「うん!」
少女は屈託のない笑みで、大きく頷く。
「お願いします」
おばあさんは、間違いはないと言うようにニコリと微笑んだ。
「えっと……」
僕は彼女にも注文があるのかと聞こうと思い、目を見た。
「あぁ、私はミルクを頼もうかの。この子にも、頼むよ」
すると、僕が言う前に察してくれたようでそう答えてくれた。
「かしこまりました。リュウトカゲの唐揚げが一点、スコーンが一点、ミルクが二点。以上でよろしいでしょうか?」
僕はメモに注文を記し、それに間違いがないかを確認した。
「えぇ、大丈夫じゃ」
「はい。では、しばらくお待ちください」
注文を聞き終えたので、それを厨房にいるトーマスさん達に伝える為ここを立ち去ろうとした時のことだった。
「お前さん……よく似とるのぉ」
「え?」
脈絡もなく、彼女は突然そう言った。神妙な様子ではない、日常の何気ない会話をするかのようだ。
「似とるんじゃ……トーマスんとこの息子によく似とる」
「息子……?」
「よく見れば違うんじゃが、大体は似とる。他人の空似という奴か……フフ」
「ね~、私お腹空いたよ~!」
「おっと、すまないね。この時間帯は、いつも人が多いからの。それじゃ、頼んだよ」
不思議な気持ちを抱きながら、僕は厨房へと向かった。




